異世界で魔族が全滅してるらしいが、俺は普通にゴルフしてるだけ ~無能扱いされた男が 、距離だけで世界を変える話~

ぬこまる

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36 万物のルウナ

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 ゴトゴト、ゴトゴト。

 馬車の車輪が街道を叩く音は、眠気を誘うはずなのに、今日は妙に落ち着かなかった。空は信じられないほど青い。雲は高く、風は穏やかで、草原は光を跳ね返している。

(こんな平和な青空の下に、竜がいるって本当かよ)

 俺は窓の外を眺めながら、ため息をついた。

 馬車の中には、工具や金具の入った箱がぎっしり積まれていた。金属音が鳴るたび、誰の荷物か分かる。

「……全部、お前のか?」

 俺が言うと、御者台から笑い声が返ってくる。

「がはは! 当然だ!」
 ドランが振り返った。
「鉱物が手に入ったら、その場で強化できるだろうが。道具は待ってくれねぇ」

(この人、温泉でも工房やってたな……)

 向かいの座席で、エルネスが杖を抱えたまま背筋を伸ばしている。顔色はまだ完全じゃないが、目だけは固い。

「魔族の要塞があった方角に行けばいいんだな?」
 ドランが聞く。

「はい」
 エルネスは小さく頷いた。
「その方角の深い森に……師匠はいます」

 俺は窓の外を見上げた。

 崩れた要塞が、遠くに見える。あの時、ここを——俺がドライバーでぶっ壊した。山が砕ける音が遅れて届いて、空に宝石が散って、ドランが商人たちを引き連れて回収に走って、まるで祭りだった。

(異世界に来てから、ほんと色々あったな……)

 芝で打って、ガルドが測って、妖精が意味わからんこと言って。

 ……あれ?

「そういえば、シルフィは?」

 口に出した瞬間、馬車の空気が少し硬くなった。

 ガルドが前方を見たまま答える。

「昨夜を最後に、見ていない」

「え」
 俺は目を瞬く。
「いつも朝にはふらっと来て、夜には森に帰るじゃん。あいつ、自由すぎる妖精なのに」

 エルネスが眉を寄せる。

「……いつも一緒では?」

「いや、ライフスタイルがあるんだよ、きっと」

 ガルドが短く言った。

「何かあったのかもな」

 冷や汗が背中に流れた。風が窓から入ってくる。さっきまで心地よかったはずの風が、一瞬だけ冷たく感じた。

 馬車は、要塞跡の近くを通り過ぎる。

 瓦礫は山になり、崖のように切り立っている。登れない。人間の足では無理だ。上空には鳥が輪を描いて飛んでいた。鳥なら簡単に行ける——そう思うと、腹が立つ。

 ドランが目を細めた。

「……もう宝石は落ちてねぇかな」

「馬に集中しろ」
 ガルドが即座に言う。

「すまん」

 だがガルドは要塞跡を見上げたまま、ぽつりと言った。

「……要塞にあるな」

「ん?」
 ドランが片眉を上げる。

「工房主が欲しそうなやつ」

 エルネスが首をかしげる。

「きらきら、ですか?」

 ドランが馬上で頭を抱えた。

「わしはバカか!?」
「なんで気づかんかった!」
「魔族はあそこを発掘場所にしてたんだぞ! 鉱物を蓄えてるに決まってる!」
「飛び散ったのは破片にすぎん!」

「でも登れんよ」
 俺が言うと、

「がはは! 庭師ミグルに道を作らせる!」
 ドランが即答した。

 馬車が止まりかける。

「ちょ、ちょっと!」
 エルネスが慌てる。
「城に引き返さないでください!」

「ちっ……」
 ドランは舌打ちして、手綱を戻した。
「お前らを届けたら取りかかる。約束だ」

「助かります」
 エルネスがほっと息を吐く。

 やがて街道は細くなり、ついに消えた。

 目の前には深い森。
 入口も出口も分からない。鳥が鳴き、葉がかさかさ揺れて、森そのものが「こっちだ」と言っているようだった。

「馬車はここまでだ」
 ドランが降りて言う。
「帰りは自力で戻れ。……死ぬなよ」

「死にませんよ」
 俺が言うと、

「死ぬなよ」
 ガルドが被せた。

(被せるな)

