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2匹目:手作りクッキーを踏み割られたらしいが自業自得だと思う 2/2
しおりを挟むアンジェリカはその清廉な性根を表すかのような真っすぐで艶やかな黒髪に、キリっと吊り上がった涼やかな金の瞳を持つ、すらっとした高身長美人だ。真面目な努力家で、その凛とした姿はとてもかっこいい。
女性が憧れる女性の見本とも言えるアンジェリカは、同年代の男性からは少々嫌煙されている。
その中に婚約者までも入ってしまっていることは残念だが、当てつけのように正反対なリリアンと親しくしてみせるのは、性格と趣味が悪いとジェマは思っている。
「ねぇ、あなたもそう思うでしょ?」
全く思わない。ジェマは心の中で返答した。
潤んだ瞳で首を傾げるリリアンの見た目は確かに可愛い。
けれど、なぜかまるで自分が1番とでも思っているかのような高慢なその態度は、これっぽっちも可愛くない。
「ひどいわよね。文句があるなら口で言えばいいのに、叩き落して踏みつぶすなんて!」
「もぐ……んぐ……」
小動物のようにほっぺにぱんぱんになるまでカップケーキを詰め込んでいたジェマは、こっくりと頷いた。
あの完璧令嬢アンジェリカが、今更嫉妬心で食べ物を踏むなんて真似をするとは思えなかった。しかし実際にボロボロに割られたクッキーが目の前にある。それ自体はジェマも酷いと思った。おそらく誰かに踏まれたことは本当なのだろう、と当たりをつける。
リリアンはわざと自作自演しなければならないほど、悲劇に困ってはいない。
カップケーキ美味しいなぁとぼんやり現実逃避しながら、リリアンの後ろで煌めく湖面を眺めた。
髪に入り込む風が心地よいというのに。
めそめそぷんぷんと泣いたり怒ったりたまに媚びたり、忙しなくうるさいリリアンがとても邪魔だった。
同じ話が繰り返され始め、次の授業もあるしと腰を浮かしかけたところでハッと気が付く。
(まさか、これが手土産のつもりだったのか……!?)
ほっぺにぱんぱんにカップケーキを詰め込みながら、バッと自称アンジェリカに踏み割られたボロボロクッキーを見下ろす。そんなジェマを見て、リリアンは愚痴を吐きつつも嬉々としてクッキーを押し出してくる。
「――それでね、アンジェリカ様が取り巻きに泥棒猫なんて言わせたのよ。そもそもアンジェリカ様がエリオットに冷たくするからいけないのに。自分が愛してもらえないのを全部私のせいにして罵倒するなんて……っ」
「噓でしょ……やって良いことと悪いことがあるじゃん……」
「ねっ。あなたもそう思うでしょ?」
愕然とするジェマに勘違いを暴走させ、リリアンは嬉しそうに、どれだけアンジェリカが冷酷で非道かを切々と語り始めた。
なんだかどっと疲れてしまった。のんびり休憩していたはずなのに、とんだ精神的苦痛を味合わされた。ちょっとした好奇心で「流行りの話題だから」と耳を貸さなければ良かった。
向かいに座るリリアンにも聞こえないちいさなため息を零した。それを誤魔化すようにすっくと立ち上がる。
「ごちそうさまでした」
「え、ちょっと。もう少し話を……あ、あの、あ! クッキー! 踏まれたけどちゃんと包んであったから綺麗だから!」
初めて直接的に勧められたことで嫌悪感がいや増した。誰かが踏んだクッキーなんて、他人に勧めて食わせるものではないのに。
この自己中心的なところがとても苦手だ。
ジェマはなぜか必死になってクッキーを食べさせようとしてくるリリアンを躱し、テキパキと片付けを済ませた。
「次の時間は講義がありますので、失礼いたします」
「そんな酷いわ! あなたも意地悪するのね……!」
「絨毯を仕舞いますので、ご起立くださいませ」
「ひどい……」
まったく聞き耳を持たずに絨毯を引っぺがし、まだめそめそと泣き続けるリリアンに背を向けた。
リリアン視点の話は情報収集という意味では予想外に役に立たなかったが、リリアンたちの過失が大きいのだろうということは確定だ。
この主役気取りのお花畑女は、他人をなんとも思っていないのだろう。
リリアンが来るまでは穏やかな時間だったというのに。
とても不愉快だ。
「百歩譲って割れててもいいから、踏まれてないものを持ってこいよ……!」
歩き出すとすぐに聞こえなくなったすすり泣きに、更にイライラが募った。
ふんふんっと鼻息荒く尻尾を振りながら、ジェマは飴玉を1つ口に放り込んだ。
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