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27 あれ、気づいちゃいましたか!?
しおりを挟む姫は、胸を張り、ずんずん歩く。
速い。迷いがない。しかも曲がらない。
まるで城下町の石畳に「ここが正解ルートです」と書いてあるみたいな勢いだ。
その後ろを、俺とローナとガルドが歩いている。
俺は例の布製ゴルフバッグを背負っている。
中身は、ドラン製の金属シャフト強化クラブ一式。
7番、ウェッジ、ドライバー、パター。
四天王みたいな顔ぶれだ。
ローナがちらっとバッグを見る。
「……持っていくんですね」
「うん」
俺は正直に言う。
「今日は打ってないから、どこかで打ちたくて。あはは」
ガルドが横から低い声で言った。
「……ここまでくるとゴルフバカだな」
「うるさいですね」
俺は即答した。
「バカじゃなくて、芝の人です」
「……余計に厄介だ」
(ひどい)
ローナは困ったように笑う。
「姫様……」
「どこに向かっているのでしょう」
俺も同じことを思っていた。
姫は一度も振り返らない。
ただ、ずんずん行く。
迷子の人の動きじゃない。
目的地がある人の動きだ。
角を曲がり、もう一つ角を曲がり、門を抜け――
「兵舎です」
姫が当たり前のように言った。
「え?」
俺の口から素直に出た。
「さあ、みなさん」
姫が振り返る。
「聞き込み調査です」
「え?」
俺の口から二回目が出た。
姫は胸を張った。
「十五年前に、五歳の少女を救った兵士を探します」
「アンケートを取りましょう」
(アンケートって言ったぞ今)
ガルドが眉をわずかに動かす。
「……兵舎で?」
「はい」
姫はさらに言う。
「そして、十五年前なら若い兵士はハズレです」
「兵士になれるのは……えっと……」
姫の視線が空を泳ぐ。
「十五歳以上……」
「だから……十五年前……」
計算が止まった。
俺は口を挟む。
「今、三十歳以上の兵士に聞けばいいね?」
姫がぱっと顔を上げる。
「です!」
(姫、算数が弱いの可愛いけど、作戦の中心に置くの怖い)
◆
兵舎に入ると、筋肉と汗と鉄の匂いがした。
いる。兵士がいる。たくさんいる。
訓練中、整備中、休憩中、全員顔が「忙しい」ですって顔をしている。
姫はその真ん中に突っ込んでいった。
「おはようございます!」
「十五年前に五歳の少女を助けたことがある方はいませんか!」
(いきなり本題すぎる)
兵士たちが固まる。
「え?」
「は?」
「姫様……?」
混乱が波みたいに広がる。
俺は横で、小さく息を吐いた。
(これ、聞き込みじゃなくて突撃だな)
ローナは、俺の後ろで、もじもじしていた。
でも姫に促されて、意を決したように兵士に声をかける。
「あの……」
「十五年前に……」
兵士が困った顔をする。
「えっと……」
「それ、どこで……」
ローナは顔を赤くして、さらに小さくなる。目立ちたくないのだろう。兵舎の外の方に逃げてしまった。
(ローナ、可愛いな。いや、感想はしまっとけ)
俺も一応、近くの兵士に聞く。
「すみません」
「十五年前に五歳くらいの女の子を助けた記憶、あります?」
兵士は一瞬考えて、首を振った。
「……俺、十五年前は、まだ十歳です」
「兵士になったの最近で」
「ですよね」
やっぱり姫の算数が正しかった。
姫は聞きまくる。
「三十歳以上の方!」
「十五年前です!」
「少女です!」
「魔族です!」
兵士たちの目がどんどん死んでいく。魔族とは違う恐怖が姫にはある。
(これ、明日から兵士たちが「姫を見たら逃げろ」って訓練始めるやつだ)
◆
ガルドは、黙っていた。
兵士たちの群れの外側で、右手を見ている。
拳を握りしめ、わずかに震えている。
