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21 俺なんかやっちゃいましたか?
しおりを挟む出発は、思ったよりもあっさりしていた。
ガルドの家の前に立ち、俺は布製のゴルフバッグを背負う。
中には、木製のクラブが数本と、ドランが用意してくれた予備の布。それにたくさんの金属玉。
剣も鎧も入っていない、完全に「ゴルファー」仕様だ。
(異世界でゴルフバッグ背負ってる人間、俺くらいだろうな)
ローナが弁当を差し出してくる。
「街道は長いですから」
「お昼と、もしもの分も」
「ありがとうございます」
「相変わらず、気が利きますね」
「燃えない旅だと、仕込みも楽です」
言い切りが重い。
そこに、当たり前の顔で姫が並んだ。
「では、行きましょう」
ガルドの動きが止まる。
「……待て」
低い声。
一言で空気が変わる。
「なぜ、姫がいる」
姫は少し背筋を伸ばし、もじもじしながらも答えた。
「王の許可は、きちんといただいています」
「それに……その……」
一瞬、視線を泳がせてから、続ける。
「恋愛が、自由になりましたので」
(さらっと爆弾投下したな)
ガルドが眉をひそめる。
「関係ない」
「関係あります」
姫は小さく、しかしはっきり言った。
「わたしの自由です」
一拍、沈黙。
ガルドは深く息を吐いた。
「……ただし」
「私から、離れるな」
「はい」
即答だった。
(あ、もう決定事項なんだ)
シルフィが俺の肩で小声で言う。
「がるど、まけた」
「声に出すな」
城下町を抜ける途中、見慣れた二人が手を振ってきた。
ユウマとアヤだ。
「おーい!」
「行くんだって?」
「漁村までな」
俺が答えると、二人は顔を見合わせた。
「正直さ」
ユウマが言う。
「昨日の地震、ちょっと怖かった」
「町が揺れるの、初めてで……」
アヤも頷く。
ガルドが短く言う。
「しばらく、町にいろ」
「え、でも――」
「筋トレは、町でもできる」
「それなら問題ないな!」
ユウマは即納得した。
「アヤ、筋トレしようぜ」
「うん!」
(こいつら、順応力だけは異世界最強だな)
門を出ると、街道が伸びている。
石と土で固められた道。
両脇には草が生え、遠くに丘が見える。
風が抜け、空が広い。
歩き始めてすぐ、シルフィが言った。
「きょり、いい」
「距離って便利な言葉だよな」
俺が言うと、姫がくすっと笑う。
「安心します」
「近すぎず、遠すぎず」
(だから距離って言うな)
しばらく歩くと、人の気配が増えてきた。
庭師たちだ。
鎌と鋤を持ち、道の端を整備している。
水が溜まらないように溝を掘り、石をどかす。
中心にいるのは、見覚えのある帽子の男。
「おう、行くのか」
ミグルだ。
「仕事、早いですね」
俺が声をかけると、彼は肩をすくめる。
「朝は、道が素直だでな」
「昼になると、文句も増える」
姫が興味深そうに見る。
「この道、温泉村へ続いているのですね」
「そうだべ」
ミグルは頷く。
「直しておかねぇと、人も荷も通れん」
姫は少し考えてから、ぽつりと言った。
「……いつか」
「ナオキさんと、温泉村に行ってみたいです」
俺は、歩きながら答えた。
「まあ、いつかね」
シルフィとガルドが同時にこちらを見る。
「……俺たち、じゃまだな」
「じゃまだ」
息が合いすぎだ。
街道をさらに進むと、景色が一気に開けた。
丘の上から、遠くまで見渡せる場所。
風が強く、草が波のように揺れている。
「ここで、昼にしようか」
ローナの弁当を広げると、香りが広がった。
パン、肉、野菜。
どれも素朴だが、外で食べると格別だ。
姫が目を輝かせる。
「……美味しいです」
「景色込みだな」
俺が言うと、ガルドが頷いた。
「……悪くない」
(また最大評価出た)
風が抜け、雲が流れる。
鳥が鳴き、草が揺れる。
見てるだけで眠くなるくらい、平和だ。
食べ終わり、再び歩き出す。
しばらくして、遠くに水のきらめきが見えた。
「……あれ、漁村か?」
姫が前を見つめる。
「魚の匂いがします」
シルフィが鼻をひくひくさせる。
「さかな」
ガルドが歩調を少し落とす。
「……もうすぐだ」
