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第3章 裏十龍城への潜入とその崩壊
33: 白目十蔵との再会
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十龍城の展望フロアーに通じる正規の階段も今は封鎖されているらしい。
そこでマリーに教えてもらった展望フロアーに向かう非常階段を探している間に、俺はこの階で、小さな映画館を発見した。
十龍城が今の姿になるまでは、ビル自体のインテリジェントぶりが売りだったから、この映画館の前身は、公共用に設置されたオシャレな視聴覚施設だったのだろう。
何気なく「受付」にあたるブースの壁に貼ってある上映プログラムを見て、俺は思わず腰を抜かしそうになった。
そこにある幾つかは、スナッフDVDだったのだ。
それもこの俺が、裏の情報源をかき集めて辛うじて知る事の出来る超レアなタイトル名ばかりだ。
しかも実物を見る事が出来るのは、その中でも一本か二本程度だ。
ひょっとして、この映画館で上映される映画は、総てスナッフDVDの類なのか、、。
俺は震える手で、受付の坊主頭の男が提示した通常の映画の六倍ほどの入館料を払って、A4版のパンフレットと簡易式のイヤホンを貰った。
中に入ると、眼下に小規模の円形劇場が見え、それに向かって劇場の円周を巻くように緩やかな螺旋スロープがある。
今、俺が入場した入り口は、この螺旋スロープの最上段の隣にあったわけだ。
ビルの中に造るには、無駄な空間が多すぎるが、確かにオシャレな感じはした。
いかにも独りよがりなアイデアだけが突出した、旧態依然な箱物行政の遺産デザインというところか。
俺は薄暗闇の中、それだけの事を確認して、この奈落の下に降りていった。
緩やかなすり鉢状の座席の奥まった所にスクリーンがあって、そこに椅子に縛り付けられた一人の男が映し出されていた。
音は聞こえない。
座席数は結構あったが、観客はまばらだった。
当然だろう、こんな映画内容で満席になったら、たまったものではない。
しかし驚いた事に、客席にはカップルが多い。
それに彼らの充実した雰囲気、こいつらは裏十龍の住人じゃなさそうだ。
特別招待客?
夜の十龍城最上階に一般人が入り込むには「逃げ込み寺」経由とは違った、別の特殊なルートがあるのかも知れない。
要は、「金」と「権力」だ。
カップル以外の観客達は、随分熱心にスクリーンを見つめていた。
俺はそんな観客達の様子がよく見える位置に席をとった。
座席に座って、肘掛けにイヤホンジャックがあるのを見つけ、それにさっき貰ったイヤホンを接続する。
途端に目の前のスクリーンの世界の音が俺に流れ込んで来た。
ドキュメント特有の音、なんの加工もされていない。
撮影者の息づかいや、本来、映画に必要のない日常的な雑音、そしてスナッフに特有の「非日常的」な音。
皮を切り、肉を切断し、血が飛び出し、骨を折る、そして打撃・引き裂き、要するに有りとあらゆる肉体を損壊させる為の音だ。
椅子に縛り付けられた男の姿がアップになる。
男の顔の上半分がなく、代わりに生白いモノが乗っかっている。
いや正確にいうと、男の頭頂部分の骨が綺麗に取り除かれているのだ。
俺は急いで、手元のパンフレットに目を落とす。
そこに書かれてある上映時刻が正確だとすると、今、目の前でかかっている映画のタイトルは「ハンニバルに捧げる」だ。
その他に記載されているのは、監督名と収録時間、映画の簡単な内容、そして希望販売価格、、、。
なんだ、この悪ふざけは、この監督名って、殺人犯の事だろう?
