異世界で魔族が全滅してるらしいが、俺は普通にゴルフしてるだけ ~無能扱いされた男が 、距離だけで世界を変える話~

ぬこまる

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25 女子会は長いが、男子会は短い

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朝のガルドの家は、静かだった。

朝食を終えたあとの空気は、少しだけ緩んでいる。  
窓から差し込む光は柔らかく、昨日の旅の出来事が嘘だったかのように、平穏が戻ってきていた。

庭先では、ナオキがいつも通り素振りをしていた。  
クラブを握り、力を入れず、一定のリズムで振る。  
何度も、何度も。

少し離れた場所では、ガルドが蹴りの型を繰り返している。
剣は持たない。  
だが、動きは異様に洗練されていた。  
地面を蹴る音すら、ほとんどしない。

梁の上では、妖精が丸くなって眠っている。  
羽を折りたたみ、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

水場では、ローナが食器を洗っていた。  
水が皿を打つ音が、朝の静けさに溶け込んでいる。

その空気を切り裂くように、扉が叩かれた。

一度だけ。  
迷いのない音だった。

ローナが布巾で手を拭き、扉を開けると、王の家来が立っていた。

まず、その視線はナオキに向けられた。

素振りの軌道。  
体の使い方。  
無駄のない動き。

「……なるほど」
家来は思わず声を漏らす。
「噂通りですな」

ナオキは軽く会釈した。

次に、その視線はガルドへ移る。

蹴りの動き。  
腕を使わない戦い方。

家来の表情が、露骨に冷えた。

「……まだいたのか」
「剣も振らぬ臆病者が」

空気が一瞬、張り詰める。

ナオキが何か言おうとした、その瞬間。

ガルドが一歩前に出て、静かに言った。

「……構いません」

それ以上、何も言わなかった。

家来は興味を失ったように視線を外し、ローナを見る。

態度が一変した。

「噂に違わぬ美しさですな」
「ローナ殿」

ローナは一瞬戸惑いながらも、頭を下げる。

「陛下がお呼びです」
「すぐに」

ローナの胸が、わずかに強く脈打った。

(……姫様のことで、怒られるのかもしれない)

外泊。  
旅。  
今朝も、姫の姿はなかった。

それでもローナは頷いた。

「……承知しました」

家来が踵を返し、馬車の方へ向かう。

ガルドが一歩前に出た。

「なぜ、ローナだけが呼ばれる」
「私にも責任がある」

家来は淡々と答えた。

「ガルド殿は不要です」

その言葉に、ガルドは言葉を失った。

梁の上で、妖精が寝言のように呟く。

「……てぃーあっぷ……」

ローナが馬車に乗る前、ふと振り返った。

ガルドは妖精の方を一瞬見て、小さく言った。

「……ローナを頼む」

妖精は片目を開け、短く答えた。

「わかった」

馬車が動き出す。

ガルドは、その背を見送りながら、胸の奥に奇妙な感覚を覚えていた。

(……ローナの顔……似ている)

