宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

文字の大きさ
9 / 54
第1章 宇宙回廊の修理者

08: 特異点内移動管理管制官

しおりを挟む

 休憩室のテーブルの上に、几帳面に積み置かれたタバコのパッケージとジッポーライター、そして紙のコーヒーカップと携帯灰皿。
 それらがゲッコこと、特異点内移動管理管制官・月光総次郎の日々痛む胃腸に対しての、毒を盛って毒を征する常備薬だった。
 次の仕事まで暫く空きがあるからと、出頭前の護を休憩室に誘ったのはそのゲッコである。
 二人の話題は、管制室の時間流と特異点内部の時間流のズレから、今や特異点の登場によって現実味を帯び始めたタイムトラベルへと話の焦点が移りつつあった。

「さっき吸ったばかりじゃないか?一体ソレであんたの給料は幾ら煙になって消えているんだ?」
 今や、一箱が、成人男性の時給にほぼ等しくなった煙草に、またもや手を伸ばしかけるゲッコを見て、護はあきれ顔で言った。
 今も昔も、真のニコチン中毒者は、煙草で破産しようとも癌になろうと、それを止められない。
 ゲッコは、月光総次郎という純和風な名前にそぐわないイタリア系の顔でニヤッと笑いながら、煙草を一本抜き取ると口にくわえた。

 ゲッコの身体には実際、イタリアの血が半分流れている。
 もっともこの時代、この国にあって、混血など珍しい事ではなく、半分、まさに「ハーフ」という混血比率は「純血」に次いで、珍しい存在と言える程だった。
 イタリアとのハーフ、そのくせゲッコが愛飲しているコーヒーはカプチーノではない。
 ゲッコに言わせると「あんな泥水のようなものに砂糖を山ほど入れて飲む奴の気が知れない。」ということだ。

「まあ聞けよ。俺がガキだったころ、タイムトラベルの話と言えば、例えばこんなのだ。」
 ゲッコは器用にジッポーライターをワンアクションで点火し、それで煙草に火を付けた。
 『まさかゲッコの奴、この煙草代の為に、マップ情報を売っているのか、、』と護は馬鹿げたことを考えた。
 あまり詳しくは聞いていないが、ゲッコには難病に罹っている娘がいてその治療費に随分な金がかかるという事だった。
 もし噂が本当なら、そっちが理由だろう。
 逆に言えば、ゲッコの汚職疑惑など護にとってはその程度の深刻さだった。
 ゲッコは、目の前のゲッコで居てくれれば、それで良い。

「原始時代にタイムスリップしたのは、普通のサラリーマン。ヒーローでもなんでもない、普通の男だ。だが奴のポケットにはライターがあった。奴はそれで原始人達の目の前で火を付けて見せた。その途端、奴は神様に格上げさ。なっ判るだろ?この話の仕組み。」
 ゲッコは機構最高責任者の前にこれから出頭しようとする年若い友人の為に何かを伝えようとしているのだ。

「・・なあゲッコ、、あんたが上から呼び出しを喰らった俺の事を気遣ってくれているのは判る。だからそんな遠回しな話はいいんだよ。気持ちだけで十分だ。」

「いや、十分じゃない。人の話は最後まで聞くもんだ。原始人たって、みんなウッホウッホと胸をゴリラみたいに叩いてるお人好しばかりじゃないんだぞ。苦労しないで、火を手に入れる魔法の石があるなら、それを横取りすればいいって考えだす奴だっているわな。かわいそうにそのサラリーマンは、そういう原始人に頭を棍棒で、かち割られてあの世行きさ。それに世の中は広い、それは、原始時代だって、一緒だ。原始人の中には、サラリーマンがライターで火を起こすのを何度か見ている内に、その仕組みを理解した奴もいた。ああ、あの火花の飛び方は、いつか見た岩同士がぶっかった時に出たのと一緒じゃねえかと、だったら、、みたいな感じだろうな。こうなると、その頭のいい原始人と、ホントはライターの事をガスの成分とか科学的に知らないサラリーマンは同じレベルって事になるよな。少なくともライターが火が付く仕組みに対する理解度については同等だ。」

「特異点がライターで、ヘンデルとグレーテルがその利口な原始人だとでもいいたいのか?」

「いいや。俺がマモルに求めているのは、この話の中で自分がどの立場に該当する人間なのか?って、そう考える姿勢そのものなんだよ。俺はサラリーマンなのか、神の火をみてひれ伏してる原始人なのか、小狡くうまく立ち回った原始人なのか?それを考える姿勢があれば、ドクターヘンデルと会っても、なんとかなると思うんだ。今のままじゃマモル、お前、リペイヤーをクビになるかも知れないぞ。あの二人がリペイヤーを、審問で直接呼び出すなんて滅多にないんだ。」
 クビ、、少し前の護なら、どうと言うことのない問題だった。
 だが今はそれなりだが、リペイヤーという仕事の意義を理解しているし、多少の誇りも持っている、、クビになってもいいとは考えていなかった。

「この機構は何もかもが特異点中心に回ってる。そこんとこを充分に考えて、下手を打たないように小狡く臨機応変に立ち回れって事か。」

「そこまでは言ってないさ。ただお前は正直すぎるから、心配してるんだよ。ドクターヘンデルは特異点に付いて誰よりも理解が深い、それに人間観察の達人だ。ドクターに嘘や誤魔化しは効かない。グレーテルに至ってはほぼ神のような存在だ。だがドクター自身は、特異点の中に入ったことがないし、グレーテルは世俗の事には干渉しない。それがお前が使える唯一のカードなんだよ。それを覚えておいて欲しい。」

 高校三年の夏、護はロバート長谷川を試合中の事故で殺めてしまい、それからは荒んだ生活を送っていた。
 そんな彼を拾い上げたのは機構だった。
 その理由はたった一つ、護が特異点との親和力に優れた適応者だったからだ。
 その人選を、どこで誰が、調べ決めているのかは、機構に入ってからも明らかにされていない。
 リペイヤー達の間では、政府の国民データプールと直接リンクしているグレーテルが、それらの差配を行っているというのが定説なのだが、、、。

 とにかく護にとっての初めての「実社会」とは、この機構そのものだった。
 護は学生気質も武道家気質もまだまだ抜けきってはいない。
 良く言えば、まっすぐ、悪く言えば世間知らずだった。
 しかも昔の過ちの罪の意識から逃れられずに、拗くれている。
 ゲッコはそんな護の性格を愛しながらも、その行く末を心配していたのだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...