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31 湯を沸かすほどの熱い石
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芝域の端、打ちっぱなし場だ。
アイアンを振っていたら、姫が急に肩を落とした。
「……疲れましたわ」
「え、まだ三球しか打ってないよ」
俺が言うと、姫は胸を張る。
「三球でも、王家は疲れます」
「王家は何で出来てるんだよ」
王様が、腕を回しながら言った。
「わしも、腕が重い」
「温泉でも入りたい気分だな」
「温泉、懐かしいですわね」
姫が頷く。
(温泉か……)
俺は心の中でそっと思う。
(できれば一人で行きたい)
その瞬間、ガルドが遠くを見たまま、ぽつりと言った。
「……あれは」
「なに?」
俺が聞くと、ガルドは芝域の奥を顎で示す。
芝の向こう、木々の影が濃くなるあたりに、ぽつんと離れ小屋がある。
今まで気づかなかったのが不思議なくらい、そこだけ湯気が薄く揺れていた。
「……湯の匂いだ」
「え、マジで?」
俺が目を細めた瞬間、シルフィが跳ねた。
「ぬくい」
「ある」
「あるのかよ」
俺は笑って、みんなで歩き出した。
⸻
離れ小屋の前は、静かだった。
いや、静かというより、平和すぎて拍子抜けする空気だった。
木の桶が並び、湯気がふわっと上がっている。
そこに足を浸けているのは――可愛らしい娘……いや、娘というか、のんびりしすぎて逆に強そうな魔法使い。
エルネスだ。
「……ぬくぬく」
エルネスは足湯の中で目を細めた。
「やばいです」
「魔力が……あふれちゃう」
横ではブロックが腕を組んだまま足を浸けている。
「よお、芝野郎」
ブロックが言う。
「お前も入れ」
「今日の芝は、ここだぞ」
「芝、ここじゃないからね」
俺が言うと、ブロックは笑った。
カイもいた。弓を脇に置いて、足湯で真顔になっている。
「……気持ちいい」
「戦場が遠くなる」
「戦場、遠くなるの大事だよね」
俺が言うと、カイは頷いた。
「だから、ここにいる」
(完全に合宿所だ)
「これ、どうやって温かいんですか?」
姫が興味津々で覗き込む。
王様もずいっと顔を近づける。
「わしも知りたい」
「湯は、沸かすのが面倒なのだ」
エルネスは杖を持ち上げた。
派手な詠唱はない。動きもゆっくり。なのに、空気がふっと整う。
湯の中から、赤く光る石がふわりと浮かび上がった。
熱いのに、水は暴れない。
ただ温度だけがそこにある。
「火魔法を与えた石です」
エルネスは淡々と言う。
「これで保温しています」
「ぬくぬくです」
「石で保温……なるほど」
王様が感心して頷く。
姫が目を輝かせた。
「すごいですわ」
「わたしも入ります」
「……ぬぎぬぎ」
「待つんだ、リリアーナ姫」
ガルドが即座に止めた。
「服はそのまま、足だけでいい」
「え?」
姫が固まる。
その隣で、王様がすでに上着を脱いでいた。
「わしは肩まで浸かりたい」
「陛下!」
家来が慌てる。
姫が王様を見る。
「お父様……」
王様が胸を張る。
「親子だな」
「似てますわね……!」
姫が顔を赤くする。
(この家族、ほんと似てる)
シルフィが俺の肩でふわふわしながら言った。
「ぬくい」
「しあわせ」
俺も足湯に足を入れた。
確かに、ぬくい。
世界が少しだけ丸くなる温度だ。
そのとき、ふわっと風が変わった。
シルフィがぱっと立ち上がる。
「まぞく」
「へった」
「最近ほんと出ないよな」
俺が言うと、ガルドが小さく頷く。
「……平和すぎる」
エルネスは足湯の中で目を細めたまま言う。
「平和は、回復が早いです」
「結論が回復なんだな」
ブロックが笑う。
だが、シルフィの様子が変わった。
羽が震える。
香りが苦くなる。
「おもいだした……」
「魔族、へった、でも」
「でかい」
「え?」
俺が顔を上げた瞬間――
ガルドが立ち上がった。
足湯の縁から一歩出て、遠くを見る。
いつもの“距離の目”だ。
「……千三百歩」
全員が固まった。
「巨大魔族が一体」
ガルドが続ける。
「こちらに向かっている」
足湯の平和が、一瞬で蒸発した。
「マジかよ」
ブロックが立ち上がる。
「規模が違う」
カイも弓を取るが、すぐに首を振った。
