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  番外編 モニカの心もよう

あなたの幸せしか願っていなかった。

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 出会ったときから、あなたの幸せしか願っていなかった。
 でも私では、あなたを幸せにできない……。
 
 だから隠さなければいけない。
 あなたに恋する気持ち。
 諦めよう、この恋は報われない。

 でも、でもね。
 
 あなたの幸せを叶えてあげたい。
 
 そのためなら、私は悪魔にだってなる!
 
 これは、その記録。
 
 上塗りして、隠そう。
 
 まさか絵画のなかに恋文があるとは、誰も思わないでしょ?
 だって、本当にあなたのことが愛おしい。
 あなたの顔の下に、私の恋文を書いてしまおう。
 こうやって上塗りすれば文字を隠せるから、いくらでも気持ちをぶつけられるし、多少はスッキリできる。
 上塗り……。
 そうか、この恋する気持ちも、上塗りしたかったかもしれない。
 ナルシェ・パシュレミオンと婚約して、あなたの好きな人を自由にしてあげたけど……。
 
 でも、でもね。
 
 やっぱりダメだった。
 ナルシェのことは好きになれそうもない。
 あなたを好きな気持ちに上塗りなんて、できないよ。
 私は、バカな女。
 ずっとあなたの幸せしか願っていない。
 
 私の名前は、モニカ。
 
 平民だから性はない。
 そんな私が王都の魔法学園に入学できたのは、ガレーネ伯爵の推薦があったから。
 そう、すべてはここから始まった。
 この湖に浮かぶ美しい城から……。
 
 私の生まれは、都市アグロスにある田舎の農家で、地元の学校に通いながら家の手伝いと、趣味の絵描きをしていた。
 学校の勉強はつまらないし、鶏の世話は臭くて、いつまでもやっていられない。
 まぁ、鶏は可愛いから、よく絵を描いてあげたけどね。
 
 コケッコー!
 
 おまえたちは、幸せか?
 人間に育てられ、食べられ、死んで……。
 
 まさか私も、鶏か?
 
 誰かに食べられるために、育っている?
 
 背中が、ゾクっとした。
 不思議なことに、このままではいけないと思った。
 何かをしないと、私の一生は鶏を育てて終わる。

 そこで私は、十三歳のときに思い切った。

 商店街の大通りで“似顔絵”を描いてお金を稼ごうと実行に移したのだ。
 まずは、お金が必要だ。
 経済的に豊かになることで、人生の選択肢が広がる。
 とは言え……。
 お金は、私を成功に導く手段でしかなく、父と母を説得する材料でしかない。
 お金は、あっても損はないし、苦労もしなくなるが、その分だけ努力もしなくなる。
 父も母も初めの頃は、女の子ひとりで街で絵を描くなんて、危ないからやめさない、なんて頭ごなしに反対したけど、私が帽子いっぱいに詰まった金貨を持って帰ると、大いに喜び、賛成する方向に気持ちが変わり、あまり仕事をしなくなった。
 ますます私は、学校の休みの日になると、路上で似顔絵師をやった。
 
 どうやら、私は可愛いらしい。

 路上で似顔絵師をやっていると、ぞろぞろと冒険者たちが列をつくる。
 俺も、私も描いてくれ、と言う。
 かっこいい人や、綺麗な人はそのまま描くが、ブサイクな人には、美化してあげるサービスをつけた。
 それが受けたようで、がっぽり儲けた。
 不思議なもので、人間というのはお金を手に入れると性格が変わる。
 父も母もさらに働かなくなって、ついに従業員を雇って鶏の世話をさせるようになった。
 一方私は、お金に興味がなかった。
 私は、絵を描くことが、何よりも好きだったから。
 
 好きで、好きで、仕方なかった。
 
 まっしろな紙に風景を描く、人物を描く。
 または、空想上の神々を描く。特に水の神クリュードを描いた。
 私は、水が好きだから。
 絵の具に溶ける、綺麗な水が……。
 
 そんなある日、奇跡が起きた。
 家のアトリエで神々の絵を描いていたら、クリュードが現れた!
 虚空に浮かぶ絵画のなかに、神がいる。

『そんな顔していない……』

 そうつぶやくクリュードは男の神で、さわやかな青い髪をしていた。
 彼が言うように、教典に描かれているクリュードと、実物のクリュードは、よく見ると少しだけ違っている。

 眉の位置、耳に形、首筋の太さ、胸板、お腹、下半身……。
 
 空想上の彼よりも、いかつい身体がそこにはあった。
 彼は、羽織っていた一枚の白い布をはだけさせ、私に身体を見せてくれた。
 嬉しかったけど、私も一応女の子なので、恥ずかしい気持ちが強くなってきて、クリュードが布をすべて取ろうとしたとき、とっさに彼の顔面をビンタした。
 怒られる、そう思ったけど、なぜか嬉しそうに微笑む彼は、変態だと思った。
 しかも、私のことが気に入ったようで……。
 
『モニカに水魔法の加護を与えよう』
 
 そう言って、姿を消した。
 あれ以来、たまに現れては、私に魔法の使い方を教えてくれている。
 水や氷をつくり出す不思議な魔法だった。
 水魔法らしい。
 これは、筆やパレット、色をつける絵の具もいらずに絵が描ける優れものだった。
 手のひらで浮かぶ水の塊が、自分の思った通りの色に変わっていく現象は、なんとも言えないほど興奮した。
 この世界のすべてが、私には描ける!
 そう思った。
 
