10044年の時間跳躍(タイムリープ)

ハル

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第38話 別れの言葉(1)

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(ここまで、か……)

 リョウは脱出手段がないことを悟った。完全に基地内に閉じ込められたのだ。

 最後は、自分の時代の施設の中で、キースの死体と共にこの世界から消えていく。そのことが皮肉に思えて、フッと薄い笑いをこぼした。

(まあ、無関係な人たちを巻き込まずにすむならそれでいいさ)

 急に脱力感を感じて、リョウはテレポーターに背を預けて座り込んだ。
 そして、自分がもうすぐ死ぬことにあまり恐怖を感じていないことに気づく。それは、あまりの現実感のなさによるものなのかもしれない。
 ただ、アリシアのことだけが気がかりだった。

(アリシア……、すまない。どうやらここでお別れだ)

 彼女が自分のことをどのように感じているかは分からないが、ずっと一緒にいて距離が近くなったことは間違いない。自分の死が彼女に大きな衝撃を与えると思うと、心が重くなる。

(せっかく、この時代も好きになってきたのにな……)

 この時代に目覚め、アリシアと出会い、ここで生きていくのも悪くないと思い始めてきたところだったのだ。100年にも満たない本来の生を生きたなら、絶対に会うことができなかった友人たち。こんなにも早く、彼らに別れを告げなければならないことが残念だった。

(最初は、中世にタイムスリップでもしたのかと思ったんだよな……)

 ふと、目覚めたときのことを思い出して、笑みが溢れる。無意識のうちに、世界が退化したものと思い込んでいた。
 そして、初めて魔道を見た時の衝撃。
 文明は科学という物差しだけでは測れないことを教えられたのだ。

 人類はこの一万年で進化した。

 今はそう思える。
 科学力が低くとも彼らには魔道がある。自分の時代では夢物語だった火の玉もテレポートもここではなんの装置もなく、修行するだけでできるようになるのだ。

(そうか、魔道は火と同じなんだ……)

 突然の理解が訪れ、リョウはふと視線を上げた。
 10万年以上の太古から、人類は火をおこし様々なことに使ってきたのに、つい数百年前まで燃焼の原理を理解していなかった。しかし、当然その間も科学の法則に則って効力が生じていたのであり、何らかのオカルト的な力が作用したわけではない。

 魔道も同じで、自然に存在する法則や力を使っているのには代わりはない。単に、人類が理解していないだけなのだ。逆に言えば、魔道を科学的に研究していけば、高度に発達したリョウの時代においてさえ発見されていなかった科学の真理も解き明かせるだろう。科学者として、これほど胸が躍る研究材料があるだろうか。
 
 もし、キースが自分と同じような目覚め方をしていれば、この時代で共に生き、さまざまな研究もできたはずだ。そう思うと胸が痛くなる。
 それももう叶わない。自分は彼の暴走を止めるために魔道を用いて倒し、そして、己もまた、間もなくこの基地と共に滅びるのだ。

 リョウは、やるせない気持ちで、数日前までは親友だった男の亡骸に目をやった。

(お前も、もう少し目覚めるタイミングがずれていれば、こんなふうにならなかったかもな……)
(ん……?)
(なんだ……?)

 ふと心に奇妙な胸騒ぎが広がっていく。

 何かは分からないのに、今ここで思い出さなければならないという切羽詰まった緊張だけが全身を駆けめぐる。何か自分が助かるためのアイデアが、湧き出そうなのに出ないような焦りにも似た感覚。

(あっ!)
 
 そして、気がついた。まだ脱出の方法が一つだけ残されていることに。

(そうだ!)
(俺はまだ助かる!)

 うまく行けば、アリシアを悲しませずに済む。
 リョウは立ち上がって走り出した。



■■■■


 そのころ、アリシアは、リョウのテレポートを今か今かと待っていた。

(爆発までもう少ししか時間がないはず……)

 自分が転送されてから父たちが送られてくるまで、これほど時間がかからなかったのだ。それが、まだ何の音沙汰もない。ジリジリした気持ちのまま、崖から発掘現場を見つめる。
 何やら複雑な操作をしていた彼の邪魔をしてはいけないと思い、こちらから声をかけることはしなかったが、そろそろ限界だった。
 だが、ちょうどそのとき彼の声が脳に響いてきた。