「遠すぎる」
「しかも、でかいのか……」
貴族たちの悲鳴が、芝域の方から遅れて聞こえてきた。
気づいたのだ。平和の向こうに、質の違う影が来ていると。
俺も足湯から足を出した。
「……行くか」
「行きましょう!」
姫が勢いで立ち上がる。
「待て」
ガルドが即止める。
「足を乾かしてからだ!」
(ガルド、今日はずっとツッコミ役だな)
⸻
芝域に戻ると、空気がまるで違った。
さっきまで笑っていた貴族たちが、打席の後ろで固まっている。
打ちっぱなしの打席が、急に“競技場”みたいに見えた。
俺が打席に立つと、視線が集まる。
(……見られながら打つの、慣れたな)
慣れた。
でも、今日の相手は“でかい”。
ガルドが横に立つ。
「……方向、ここからやや西」
「風は追い風」
シルフィが肩で言う。
「いま」
「かぜ、いい」
俺はドラン製のカーボンシャフトのドライバーを握った。
素振りを一回。
呼吸を整える。
ティーアップは――木のティー。
ドランに頼んで作ってもらったやつだ。
小さな木片が、芝の上にきちんと立つ。
そこに玉を置く。
構える。
(無理しない)
(当てるだけ)
振る。
カキィン。
乾いた音。
玉は空へ。遠すぎて、俺にはすぐ見えなくなる。
ガルドが目を細めた。
「……当たった」
「よし!」
貴族たちが「おお!」と声を漏らす。
姫が両手を握る。
だが、ガルドの表情が変わらない。
「……倒れていない」
「巨大すぎる」
「えええ!?」
王様が叫ぶ。
「当たったのに!?」
「当たっただけだ」
ガルドが冷静に言う。
「止まっていない」
遠くから――
低い、嫌な音がした。
ドン。
ドン。
地面が、わずかに震える。
(近づいてる)
「もう一発!」
俺は言って、構える。
二打目。
カキィン。
「……外れた」
ガルドが言う。
「いや、今のは当たった感触あったぞ」
「……右に流れた」
三打目。
焦りが混ざる。
手元が強くなる。
カキィン。
シルフィが叫ぶ。
「おーびー!」
「うわ、最悪だ!」
「おちつけ」
シルフィが珍しく長く言う。
「修正」
(修正、だ)
でも――
足音が近づいている。
ドン。ドン。
森の奥の影が、少しずつ形を持ち始めた。
黒い塊。枝を折り、風を乱し、空気そのものを重くする存在。
「……九百六十歩」
ガルドが言った。
「九百六十ヤードだ、ナオキ!」
「……ああ」
震える。
初めてのプレッシャー。
ゴルフ漫画で見るやつだ。
“手が言うことをきかない”って、こういうことか。
一度、深く息を吐く。
再びドライバーを振った。
乾いた音。
だが、感触が悪い。
「……くそ」
もう一度、振る。
また失敗だ。
芯を外した振動が、直接手に伝わる。
左手がじん、と痺れた。
気づけば、皮が剥けていた。
血豆が潰れ、赤い血がにじんでいる。
「……痛っ」
思わずクラブを離す。
風が触れるだけで、ひりひりした。
失敗が続くと、余計に力が入る。
力が入ると、また外す。
最悪の循環だ。
「……ダメか」
そう呟いたときだった。
無言で、影が伸びる。
ガルドだ。
彼は何も言わず、腰の袋を外した。
中から取り出したのは、年季の入った革の手袋だった。
柔らかく、しかし芯がある。
何度も使われ、何度も手に馴染ませた跡が残っている。
「これを使え、剣士だったときの習慣で、たまたま持っていた」
「……いいのか?」
思わず聞いた。
ガルドは、少しだけ視線を逸らす。
「もう、使わない」
それ以上は語らなかった。
俺は、左手にはめてみる。
――ぴったりだった。
指の長さも、掌の厚みも、驚くほど合う。
革が手を包み、痛みを優しく遮った。
「……いい感触だ」
握ってみる。
クラブが、逃げない。
力を入れなくても、ちゃんと握れる。
ガルドが、静かに言った。
「それなら、振れる」
俺は一度、深く息を吸った。
「……ありがとう」
ガルドは、頷いただけだった。
革越しに伝わる温度が、不思議と落ち着く。
――これなら。
俺はもう一度、ドライバーを構えた。
今度は、手が震えていなかった。
そのとき、後ろで杖が鳴った。
エルネスが立っていた。
足湯でぬくぬくしていたはずの人が、真顔で杖を振る。
ゆっくり。でも迷いがない。
ティーアップされた玉が、じわっと赤く染まった。
赤熱石のような、内側からの光。
エルネスが言う。