俺は再び観客席に視線を走らせる。
男同士の客は、熱心にスクリーンを見ながら、時々、何かを打ち合わせしているようだ。
奴らバイヤーなのか、、、。
こんなモノを買い付けて転売するのか。
男女カップルはスクリーンを見つめたままペッティングに夢中だ。
キチガイどもめ。
俺の座右の銘の一つは、精神分析家ヴィルヘルム・ライヒ の「オルガズムは万物の根源である。人間はオルガズムを求めるために生きている」だが、何事にも節度ってものが必要な筈だ。
いや、絶対に必要だ。
そうこうしている間に、スクリーンに映し出されている映像のカメラ角度が変わった。
薄いピンク色の皮膜がかかった白いチーズの固まりのようなものにスプーンが潜り込んでいく。
カメラが下に向けて撮影対象を舐め降ろしていく。
止血処理なども含めて、余程、上手く男の頭蓋骨を切り取ったに違いない。
骨、脂肪、皮膚の関係がよく判る。
まるで人体解剖模型をクローズアップ撮影しているようだ。
そして縛り付けられた男の目元のアップ。
眼球がぐりぐりと動いている。
ピチャピチャとスプーンを舐め取っている音か聞こえる。
パンフレットによると、この映像が捧げられた小説にも、その描写があるらしいが、男の痛覚は殺されているようで、その肉体毀損は粛々と続けられていく。
俺はイヤホンを急いで外すと、急いで席を立った。
それ以上は、耐えられそうにもなかったからだ。
パンフレットの上映時間を見ると、この映像はまだまだ続くようだった、、、。
・・・・・・・・・
展望フロアーからの大都会の夜景を眺めながら、俺は目尻にこびり付いた涙を拭った。
涙は、吐き戻そうとする胃の痙攣を必死に堪えた跡だ。
眼下の光景は、恐ろしいほどゴージャスだが、あんなものを見た後では、現実味がない。
中でも市内を流れる酔象川が桂川に流れ込み、やがて大淀川に繋がっていく光るモール飾りを持った黒い水の帯は、寂しげな海龍のように見えた。
ジャケットのポケットから、くしゃくしゃに丸めたパンフレットを取り出す。
真っ暗なので、ライターを付けて光を作る。
広げてみれば、魔法のインクで書かれた手紙のように真っ白になっているのではないかと期待したが、そこには先ほどみた内容がそのままあった。
・・・これが裏の十龍城の真の姿なのだ。
何がアウトサイダーの世界だ、この世に純粋無垢な理想郷なんてありはしない。
俺はなんて甘ちゃんなんだ、、。
俺は全面偏向ガラスの壁の前に取り付けられたベンチにもう一度深く座り直して背筋を伸ばした。
息を深く吸い込む。
そしてこれは戦いなのだと、もう一度、自分に言い聞かせる。
決してカフカの小説に出てくるような不条理ではあるけれど、結局は夢でしかない世界を漂っているわけではないのだと。
その時だった。
俺の喉に冷たい刃物が押し当てられたのは。
「俺の事を嗅ぎ回っているのは、お前か?」
俺の背後に、白目十蔵がいた、、たぶん。
背後から髪の毛が掴まれ、頭の角度が不自然に左上方向へねじ曲げられている。
しかし喉に食い込んだナイフの刃先が鋭すぎて、俺は一ミリたりとも自分の頭を動かせないでいた。
それでも俺は必死に眼球を動かして、展望フロアーのガラス窓に映っている筈の奴の顔を確かめようとした。
だがガラス窓は、内側からの灯りがないので良い反射が得られない。
それに、たとえ相手の身体が見えたとしても、その顔を判別するには角度的にかなり難しい位置に俺はいるようだった。
「ふん、声が出ないか、、。」
白目十蔵と思しき襲撃者が、ナイフを当てる力を少し弱めたのが判った。
「名前は?」
「目川だ、、目川純。」
「なんだって、、?」
「あの洒落たライター、まだ持ってんだろう。火を付けて自分の顔に近づけるんだ。下手な真似はするなよ。あんたが、さっきから目ん玉ギロギロさせて俺の顔を見たがってるのは判ってる。だが世の中には知らない方がいいことだって沢山あるんだ。その歳になれば判るだろう、それくらいのことは、、。」
俺は、汗ばんだ手で握りしめたままのライターを自分の顔に近づけて火を付けた。
立場が逆だ。
こうすれば、白目十蔵からは俺の顔形がガラスの反射で判る。
数秒が経過し、親指の先が熱くなる。
