一よさく華 -証と朱色の街-

いつしろ十蘿

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壱.こんぱくと

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 その優しさは諸刃もろはつるぎ
 人を助け、その分、己を切り裂く。

 平穏は時に人を狂わせる。
 心にとがをもつ者ならなおさら。

 なら、優しい咎人は、平穏な日々に放たれると、どうなってしまうのか――。

 年が明けて、一月。

 雪原の別宅。
 底冷えする台所で、朝食の片づけをしながら、雪原麟太郎ゆきはらりんたろうの愛人、鏡子は、隣にいる椿の様子を気にしている。

 ため息こそついていないが、椿の顔は、つまらないな、と言っている。
 この娘にしては、珍しいことだ。
 だが、その理由も、鏡子にはすでに分かっている。

 柚月ゆづきだ。

 柚月一華ゆづきいちげ。もとは政府に戦を仕掛けてきた組織、「開世隊かいせいたい」お抱えの人斬り。

 決して短身ではないが、夜の闇では女と見間違うほどの華奢な身の青年だ。
 だが、その剣の腕。
 彼の容姿からは想像しづらい。
 先の戦の前には、独りで政府要人を数多く手にかけた。

 色々あった末、今は雪原の小姓をしている。
 正確に言えば、陸軍二十一番隊所属宰相付小姓隊士だが、細かいことはいい。

 雪原は、今やこの国の宰相だ。将軍を支える身、政府の中で将軍に次ぐ地位にある。
 その雪原が、かつての敵である人斬りを小姓に抱えているのだから、この世はおもしろい。

 だが小姓と言っても、主に城の外でのことを任せたい、と言われ、柚月はここ、雪原の別宅の離れを自室として与えられて暮らしている。

 椿はこの柚月に会えるのを、心の内で楽しみにしていた。
 自分でも気づかないうちに。

 椿は雪原の世話係だ。
 ここしばらく、仕事が忙しい雪原に付いて椿も城に詰めていたのだが、先日、雪原がいったん本宅に戻るというので、椿はこの別宅に帰ってきた。
 柚月と顔を合わせるのは久しぶりだった。
 
 だが。
 
 最近の柚月は部屋にこもったきり、食事と風呂とかわや以外、出てくることがない。
 たまに出て来たかと思えば、離れにある自身の部屋の前の庭で、刀を振っている。
 それも、何かをかき消すかのように、一心不乱に。
 そして疲れ果て、廊下に寝転がると、また部屋に戻っていく。

 今日など、そのまま庭にへたり込んでいた。
 雪がちらつきそうなほどの寒空の下、自分の限界も分からないほど、打ち込んでいたのだろう。
 それほど、最近の柚月は何かにとらわれている。
 
 ろくに言葉も交わせていない。
 とうとう椿の口からため息が漏れた。

 見かねた鏡子が使いを頼み、「いろいろ買ってきてほしいから」と、柚月に一緒に行ってやってほしいと頼むと、意外にも素直受け入れ、二人で出かけて行った。

 よく晴れた午前、冬の空気は冷たい。
 だが、街は活気に溢れている。

 戦の反動もあるだろうが、海外との国交を断つ政策「封国ふうこく」が廃止されたことで、海外文化の波が一気に押し寄せ、街全体が生まれ変わろうとしているような勢いがある。

 通りを籠が行く。
 封国下でも貿易が許され、異国の人々が行きかっていた横浦では、海外製の馬車が走っていた。

 そう遠くないうちに、このあたりでもそんな光景が見られるようになるんだろうな。柚月は遠ざかっていく籠を目で追いながら、ぼんやりとそう思った。

 柚月のザンバラ髪のような無造作な短髪を、冬の風が撫でる。
 その隣で、椿が自身の手にはあっと息をかけた。

「寒いですね」

 そう言ってちらりと見上げると、柚月も椿の方を見ている。
 目が合った。

 柚月は、久しぶりに椿の顔を見た気がした。
 白い肌、明るい色の髪は絹糸の様に繊細で、目はこの国の者にしては珍しく、緑が混ざっている。笑えば、鈴を転がしたような声だ。
 さらに今は、その白い頬が寒さでほんのり赤く染まっている。