「火、玉に入れました」
「え?」
「火魔法です」
「……わたしの最大魔力すべて」
王様が息を呑む。
「これなら……!」
姫が叫ぶ。
「ナオキさん!」
ローナも駆けつけていた。
息を切らして、でも目が真っ直ぐだ。
「大丈夫です!」
「ナオキさんなら!」
ガルドが俺の横で、短く言った。
「……八百二十ヤード」
「打席からやや西だ」
「心配ない」
(心配ないって、ローナさんに言ったんだな)
俺は足幅を調整した。
肩幅より少し広く。
地面を踏む。芝の反発を信じる。
(無理しない)
(修正)
(当てる)
シルフィが言った。
「風の加護、フルパワー、いま!」
俺は振った。
カキィン。
玉が赤い光を引いて飛ぶ。
火球じゃない。燃え盛る爆発でもない。
ただ、熱の線が空に残る。
ガルドが言う。
「……命中」
次の瞬間、森の奥の黒い影が揺れた。
熱が走り、黒が剥がれるように崩れる。
巨大な身体が、ゆっくりと倒れた。
ドン。
地面が震える。
そして――空に、きらきらが散った。
鉱物。宝石。金貨。
花火みたいに降ってくる。
「宝だー!」
ドランの声が遠くから飛ぶ。
「急げー!」
商人たちが走る。
貴族たちが呆然と拍手する。
姫が跳ねる。
「やりました!」
王様が笑う。
「がはは!」
「勝ったぞ!」
ガルドが、視線を逸らしながら言った。
「……完璧だ」
俺は息を吐いた。
「ふぅ……」
そのとき。
エルネスがふらりと揺れた。
「……魔力、切れました」
「仕方ねぇな」
ブロックが肩をすくめ、エルネスを抱きかかえる。
そして、足湯へ走る。
するとなぜか王様も上着を脱ぎながらついていく。
「わしも回復する!」
家来たちが慌てて追いかける。
「陛下! 服!」
芝域に、また風が戻ってきた。
平和は守れた。
そして俺は思った。
――今日も俺、ゴルフしてただけなんだけど、でも、初めて緊張したゴルフだった。
あはは。
アイアンを振っていたら、姫が急に肩を落とした。
「……疲れましたわ」
「え、まだ三球しか打ってないよ」
俺が言うと、姫は胸を張る。
「三球でも、王家は疲れます」
「王家は何で出来てるんだよ」
王様が、腕を回しながら言った。
「わしも、腕が重い」
「温泉でも入りたい気分だな」
「温泉、懐かしいですわね」
姫が頷く。
(温泉か……)
俺は心の中でそっと思う。
(できれば一人で行きたい)
その瞬間、ガルドが遠くを見たまま、ぽつりと言った。
「……あれは」
「なに?」
俺が聞くと、ガルドは芝域の奥を顎で示す。
芝の向こう、木々の影が濃くなるあたりに、ぽつんと離れ小屋がある。
今まで気づかなかったのが不思議なくらい、そこだけ湯気が薄く揺れていた。
「……湯の匂いだ」
「え、マジで?」
俺が目を細めた瞬間、シルフィが跳ねた。
「ぬくい」
「ある」
「あるのかよ」
俺は笑って、みんなで歩き出した。
⸻
離れ小屋の前は、静かだった。
いや、静かというより、平和すぎて拍子抜けする空気だった。
木の桶が並び、湯気がふわっと上がっている。
そこに足を浸けているのは――可愛らしい娘……いや、娘というか、のんびりしすぎて逆に強そうな魔法使い。
エルネスだ。
「……ぬくぬく」
エルネスは足湯の中で目を細めた。
「やばいです」
「魔力が……あふれちゃう」
横ではブロックが腕を組んだまま足を浸けている。
「よお、芝野郎」
ブロックが言う。
「お前も入れ」
「今日の芝は、ここだぞ」
「芝、ここじゃないからね」
俺が言うと、ブロックは笑った。
カイもいた。弓を脇に置いて、足湯で真顔になっている。
「……気持ちいい」
「戦場が遠くなる」
「戦場、遠くなるの大事だよね」
俺が言うと、カイは頷いた。
「だから、ここにいる」
(完全に合宿所だ)
「これ、どうやって温かいんですか?」
姫が興味津々で覗き込む。
王様もずいっと顔を近づける。
「わしも知りたい」
「湯は、沸かすのが面倒なのだ」
エルネスは杖を持ち上げた。
派手な詠唱はない。動きもゆっくり。なのに、空気がふっと整う。
湯の中から、赤く光る石がふわりと浮かび上がった。
熱いのに、水は暴れない。
ただ温度だけがそこにある。
「火魔法を与えた石です」
エルネスは淡々と言う。
「これで保温しています」
「ぬくぬくです」
「石で保温……なるほど」