理由は分からない。  
ただ、遠い記憶の影が、かすかに揺れた。



王城の謁見室は、静まり返っていた。

ローナは真っ先に口を開いた。

「姫様は……?」

王レオンハルトは、あっけらかんと答えた。

「お泊まりしたからな」
「しばらく城から出られん」

ローナは即座に床に膝をついた。

「申し訳ありません!」

王は、きょとんとした。

「……なぜ謝る?」

「王家のご迷惑に……」

「いやいや」
王は手を振る。
「その件ではない」

王がローナを呼んだ理由が語られる。

「縁談の話だ」
「良い貴族がいてな。ローナのことを見初めたらしい」

ローナは、間髪入れずに答えた。

「お断りします」

王は目を瞬かせる。

「……即答だな」

「はい」

「恋人がいるのか?」

「いません」

「なら、なぜ?」

ローナは一瞬、目を伏せ、それから静かに言った。

「好きな人が、いるのです」

王の眉が上がる。

「ほう」

「五歳のときです」
「魔族に襲われたとき、兵士が助けてくれました」

王は身を乗り出した。

「兵士?」
「誰だ?」

ローナは首を振った。

「兜で顔は見えませんでした」
「名前も……」

少し間を置いて、続ける。

「でも」
「剣さばきが、とても綺麗でした」

家来が小さく囁く。

「……十五年前です」

王は言葉を失った。

「十五年前……?」

そのとき、扉が勢いよく開いた。

「ローナさーん!」

リリアーナ姫だった。



中庭は、花で満ちていた。

噴水が光を弾き、蝶が舞う。

姫は王に振り返り、ぴしゃりと言った。

「お父様は、デリカシーがありません!」

ローナは苦笑する。

姫はローナを引き、花の間へ連れていった。

「で?」
「好きな人の話、続き!」

ローナは戸惑いながら語る。

「兵士は、皆同じ鎧でした」
「顔は分かりません」

「でも?」

「剣が……踊るみたいでした」

姫の目が輝く。

「ほほう」

逆にローナが聞く。

「姫様のほうは……?」

「わ、わたしは……実はね、ローナ、聞いてくださーい!」

天井近くで、妖精が呟く。

「……じょしかい」
「ながい」

そして、どこかへ飛び去った。

王は一人、考えていた。

「十五年前」
「負傷した兵士……」

家来に命じる。

「当時、重傷を負った兵士を洗い出せ」

王は、芝域の方角を見つめた。

「……まさか」

答えは、まだ出ない。

だが、風は確かに、動き始めていた。




芝域に、赤い旗をいくつか立てた。

風を受けて、ひらひらと揺れている。
距離はそこそこ。無理をしない位置だ。

俺はドライバーを構え、何も考えずに振る。

カン。

玉は、ほぼ同じ高さ、ほぼ同じ角度で飛び、旗の根元に落ちた。
芝が小さく揺れる。

「……もう一回」

振る。

カン。

また、ほぼ同じ。

俺は淡々と、何発も何発も打った。
旗に命令するみたいに。
「ここに来い」と言う代わりに、振っている。

少し離れた場所で、ガルドが黙って見ている。
視線は俺ではなく、旗と、その先。

「……二百三十歩」
「……誤差、少ない」

「対魔族用?」

俺が聞くと、ガルドは短く頷いた。

「そうだ」

「ガルドも振ってみる?」

俺は何気なく言った。

ガルドは、一瞬だけ間を置いてから答えた。

「……遠慮しておく」

「そっか」

それ以上、聞かなかった。
聞かないほうがいい距離もある。

俺はまた振る。

カン。

背後で、ガルドが右手を握りしめるのが分かった。
拳が、わずかに震えている。

(……何か言いたそうだな)

そのときだった。

「ただいま戻りました」

ローナの声だ。

振り返ると、両手に買い物袋。
野菜、肉、根菜。
明らかに重そうだ。

何も言わずに、ガルドが動いた。

「……持つ」

袋を受け取り、自然に歩き出す。

「ありがとうございます」
ローナが笑う。

ガルドは視線を逸らしたまま言う。

「今度から、買い物は一緒に行く」

「え?」
ローナが驚く。

「……重い」

理由がそれだけなのが、ガルドらしい。

ローナは少し考えてから言った。

「ありがとうございます」
「でも……ナオキさんの監視は?」

ガルドが俺を見る。

「お前も来い」

「命令?」

「命令だ」

「はいはい」

俺は最後にもう一発、旗を狙って振る。

カン。

ちょうど根元。

「よし、終わり」

その瞬間、風がひゅっと走った。

「……じょしかい、ながい」
「……王、でりかしー、ない」

妖精シルフィだ。
空から降りてきて、肩の高さで止まる。

「意味不明だな」

「……分からん」

ガルドも首を傾げる。

俺はローナを見る。

「王様は何の話でした?」

ローナは少し困ったように笑った。

「ああ」
「姫様の話し相手をしていただけです」

「それだけか?」

ガルドが聞く。

「はい」

即答だった。

ガルドは、ほっとしたように息を吐いた。

(……なぜ、安心してる)

自分でも分からいみたい。少しだけ眉をひそめる。

昼飯は、いつもより少し豪華だった。

煮込み。
焼き物。
香草の香り。

「……うまい」

ガルドが言う。

「問題ない?」

俺が聞くと、

「……非常に、問題ない」

最大評価が出た。

ローナは、それを聞いて嬉しそうに笑う。

食事の途中で、少しだけ昔話をした。
芝域ができたこと。
魔族が遠のいたこと。
旅の話。

どこか総集編みたいな時間だった。

夕方、ローナは立ち上がる。

「夕飯は、残りを食べてください」
「私は、これで」

「ありがとうございました」

俺とガルドが言う。

ローナは手を振って帰っていった。

夜。

芝域は静かだ。

俺とガルドは、並んで腰を下ろしていた。
言葉はない。

風が、草を揺らす。

妖精が、ぽつりと言った。

「……だんしかい」
「……みじかい」

「余計なお世話だ」

でも、悪くない夜だった。
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