乙女ゲームには興味がないので巻き込まないでください~話を聞いてほしいならおやつをよこせ~

夢路すや

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4匹目:おやつも持って来ずに罵倒してくる迷惑な客

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雨の日にはもう冬が来たかのように寒かったが、すっきりと晴れた今日は季節が戻ったかのようにぽかぽかと暖かい。

先ほどまで話に来ていた客も帰り、講師の都合でぽっかり空いた空き時間を持て余すように芝生をごろごろと転がる。

ふかふかのソファも好きだが、田舎育ちのジェマはぽかぽかの芝生も好きだった。たまたまそんなジェマを見かけた貴族令嬢に「倒れた」と勘違いされて、せめて絨毯くらい敷けとお下がりを貰ったのはご愛敬である。


「ふぁっふ」

大きなあくびを零して、もぞもぞと絨毯の上で体勢を整える。肌触りの良いブランケットに肩まですっぽりと包まって丸まると、とても心地が良い。

課題はあとで片付けよう、とタイマーを短くセットして、自然にまかせて目を閉じた。




「あー、寝てる?かわいいなぁ、ほっぺぷにぷにー」



(…………なにこいつ)

タイマーが鳴る前に、変なテンションで起こされ頬もつつかれた。小さな唸り声を発して頭をブランケットで包み込むと、引っ張られて隙間からはみ出したジェマの尻尾がべしんべしんと荒ぶりだす。


「マジで猫じゃん。ウケる」

いきなり寝ているジェマをつついた女子生徒は、触るなと雄弁に語っているジェマのブランケット包みを見下ろして笑った。

彼女が荒ぶる尻尾に触れようとした途端、べちんっと鞭で叩いたかのような音が響き渡った。

引き下がる様子もなく、くすくすと笑う声が無くならない。ため息を隠さず、イライラと尻尾を叩きつけながら起き上がる。


胸の下辺りで切りそろえられた量の多い髪は深いチョコレート色で、少しの野暮ったさが残る地味な女子生徒だった。

しかし眼鏡の奥に見えるヘーゼルの瞳は好奇心で煌めいていて、その不躾な視線がとても気に食わない。

タイの色を見るに錬金術科の3年生。錬金術科の棟からこの湖までは距離があるせいか、貴族令嬢でも結婚より就職を目標とする生徒が多いせいか、授業の合間にここまで来る錬金術科の生徒はとても少ない。

それを思えば、この不愉快な視線も『観察対象にされている』ゆえか。


昼寝から叩き起され、早朝より回らない頭でなんとか思考をまとめて心の中でやさぐれた。


「…………で? どちらさまです? 無理やり起こすほどの用事があるんでしょうね?」

「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃん。可愛かったからつい……」

「野良猫ならひっかいて逃げるレベルで不快ですが」

「だからごめんって」


へらへらと謝罪ともとれない謝罪をする女子生徒が、とてもうざったかった。何から何までとても気に食わない。

心の中で舌打ちをするが、ジェマは学園の生徒には一応それなりの礼儀を持って接すると決めている。しかし約束もなくやってきて昼寝の邪魔までされて、茶まで出してやる義理もない。


「あ、あのさ。その、話を聞いてくれるって聞いたんだけど」

「自分から募集したことはありませんし、押しかけられても困ります。わたしにも予定がありますので。それでは失礼します」

「は? なにそれ。平民の話は聞けないってわけ?」


ジェマがうとうとしている間はへらへらと笑っていたが、苛立ちを隠しもせず立ち上がるとその態度は急変した。

初めから見下されていることはわかっていたが、あからさまな蔑みは気分が悪い。気持ちよく昼寝している人を叩き起こしておいて、少しの申し訳なさも感じられない。


喉が渇いていたが、この人の話を聞かされたくはなかった。ブランケットや絨毯を秘密の部屋シークレットルームにしまい込む。


「……貴族令嬢は寝ている相手を叩き起こしたりしませんので」

「はっ。そうやって差別してんだ? 自分が玉の輿に乗れるからってずいぶん偉そうじゃん」

「…………人違いでは?」


実は高位貴族令嬢の相手しかしないと罵られることはよくある。けれど、そもそもジェマは店を開いているわけでも、相談者を募集しているわけでもないので『知らん』としか言えない。

高位貴族令嬢が多いのは、初めの相談者が侯爵令嬢で、そのあと彼女の周りから――つまり上から噂が下りて行ったせいである。

平民の相談者はそれなりに多いのだが、ジェマに話してもどうしようもないトラブルが多く、一緒に白花フェリーチェ会の方へ連れて行くことの方が多い。


例え爵位が高かろうと、知り合いでもない眠っている人に勝手に触り、ろくに謝罪もせず名乗りもしないで、自分の話だけ聞かせようとする図々しい相手の話なんて聞きたくない。

要約すると、

『お前が嫌いなんだよばーか!』

である。



「はぁ? ゲーム通りに攻略進めてるんでしょ? 悪役令嬢が怒っててめちゃめちゃ嫌がらせしてるってすごい噂になってんじゃん。乙女ゲームって現実にやるとただの不貞だよねー。恥ずかしくないの? 婚約者がいない人もいるけどさ、男爵令嬢が高位貴族複数人にちょっかいかけてどうするわけ? 全員男爵家に婿入りさせんの?」


ぺらぺらと早口に罵ってくるその表情はとても醜かった。もともと容姿に気遣っているように見えない地味さなのに、さらに歪んだ表情を浮かべていると可愛げの欠片もない。


錬金術科なら肌や髪の手入れ用クリームくらい自分で作れば良いのに。

学園では最低限の身だしなみを整えるのもマナーとされているため、そのくらいの材料であれば、錬金術科の購買で申請すれば安く購入できる。偏見もあるだろうが、その程度の努力すらしていない相手に恋愛に関することを責め立てられても、僻みにしか見えない。


「……都合が悪くなるとだんまり? さいてー」


しかしそれはともかくとして、ジェマには『ゲーム』も『攻略』も『悪役令嬢』も知らない。けれど心当たりはあった。


(またあいつの話か)


ジェマは嫌な臭いを嗅いだ猫のようにくしゃりと顔を顰める。あいつ――リリアン・ランズベリーの持ち込む厄介話が止まらない。

もう数か月前のことなのに忘れられない嫌な記憶が蘇り、思わず座り込んだままの女子生徒を思い切り見下してしまった。まだ名乗りもしない彼女はびくりと肩を揺らすが、ぶつぶつと暴言を繰り返すだけで謝罪もない。

聴こえるようにわざと大きなため息を吐き、キッと睨みつける。


「だから人違いですよ。わたし平民なので」

「……はぁ? そんな言い訳っ」

「うるさいですよ。その噂が本当だろうが嘘だろうが、あなたにわたしを蔑む権利なんざねぇんですよ。罵る相手探してわざわざ叩き起こしてまで罵倒して。あなたの話なんて聞く価値すらない。帰る」


口をぱくぱくとさせている女子生徒に背を向けた。か細い声で「待って」だの「違くて」だのと言っているが、ジェマには関係がない。


やはりすべてはあの女リリアンが悪いのか。

目を付けられた時点で終わりなのかもしれない。気持ちの良い晴れ空を見上げ、重いため息を吐いた。


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