王様が感心して頷く。
姫が目を輝かせた。
「すごいですわ」
「わたしも入ります」
「……ぬぎぬぎ」
「待つんだ、リリアーナ姫」
ガルドが即座に止めた。
「服はそのまま、足だけでいい」
「え?」
姫が固まる。
その隣で、王様がすでに上着を脱いでいた。
「わしは肩まで浸かりたい」
「陛下!」
家来が慌てる。
姫が王様を見る。
「お父様……」
王様が胸を張る。
「親子だな」
「似てますわね……!」
姫が顔を赤くする。
(この家族、ほんと似てる)
シルフィが俺の肩でふわふわしながら言った。
「ぬくい」
「しあわせ」
俺も足湯に足を入れた。
確かに、ぬくい。
世界が少しだけ丸くなる温度だ。
そのとき、ふわっと風が変わった。
シルフィがぱっと立ち上がる。
「まぞく」
「へった」
「最近ほんと出ないよな」
俺が言うと、ガルドが小さく頷く。
「……平和すぎる」
エルネスは足湯の中で目を細めたまま言う。
「平和は、回復が早いです」
「結論が回復なんだな」
ブロックが笑う。
だが、シルフィの様子が変わった。
羽が震える。
香りが苦くなる。
「おもいだした……」
「魔族、へった、でも」
「でかい」
「え?」
俺が顔を上げた瞬間――
ガルドが立ち上がった。
足湯の縁から一歩出て、遠くを見る。
いつもの“距離の目”だ。
「……千三百歩」
全員が固まった。
「巨大魔族が一体」
ガルドが続ける。
「こちらに向かっている」
足湯の平和が、一瞬で蒸発した。
「マジかよ」
ブロックが立ち上がる。
「規模が違う」
カイも弓を取るが、すぐに首を振った。
「遠すぎる」
「しかも、でかいのか……」
貴族たちの悲鳴が、芝域の方から遅れて聞こえてきた。
気づいたのだ。平和の向こうに、質の違う影が来ていると。
俺も足湯から足を出した。
「……行くか」
「行きましょう!」
姫が勢いで立ち上がる。
「待て」
ガルドが即止める。
「足を乾かしてからだ!」
(ガルド、今日はずっとツッコミ役だな)
⸻
芝域に戻ると、空気がまるで違った。
さっきまで笑っていた貴族たちが、打席の後ろで固まっている。
打ちっぱなしの打席が、急に“競技場”みたいに見えた。
俺が打席に立つと、視線が集まる。
(……見られながら打つの、慣れたな)
慣れた。
でも、今日の相手は“でかい”。
ガルドが横に立つ。
「……方向、ここからやや西」
「風は追い風」
シルフィが肩で言う。
「いま」
「かぜ、いい」
俺はドラン製のカーボンシャフトのドライバーを握った。
素振りを一回。
呼吸を整える。
ティーアップは――木のティー。
ドランに頼んで作ってもらったやつだ。
小さな木片が、芝の上にきちんと立つ。
そこに玉を置く。
構える。
(無理しない)
(当てるだけ)
振る。
カキィン。
乾いた音。
玉は空へ。遠すぎて、俺にはすぐ見えなくなる。
ガルドが目を細めた。
「……当たった」
「よし!」
貴族たちが「おお!」と声を漏らす。
姫が両手を握る。
だが、ガルドの表情が変わらない。
「……倒れていない」
「巨大すぎる」
「えええ!?」
王様が叫ぶ。
「当たったのに!?」
「当たっただけだ」
ガルドが冷静に言う。
「止まっていない」
遠くから――
低い、嫌な音がした。
ドン。
ドン。
地面が、わずかに震える。
(近づいてる)
「もう一発!」
俺は言って、構える。
二打目。
カキィン。
「……外れた」
ガルドが言う。
「いや、今のは当たった感触あったぞ」
「……右に流れた」
三打目。
焦りが混ざる。
手元が強くなる。
カキィン。
シルフィが叫ぶ。
「おーびー!」
「うわ、最悪だ!」
「おちつけ」
シルフィが珍しく長く言う。
「修正」
(修正、だ)
でも――
足音が近づいている。
ドン。ドン。
森の奥の影が、少しずつ形を持ち始めた。
黒い塊。枝を折り、風を乱し、空気そのものを重くする存在。
「……九百六十歩」
ガルドが言った。
「九百六十ヤードだ、ナオキ!」
「……ああ」
震える。
初めてのプレッシャー。
ゴルフ漫画で見るやつだ。
“手が言うことをきかない”って、こういうことか。
一度、深く息を吐く。
再びドライバーを振った。
乾いた音。
だが、感触が悪い。
「……くそ」
もう一度、振る。
また失敗だ。
芯を外した振動が、直接手に伝わる。
