ボクのおじさん探偵は調子パズレでいつもヘトヘト 『ディドリームビリーバーとハードディズナイト』

Ann Noraaile

文字の大きさ
6 / 85
第1章 サファイア姫の失踪

05: ご愁傷様で

しおりを挟む

 最初、俺はリョウからの依頼にそれほど乗り気ではなかった。
 いや今でも気乗りはしないのだが、リョウの思い詰めた表情が気になっていた。
 特に、沢父谷姫子が出演するDVDに、ちらっと映し出された額に輪っかのある男の事に話が触れた時のリョウの変化は尋常ではなかった。
 だからそれなりに対応はしようと考えていた。

 あのDVDの正体は、地下AVのクローズドベータ版だ。
 正規の商品として作品が出回る前に、クローズドベータ版を身内で内覧して感想や改善点などを作品にフィードバックする。
 そんなものを作るのだから、制作元はそれなりに意識が高いというか、気取った連中の集団なのだろうと俺は当たりを付けていた。
 そしてクローズドベータ版は関係者に渡るモノだから、それを沢父谷姫子が所持していたと言うことは、彼女が制作陣とはある程度良好な関係があったという可能性もある。
 なら、なぜトラブルに巻き込まれる?
 ますます情況は混沌としていた。

「実体は素人集団に毛が生えた程度の制作プロダクションなんだよ。名前がグロイストってんだから笑わせるよな。なんせ裏なんだからなんでもありだ。でもそれにしちゃ、なかなかいい絵を撮るんだねえ、これが。エロって撮り手の感性だろ。問題は、こいつらに喰い込んでる煙猿って奴さ。グロイストは売れ筋になるはずなんだが、煙猿のおかげで、こっちはプッシュしようがない。」

 歓楽街の片隅の煤けたレンタルショップの親父にしては、奇妙な迫力を身に纏った中年男がカウンターの向こうで、もぐもぐと口を動かしている。
 ここは俺の昔からの馴染みの店だ。
 この店は潰れそうにみえて、なかなか潰れない。

 もちろん大手のレンタルショップでも経営が難しいこの時代に、こんな個人経営の半分アダルトショップみたいな個人レンタルが生き残っているには、それなりの理由がある。
 親父の手に、何本か残った内の1本の指が、俺から預かったDVDを取り出すためにイジェクトボタンにかかった。

 俺は親父がDVDを見ている間、暇つぶしの為に店内のあらゆる所に展示されたアダルトグッズを丹念に観察していた。
 安っぽいSMグッズや本格的なモノまで様々だ。
 もちろんこれらの販売は、この親父の本来の飯の種ではない。
 俺は壁際にぶら下げてある女王様用の革製レオタードの表面の感触を指で確かめながら言った。

「煙猿?エンエン?けむりざるか、、。」
 俺は、この中年男とお互いの恥ずかしい部分を知り尽くした昵懇の仲だ。
 要するにエロ友達という事だ。
 俺がこの親父と胸襟を開きあうようになったきっかけは、「のろいのバイブ」という益体もない代物の存在からだった。

 俺は自らオカルト探偵と自称する変わり種だ、、「のろいのバイブ」事件も彼が請け負った仕事の一つだった。
 この国のいにしえでは、器物も命あるものに変化したという。
 『陰陽雑記』には、器物百年を経て精霊を宿し人の心を誑かすとあるが、そのような器物の変化を付喪神という。
 お盆の時期に時々、TV等に露出する『百鬼夜行』『付喪神草子』の絵巻物は正にこの付喪神を描いたものだ。
 アニミズムの典型のようなものだが、「脳」だって一種の臓物・器物だと考えれば、付喪神信仰は理解しやすいというか人に馴染みやすい思考ではないかと思う。

 多くの人間は勘違いしているが、「脳」は神から与えられた特別な物ではなく、人間の身体の臓器の一つにしか過ぎないのである。
 それを思い浮かべれば付喪神も理解できる、、、臓器が精神を生み出すのだから、、と俺は整理していた。
 ところで器物が付喪神になるには百年という月日が必要らしいが、そこに人間の怨念や情が投射されると、又、違った展開になるようである。
 「のろいのバイブ」事件は正にそんな事案だった。