 そして、私が十四歳になったとき。
 相変わらず、路上で絵を描いていると、冒険者ではないひとりの紳士がやってきて、似顔絵を描いてほしいと依頼してきた。
 路上に落としてある帽子には、金貨が倍払っている。
 着ている上等な服から、紳士が貴族であることを理解した。
 そして似顔絵が完成した瞬間に、人だかりができるているのに気づく。
 と同時に、風の噂が聞こえてきた。
 どうやら、目の前にいる人物は、ガレーネ城に住む侯爵らしい。
 ということは、私はこの都市アグロスを統治する人物を描いていたことになる。
 わぁ、と心から震えた。
 彼は、たくわえた立派な髭を触りながら、私に告げた。
 
『君の才能を開花させたい……ガレーネ城に来てください』

 そこから、私の人生は動き出した。
 歯車が一枚、一枚、噛み合っていくように、とんとん拍子に進路が決まっていく。
 十五歳になった私は、王都にある魔法学園へ入学し美術の履修をするように進められた。
 普段は寮で生活をして、休みになったらガレーネ城で自画像を描く。
 そのような、ガレーネ公爵との契約であった。
 公爵は、どうやら大きな自画像を描いてもらいたいらしい。
 いろいろな芸術家に話を持っていったけど、公爵が納得できる人物は、私以外にありえない、そう言ってくれた。
 まあ、控え目に言っても、私は絵を描くことに関しては天才。
 この都市アグロスで、私の右に出る者はいないだろう。
 魔法学園への入学手続きや生活費などの金銭面のすべては、ガレーネ伯爵が出資してくれ、実家にも大金が送られた。
 もちろん、父と母は大喜び!
 
 でも、でもね。

 これって本当に親孝行できているのだろうか?
 
 お金が欲しいなら、私ならいくらでも稼げる方法はある。
 そう結論にいたったので、この留学の話を断ろう、そう思った。
 しかしガレーネ城で絵を描いているとき、とんでもないことが起きてしまう。
 私は……。

 恋に落ちてしまった!

 信じられないけど、彼に見つめられると、心臓が爆発しそうなのだ。
 絵が上手だね、なんて優しい声をかけられたときなんて、緊張して何も言葉が口から出てこなかった。
 話せない私を見た彼は、不思議そうに首をひねっていた。
 ああ、嫌われた、そう思ったけど、なぜか彼は何回も私に声をかけてくれる。
 
 おはよう、こんにちは、さようなら……。
 
 その度に、私の顔は花が咲くように赤くなって黙りこんでしまう。
 簡単な挨拶すら、できない。
 なんだか悔しくて、家に帰ったあと夜な夜な、彼の自画像を描きまくった。
 美化なんかする必要もないし、したくもない。
 彼が、彼のそのままが、好きなのだ。
 そして、描いていて気づいたことがある。
 かっこいいから好きになったんじゃない、好きだからかっこいいんだ。

 くそっ!

 私は、彼の自画像を膝で蹴って叩き割った。

 ああ、どうやら、私は病気らしい。

 好きな人と会話が上手くできない、そんな恋の病だ。
 原因は、わかっている。
 平民の私が貴族の彼と付き合えるわけがなくて、この恋は完全に無駄もので、鶏の餌にもならないバカなことだと痛感しているからだ。
 だからなのだろう。
 この恋の気持ちを隠そう、隠そう、とすればするほど、私は彼と話せない。
 話せるわけがないでしょ?
 身分が違いすぎる……。
 ああ、なぜこの世界に身分なんてあるのだろう。

 貴族なんて、みんな死んでしまえばいい……。

 闇に落ちた私は、彼の好きな気持ちは隠しつつも、心のどこかで彼と離れたくないから、ついに魔法学園へ留学することを決めた。
 そして入学してすぐ、私ではあなたを幸せにできない、決定的な事実がわかった。

 彼もまた、恋に落ちていたのだ。
 
 その相手は、メルル・アクティオス。
 急発展をしている都市リトスの立役者であるアクティス男爵家の長女。
 あなたは、女を見る目がある。
 彼女は、素晴らしい人物だった。
 顔もスタイルも良くて、勉強もできる。
 性格は悪役っぽいところがあるけど、それは正義感によるものだろうことは、誰が見ても明らかで、彼女はいじめられている私を助けてくれた。
 あのとき、ありがとう、って言えなかったけど、心では感謝している。
 と同時に、やっぱり彼女はあなたに相応しい人物だと強く思い、ナルシェと婚約破棄させてよかった、そう確信した。
 ナルシェには悪いけど、傲慢な貴族がどうなろうと知ったことではない。
 メルルに未練タラタラだから、どうせ私との婚約も破棄してくるだろう。
 あとは、自由になったメルルとあなたがデートしてくれれば、それでいい。
 
 あなたの恋が結ばれて欲しい。
 
 出会ったときから、あなたの幸せしか願っていなかった。
 でも私では、あなたを幸せにできない……。
 
 隠さなければいけない。
 あなたに恋する気持ち。
 諦めよう、この恋は報われない。

 でも、でもね。
 
 あなたの幸せを叶えてあげたい。
 
 そのためなら、私は悪魔にだってなる!
 
 これは、その記録。
 
 上塗りして、隠そう。
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