左手がじん、と痺れた。
気づけば、皮が剥けていた。
血豆が潰れ、赤い血がにじんでいる。
「……痛っ」
思わずクラブを離す。
風が触れるだけで、ひりひりした。
失敗が続くと、余計に力が入る。
力が入ると、また外す。
最悪の循環だ。
「……ダメか」
そう呟いたときだった。
無言で、影が伸びる。
ガルドだ。
彼は何も言わず、腰の袋を外した。
中から取り出したのは、年季の入った革の手袋だった。
柔らかく、しかし芯がある。
何度も使われ、何度も手に馴染ませた跡が残っている。
「これを使え、剣士だったときの習慣で、たまたま持っていた」
「……いいのか?」
思わず聞いた。
ガルドは、少しだけ視線を逸らす。
「もう、使わない」
それ以上は語らなかった。
俺は、左手にはめてみる。
――ぴったりだった。
指の長さも、掌の厚みも、驚くほど合う。
革が手を包み、痛みを優しく遮った。
「……いい感触だ」
握ってみる。
クラブが、逃げない。
力を入れなくても、ちゃんと握れる。
ガルドが、静かに言った。
「それなら、振れる」
俺は一度、深く息を吸った。
「……ありがとう」
ガルドは、頷いただけだった。
革越しに伝わる温度が、不思議と落ち着く。
――これなら。
俺はもう一度、ドライバーを構えた。
今度は、手が震えていなかった。
そのとき、後ろで杖が鳴った。
エルネスが立っていた。
足湯でぬくぬくしていたはずの人が、真顔で杖を振る。
ゆっくり。でも迷いがない。
ティーアップされた玉が、じわっと赤く染まった。
赤熱石のような、内側からの光。
エルネスが言う。
「火、玉に入れました」
「え?」
「火魔法です」
「……わたしの最大魔力すべて」
王様が息を呑む。
「これなら……!」
姫が叫ぶ。
「ナオキさん!」
ローナも駆けつけていた。
息を切らして、でも目が真っ直ぐだ。
「大丈夫です!」
「ナオキさんなら!」
ガルドが俺の横で、短く言った。
「……八百二十ヤード」
「打席からやや西だ」
「心配ない」
(心配ないって、ローナさんに言ったんだな)
俺は足幅を調整した。
肩幅より少し広く。
地面を踏む。芝の反発を信じる。
(無理しない)
(修正)
(当てる)
シルフィが言った。
「風の加護、フルパワー、いま!」
俺は振った。
カキィン。
玉が赤い光を引いて飛ぶ。
火球じゃない。燃え盛る爆発でもない。
ただ、熱の線が空に残る。
ガルドが言う。
「……命中」
次の瞬間、森の奥の黒い影が揺れた。
熱が走り、黒が剥がれるように崩れる。
巨大な身体が、ゆっくりと倒れた。
ドン。
地面が震える。
そして――空に、きらきらが散った。
鉱物。宝石。金貨。
花火みたいに降ってくる。
「宝だー!」
ドランの声が遠くから飛ぶ。
「急げー!」
商人たちが走る。
貴族たちが呆然と拍手する。
姫が跳ねる。
「やりました!」
王様が笑う。
「がはは!」
「勝ったぞ!」
ガルドが、視線を逸らしながら言った。
「……完璧だ」
俺は息を吐いた。
「ふぅ……」
そのとき。
エルネスがふらりと揺れた。
「……魔力、切れました」
「仕方ねぇな」
ブロックが肩をすくめ、エルネスを抱きかかえる。
そして、足湯へ走る。
するとなぜか王様も上着を脱ぎながらついていく。
「わしも回復する!」
家来たちが慌てて追いかける。
「陛下! 服!」
芝域に、また風が戻ってきた。
平和は守れた。
そして俺は思った。
――今日も俺、ゴルフしてただけなんだけど、でも、初めて緊張したゴルフだった。
あはは。
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2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。
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命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。
自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
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