「煙猿な、珍しい名だ、当然、本名じゃないよな?」
 俺は自分の胸に当ててサイズを見てた女王様用の革製レオタードを元のハンガーに戻しながら言った。

「煙猿の存在自体が噂話にしか過ぎないっていう話もあるし、実際に煙猿に会った事があるっていう奴もいる。半分、伝説になりかけの男なんだが、まあそういうのに該当する人間がいるのだけは確かだろうな。」
 話の途中で電話がかかって来た。
 親父は俺に手刀を垂直に立てて見せて、電話に出た。
 話の端々を聞いていると、『誰それを海に沈めた。ちゃんと回収しろ。』とか物騒な会話だった。

 そんな話に聞き耳を立てるわけにはいかないので、俺は手近な棚にあった『4連メタル ステンレス クワッドリング』というピカピカ輝くコックリングをぼんやり眺めた。
 『いや俺に必要なのは、こっちの金縛りロックってゆー男用の貞操帯か、、でもこんな南京錠つけてズボンがはけるのかよ、、』と俺が考え込んだ時に、親父は受話器を置いてこう言った。

「、あっと、煙猿だったな。目川ちゃんは孫悟空って知ってるよな。あのエテ公、頭に緊箍児を嵌められてるだろ。煙猿って言われてる男の頭にもそんなのがあって、煙猿って名前もそこから来てるって話もある。」
 孫悟空の頭にある金属の輪、DVDに登場する男の額の輪っか、、俺は微かな興奮を憶えた。

「煙猿ってどんな野郎なんだ?あんたの事だ、ホントはもうちょっと知ってるんだろ?」
「、、グロイストのDVDに出演した女の子だとか、その知り合いが、次々に行方不明になってるんだけどな、、、どうやらそれに煙猿がかんでるらしい。儂もそれ以上の事は分からない。」

「だったらグロイストを叩けばいいんじゃないか?奴らに煙猿をチクらせればいい。それでその後、お灸でも据えてやれよ。それぐらいのこと、あんただって、あちこちに手を回せば出来るだろう。あんたが評価する程のチームなら、それ位の事をしてやっても良いんじゃねえか?恩を売っとけば、絵も安く仕入れられるぜ。」
 俺は敢えて、自分が煙猿に関心を憶えたことを伏せて言った。

「それがな、グロイストの連中自体が煙猿にびびってるらしい。」
 中年男は見終わった姫子出演のDVDをガラス戸棚になっているカウンターの上に置いた。
 ガラス戸棚の中には医療プレイなどに使われる金属製品やら大小様々の注射器の類が並んでいる。

「おいおい、この国は曲がりなりにも法治国家だぜ」と混ぜ返しそうになるのを俺は思いとどまった。
 そうではない実態を、俺なりに知っているからだ。
 その辺りの腐った世情は、俺・目川が元いた世界も、ココも同じ事だ。
 俺は、リョウから借りていたDVDを愛用のくたびれたショルダーバックに仕舞いながら、駄目元で聞いてみた。

「グロイストの頭は誰よ?どこに行けば会える?」
「嘉門だ。ウエストビルの裏路地の飲み屋でよくたむろしてる、、奴に会うような事があったら、やばい野郎とは早く手を切れって、言ってやってくれ。」
 そう言った中年男の声には、今までの張りがなかった。

「ん?今回は、えらく、お優しいんだな。嘉門って奴はそんなに売れる映像撮るのかい?」
「、、俺の甥っ子、、なんだよ。」
「それは、どうも、、ご愁傷様で、、」
 俺はそう言うしかなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

(完結)姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……

泉花ゆき
恋愛
蘭珠(ランジュ)が名門である凌家の嫡男、涼珩(リャンハン)に嫁いで一年ほど経ったころ。 一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を屋敷へ連れてくる。 やがてその女が「子が出来た」と告げると、姑も夫も大喜び。 蘭珠の実家が商いで傾いたことを口実に、彼女には離縁が言い渡される。 ……けれど、蘭珠は知っていた。 夫の涼珩が、「男女が同じ寝台で眠るだけで子ができる」と本気で信じているほど無知だということを。 どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。 嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。 ※ゆるゆる設定です ※以前上げていた作の設定、展開を改稿しています

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...