8 / 54
第1章 宇宙回廊の修理者
07: そのマニキュア、取っていけよ。
しおりを挟む
自分で切り落とした筈の手首が、灼熱の溶鉱炉の中で溶かされている。
これを幻痛とするなら、度を超した痛みだった。
その痛みによって、自分自身の存在が吹き飛んでしまうのではないか、と思えたほどだ。
護は、少しでもその痛みを中和しようと叫んだ。
そして、その自分の叫び声で、目が覚めた。
汗まみれでベッドから跳ね起きて見ると、そこは本部の緊急医療室だった。
護の視界に、こちらを心配そうに見ているゲッコと、デスクに向かっていて、今こちらを振り向いたばかりという医療主任カグニの浅黒い顔の半分が見えた。
護に駆け寄ってきたのはゲッコだけだった。
医師のカグニは、既に護に対する関心を失ったのか、そのまますぐにデスクワークに戻っている。
カグニのその背中からは、護に対する無関心しか伝わって来ない。
護は、まさかと思いながら自分の失われた筈の左手首を触った。
そこには、いつもと変わらぬように左手があった。
全ては「夢」か、、、、。
「気が付いたか、、。」
「俺は、どうしてここにいる?」
「ローがお前さんを回収してくれた。そのなんというか、、リペイヤーとすれば異例の行為だ。」
「回収、、、。レズリーが、俺の特異点内部に入った、、。」
護には想像も付かない出来事だった。
「天地がひっくり返ったような顔をしてるな。不可能じゃないんだよ。現に侵入者どもは、お前さんの世界に入り込んでいるし、ウチの学者さん達は、運び屋のリペイヤーに特異点に連れていってもらってるじゃないか、、お前達処理班のリペイヤー同士は、それを今まで、誰もやらなかっただけの話だ。」
「それはそうだが・・学者も夾雑物も只の人間だ。たとえ、夾雑物が化けても、先に特異点に順応してる俺たちの方が力が強い。やつらは俺の世界に従属してるだけだ。俺達リペイヤーと普通の人間とは違うんだよ。」
だからこそ、自分と同等の特異点に対する順応力を持つレズリー・ローが、俺の特異点内部に侵入するのは無理な筈だ、、と言いかけて、護はそれを止めた。
今は何よりも、助けてくれたことに、生きている事に、感謝すべきだった。
「・・レズリーが、わざわざ救援の為に俺を追いかけて来てくれたのか?」
「そうじゃない。お前さんが音信を絶って絶望視され始めた頃、別の任務で特異点に入っていたローが、お前さんを見つけたんだよ。」
「俺の特異点内部とレズリーの特異点内部は繋がっているってことなのか!?、、まあいい、、、あっちで見つけた俺の様子をレズリーはなんて言ってた?」
ゲッコはこんな時に、不思議な事を聞くヤツだと言わんばかりに、護の顔を見つめていたが、やがてあきらめたように応えた。
普通に考えれば、護は大怪我こそしていないが、特異点内部でロストしていたのだ、九死に一生を得た事になる。
「ジッグラトの麓で血だらけになって倒れていたそうだ。左の筒袖が引きちぎられて無くなっていたから、ジッグラトの上で侵入者と取っ組み合いをして転げ落ちたんじゃないかと、ローは思ったそうだ、、。」
「、、、そうか。」
「なあマモル、、そうして身体が動くようになったんなら、俺なんかとグダグダ話をしてないで、真っ先にローに礼を言いに行った方がいいな。こんなんで済んでいるのは、ローのおかげだ。」
護は、医師のカグニの背中をもう一度見た。
彼らには自分がどう見えるかは別にして、護には強烈な爆破に巻き込まれた記憶と、自分の左手を切断した記憶があるからだ。
カグニは微動だにしない、診察は既に終わっているという事だった。
「・・二階建ての階段から転げ落ちた程度だとさ。血塗れだったから派手に見えたが、擦り傷と軽い打ち身と捻挫程度ということだ。お前さんの頑丈さなら、なんて事はない。」
カグニの代わりに、ゲッコが応える。
「・・・判った。頭の打ち所が悪くて悪い夢でも見てたんだろう。さっきは大声を出して済まなかった。」
護はベッドの中で起きあがった。
節々が痛むものの、確かに大した怪我ではなかった。
身体の痛みより、混濁した時間感覚の方が不快だった。
もっとも特異点内部で、まともな時間の流れを期待する方がおかしいのだが、今の感覚は度が外れているように思えた。
手首を大鉈で自分で断ち切ったあの瞬間から、覚醒後のこの時までが、ショートカットされているように感じられる。
「謝りに行くのなら、ちゃんろしろよ。備品室に吊るしてあった官給品のスーツを持ってきた、それに着替えるといい。」
「ああ、何もかもすまん、、所でゲッコ。さっきからレズリー以外の件で、俺に何か言いたい事がありそうだな。」
