宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

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第1章 宇宙回廊の修理者

07: そのマニキュア、取っていけよ。

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 自分で切り落とした筈の手首が、灼熱の溶鉱炉の中で溶かされている。
 これを幻痛とするなら、度を超した痛みだった。
 その痛みによって、自分自身の存在が吹き飛んでしまうのではないか、と思えたほどだ。
 護は、少しでもその痛みを中和しようと叫んだ。
 そして、その自分の叫び声で、目が覚めた。

 汗まみれでベッドから跳ね起きて見ると、そこは本部の緊急医療室だった。
 護の視界に、こちらを心配そうに見ているゲッコと、デスクに向かっていて、今こちらを振り向いたばかりという医療主任カグニの浅黒い顔の半分が見えた。

 護に駆け寄ってきたのはゲッコだけだった。
 医師のカグニは、既に護に対する関心を失ったのか、そのまますぐにデスクワークに戻っている。
 カグニのその背中からは、護に対する無関心しか伝わって来ない。
 護は、まさかと思いながら自分の失われた筈の左手首を触った。
 そこには、いつもと変わらぬように左手があった。
 全ては「夢」か、、、、。


「気が付いたか、、。」
「俺は、どうしてここにいる?」
「ローがお前さんを回収してくれた。そのなんというか、、リペイヤーとすれば異例の行為だ。」
「回収、、、。レズリーが、俺の特異点内部に入った、、。」
 護には想像も付かない出来事だった。

「天地がひっくり返ったような顔をしてるな。不可能じゃないんだよ。現に侵入者どもは、お前さんの世界に入り込んでいるし、ウチの学者さん達は、運び屋のリペイヤーに特異点に連れていってもらってるじゃないか、、お前達処理班のリペイヤー同士は、それを今まで、誰もやらなかっただけの話だ。」

「それはそうだが・・学者も夾雑物も只の人間だ。たとえ、夾雑物が化けても、先に特異点に順応してる俺たちの方が力が強い。やつらは俺の世界に従属してるだけだ。俺達リペイヤーと普通の人間とは違うんだよ。」
 だからこそ、自分と同等の特異点に対する順応力を持つレズリー・ローが、俺の特異点内部に侵入するのは無理な筈だ、、と言いかけて、護はそれを止めた。
 今は何よりも、助けてくれたことに、生きている事に、感謝すべきだった。

「・・レズリーが、わざわざ救援の為に俺を追いかけて来てくれたのか?」
「そうじゃない。お前さんが音信を絶って絶望視され始めた頃、別の任務で特異点に入っていたローが、お前さんを見つけたんだよ。」

「俺の特異点内部とレズリーの特異点内部は繋がっているってことなのか!?、、まあいい、、、あっちで見つけた俺の様子をレズリーはなんて言ってた?」
 ゲッコはこんな時に、不思議な事を聞くヤツだと言わんばかりに、護の顔を見つめていたが、やがてあきらめたように応えた。
 普通に考えれば、護は大怪我こそしていないが、特異点内部でロストしていたのだ、九死に一生を得た事になる。

「ジッグラトの麓で血だらけになって倒れていたそうだ。左の筒袖が引きちぎられて無くなっていたから、ジッグラトの上で侵入者と取っ組み合いをして転げ落ちたんじゃないかと、ローは思ったそうだ、、。」

「、、、そうか。」

「なあマモル、、そうして身体が動くようになったんなら、俺なんかとグダグダ話をしてないで、真っ先にローに礼を言いに行った方がいいな。こんなんで済んでいるのは、ローのおかげだ。」
 護は、医師のカグニの背中をもう一度見た。
 彼らには自分がどう見えるかは別にして、護には強烈な爆破に巻き込まれた記憶と、自分の左手を切断した記憶があるからだ。
 カグニは微動だにしない、診察は既に終わっているという事だった。

「・・二階建ての階段から転げ落ちた程度だとさ。血塗れだったから派手に見えたが、擦り傷と軽い打ち身と捻挫程度ということだ。お前さんの頑丈さなら、なんて事はない。」
 カグニの代わりに、ゲッコが応える。

「・・・判った。頭の打ち所が悪くて悪い夢でも見てたんだろう。さっきは大声を出して済まなかった。」
 護はベッドの中で起きあがった。
 節々が痛むものの、確かに大した怪我ではなかった。
 身体の痛みより、混濁した時間感覚の方が不快だった。
 もっとも特異点内部で、まともな時間の流れを期待する方がおかしいのだが、今の感覚は度が外れているように思えた。
 手首を大鉈で自分で断ち切ったあの瞬間から、覚醒後のこの時までが、ショートカットされているように感じられる。

「謝りに行くのなら、ちゃんろしろよ。備品室に吊るしてあった官給品のスーツを持ってきた、それに着替えるといい。」
「ああ、何もかもすまん、、所でゲッコ。さっきからレズリー以外の件で、俺に何か言いたい事がありそうだな。」

「、、ついさっき、ヘンデルとグレーテルから、お前さんに対する出頭命令があったんだよ。お前さんが目覚めたら、俺からそれをお前に伝えろと言われた、、。」
 特異点保護修復機構の最高責任者と、現在、最も「神」に近い男からの呼び出しだった。

「、、、、いつだ?」
 護の声は乾いていた。

「明日の午後五時十五分から三十分間。ちなみに言っておくが、特異点の安定値ラインが、お前が起こした事件の後で相当乱れた。」
 ゲッコが付け加えた一言に、護は大きなショックを受けたようだ。
 特異点の安定値ラインが乱れる、、それは機構にとって一大事だった筈だ。
 

「、、お忙しいお二人様だからな、、俺の為に時間を割いてやったという事か、、まあいい。俺は、これからレズリーに会いに行く。」
 それでも護は、心の動揺を隠して憎まれ口を叩いた。

「おっと、それならそのマニキュア、取っていけよ。レズリー、お前さんのそれ見て、嫌な顔してたぜ。」
「マニキュア?」
 護はゲッコの視線が自分の左手に伸びているのに気付いた。
 確かに護の左手の指先には、宇宙に散らばる星座を図案化したマニキュアが塗られていた。
 なぜか護は、ロバート長谷川が言い残したサクリファイス王女という名前を思い出していた。




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