(……やっぱり、そうだよな)
さすがに俺も気づく。
ローナが探している兵士は、たぶん――
俺は、口を開きかけた。
「もう、いいや。ガルド――」
その瞬間。
女の悲鳴が、裂けた。
「きゃーっ!」
空気が一気に冷える。
姫も兵士も、動きが止まった。
俺は反射的に走り出していた。
「ローナさん!?」
声の方向は路地裏。
狭い、暗い、石の壁。
そこにいた。
ローナが、男に抱きつかれている。
悪そうな男が三人。
そして――その奥に、見覚えのある顔。
「……あ」
「お久しぶりだな」
笑っていたのは、グラウス・エディンだ。
(まだ生きてたのかよ、この悪徳貴族)
グラウスはローナを見て、舌なめずりするように言った。
「その女を捕らえよ」
「金なら弾む」
男たちがにやにやする。
「へい」
「捕らえたら、遊んでもいいか?」
「ダメだ」
グラウスが即答する。
「捕らえるだけにしろ」
(最悪の中の最悪)
ローナが必死に抵抗する。
「やめて……!」
「離して……!」
でも男は笑って抱きつく。
「いいじゃねえか」
「綺麗な顔だなぁ」
「きゃーっ!」
悲鳴がもう一度上がった。
◆
次の瞬間、空気が切れた。
ガルドが、動いた。
剣ではない。
言葉でもない。
身体そのものだ。
「……離せ」
低い声。
それだけで背筋が凍る。
男が振り向くより早く、蹴りが入った。
ドン。
鈍い音。
一人が壁に叩きつけられて崩れ落ちる。
「え?」
悪者が理解する前に、ガルドは次へ移る。
殴りかかってくる男の拳を、すっと避ける。
避ける。
避ける。
「距離が甘い」
淡々と言いながら、当たらない世界を作る。
「このやろー!」
男が突進した、その瞬間――
回し蹴り。
顔面に入った。
ふっ飛ぶ。
「……」
俺は口が開いたままだった。
(つ、つえぇ……)
姫が、目を丸くして小声で言った。
「かっこい……」
「しびれちゃう……」
(姫、そこは今じゃない)
◆
だが、終わっていなかった。
ローナを抱いていた男が、動きを止めた。
手にはナイフ。
刃先がローナの頬に当たる。
「動くな」
「綺麗な顔に傷が入るぞ」
ローナの身体が固まる。
グラウスが笑う。
「形勢逆転だな、わはは」
ガルドの目が、鋭くなる。
「……クソ野郎ども」
姫が、俺のゴルフバッグを叩いた。
「ナオキ様!」
「打ってください!」
「え?」
「今です!」
(今ですって言われても、ローナさん目の前にいるんだけど!?)
「アイアンで打って反射したら、ローナさん怪我するかも……!」
そのとき、ふわっと風が寄った。
シルフィだ。
「ここも」
「たたかない」
「ころがす」
「……ころがす?」
「パター」
一言。
俺は息を吸った。
(なるほど)
俺はバッグからパターを抜いた。
金属シャフトの、静かな道具。
殺すためじゃない。
整えるための一本。
「……いける」
俺は地面に球を置いた。
呼吸を整える。
優しく、ただ転がす。
コツ。
球は音も立てず、路地の石を滑っていく。
誰にも気づかれないまま、悪者の足元へ。
次の瞬間。
すってーん。
悪者は派手に転び、ローナを離した。
「なにしとんじゃー!」
グラウスが叫ぶ。
ローナは、反射的にガルドに抱きついた。
「……!」
ガルドの身体が一瞬固まる。
だが、すぐに腕が動く。
支える。守る。
俺はその隙に、7番アイアンを構えた。
(ここからは、当てる)
カン。
球は低く、一直線。
残りの悪者の顔面にクリーンヒット。
「ぐはっ!」
倒れる。
グラウスが泣き顔になる。
「ひぇ……!」
逃げようとする。
ガルドが言った。
「……百歩」
俺は反射的に換算する。
「100ヤードね」
シルフィが跳ねる。
「スティンガー!」
「いけー!」
