私を捨てないで!

橘五月

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By sweets (後編)

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 ウルトラさんはクリームこそ飛び出しているものの、まだご存命でした。幸か不幸か
 、あのうるさい口は動かなくなってしまったようですが…………。

 私たちは震えながら、ウルトラさんを突いた“何か“を見つめています。次は自分の番ではないかと怯えながら。
 しかし“何か”はその後、すぐに帰って行ったのです。ひとまずの窮地は脱したのでしょうか。私は恐怖を紛らわすため、話の通じるまともな彼女に話しかけました。

「とりあえずは、助かったみたいですね?ーースーパーに着いたらその後のことは聞いていますか?」

「え、ええっと……。ス、ステージに乗せてもらってアピールするらしいよ。『あたしを買って?美味しいよ?』って」

 彼女もかなり動揺していたようですが、私と同じように誤魔化すように平静を装っています。さすがはまともな彼女。

「そ、そうですか。では外ではステージの準備をされていると……ひゃぁっ!」

 突然箱の上部が開き、薄暗い箱の中にまばゆい光が一斉に雪崩れ込みました。急な明るさの変化に順応できず視界はブラックアウトしましたが、私たち8個のうち誰かが攫われたのが音と感覚で分かりました。

『うわ、やっちゃった。流石にこれは出せないか……。ああ、また怒られるなぁ』

 視界が元に戻るとそこには男の人間がいて、ウルトラさんを掴みながらぼやいていました。一体彼女をどうするつもりでしょうか。中身を元に戻してあげるのでしょうか。あんな悲惨な姿はこれ以上見てられなかったので、早く直してあげてほしいところです。

『おいこらバイト!また商品壊しやがって、何個目だよ全く。お菓子の箱開ける時は優しくって、一回で覚えろや!』

『す、すみません。思ったより力が入っちゃって。……あの、これ廃棄ですよね?』

『当たり前だろさっさと捨ててこい!持って帰るなよ!』

『はい』

 …………。捨てて、こい?ウルトラさんはまだステージに立ってすらいないのに、そんなことってあるんですか??

「あの、捨てられると私たちってどうなるんですか?」

「そんなの、あたしにも分かんないよ……どうなるんだろう……」

 男の人間に彼女が連れて行かれるのを、私たちは黙って見ることしか出来ませんでした。彼女が一体どうなったのかは分かりませんが、あの時の表情の意味は恐らくこんなところでしょう。

 “私を捨てないで!”

 それからは何事もなく進んでいきました。

 ビクビクと怯えていた私たちですが、普通にステージに乗せられ、普通にお客さんと接しています。これが接客というやつですか。怖い思いをした後ということもあり初めは表情も強張っていましたが、次第に慣れて元気にアピールをできるようになりました。

「私は美味しいシュークリームです!食べれば幸せいっぱいになれます!ぜひ!」

 ごくごく一般的なアピールをしていた私ですが、他の方々は違ったようです。

「おや、あなたは集中力がないと悩んでいますね?甘いものを食べれば集中力が上がるんです。え、何を食べればいいかって?そんなのわたくしに決まってますわ?」「食べてー」「魂よこせ」

 皆さんとても独特なアピールをされていました。一つ妖怪が混ざっていたような気がしますが。

「あなたたち、よくやるよね。どうせ声なんか聞こえてないってのに」

 ステージに立ってから、まともな彼女は一度もアピールをしませんでした。確かに彼女の言う通り、人間たちに声は届きませんので無駄かもしれません。でも、

「やれる事はやりたいんです。もし駄目だっても満足、とはいかないですが諦めはつきます。何もせずに“あの時こうしておけば“って思いながら生涯を終えたくないんで」

「へー。意味ない事ってやれる事じゃないと思うけどねあたしは。だからあたしは……え?」

 私の横にいたまともさんが宙に浮きました。重力を無視して彼女はスーッと上空へと登っていきます。
 そうです、まともさんは選ばれたのです。これで彼女は念願の永遠の魂が手に入るのです!