『これ以上無理だ。』と声を上げそうになった時、十蔵から妙な指示が出た。
「火を消せ、、俺はナイフを離す。だが振り向くな。つまらん事をしたら、俺はそれなりに対応する。躊躇わずにな。つまり、どんな結果になっても、それはあんたが引き起こした災いだってことだ。」
俺は十蔵の口調から、彼の心境に変化が生じた事に気がついて、彼の言う通りにした。
闇の中で、自分の首もとからナイフが遠ざけられるのを感じた。
だが十蔵の気配は、未だに俺の背中に張り付いている。
「目川という自分の名前に感謝することだ。珍しい名だからな、、。」
「さっき、俺の顔を確かめたな?あんた、俺と何処かで会っているのか?」
「、、、あの時、俺は辰巳組の宋に殺されかけていた。そこにあんたが通りかかって俺を助けてくれた。ふん・・まるで、お伽噺だな。亀の恩返しだ。するとこの十龍城が、竜宮城に相当するってわけだな。」
俺の背後に張り付いた気配が少し揺れた。
もしかすると、白目十蔵が笑ったのかも知れない。
そこでマリーに教えてもらった展望フロアーに向かう非常階段を探している間に、俺はこの階で、小さな映画館を発見した。
十龍城が今の姿になるまでは、ビル自体のインテリジェントぶりが売りだったから、この映画館の前身は、公共用に設置されたオシャレな視聴覚施設だったのだろう。
何気なく「受付」にあたるブースの壁に貼ってある上映プログラムを見て、俺は思わず腰を抜かしそうになった。
そこにある幾つかは、スナッフDVDだったのだ。
それもこの俺が、裏の情報源をかき集めて辛うじて知る事の出来る超レアなタイトル名ばかりだ。
しかも実物を見る事が出来るのは、その中でも一本か二本程度だ。
ひょっとして、この映画館で上映される映画は、総てスナッフDVDの類なのか、、。
俺は震える手で、受付の坊主頭の男が提示した通常の映画の六倍ほどの入館料を払って、A4版のパンフレットと簡易式のイヤホンを貰った。
中に入ると、眼下に小規模の円形劇場が見え、それに向かって劇場の円周を巻くように緩やかな螺旋スロープがある。
今、俺が入場した入り口は、この螺旋スロープの最上段の隣にあったわけだ。
ビルの中に造るには、無駄な空間が多すぎるが、確かにオシャレな感じはした。
いかにも独りよがりなアイデアだけが突出した、旧態依然な箱物行政の遺産デザインというところか。
俺は薄暗闇の中、それだけの事を確認して、この奈落の下に降りていった。
緩やかなすり鉢状の座席の奥まった所にスクリーンがあって、そこに椅子に縛り付けられた一人の男が映し出されていた。
音は聞こえない。
座席数は結構あったが、観客はまばらだった。
当然だろう、こんな映画内容で満席になったら、たまったものではない。
しかし驚いた事に、客席にはカップルが多い。
それに彼らの充実した雰囲気、こいつらは裏十龍の住人じゃなさそうだ。
特別招待客?
夜の十龍城最上階に一般人が入り込むには「逃げ込み寺」経由とは違った、別の特殊なルートがあるのかも知れない。
要は、「金」と「権力」だ。
カップル以外の観客達は、随分熱心にスクリーンを見つめていた。
俺はそんな観客達の様子がよく見える位置に席をとった。
座席に座って、肘掛けにイヤホンジャックがあるのを見つけ、それにさっき貰ったイヤホンを接続する。
途端に目の前のスクリーンの世界の音が俺に流れ込んで来た。
ドキュメント特有の音、なんの加工もされていない。
撮影者の息づかいや、本来、映画に必要のない日常的な雑音、そしてスナッフに特有の「非日常的」な音。
皮を切り、肉を切断し、血が飛び出し、骨を折る、そして打撃・引き裂き、要するに有りとあらゆる肉体を損壊させる為の音だ。
椅子に縛り付けられた男の姿がアップになる。
男の顔の上半分がなく、代わりに生白いモノが乗っかっている。
いや正確にいうと、男の頭頂部分の骨が綺麗に取り除かれているのだ。
俺は急いで、手元のパンフレットに目を落とす。
そこに書かれてある上映時刻が正確だとすると、今、目の前でかかっている映画のタイトルは「ハンニバルに捧げる」だ。
その他に記載されているのは、監督名と収録時間、映画の簡単な内容、そして希望販売価格、、、。
なんだ、この悪ふざけは、この監督名って、殺人犯の事だろう?
