異世界で魔族が全滅してるらしいが、俺は普通にゴルフしてるだけ ~無能扱いされた男が 、距離だけで世界を変える話~

ぬこまる

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20 異世界を変える男

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夜明け前の風は、誰よりも早い。

まだ太陽が顔を出す前から、森の上をすり抜け、丘を越え、世界の様子を確かめて回る。鳥より先に飛び、兵士より先に異変を嗅ぎつける。誰に頼まれたわけでもないが、そういう役目を勝手に背負っている存在がいた。

妖精シルフィである。

彼女は風の上を泳ぐように飛んでいた。羽音は立てない。立てると芝が目を覚ますからだ。

「……まだ、ねてる」

下を見下ろすと、森は静まり返っていた。葉は揺れず、枝は組んだ腕をほどかない。世界は、まだ布団の中だ。

森を抜けると、視界が開ける。

そこにあるのは、緑の四角。城と町の間に広がる、不自然なくらい整った一角。

芝域。

朝露をまとった芝が、光を拾ってきらきらしている。一本一本の葉が揃い、踏まれた跡はすぐに戻る。剣も盾も似合わない、だが妙に緊張感のある場所だ。

「げんき」

シルフィは、確認するように言った。芝は応えない。だが、踏めば分かる。

芝域の端には、誰もいない。早朝だからだ。昼になると、ここは人と視線と噂でいっぱいになる。今はまだ、静かだ。

芝域を越えると、城下町が見える。屋根が並び、煙が一本、また一本と立ち始めている。パンの匂い。湯の匂い。生活が起き始める音。

町外れ、芝域の近くにひとつだけ質素な家がある。壁は厚く、窓は小さく、余計な飾りがない。

ガルドの家だ。

中では、すでに火が使われている。鍋の音。木の床を踏む音。朝が、ちゃんと始まっている。美しい女性が料理をしていたのだ。

「……かえるばしょ」

シルフィは一度そこで風を止めた。だが今日は、まだ帰らない。

街道へ向かう。

一本道が霧の中へ伸びている。霧は地面に貼りつき、音を吸い取る。普通なら、誰も動かない時間だ。

だが、もう動いている人間たちがいた。

庭師と土木の集団。鎌、鋤、木槌。石をどかし、水を逃がし、道を整える。

その中心にいる男が、声を上げる。

「さ、仕事するべ」

ミグルだ。

眠そうな顔をしているが、手は正確だ。道はまっすぐになり、溝は水を通す。彼らは文句を言わず、朝から世界を直している。温泉村と城を繋ぐ道を整備しているのだ。

シルフィは彼らの頭上を越えた。

街道を進むと、畑が見えてくる。

ミアの村だ。

小さな家。朝露に濡れた畑。家畜に餌をやる音。修復された柵。

「なおった」
「いきてる」

シルフィは短く言う。この村は、一度壊れた。そして、戻った。

だが、その奥に、戻らない場所がある。

山側。崩れた石壁。かつて魔族が拠点にしていた要塞。

今は、ただの瓦礫だ。朝日が石の割れ目を照らし、影が長く伸びている。

魔族の匂いは、ない。だが、地面が落ち着いていない。

「ここ、うごいた」

嫌な匂いではない。ただ、眠りが浅い感じがする。

シルフィは近づかず、進む。

次に見えるのは、湯気。

温泉村だ。

朝霧と湯気が混ざり、白いもやが低く流れている。桶を持った村人が行き交い、湯の音がかすかに聞こえる。温泉が気に入ってのだろう。魔法使いエルネスが湯船で鼻歌を歌っている。

「もどった」

温かい場所は、戻った。だが、それは終わりではなかった。

さらに先。

水の匂いが変わる。

湖だ。

漁村の湖。

一見、穏やかだ。だが、水面が騒がしい。魚影が多すぎる。

跳ねる。暴れる。網が重く、漁師の声が低く響く。

「なんだこりゃ」
「湖の魚じゃねえぞ」

海の匂い。塩の気配。

シルフィは湖の端へ飛ぶ。

そこに、割れ目があった。

陸が裂け、水路ができている。幅はまだ狭い。だが流れは強く、じわじわと広がっている。

海の色が、湖に入り込んでいる。

淡い色と濃い色が混ざり、境目が揺れる。

「……あ」

声が漏れた。

「つながった」

湖だった水質が、今は、半分違う。

この水域ひとつで、魚が変わる。匂いが変わる。村が変わる。

シルフィは踵を返す。

湖から温泉村へ。崩れた要塞を越え、ミアの村を抜け、街道を戻る。芝域の上空では、芝が相変わらず光っていた。

城下町の屋根を越え、ガルドの家へ。

シルフィは勢いよく飛んでいく。

「ナオキ!」





ガルドの家の朝は、音が少ない。

鍋がことり、と鳴る音。
木の床を踏む音。
外を抜ける風の音。

それだけだ。

目を覚ますと、いつも通りの天井がある。
豪華でも新しくもないが、安心する天井だ。
会社員時代のワンルームより、よほど落ち着く。

(……今日も生き延びたな)

