一よさく華 -証と朱色の街-【改訂版】

八幡トカゲ

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参.見知らぬ男

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 その頃柚月は、行きかう人を避けながら、急いで薬屋へと引き返していた。

 ――けっこう長居しちゃったな。

 椿はもう用を済ませ、待っているかもしれない。
 もともと人通りが多いと言っても、大通りほどでもない。人が増えたわけでもない。だが、思うように進めない。
 じれったい。

「あ、すみません」

 思わず人にぶつかりそうになってしまった。
 咄嗟によけたが、よけたはずみで袖が揺れ、柚月は袖の中でコンパクトが躍ったのを感じた。
 その感触に、思わずまた、ふふっと笑みが漏れる。

 薬屋の前に、椿が立っているのが見えた。
 やはり、待たせてしまっている。

「ごめん、お待た…」

 そこまで言って、上げかけた手が止まった。
 椿が、男と話し込んでいる。

 男は、男子にしては短身な方で、椿より少し高い程度。やや童顔だ。それもあって幼く見えるが、年は一六、七といったところだろう。帯刀していることから武士だと分かる。着物の感じから、中級、いや、上級の武家の子息のようだ。
 だが、そんなことは問題ではない。

 ――誰だ。

 柚月は急に不愉快になった。
 椿の笑顔が、余計苛立ちを掻き立てる。
 柚月には見せたこともないような顔だ。
 親しみがにじんでいる。
 それを、見知らぬ男に向けている。

 気に食わない。

 柚月はつかつかと歩み寄ると、椿の腕を掴んだ。驚いた椿が振り返り、男の方も驚いた顔をしている。柚月一人、ムスッと不機嫌だ。
 誰?
 柚月がそう聞こうと、口を開いた瞬間。

「あっ」

 先に男の方が声を上げた。
 柚月に対してではない。
 驚きとともに柚月に向けられていた男の視線は、柚月の後方に移っている。
 何かに気づいたようだ。
 急にそわそわし始め、まるで隠れる場所でも探すようにきょろきょろしている。
 が、どうやらいい場所は見つからなかったらしい。

「じゃあまたね! 椿」

 そう言うなり、椿に手を振ると、柚月には一礼をして、逃げるようにかけて行った。
 慌てている割に礼儀を忘れないあたり、教育が行き届いている。やはり、少なくとも中級以上の武家の子息なのだろう。
 だが、今の柚月にとってはそんなことはどうでもいい。

 ――つばきっ⁉

 呼び捨てだ。
 男は椿を呼び捨てにした。
 いかにも仲良さげに。

「誰?」

 柚月はイライラを隠しきれず、声まで不機嫌になっている。
 だが、椿は気が付かなかい。明るい顔を柚月に向けた。

「ああ、あかしですか?」

 ――あかしっ⁉

 椿まで男を呼び捨てに!
 柚月のイライラが、限界を超えた。
 もう体裁もクソもない。とにかくムカついている。

「いや、もういい…っ!」

 そう言い捨てるなり、さっさと歩きだしてしまった。

「え…?」

 椿はやっと柚月の様子に気が付いた。
 だが、いったい何があったというのか。

 柚月は椿を置き去りに、どんどん行ってしまう。
 椿は慌てて後を追った。

「柚月さん?」

 呼んでも、振り向きもしない。おまけに、異常に速い。いつもは自然と椿に合わせている歩調も、今はすっかり忘れ去られている。
 椿は訳も分からないまま、小走りで柚月の背を追うしかなかった。
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