俺は再び観客席に視線を走らせる。
男同士の客は、熱心にスクリーンを見ながら、時々、何かを打ち合わせしているようだ。
奴らバイヤーなのか、、、。
こんなモノを買い付けて転売するのか。
男女カップルはスクリーンを見つめたままペッティングに夢中だ。
キチガイどもめ。
俺の座右の銘の一つは、精神分析家ヴィルヘルム・ライヒ の「オルガズムは万物の根源である。人間はオルガズムを求めるために生きている」だが、何事にも節度ってものが必要な筈だ。
いや、絶対に必要だ。
そうこうしている間に、スクリーンに映し出されている映像のカメラ角度が変わった。
薄いピンク色の皮膜がかかった白いチーズの固まりのようなものにスプーンが潜り込んでいく。
カメラが下に向けて撮影対象を舐め降ろしていく。
止血処理なども含めて、余程、上手く男の頭蓋骨を切り取ったに違いない。
骨、脂肪、皮膚の関係がよく判る。
まるで人体解剖模型をクローズアップ撮影しているようだ。
そして縛り付けられた男の目元のアップ。
眼球がぐりぐりと動いている。
ピチャピチャとスプーンを舐め取っている音か聞こえる。
パンフレットによると、この映像が捧げられた小説にも、その描写があるらしいが、男の痛覚は殺されているようで、その肉体毀損は粛々と続けられていく。
俺はイヤホンを急いで外すと、急いで席を立った。
それ以上は、耐えられそうにもなかったからだ。
パンフレットの上映時間を見ると、この映像はまだまだ続くようだった、、、。
・・・・・・・・・
展望フロアーからの大都会の夜景を眺めながら、俺は目尻にこびり付いた涙を拭った。
涙は、吐き戻そうとする胃の痙攣を必死に堪えた跡だ。
眼下の光景は、恐ろしいほどゴージャスだが、あんなものを見た後では、現実味がない。
中でも市内を流れる酔象川が桂川に流れ込み、やがて大淀川に繋がっていく光るモール飾りを持った黒い水の帯は、寂しげな海龍のように見えた。
ジャケットのポケットから、くしゃくしゃに丸めたパンフレットを取り出す。
真っ暗なので、ライターを付けて光を作る。
広げてみれば、魔法のインクで書かれた手紙のように真っ白になっているのではないかと期待したが、そこには先ほどみた内容がそのままあった。
・・・これが裏の十龍城の真の姿なのだ。
何がアウトサイダーの世界だ、この世に純粋無垢な理想郷なんてありはしない。
俺はなんて甘ちゃんなんだ、、。
俺は全面偏向ガラスの壁の前に取り付けられたベンチにもう一度深く座り直して背筋を伸ばした。
息を深く吸い込む。
そしてこれは戦いなのだと、もう一度、自分に言い聞かせる。
決してカフカの小説に出てくるような不条理ではあるけれど、結局は夢でしかない世界を漂っているわけではないのだと。
その時だった。
俺の喉に冷たい刃物が押し当てられたのは。
「俺の事を嗅ぎ回っているのは、お前か?」
俺の背後に、白目十蔵がいた、、たぶん。
背後から髪の毛が掴まれ、頭の角度が不自然に左上方向へねじ曲げられている。
しかし喉に食い込んだナイフの刃先が鋭すぎて、俺は一ミリたりとも自分の頭を動かせないでいた。
それでも俺は必死に眼球を動かして、展望フロアーのガラス窓に映っている筈の奴の顔を確かめようとした。
だがガラス窓は、内側からの灯りがないので良い反射が得られない。
それに、たとえ相手の身体が見えたとしても、その顔を判別するには角度的にかなり難しい位置に俺はいるようだった。
「ふん、声が出ないか、、。」
白目十蔵と思しき襲撃者が、ナイフを当てる力を少し弱めたのが判った。
「名前は?」
「目川だ、、目川純。」
「なんだって、、?」
「あの洒落たライター、まだ持ってんだろう。火を付けて自分の顔に近づけるんだ。下手な真似はするなよ。あんたが、さっきから目ん玉ギロギロさせて俺の顔を見たがってるのは判ってる。だが世の中には知らない方がいいことだって沢山あるんだ。その歳になれば判るだろう、それくらいのことは、、。」
俺は、汗ばんだ手で握りしめたままのライターを自分の顔に近づけて火を付けた。
立場が逆だ。
こうすれば、白目十蔵からは俺の顔形がガラスの反射で判る。
数秒が経過し、親指の先が熱くなる。
『これ以上無理だ。』と声を上げそうになった時、十蔵から妙な指示が出た。
「火を消せ、、俺はナイフを離す。だが振り向くな。つまらん事をしたら、俺はそれなりに対応する。躊躇わずにな。つまり、どんな結果になっても、それはあんたが引き起こした災いだってことだ。」
俺は十蔵の口調から、彼の心境に変化が生じた事に気がついて、彼の言う通りにした。
闇の中で、自分の首もとからナイフが遠ざけられるのを感じた。
だが十蔵の気配は、未だに俺の背中に張り付いている。
「目川という自分の名前に感謝することだ。珍しい名だからな、、。」
「さっき、俺の顔を確かめたな?あんた、俺と何処かで会っているのか?」
「、、、あの時、俺は辰巳組の宋に殺されかけていた。そこにあんたが通りかかって俺を助けてくれた。ふん・・まるで、お伽噺だな。亀の恩返しだ。するとこの十龍城が、竜宮城に相当するってわけだな。」
俺の背後に張り付いた気配が少し揺れた。
もしかすると、白目十蔵が笑ったのかも知れない。
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