意味はよく分からないが、最近は朝起きるたびにそう思う。

外に出ると、ガルドがもう立っていた。
相変わらず無駄のない姿勢で、家の前から遠くを見ている。
剣には触れない。剣はインテリアか何か、家宝なのだろう。ただ、目だけが動いている。

俺は横で、軽く素振りを始めた。
芝ではない土の上だが、身体を起こすには十分だ。

振る。
止める。
呼吸。

(力、いらないな)

「……異常なし」

ガルドが短く言った。

「おはようございます」

「朝だ」

「それは分かります」

いつものやり取り。
この無駄のなさが、妙に心地いい。

「朝ごはん、できましたよー」

ローナの声がして、素振りをやめる。
中に入ると、机の上に並んでいるのは――

パン。
スープ。
果物。
それに、焼いた肉。

(……え?)

「……増えてません?」

俺が思わず聞くと、ローナは涼しい顔で言った。

「町が燃えなかった日は、料理が増えます」

「理由がシビアすぎる」

「燃えた日は、水だけです」

「やめて、朝から現実突きつけるの」

ガルドが皿を見て一言。

「……量が増えた」

「ガルド、感想それだけ?」

「必要量だ」

「味は?」

一拍置いて、

「……問題ない」

(最大級の褒め言葉きた)

そのとき、机の向こうでもぐもぐしている存在に気づいた。

「……あれ?」

姫だ。

私服で、完全に溶け込んでいる。
パンを両手で持って、もぐもぐしている。

「……なぜいる」

ガルドの声が、露骨に低くなる。

「お忍びです」
姫はもぐもぐしながら答えた。

「忍んでいない」

「気配は消しています」

「消えていない」

ローナは何も言わず、姫の皿にスープを足す。
もう慣れたらしい。

俺はパンをかじりながら、ふと気づいた。

「……あれ? シルフィは?」

その瞬間、窓がばたんと開いた。

「ナオキ!」

風と一緒に、小さな妖精が飛び込んでくる。
息を切らし、目がきらきらしている。

「みず、かわった!」
「うみ、はいった!」
「さかな、いっぱい!」

「……意味は?」

「いっぱい!」

意味はなかった。

「へえ」
俺はもぐもぐしながら返す。

だが、ガルドは黙り込んだ。
ローナも、鍋の火を弱める。

「……湖か」
ガルドが低く言う。

「漁村の方ですね」
ローナが続ける。

姫は妖精を見て、にこにこする。

「妖精さん、かわいいです」

「こんやく」
シルフィが意味不明な単語を踊りながら言う。

(何の話だ)

朝食が終わると、俺はいつものように工房へ向かった。
旅の準備というより、生活の延長だ。コンビニに行く、それくらいの感覚。

ドランは話を聞くなり、目を輝かせた。

「シャフトをしならせたい?」
「反発を上げたい?」

「はい」

「いいな、それ!」

即答だった。

「しなりだ」
「しなり戻りだ」
「エネルギーを逃がさない」

ドランは空中に図を描くように手を動かす。

「硬いだけじゃダメだ」
「粘りがいる」

「ゴルフクラブの話ですよね?」

「武器も同じだ!」

(違う世界でも通じる理屈は通じる)

「それで、素材は?」

「炭素系の鉱物だ」
ドランは迷いなく言った。
「漁村近くの鉱山にある」

「……行くか」

自然と、そうなった。

理由は単純だ。
ゴルフクラブを良くしたい。
それだけだ。

ガルドの家に帰ると、姫は椅子に座り、少しだけ嬉しそうにしている。
ガルドは何も言わないが、窓から遠くを見ていた。

ローナが弁当を包みながら言った。

「道中、食べてください」

「ありがとうございます」

シルフィがふわっと浮いて言う。

「たび」

「だね」

こうして、いつもの朝は、少しだけ形を変えた。

――漁村へ行く。

ただそれだけのことなのに、
なぜか、世界が一段広がった気がした。


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