俺はゴルフバッグの紐を握り直した。
(さて、次はどんなホールだ)
そう思いながら、漁村へ続く道を進んだ。
◇
漁村に近づいた瞬間、空気が変わった。
はっきり分かる。
これは湖の匂いじゃない。
塩気が混じっている。
「……あれ?」
思わず足を止めると、横でガルドも同じ方向を見ていた。
「……潮だな」
「湖ですよね、ここ」
「本来はな」
本来は、という言葉が妙に重かった。
道の先で、水面が跳ねた。
銀色の影が、朝の光を反射して宙を舞う。
「魚……?」
姫が小さく声を上げる。
漁村に入ると、そこはもう大きな騒ぎだった。
「重い! 網が切れる!」
「こっちもだ、桶足りねえぞ!」
「おい、逃がすな!」
網を引く大人たち、走り回る子どもたち。
湖は完全に“活気”で満ちている。
「……多すぎないか?」
俺が言うと、シルフィが胸を張った。
「いっぱい」
「すごい」
そこへ、全力疾走の影。
「おじさーん!」
少年リオだ。
「久しぶりです!」
「この前は、本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げる。
「え、ああ……どういたしまして」
正直、こういうのは慣れない。てか、おじさん呼びやめてよ。
だがリオは、すぐに興奮した表情で続けた。
「それより見てください!」
「魚が、すごいんです!」
「見てる」
見なくても分かるくらい、すごい。
湖のはずなのに、魚の色も形も違う。
網にかかるのは、明らかに“海側”の魚だ。
「これ……湖の魚じゃねえぞ」
村の男が言う。
「昨日からだ」
別の男が頷く。
「いきなりだ」
俺は、何気なく聞いた。
「最近、何かありました?」
村人たちは、揃って同じことを言った。
「大地震だよ」
「村中が揺れた」
「湖の水が一度引いてな」
胸の奥が、きしっと鳴った。
(……大地震の日)
温泉源を塞いでいた岩を砕いた時の感触が、はっきり蘇る。
地面が唸り、空気が震えた、あの瞬間。
(……俺か)
声には出さない。
出せるわけがない。
ガルドが、俺の肩を軽く叩いた。
「……仕方ない」
短い一言だった。
責めるでもなく、慰めるでもない。
「結果として、村は生きている」
「……だな」
湖と海が、どこかで繋がった。
それだけのことだ。
でも、その“それだけ”で、魚が変わり、村が変わる。
村人たちは困惑しながらも、笑っていた。
「売れるぞ、これ!」
「当分、食いっぱぐれねえ!」
現実的すぎて、逆に安心する。
夕方になると、村は落ち着いた。
昼の喧騒が嘘みたいに、湖は静かだ。
「泊まっていってください」
村長が言った。
「今日は祝いです」
断る理由はなかった。
夕飯は、焼き魚。
串に刺さり、皮がぱりっと焼けている。
脂が落ちて、火が小さくはぜる。
「……美味しそうです」
姫が目を輝かせる。
一口。
「……美味しい!」
思わず声が出た。
「湖なのに、海の味がします」
姫が不思議そうに言う。
「混ざったんだな」
俺は答えた。
「水も、魚も」
ガルドは無言で食べているが、表情が少し柔らかい。
シルフィは魚を見つめて言った。
「おいしい」
「うれしい」
「妖精って魚食べるんだっけ?」
「たべない」
「でも、すき」
基準がよく分からないが、満足そうだ。
笑い声が上がる。
誰も原因を追及しない。
誰も責任を探さない。
今、生きていることが一番大事だからだ。
夜。
湖に灯りが映り、星が多い。
漁村の夜は、静かだった。
昼間はあれだけ騒がしかった湖も、今は水面がゆっくり揺れているだけだ。
家々の灯りが点々と映り、遠くで誰かが笑う声がする。
魚と人が、同時に眠りに入ったような夜だった。
俺たちが泊まる宿は、村で一番まともな建物らしい。
とはいえ、木造二階建て。
廊下は歩くたびに軋み、壁は薄い。
声を潜めても、だいたい筒抜けだ。
……だからこそ、余計な緊張が生まれる。
「お部屋は……別々、ですよね?」
念のため確認すると、宿の主人は当然のように頷いた。
「はい、もちろん」
「王族の方は奥です」
その瞬間だった。
「……別々、ですか」
姫が、ほんの少しだけ頬を膨らませた。
声は小さいが、不満がにじんでいる。
(そこ気にする?)
