一よさく華 -嵐の予兆-

いつしろ十蘿

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六.雲間

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 翌日、柚月が報告の為に登城すると、珍しいことに、いつも雪原に茶を出す時間に椿が現れなかった。

 椿は柚月が小姓になるずっと前から、雪原の世話係だ。その世話とは、身の回りのことに限ったことではない。雪原が必要とすることは何でもする。
 情報収集も。暗殺も。
 
 椿もまた、柚月と同じく人斬りだ。
 
 かつて、柚月も彼女に狙われた。そして、そうとも知らずに、夜道は危ないだろうと邸近くまで送り、自身が仲間に裏切られ、殺されそうになった時には助けてもらった。その後、現在に至るまで雪原の世話になっている。

 妙な縁だ。

 ついでに、自分を殺そうとしていた相手とも知らずに、柚月が椿のことを好きになってしまったという喜劇は、今や、雪原の良い娯楽になっている。

 最近の椿は、雪原について城に詰めていた。
 その椿がいないのは妙だ。

 だが、雪原が、お使い頼んでいる、と言うので、柚月は特に気に留めず、代わりに茶の用意をした。用意をしながら、なぜかふと、秘書官たちの忙しそうな姿が頭に浮かび、ついでだ、と、秘書官たちにも茶を出した。

 秘書官たちが驚き、恐縮したことは言うまでもない。ほとんどの者が内心、偵察にでも来たのか、と疑った。
 なんせ柚月は、宰相の小姓だ。秘書官たちに茶を出すような立場にない。
 柚月は苦笑し、何度も「ついでですから」と言ったが、信じた者の方が少ない。

 その上、柚月は退室しようとした時、山積みの書類に目に留とめた。
 柚月にしてみれば、たまたま目に入っただけだ。
 だが、秘書官たちは慌てた。

「ああ、それは、清名様に提出する物なのですが、何分、今席を立てる者がおりませんので」

 さぼっていると思われてはかなわない。柚月の視線に気づいた秘書官が、言い訳のように説明した。

 確かに、秘書官たちは皆、全国から寄せられた報告書の処理に忙殺されている。席を立てる者がいない、というのは、本当だろう。

「俺、持って行きますよ」
「え⁉ いやいや、そんな、柚月様にそのような」

 柚月の何気ない申し出に、秘書官たちはさらに慌てる。止めようとするが、柚月は気にしていない。茶をのせてきた盆を置き、代わりに書類の山をひょいと持ち上げた。

「清名さんの部屋に持っていったらいいんですよね? ちょうど用があるので、ついでです」

 そう言って微笑むと、さっさと部屋を出て行った。

 清名の部屋に行くと、今度は秘書室に届ける書類が山積みになっている。本来なら、秘書室から書類を持ってきた者が、帰りに持っていくのだと言う。
 柚月はその書類を持って、秘書室に届けた。すると、秘書室には新たに書類の山ができている。
 柚月はまた、清名の部屋に運んだ。
 そうして、書類の山を抱えて秘書室と清名の部屋を往復するうちに、日が暮れた。

「こりゃ大変だな」

 それなりに体力も筋力もある柚月だが、さすがに疲れた。ただの紙とは言え、束になればかなり重い。それを持って部屋を往復するのは、かなりの重労働だ。しかも、秘書官たちの仕事はそればかりではない。本業は報告書をまとめることだ。

 ――秘書官って、結構大変なんだな。

 柚月は翌日も朝から登城した。
 書類の山を持って秘書室と清名の部屋を往復し、雪原に茶を出す時刻になると、「ついでですから」と秘書官たちにも茶を出し、一日が過ぎた。

 その翌日も、またその翌日も、柚月は朝から城にやってきて、書類の束を抱えて秘書室と清名の部屋を往復し、時間になると茶を出した。

「柚月は、何をしているのです?」

 柚月が書類の山を抱えて廊下を行く。それを遠目に見ながら、雪原はおかしそうに清名に聞いた。

「秘書室の仕事を手伝っているようなのですが」

 清名は「やめさせましょうか?」と問いたげに答えたが、雪原はむしろ歓迎しているようだ。
 見守るような優しい目をしている。

 書類を運ぶ柚月の表情が明るい。曇りも迷いもない、すっきりとした明るさだ。雪原はあんな顔の柚月を、久しぶりに見た気がした。

 結局次の登楼の日まで、柚月は毎日城に行き、秘書室の書類運びをした。
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