一よさく華 -嵐の予兆-

いつしろ十蘿

文字の大きさ
8 / 22

七.残酷な再会

しおりを挟む
 そして、登楼とうろうの日。

「今日はちょっと」

 昼過ぎ、柚月が清名にそう言うと、清名も早く帰るよう促した。
 清名も柚月の仕事を承知している。

 城から末原までは距離がある。
 昼過ぎに出れば、遅くとも夜見世が始まる暮れ六つには間に合うだろう。
 
 柚月は秘書室を後にした。
 ところが、城の門のところまで来た時だ。

「柚月様」

 柚月は後ろから、誰かに呼び止められた。
 聞き慣れない声に振り返ると、男が柚月を見つめている。質素だが質のいい着物を着た、身なりのいい男だ。
 顔に見覚えがある。

 将軍、剛夕ごうゆうの小姓、枇々木ひびきだ。

 枇々木は柚月に丁寧に一礼した。さすが将軍の小姓。品のいい、穏やかな笑みを浮かべている。だが、腹の内が見えない笑みだ。柚月は不審に思いながら頭を下げた。

 将軍の小姓様が、いったい自分になんの用だろう。
 柚月は、枇々木とちゃんと言葉を交わすのも初めてだ。

「少し、よろしいですか?」

 断れるはずもない。
 柚月は頷いた。
 枇々木は行き先も告げずに歩き出し、城の西側、内堀と外堀の間に入った。

 通称「殿上町てんじょうまち

 政府幹部の屋敷が立ち並び、一つの町のようになっている。一般の人間は恐れ多くて、めったなことでは立ち入らない。
 入れない。
 そんな場所だ。
 その中に、小さいが、立派な寺があった。
 
 枇々木は、すっとその門をくぐり、入っていく。
 こんなところに、一体何があるのか、柚月は不審に思わずにはいられない。
 枇々木は迷いもためらいもなく進んでいく。
 柚月は黙って後に続いた。

 だが、境内を進み、建物の角を曲がったところで、柚月の足が止まった。
 苔むす静かなその場所には、多くはないが、きれいに加工された石が並んでいる。

 墓地だ。

「どうぞ、こちらへ」

 枇々木は立ち尽くす柚月を促し、更に奥へと進んでいく。

「ここは、尊い家柄の方々が眠られる場所なのです」

 枇々木は歩きながら、柚月の方を振り返ることもなく、淡々と説明する。
 確かに、墓石に刻まれている名は、どれも殿上町に住まう名家の物ばかりだ。

 だがなぜ、そんな場所に連れてこられたのか。
 柚月の不審は不安が混ざり、どんどん膨れ上がっていく。
 
 引き返したい。

 柚月は抑えようもなくそう思った。
 底知れない、嫌な感じがする。

 この先には、行くべきではない。

 柚月を押し戻すように、冷たい風が吹き抜ける。
 ふいに、枇々木が立ち止まった。
 柚月も足を止める。
 また、冷たい風がザッと吹いた。

「こちらです」

 そう言って、枇々木が差した先には、小さな墓石。

 墓地の片隅、ひっそりとあるその墓石は、ほかの名家の物と比べると加工が甘く、元の石の形を残している。だが、名が、そこに眠る者の名が、はっきりと記されている。

 瀬尾義孝せおよしたか

 柚月は息をのみ、それ以降、呼吸を忘れた。
 思考も、時も、何もかもが止まったようだった。
 ぐらりと視界がゆがみ、ただ、目の前の小さ墓だけが、そこに刻まれた親友の名だけが、はっきりと見える。

 体の中が、凍ったように冷たい。
 外の音は何も聞こえない。
 自分の心臓の音だけが、響いている。

「これは…」

 柚月の震える唇から、かろうじて声が漏れた。

開世隊かいせいたいの瀬尾義孝の墓です」

 枇々木は冷酷なまでに、淡々と言い放つ。

「先の戦の折、城に敵が迫り、剛夕様は椿様一人をお供に、城を出て市中にある本陣を目指されたのです。その道中、日之出峰で開世隊と遭遇し、襲われたところを助けたのがこの瀬尾義孝でした」

 柚月の脳裏に、日之出峰の情景がよみがえる。
 義孝を探して、歩き回ったあの景色。

「剛夕様は、せめて礼をしたいと、この墓をお造りになったのです」

 枇々木の声は冷静で淡々としているが、その目は、さげすむように「瀬尾義孝」と刻まれた墓石を見下ろしている。

 柚月は、微かな希望にすがった。

「ここに…。ここに、義孝は……いるんですか…?」

 遺体が、とは言えない。柚月は、この二文字を思い浮かべることさえできない。
 枇々木は冷たい目を柚月に向けた。

「いいえ」

 淡々と続ける。

「この下はからです」

 その言葉に、柚月はわずかに安堵し、微かに口元が緩んだ。

「柚月様もご覧になったでしょう。あの惨劇の後を。おそらく、瀬尾義孝は敵の追撃を逃れようと、怪我のまま茂みに入ったのです」

 枇々木の言葉に、柚月の脳裏に、再び日之出峰の景色がよみがえる。
 戦の直後。
 義孝と最後に会った場所に行き、その後義孝がたどったであろう道を歩いて回り、最後に、十人程度が争った形跡がある場所にたどり着いた。

 そこに、枇々木もいた。

 死体はすでに片付けられていたが、地面に残された銃弾の跡と、何かを引きずったような跡があった。そしてそれは、近くの茂みにまで続き、消えていた。

 あれが、義孝のものだったら。
 義孝が、傷ついた体で這った跡だったら。

 枇々木の口元が、にやりと笑う。

「日之出峰に捜しに行かれても無駄ですよ。見つけられたところで腐り落ちて、誰かも、いえ、何かもわからないでしょうから」

 枇々木の言葉が、柚月の心をえぐった。
 柚月は大きく見開き、その目で枇々木を見つめたまま動けない。
 真一文字に閉じた口が、震えている。
 
 枇々木もまた、柚月を見つめている。
 蔑むような冷たい目で。口元には、微笑みさえ浮かべて。

 日が、陰りだした。
 広がる陰に、柚月は日暮れを感じ、微かに、「暮れ六つ」という言葉が頭をよぎった。

 遊郭に、白峯の元に行かなくては。

 柚月は崩れ落ちそうなほど弱々しく枇々木に一礼すると、ふらりふらりと歩き出した。
 まるで、幽霊のような足取りで、境内に消えていく。

 夕焼けの空に、黒く、カラスが飛んでいた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

処理中です...