『アリシア、聞こえるか?』
『リョウ!』

 リョウの声を聞いて、大きく安堵するアリシア。

『みんなは無事にテレポートできたのか?』
『ええ、こちらに着いてる。それとね、聞いて! お父さんが生きてたの! あと、ガイウスさんも』

 アリシアが振り返る。すぐ後ろでは、仲間たちが必死になって二人に治療を施していた。

『おお、そうか! よかった』
『だから、あなたも早く脱出して』
『……いや、もう無理なんだ』

 アリシアは、自分の顔から血の気が引いたのが分かった。

『ど、どうしてよ?』
『あの後、キースが来てな』
『何ですって!?』
『なんとか奴は倒したが、テレポーターが壊れたんだ』
『うそ、そんな……』

 声が震えているのが自分でも分かる。

『そんな声出さないでくれ。今、最後の手段を試そうとしているところだ。うまく行くかどうか分からないがな』
『リョウ、お願い、死んじゃいや。帰ってきて』
『いや、うまく行かなくても多分俺は死なないんだ。ただ、お前とはもう会えなくなると思うが』
『そ、それはどういう……?』
『それはな……』

 リョウが自分の計画を手短に説明した。それを聞いたアリシアは半信半疑だった。

『そ、そんなこと、うまく行くの?』
『さあ、どうかな。もう一か八かだな。だが、他にこれしか手段がない』
『……うまくいくことを祈っているわ』
『俺もだ。でも、ダメだったときのために、さよならだけは言っておく』
『リョウ、そんなこと言わないで』
『アリシア』

 リョウの声が改まる。

『お前と会えて、そして短い間だったが、一緒にいられて楽しかった。こんな時に言っていいかどうか分からないが、俺は……お前が好きだ』
『ああ、リョウ……』

 アリシアは、急に自分の心が暖かいもので満たされ、そして、雲の上を歩いているかのようなふわふわとした感覚に包まれた。そうだったらいいのにと思っていたことが現実になったのだ。
 だが、同時に、今の状況も痛切に思い知らされる。
 せっかく自分の想いが通じた相手が、生きて帰ってこないかもしれないのだ。

『わたしも……』

 アリシアはそこで言葉を切った。そして、溢れ出しそうな想いを抑え、全く違うことを言った。

『……ねえ、私の気持ちを聞きたい?』
『ああ、聞かせてくれ』
『じゃあ、帰ってきて! 私の所に生きて帰ってきて。そうしたら教えてあげる。私のことを置いていく人なんかに、私の気持ちなんて教えてあげないんだから!』

 表情は見えないが、リョウが優しい微笑みを浮かべているのが感じられた。

『……分かった。必ずお前の所に帰るよ。もう返事を聞けないってのは懲りたからな』
『ホントよ。私、待ってるから。約束よ!』
『ああ』

 そこで、遠話が切れた。

「リョウ!」

 アリシアは思わず声に出して叫んだ。
 声が崖の向こうに消えていく。

(生きて……、そして私のところに帰ってきて……)

 だが、アリシアは感傷に浸る暇なく現実に引き戻された。

「だめだ、怪我がひどすぎる。このままでは二人とも助からん」

 その声に、我に返り、地面に寝かされている父たちの方を振り返る。
 エドモンドたちが、発掘隊が持参していた医療用具とポーションを使って、何とか治療しようとしているが、機械兵との激闘で負った傷は深く、重篤な状態だった。

「アリシアさん、もう私たちでは、どうしようもありやせん」

 二人のそばにしゃがんで必死に手当をしていたエドモンドが、無念の表情でアリシアを見上げた。

「そ、そんな……」
「フィンルート村に、回復呪文を使える医者はいないのですか?」

 リンツが村人達に尋ねるが、一様に首を振るだけだった。

「くっ、どうすればいいんだ」
「今から医者を連れて来るっていっても間に合わないですよね」

 横からおずおずとティールが言った。彼は、ガイウスの部下の中では一番の若手であるせいか、常に遠慮がちである。

「ん?」
「我が騎士団付きの優秀な医者がアルティアにいるのです。強力な回復呪文が使えるので、彼に見てもらえば助かるかもしれません」
「だが、時間がない。それに、この状態ではアルティアまで連れて行くのは無理だ。今すぐ連れて来れればいいんだが……」

 もう少しここがアルティアに近ければなんとかなったかもしれない。だがこの距離では……。一同は絶望的な気持ちで黙り込む。
 だが、アリシアに、奇跡とも思える素晴らしい考えが浮かんだ。

「それよ! 今すぐ連れてくればいいんじゃない!」
「え? で、でも、どうやって連れてくるんですか?」

 ここからアルティアまで往復で半日以上かかるのだ。テレポートなしでは到底間に合わない。

「簡単よ」

 アリシアは、にっこり微笑んで、そばにいたエドモンドを振り返った。

「エド。グスタフさんを連れてきて」
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