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第1章 サファイア姫の失踪
01: はじまりのゴォーク
しおりを挟む「弟まで、こんな目に合うとは、、、」
ロマンスグレーの髪をオールバックにした彫りの深い顔立ちの兄貴が言うと、物事は如何にも悲劇的に聞こえる。
いや実際、俺の置かれている情況は充分悲劇的なのだが、身体の方はボロボロなのに、俺の頭が冴え渡っているから、こんなに分析的になる。
「いえ、不幸中の幸いですよ。私のいるこの病院に運び込まれて来たんですから。それに香代ちゃんと同じ処置が施せます。弟さんの方は軽度だから回復の見込みは大いにあります。いろいろな意味で良かったんですよ。これで香代ちゃんも寂しくなくなる。」
ベッドに横たわっている俺の側で交わされた、兄貴と江夏先生のやり取りだ。
だがそのやり取りが、だんだん追いかけにくくなっている。
俺の意識が断続的になって来ているのだ。
考えが混濁していくというより、ブツブツと切れて行く感じだ。
そして眼球は動かないが、光景は見える。
音は聞こえる。
暑さ寒さは感じない。
意識を途切れさせない為にも、考えろ!考え続けるんだ!
・・・病院の食堂って、なぜ「安いが暗い・メニューが少ない・美味しくない」の三拍子が揃ってるんだ?病院にあるからって、健康に気遣っているのか?そんな事はないだろう。第一、あんな暗い雰囲気の設えの中で飯を食ったって元気になる気がしない。でも兄貴が裏で、資本提携してるこの大病院の病院レストランは別格だ。栄養バランスを考えたヘルシーメニューは当たり前、その上、出されるものが、有名ホテルの味レベルになってる。この前、兄貴に奢ってもらったメニューマンスールは。本場のフレンチそのものだった。
・・・違うだろう!
病院食堂の事なんて、どーでも良いんだ!
此処は集中治療室か?いや違う。
香代がいる部屋と同じだ。
、、香代がいる特別な部屋。
天井からは見た目も珍しい、いろいろな機械がぶら下がっている。
ここに香代がいるのか、どうかはわからないが、俺が植物人間専用の病室にいるのは確かだった。
・・・やめてくれ、兄貴、この江夏先生は駄目だ。
兄貴は自分の娘可愛さに、いつもの慧眼が曇っている。
確かに江夏先生は、この分野でのバイオニア的存在だが、凄くあぶない女なんだ。
俺はこの先生に初めて出会った時、ピンと来る嫌なものがあったから、裏で江夏先生に付いて色々調べさせて貰っていたんだ。
この女は、やばいんだ。
兄貴、アンタ程の人が、なんでそれに気づかない。
確かに、俺も初めて江夏先生を見た時は、彼女の日本人離れした美貌や大柄なグラマーボディにクラッとは来たが、直ぐにその内面のおかしさに気がついたくらいなんだぞ。
正直言って、二度目に会った時なんか、こいつは、何処かのデブなオタク野郎が大金を積み、全身整形の性転換をやって美女に化けてんじゃないかと思ったくらいだ。
あの時、「これが貴男の娘さんの意識世界です。娘さんはちゃんと生きてるんですよ。」とか言いながら見せられた下手なゲーム世界みたいな疑似バーチャル映像で、あんた自分の心を持って行かれちまったのか?
親馬鹿も大概にしろ、裏社会の大立者の名が泣くぞ。
いやそれとも、アンタが若い頃に産ませた娘なのに、例の事件のせいで肉体的には高校生で成長を停止している香代が、もし成長していたらとか、この江夏先生にダブらせて考えているのか?
「私にこの方を任せて貰っていいですね?」
「ああ、弟には私しかいないからな。私がこいつの唯一の親族だ。香代と同じだよ。宜しく頼む。」
ダメだって、兄貴!
患者の頭に電極突っ込んで、バーチャルゲームまがいをやるような人間に俺を預けないでくれ。
香代が、色々な病院を回って、最後にここに腰を落ち着けたのとは、意味が違うだろ!
時々、運が良けりゃ起動する、壊れたハードディスク上のOSみたいになってる俺。
一応、OSは起ち上がり、それらしいディスクトップ画面にはなるが、アプリケーションをクリックした途端に、、フリーズ。
、、いや、ちゃんと聞こえてるし、見えてる。
えっ?江夏先生、あんた、今、手術着みたいなの着てない?
なのに、ここは俺の知ってる手術室の雰囲気じゃないぞ?
助手は何処にいるんだ?
まさかあんた、人目を盗んで、勝手に物事を進めているんじゃないだろうな?
ゴォークか?あのゴォークを俺に使う気なのか?
ゴォークは香代に繋いでから、ちょっとヤバくなってるんだろ?
俺は知ってるんだぜ。
でも・・あんたの専門分野は、超特種で、あんたはそのスペシャリストだ。
病院側には、何をやっても、なんとでも取り繕えるんだったな。
ふう、本当にヤバい。
、、俺は調べたんだ。
あんた他にも、色々ヤバいことやってるだろ!
「本当に貴男の頭の状態は素晴らしいわ。あの程度の接触不良なんて、私の手に掛かればイチコロよ。貴方の頭は、ほんとに私が求めていたモノにピッタリ。あんなプロトタイプのコンバーターじゃ、香代ちゃんの素晴らしい内面宇宙の百億分の一も触れる事が出来ないんだもの。貴方の頭脳は、充分、コンバーターの代用品になるわ。そうね、、、貴男の脳髄は、エンタープライズ号なのよ。そして貴男の意識は、カーク船長。The GORK、香代ちゃんの内面宇宙に向かって、ワープ・ワンで前進よっ!」
この女、やっぱり狂ってる。
俺をゴォークに接続するだけでは飽き足りず、香代と俺をゴォーク経由でリンクさせようとしてやがる。
そんなの医療行為でも、なんでもないだろ!
この女、他人が居る時は、まともな振りをしてるだけだ。
頭は無茶苦茶いいクセに、心はただの逝かれたナード野郎だ。
それでいて外面はセクシーな美女と来てる。
いや、そっちはどうでもいい!
誰かいないのか!
この女を止めてくれ!
俺の視野の上空を江夏先生のゴム手袋を嵌めた手が横切った。
暫くして、突然、俺の目の前は真っ暗になり、今度は映画スタートレックの最初の場面に切り替わった。
もちろん、映画を見せられているワケじゃない。
まさか、先ほどの江夏先生のオタクな独り言をきっかけにして、俺が昔、映画を見た時の記憶が蘇っているのか?
それにしても、怖ろしい程のクリアさだ。
細部も完全に再生されている。
まるで本当に映画を見てるみたいだった。
そうなんだ、、、あくまで「みたい」なんだ。
今、この瞬間、絶対、俺は映画なんか観てない。
香代の頭に繋がっていた、針医者が使うような、いやあれのもっとゴテゴテした電極みたいな奴を、今、俺は頭に刺されているに違いない。
「内面宇宙 The GORK、それは人類に残された最後の開拓地である。 そこには人類の想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているに違いない。これは人類最初の試みとして、5年間の調査飛行に飛び立った内面宇宙船、 I.S.U.エンタープライズ号の驚異に満ちた物語である。」
江夏先生がうっとりしながら歌うように言った。
よせ!このオタク女!
俺は I.S.U.エンタープライズ号なんかじゃない!
ただのしがないヘボ探偵なんだ!
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