 ドランは去っていった。工具箱の音が遠ざかり、森の静けさが戻る。

 エルネスが杖を握り直した。

「こちらです」

 迷いがない。

 道はない。草と根と落ち葉だけだ。俺とガルドは顔を見合わせる。

「……どうやって分かるんだ?」
 俺が聞くと、

「微かな魔力の痕跡を辿ります」
 エルネスは小さく答えた。
「師匠は隠すのが上手いですが……私には、かすかに分かります」

「へぇ」

 ガルドが一言、低く落とした。

「見えぬものほど、確かにそこにある」

(急に名言)

 小川を渡り、倒木をくぐり、洞窟を抜ける。
 森の匂いが変わっていく。湿った土から、少しだけ冷たい香りへ。

 やがて、ぽつんと煙が見えた。

 小さな小屋。
 井戸。
 白い服が干されている。

 エルネスが、ふっと笑った。

「……変わってない」

 扉が開いた。

 出てきたのは——少女だった。

 白い肌。長い紫髪。横に長い耳。日傘を差している。太陽を避けるように、影の中に立っている。瞳は月のように淡く、見つめられると心が静かになる。

「……信じられん」
 ガルドが低く言った。
「師匠が子ども?」

「いえ」
 エルネスが首を振る。
「見た目は子どもですが、頭脳は大人です」

「コナンかな?」
 俺がつい言うと、

「こなん?」
 エルネスが首をかしげた。
「師匠は……エルフです」

「……エルフ?」

 少女――ルウナは、ほんの少しだけ笑った。
 それは、子どもの笑顔でも、大人の余裕でもない。
 長い時間を生きてきた者だけが持つ、静かな肯定だった。

「そう呼ぶ人もいるね」
「でも、ルウナって名前で呼んでくれていいよ」

 声は柔らかい。
 けれど、その奥に積み重なった時間の重さが、はっきりと感じられた。

 数百年。
 いや、それ以上かも。

 俺は、ゴルフ場で芝を踏んだときの感覚を思い出す。
 踏み荒らしても、何度も何度も戻ってくる芝。
 人の時間を超えて、そこにあり続ける生命の神秘を。

(……ああ)

 だからだ。

 彼女の存在が、この森と同じ匂いをしている理由が。

 ルウナは、日傘をくるりと回して言った。

「そんなに見られると、ちょっと照れるんだけど」

「……いや」
 俺は正直に言った。
「ファンタジー小説の挿絵が、目の前に立ってるなって」

 一瞬、ルウナはきょとんとしてから、ふっと笑った。

「変な人間だね」

 その笑顔を見て、俺は確信した。

 この異世界は、まだ俺の知らない“物語の層”を、いくつも隠している。
 そして――

 その一番深いところにいるのが、このエルフなのだと。

 森が、静かに息をした。

 少女が、日傘をたたんで言った。

「まあ、立ち話もなんだし」
「入りなよ」

 声は透き通っているのに、古い。時間の匂いがする。

「ルウナ様」
 エルネスが深く頭を下げた。
「お久しぶりです」

 少女——ルウナは、あっさり言った。

「そろそろ来ると思ったよ」
「三日ぶりだね」

「三年ぶりです」

「へー」

(へーで済ますな)

 小屋の中は、妙に落ち着く空間だった。
 木の床。暖炉の火。鍋がことこと鳴っている。梁には乾かしたハーブが吊られ、棚には古い本がぎっしり詰まっている。窓辺には石や壺。どこかジブリみたいに“生活”が魔法と同居していた。