「あ、あたし選ばれたっぽい。じゃあね、またあっちで会おうねー」

「ええ。またお話しましょう」

 私がそう口に出した頃には既に彼女はカゴに入れられており、もうずっと遠くに行っていました。よかったですね、まともさん。なんだか私もワクワクしてきました。一際元気よく私はアピールをするのでした。

「美味しくて美しいシュークリームですよー!あなたに幸せたくさん届けまーす!」とか

「私のクリームは絶品です!一口食べただけで絶命しますよー!」とか。

 シュークリームは一つ、また一つと売れていき、閉店の時間を迎えました。
 気づけば周りには誰もおらず、私1人でした。あれだけ狭く感じたステージも、私1人にはあまりにも広すぎます。思わずため息を漏らしていました。

「はあ……。皆さん行ってしまわれましたか。……寂しい」

 照明が落とされ暗くなった店内が、今の私の心を映しているようでした。

「明日はきっと、選ばれる……から…………」

 そうして私は眠りにつきました。

 ○

 翌日、私は強い衝撃によって起こされました。ステージに乗っていたはずが、なぜかカゴの中に入っています。まさか!

「私、選ばれ……うぐっ!」

 私の上にエクレアさんが飛んできました。さらに種類の違うエクレアさんやシュークリームたちが次々に私のいるカゴへと降り注ぎます。なんなんですかこれは。重みでちょっとクリーム漏れましたけど?大事にしてください!

「あんたもそうなんだ。可哀想よね、ウチら」

「どういうことですか?というかあなた誰ですか」

「誰って、エクレアよ。見てわかるでしょ」

 あ、さっき飛んできた彼女でしたか。これは失礼。

「で、さっきの可哀想ってどういう意味ですか?」

「そのまんまよ。まだ食べられるのに捨てられるなんて、可哀想以外の何者でもないでしょうに。捨てられるために生まれたんじゃないってのに、不条理よね」

「ちょっと待ってください、何か勘違いされているのでは?私たちは選ばれたんですよ?これから食べてもらえるんです。ほら、ちゃんとカゴに入ってるじゃないですか」

 私はなんともおかしな事を言う彼女に、得意げに話してあげました。

「捨てられる時は男の人間に連れて行かれるんです。昨日私見ましたから間違い無いですよ」

「うん、その男の人ってあんな顔してたでしょ?」

 上を見やる彼女。視界を阻むスイーツたちの隙間からカゴにスイーツを入れまくる人を見ると。

「……ウソ、ですよね…………?」

 カゴにスイーツを入れまくっている彼は、昨日ウルトラさんを連れて行った彼でした。

「だから言ってるじゃん、ウチらは捨てられるんだって」

 同じ箱の皆さんが選ばれたのだから、私も選ばれるものだとばかり思っていました。一晩ステージに残されたので、きっと次の日もここに居れると思っていました。
 ですが現実は甘くなかったようです。私たちは大きな袋へ移し替えられました。そして、袋の口が閉ざされたのです。

「あのー、暑いですね」

「そうね」

「エクレアさん、クリーム出てますよ。死にそうですね」

「あんたもね」

「私たちどうなるんですか?」

「他のゴミと混ぜられてぺしゃんこにされるんじゃない?ま、それまで生きてられればだけど」

「…………どうしてそんな冷静でいられるんですか!捨てられちゃうんですよ?どうして!」

 私は恐怖と暑さでどうにかなってしまいそうだというのに。どうしてエクレアさんは平然としてられるのか。彼女は死ぬのが怖く無いんでしょうか。それとももう満足しているのでしょうか。
 エクレアさんの答えはあまりに簡素なものでした。

「だって、仕方なくない?」

 彼女が続きを語り出すものと思って待っていましたが、その気配はなく、ただただ黙っているだけでした。そして黙ったまま、一足先に彼女は死んでしまいました。

「確かに、仕方ない……ですね。私、アピール必死にやったんです。聞こえてないって分かってても、頑張ったんです。やれるだけやったんですから、悔いなんて……悔いなんて……!」

 どうしてでしょうか、悔いなんて無いはずなのに涙が止まりません。ポロポロと涙が溢れてしまいます。もう止められません。あんまり泣くとクリームが不味くなるのですが、もう私には関係ありません。

「どうして私は選ばれなかったんですか!どうして何もしていない彼女が選ばれたんですか!どうしてまだ食べられるのに捨てるんですか!」

 どうして、どうして、と私は叫び続けました。声が枯れ、涙も枯れても尚、私は叫び続けます。その間にもどんどんと意識が遠くなっていきます。

 ほんの少しでも人間の心の中というものを体験してみたかったのですが。どうやらここで終わりのようですね。こんな状態でもまだ食べられるんですよ?私。

 では最後に、憎悪をたっぷり込めてあなたに言って差し上げましょう。

「私を、捨てないで!」

 それを最後に私の意識は深淵へと潜り込むのでした。
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