 相変わらず、かわいい。

 柚月は急に恥ずかしくなって、慌てて話題を探した。
 だが。

「城はどう? 忙しそうだった?」

 そんなことしか出てこない。
 聞くまでもない。
 忙しいに決まっている。
 当然だ。

 咄嗟の話題と言うのは、なぜ、仕事か天気の話になるのだろう。
 自分の引き出しの少なさに、柚月は一人かってに落胆した。

 だが椿にしてみれば、そんなとりとめのない会話さえ久しぶりだ。
 嬉しい。
 それが顔に表れ、ぱっと笑顔になった。

「ええ、私には詳しいことは分からないんですけど、皆さんお忙しそうです。清名さんもずっと城に詰めてらして。でも久しぶりに帰るっておっしゃってたから、きっと、今頃道場ですよ」

 声も弾んでいる。

「道場?」

 柚月は思わず聞き返した。

 清名は雪原の腹心の部下で、今は宰相である雪原を補佐する、宰相補佐官になっている。
 寡黙で忠誠心が強く、いかにも武士といった感じの男だ。

 だが、道場とは?
 初耳だ。

「あ、すみません、ちょっと」

 聞き返した柚月の声と重なるように、椿は薬屋を差した。
 鏡子から何か頼まれたものがあるのだろう。

「すぐ戻ります」

 そう言うと、椿は笑顔を残して薬屋に入っていく。
 柚月は店先で待つとにした。

 店の前の通りを、人々が行きかう。
 柚月は、それをぼんやり眺めた。

 白い息が、ふわりと舞って消える。

 ふいに、通りを行きかう人の奥、はす向かいの小間物屋が目に入った。
 棚に、女物の小物が見える。
 柚月がふらっと近づくと、愛想の良い店主が顔を出した。

「おや、柚月様」

 何度かこのあたりを行き来するうちに、顔なじみになっている。

「何かお探しで?」

 柚月は「ああ、いや」とあいまいな返事をしたが、さすが商売人。

「贈り物ですか?」

 人のいい笑顔で追撃してくる。
 柚月はなんだか恥ずかしくなり、「うーん」と一瞬宙を見たが、観念した。

「はい」

 としか答えなかったが、その様子から、女への贈り物だと容易に察しがつく。
 店主はにこやかに頷いた。

「これなどいかがでしょう」

 そう言って、銀色の小さな金属製の入れ物を差した。

 円柱を平たくしたような形の物で、表面に細かい模様が彫られている。
 塗り薬を入れる物に似ているが、その割には豪華なつくりだ。

 柚月が、何に使うのだろうと思っていると、それを察したように店主が手に取り、パカッと開けて見せた。
 中は、鏡になっている。

「舶来の物で、こんぱくと・・・・・、というんですよ」

 店主はにこやかに説明したが、柚月の耳には届いていない。
 こんぱくと・・・・・が開くのを見た瞬間から、目をキラキラさせている。
 単に珍しい、というより、こんなところに鏡が! という感動があった。

 柚月は店主からこんぱくと・・・・・を受け取ると、まじまじと見た。

 ――きれいだな。

 月を見るようにかざす。
 ふと、嬉しそうな椿の顔が重なった。

「お似合いになると思いますよ、椿様に」
「え⁉」

 店主の言葉に、柚月の肩がびくりと跳ねた。
 店主の方はは相変わらず、人のいい笑みを浮かべたまま柚月をじっと見ている。

「ああ、いや」

 柚月は慌てて言い訳しそうになったが、すぐに、うっと黙った。
 店主の笑顔が、全く動じない。
 何を言っても、見透かされそうだ。

「椿様はどこか、異国の雰囲気をお持ちですから」

 店主が何気なく加えた言葉に、柚月ははっとした。
 確かにそうだ。
 椿の肌や髪、目の色は、横浦で会った異人たちに似ている。

 だが、椿は彼らほどでもない。

 うまく言えないが、薄い。
 そんな感じだ。
 それがまた、彼女に不思議な雰囲気を与えている。

 よく見ると、店にはほかにも舶来品らしき物が並んでいる。
 横浦の露店の様だ。
 都の小間物屋にこれだけの品が並ぶということは、それだけ、貿易が盛んになったということだろう。

 柚月はこんぱくと・・・・・を買うと、店先で頭を下げる店主に見送られながら、小間物屋をあとにした。

 椿は喜んでくれるだろうか。
 想像すると、なんだかうれしくなりわくわくする。
 抑えきれず、にやにやしながら柚月はこんぱくとを袖にしまった。
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