「初めてなんです」
姫はぽつりと言った。
「王城の外で泊まるの」
「家来も、お父様もいない場所で」
なるほど。
王城では、常に誰かがそばにいる。
部屋はあっても、自由はない。
夜に一人で過ごすことすら、許可が必要だ。
「……外泊って、意外と落ち着かないですよ」
俺は正直な感想を言った。
「そうですか?」
姫は少し考えてから微笑んだ。
「わたしは……少し、楽しいです」
その言葉に、胸の奥がわずかに揺れた。
だが、その空気を切ったのは、低い声だった。
「……姫」
ガルドだ。
「部屋へ」
「長旅でした」
姫は素直に頷く。
だが、部屋に入る前、振り返った。
「ナオキさん」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
距離はある。
けれど、視線だけは近い。
(この距離、どうすればいいんだ……)
姫が部屋に入ると、廊下に残ったのは俺とガルドだけだった。
しばらく、無言。
「……疲れたな」
俺が言うと、ガルドは短く返した。
「ゴルフクラブを振っていない割には、な」
「パターより、神経使いました」
ガルドは少しだけ視線を落とした。
「姫は」
「外に出るのが、久しい」
「そうなんですね」
「母上……王妃様が亡くなられてから」
ガルドは淡々と続ける。
「城の外には、ほとんど出ていない」
俺は、それ以上聞かなかった。
聞くべきじゃない距離だと思った。
「……今日は、よく眠れるといいですね」
俺がそう言うと、ガルドは一拍置いて答えた。
「……ああ」
それだけだった。
自分の部屋に戻る。
簡素な寝台、木の机、小さな窓。
外からは湖の匂いと、夜風が入ってくる。
ベッドに腰を下ろした瞬間、ふわっと風が揺れた。
「ねる?」
妖精シルフィだ。
「まだ」
「おそい」
「今日は特別」
シルフィは天井近くをくるっと回ってから、俺の枕元に降りてきた。
「姫、さびしい」
「……分かるのか」
「わかる」
「よる、かぜ、しずか」
なるほど。
夜は、感情が風に出やすい。
「姫のお母さん」
シルフィが言う。
「いない」
「うん」
「だから」
「ひとり、にがて」
俺は少し考えてから言った。
「でも」
「今日は、ちゃんと外に出た」
「それだけでも、大事だと思う」
シルフィはじっと俺を見た。
「ナオキ、やさしい」
「ゴルフがしたいだけさ」
「それが、いちばん」
しばらく沈黙。
外で、水音が続いている。
湖は、今日も動いている。
「……ねる」
シルフィが言った。
「おやすみ」
布団に入ると、身体が一気に重くなる。
今日は歩いて、話して、魚を食べただけだ。
それなのに、妙に疲れている。
(距離って、消耗するな……)
俺は目を閉じた。
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