 ルウナが鍋を覗き込む。

「スープ飲む?」

「いただきます」
 エルネスが即答した。

「大きい人は?」
 ルウナがガルドを見る。

「……もらおう」
 ガルドが言った。

「俺も」
 俺が言うと、ルウナは軽く頷いた。

 芋のポタージュだった。濃いのに優しい。体の芯にすっと入る。

「懐かしいです、この味」
 エルネスが目を細める。

「好きだったよね」
 ルウナが言う。

「はい」

 俺は訊いた。

「二人、どうやって知り合ったんです?」

 ルウナは淡々と言った。

「エルネスはね、魔力探知の天才なんだ」
「私のかすかな魔力を追って、森に入ってきた」

「そんな立派じゃありません」
 エルネスが照れたように言う。
「ただ気になっただけです」

「八日ほど訓練したね」
 ルウナが言う。

「八年です!」
 エルネスが即ツッコむ。
「城と森の往復で体力もつきましたよ!」

 ルウナは、ふっと笑った。

「でも途中で逃げ出した」
「まだまだ覚える魔法はたくさんあるよ?」

「そうですが……苦手なものはちょっと……」

「なんだそれは?」
 ガルドが聞く。

「氷だよ」
 ルウナが言う。

 エルネスが恥ずかしそうに俯く。

「あったかい火は得意なんですが」
「冷たいのは、ちょっと……」

 俺とガルドは同時にずっこけそうになった。

(だから温泉が好きなのか……)

「まあ、訓練を再開しなよ」
 ルウナはさらっと言う。
「魔法は奥が深いよ」

「はい」
 エルネスは真面目に頷く。
「深くて抜け出せなくなったら助けてくださいね、師匠」

「わかった」

 暖炉の火がぱちぱち鳴る。
 エルネストは、椅子に深く座り、ぬくぬくしている。

 どのくらい、こうしているだろう。

 ……で?

 俺は立ち上がった。

「エルネス! 魔法の特訓は!?」

「……あ、もうちょっと休んでから……」

「久しぶりに実家に帰ってきた人みたいだな!?」

 ルウナが肩をすくめる。

「ま、ごゆっくり」
「私も暇じゃないんだよ」

 よっこいしょ、と立って奥の部屋へ行く。

 俺は小声でエルネスに聞いた。

「ルウナって何歳?」

「たしか1500歳くらいかと……」
 エルネスは困ったように言う。
「本人も深く考えてないみたいです」

(1500歳が“深く考えてない”って何)

 奥の部屋で、ルウナがガサゴソやっている。

 気になって覗くと——

 本でびっしりだった。
 棚には古い壺、石板、骨みたいなもの。
 それから、どう見てもこの世界のものじゃない物が混ざっている。
 光る板。黒い箱。妙に薄い金属片。……スマホみたいなやつ。

(オーパーツの博物館かよ)

 さらに机の上に驚いた。

 妖精が寝ている!

「……シルフィ!」

 俺が駆け寄ると、シルフィは動かない。
 よく見れば羽が破れている。裂けて、光が薄い。

「可哀想に……」

 ルウナが背後から言った。

「今は眠らせてる」
「羽が破れてるのに、飛ぼうとするんだ」

 ガルドが眉をひそめる。

「何があった?」

 ルウナが日傘を肩に担いで言った。

「赤いやつに会ったのかも」

「赤いやつ?」
 俺が聞くと、

「ドラゴンだよ」
 ルウナがさらっと言った。
「ものすごく強い」
「火を吐くし」

 そして、急に可愛いことをする。

「がおー」

 口で火を吐く真似までした。

(1500歳、かわいいな)

 ガルドが真顔で言った。

「妖精は助かるのか?」

「うん」
 ルウナが頷く。
「この古文書によると」
「魔族を産む大樹の葉を煎じて飲めば、どんな傷も病も治るらしいよ」

 さらっと、とんでもないことを言った。

 ガルドが一拍置いて聞いた。

「……俺は?」

 ルウナは首を傾げた。

「大きい人も、だいたい治るんじゃない?」

 俺は唖然とした。

(え、右腕、治るの?)
(その一言、世界変わるんだけど)

 ルウナは机の上の古文書をぱらぱらめくる。

「まあ、条件はあるけどね」
「葉が必要」

 暖炉の火がぱちぱち鳴る。
 スープの匂いが優しい。
 その机の上で、シルフィが静かに眠っている。

 世界の仕組みを、当たり前みたいに語るエルフ。

 俺は思った。

(いったい何者なんだよ、この子ども……)

 そしてもう一つ。

(……俺たち、ここからが本番かもしれない)

 森の外はまだ青空だ。
 でも、その青空のどこかに、赤い翼がいる。

 静かな火種は、まだ消えていなかった。
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