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第1章 宇宙回廊の修理者
08: 特異点内移動管理管制官
しおりを挟む休憩室のテーブルの上に、几帳面に積み置かれたタバコのパッケージとジッポーライター、そして紙のコーヒーカップと携帯灰皿。
それらがゲッコこと、特異点内移動管理管制官・月光総次郎の日々痛む胃腸に対しての、毒を盛って毒を征する常備薬だった。
次の仕事まで暫く空きがあるからと、出頭前の護を休憩室に誘ったのはそのゲッコである。
二人の話題は、管制室の時間流と特異点内部の時間流のズレから、今や特異点の登場によって現実味を帯び始めたタイムトラベルへと話の焦点が移りつつあった。
「さっき吸ったばかりじゃないか?一体ソレであんたの給料は幾ら煙になって消えているんだ?」
今や、一箱が、成人男性の時給にほぼ等しくなった煙草に、またもや手を伸ばしかけるゲッコを見て、護はあきれ顔で言った。
今も昔も、真のニコチン中毒者は、煙草で破産しようとも癌になろうと、それを止められない。
ゲッコは、月光総次郎という純和風な名前にそぐわないイタリア系の顔でニヤッと笑いながら、煙草を一本抜き取ると口にくわえた。
ゲッコの身体には実際、イタリアの血が半分流れている。
もっともこの時代、この国にあって、混血など珍しい事ではなく、半分、まさに「ハーフ」という混血比率は「純血」に次いで、珍しい存在と言える程だった。
イタリアとのハーフ、そのくせゲッコが愛飲しているコーヒーはカプチーノではない。
ゲッコに言わせると「あんな泥水のようなものに砂糖を山ほど入れて飲む奴の気が知れない。」ということだ。
「まあ聞けよ。俺がガキだったころ、タイムトラベルの話と言えば、例えばこんなのだ。」
ゲッコは器用にジッポーライターをワンアクションで点火し、それで煙草に火を付けた。
『まさかゲッコの奴、この煙草代の為に、マップ情報を売っているのか、、』と護は馬鹿げたことを考えた。
あまり詳しくは聞いていないが、ゲッコには難病に罹っている娘がいてその治療費に随分な金がかかるという事だった。
もし噂が本当なら、そっちが理由だろう。
逆に言えば、ゲッコの汚職疑惑など護にとってはその程度の深刻さだった。
ゲッコは、目の前のゲッコで居てくれれば、それで良い。
「原始時代にタイムスリップしたのは、普通のサラリーマン。ヒーローでもなんでもない、普通の男だ。だが奴のポケットにはライターがあった。奴はそれで原始人達の目の前で火を付けて見せた。その途端、奴は神様に格上げさ。なっ判るだろ?この話の仕組み。」
ゲッコは機構最高責任者の前にこれから出頭しようとする年若い友人の為に何かを伝えようとしているのだ。
「・・なあゲッコ、、あんたが上から呼び出しを喰らった俺の事を気遣ってくれているのは判る。だからそんな遠回しな話はいいんだよ。気持ちだけで十分だ。」
「いや、十分じゃない。人の話は最後まで聞くもんだ。原始人たって、みんなウッホウッホと胸をゴリラみたいに叩いてるお人好しばかりじゃないんだぞ。苦労しないで、火を手に入れる魔法の石があるなら、それを横取りすればいいって考えだす奴だっているわな。かわいそうにそのサラリーマンは、そういう原始人に頭を棍棒で、かち割られてあの世行きさ。それに世の中は広い、それは、原始時代だって、一緒だ。原始人の中には、サラリーマンがライターで火を起こすのを何度か見ている内に、その仕組みを理解した奴もいた。ああ、あの火花の飛び方は、いつか見た岩同士がぶっかった時に出たのと一緒じゃねえかと、だったら、、みたいな感じだろうな。こうなると、その頭のいい原始人と、ホントはライターの事をガスの成分とか科学的に知らないサラリーマンは同じレベルって事になるよな。少なくともライターが火が付く仕組みに対する理解度については同等だ。」
「特異点がライターで、ヘンデルとグレーテルがその利口な原始人だとでもいいたいのか?」
「いいや。俺がマモルに求めているのは、この話の中で自分がどの立場に該当する人間なのか?って、そう考える姿勢そのものなんだよ。俺はサラリーマンなのか、神の火をみてひれ伏してる原始人なのか、小狡くうまく立ち回った原始人なのか?それを考える姿勢があれば、ドクターヘンデルと会っても、なんとかなると思うんだ。今のままじゃマモル、お前、リペイヤーをクビになるかも知れないぞ。あの二人がリペイヤーを、審問で直接呼び出すなんて滅多にないんだ。」
クビ、、少し前の護なら、どうと言うことのない問題だった。
だが今はそれなりだが、リペイヤーという仕事の意義を理解しているし、多少の誇りも持っている、、クビになってもいいとは考えていなかった。
「この機構は何もかもが特異点中心に回ってる。そこんとこを充分に考えて、下手を打たないように小狡く臨機応変に立ち回れって事か。」
「そこまでは言ってないさ。ただお前は正直すぎるから、心配してるんだよ。ドクターヘンデルは特異点に付いて誰よりも理解が深い、それに人間観察の達人だ。ドクターに嘘や誤魔化しは効かない。グレーテルに至ってはほぼ神のような存在だ。だがドクター自身は、特異点の中に入ったことがないし、グレーテルは世俗の事には干渉しない。それがお前が使える唯一のカードなんだよ。それを覚えておいて欲しい。」
高校三年の夏、護はロバート長谷川を試合中の事故で殺めてしまい、それからは荒んだ生活を送っていた。
そんな彼を拾い上げたのは機構だった。
その理由はたった一つ、護が特異点との親和力に優れた適応者だったからだ。
その人選を、どこで誰が、調べ決めているのかは、機構に入ってからも明らかにされていない。
リペイヤー達の間では、政府の国民データプールと直接リンクしているグレーテルが、それらの差配を行っているというのが定説なのだが、、、。
とにかく護にとっての初めての「実社会」とは、この機構そのものだった。
護は学生気質も武道家気質もまだまだ抜けきってはいない。
良く言えば、まっすぐ、悪く言えば世間知らずだった。
しかも昔の過ちの罪の意識から逃れられずに、拗くれている。
ゲッコはそんな護の性格を愛しながらも、その行く末を心配していたのだ。
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