(スティンガー=低い弾道で刺すやつだ)
「了解!」
俺は構える。
低く。速く。前へ。
カン。
球は地面すれすれを走り、グラウスの右脚に命中した。
「ぎゃっ!」
走れない。
でも、這うように逃げる。
姫が駆けつけた兵士に叫ぶ。
「捕らえなさい!」
「グラウス・エディンです!」
兵士たちが突進する。
石畳に、鎧の音が重なった。
逃げきれないと悟った瞬間、グラウス・エディンは振り返った。
そこに立っていたのは、槍を構えた兵士たちだ。
逃げ道はない。路地の出口は、完全に塞がれている。
「な、なにをしている……!」
グラウスは声を荒げた。
「私は……私は貴族だぞ!」
「その扱いは無礼だ!」
兵士の一人が、冷えた声で答える。
「いいえ」
「**元・貴族**です」
その言葉が、胸に突き刺さった。
「ま、待て……!」
グラウスはよろめきながら後ずさる。
「私は……私はやり直そうとしていただけだ!」
「執事として……真面目に……!」
兵士たちは一切、表情を変えない。
「やり直す?」
別の兵士が言った。
「そのために、女を売り渡し、町を荒らしたのですか」
グラウスの喉が鳴った。
「ち、違う……」
「全部、誤解だ……!」
だが、言葉はもう届かない。
縄が腕にかかる。
金属の冷たさが、現実を突きつける。
「やめろ!」
「私は……私はまだ終わっていない!」
必死に足をばたつかせる。
だが、先ほど撃ち抜かれた右脚が、言うことをきかない。
「ぐっ……!」
「こんな……こんなはずじゃ……!」
引きずられながら、グラウスは叫んだ。
「覚えていろ……!」
「芝の人間……!」
「ガルド……!」
「お前たちのせいだ……!」
その声は、兵舎の壁に吸い込まれ、
誰の耳にも残らなかった。
兵士の一人が、淡々と告げる。
「連行する」
「裁きは、王のもとで」
グラウスは、歯を食いしばり、
最後に一度だけ、空を睨んだ。
そこには、
もう何もなかった。
地位も、金も、逃げ道も。
残ったのは、
自分が踏み荒らした芝の記憶だけだった。
――ざまぁ、という言葉すら、
彼には、もはや贅沢だった。
◆
騒ぎが落ち着く。
ローナはガルドに抱きついたまま、ようやく我に返った。
「あっ……!」
「す、すみません!」
ガルドは視線を逸らして言う。
「……問題ない」
(最大評価じゃん)
俺は息を吐いた。
「まあ」
「ローナさん無事でよかったです」
姫が、俺の顔を見て、ふっと言った。
「わたし……なんとなく分かっちゃいまし――」
俺は反射で姫の口を塞いだ。
「もごもご」
「もごもごもご!」
(言うな!今はまだ言うな!)
そのとき、姫の背後に兵士たちが立っていた。
「姫様」
「勝手に抜け出しましたね」
「帰りますよ」
姫が叫ぶ。
「きゃー!助けてー!」
俺は冷静に言った。
「この悲鳴には助けません」
ガルドも頷いた。
「……同意」
ローナは顔を赤くしたまま、なぜか笑っていた。
◆
その日の夕飯は、豪華だった。
ローナがずっと笑顔で料理を出す。
ガルドは黙々と食べる。
「……問題ない」
それだけ。
俺はもぐもぐ。
シルフィが言った。
「ローナ、きれい」
「ナイスバーディ」
「……ナイスバーディ?」
俺は一瞬、変な方向に解釈しそうになった。
(たしかにローナさん、スタイルいいし……)
いや、いかんいかん。
俺は咳払いした。
「寝よう」
シルフィが楽しそうに踊る。
「みんな」
「ナイスバーディー!」
(妖精、絶対わざとだ)
こうして一日が終わった。
ゴルフしてただけなのに。
距離を取っただけなのに。
人の心の距離まで、少しだけ動いた気がした。
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