「、、ついさっき、ヘンデルとグレーテルから、お前さんに対する出頭命令があったんだよ。お前さんが目覚めたら、俺からそれをお前に伝えろと言われた、、。」
特異点保護修復機構の最高責任者と、現在、最も「神」に近い男からの呼び出しだった。
「、、、、いつだ?」
護の声は乾いていた。
「明日の午後五時十五分から三十分間。ちなみに言っておくが、特異点の安定値ラインが、お前が起こした事件の後で相当乱れた。」
ゲッコが付け加えた一言に、護は大きなショックを受けたようだ。
特異点の安定値ラインが乱れる、、それは機構にとって一大事だった筈だ。
「、、お忙しいお二人様だからな、、俺の為に時間を割いてやったという事か、、まあいい。俺は、これからレズリーに会いに行く。」
それでも護は、心の動揺を隠して憎まれ口を叩いた。
「おっと、それならそのマニキュア、取っていけよ。レズリー、お前さんのそれ見て、嫌な顔してたぜ。」
「マニキュア?」
護はゲッコの視線が自分の左手に伸びているのに気付いた。
確かに護の左手の指先には、宇宙に散らばる星座を図案化したマニキュアが塗られていた。
なぜか護は、ロバート長谷川が言い残したサクリファイス王女という名前を思い出していた。
これを幻痛とするなら、度を超した痛みだった。
その痛みによって、自分自身の存在が吹き飛んでしまうのではないか、と思えたほどだ。
護は、少しでもその痛みを中和しようと叫んだ。
そして、その自分の叫び声で、目が覚めた。
汗まみれでベッドから跳ね起きて見ると、そこは本部の緊急医療室だった。
護の視界に、こちらを心配そうに見ているゲッコと、デスクに向かっていて、今こちらを振り向いたばかりという医療主任カグニの浅黒い顔の半分が見えた。
護に駆け寄ってきたのはゲッコだけだった。
医師のカグニは、既に護に対する関心を失ったのか、そのまますぐにデスクワークに戻っている。
カグニのその背中からは、護に対する無関心しか伝わって来ない。
護は、まさかと思いながら自分の失われた筈の左手首を触った。
そこには、いつもと変わらぬように左手があった。
全ては「夢」か、、、、。
「気が付いたか、、。」
「俺は、どうしてここにいる?」
「ローがお前さんを回収してくれた。そのなんというか、、リペイヤーとすれば異例の行為だ。」
「回収、、、。レズリーが、俺の特異点内部に入った、、。」
護には想像も付かない出来事だった。
「天地がひっくり返ったような顔をしてるな。不可能じゃないんだよ。現に侵入者どもは、お前さんの世界に入り込んでいるし、ウチの学者さん達は、運び屋のリペイヤーに特異点に連れていってもらってるじゃないか、、お前達処理班のリペイヤー同士は、それを今まで、誰もやらなかっただけの話だ。」
「それはそうだが・・学者も夾雑物も只の人間だ。たとえ、夾雑物が化けても、先に特異点に順応してる俺たちの方が力が強い。やつらは俺の世界に従属してるだけだ。俺達リペイヤーと普通の人間とは違うんだよ。」
だからこそ、自分と同等の特異点に対する順応力を持つレズリー・ローが、俺の特異点内部に侵入するのは無理な筈だ、、と言いかけて、護はそれを止めた。
今は何よりも、助けてくれたことに、生きている事に、感謝すべきだった。
「・・レズリーが、わざわざ救援の為に俺を追いかけて来てくれたのか?」
「そうじゃない。お前さんが音信を絶って絶望視され始めた頃、別の任務で特異点に入っていたローが、お前さんを見つけたんだよ。」
「俺の特異点内部とレズリーの特異点内部は繋がっているってことなのか!?、、まあいい、、、あっちで見つけた俺の様子をレズリーはなんて言ってた?」
ゲッコはこんな時に、不思議な事を聞くヤツだと言わんばかりに、護の顔を見つめていたが、やがてあきらめたように応えた。
普通に考えれば、護は大怪我こそしていないが、特異点内部でロストしていたのだ、九死に一生を得た事になる。
「ジッグラトの麓で血だらけになって倒れていたそうだ。左の筒袖が引きちぎられて無くなっていたから、ジッグラトの上で侵入者と取っ組み合いをして転げ落ちたんじゃないかと、ローは思ったそうだ、、。」
「、、、そうか。」
「なあマモル、、そうして身体が動くようになったんなら、俺なんかとグダグダ話をしてないで、真っ先にローに礼を言いに行った方がいいな。こんなんで済んでいるのは、ローのおかげだ。」
護は、医師のカグニの背中をもう一度見た。
彼らには自分がどう見えるかは別にして、護には強烈な爆破に巻き込まれた記憶と、自分の左手を切断した記憶があるからだ。
カグニは微動だにしない、診察は既に終わっているという事だった。
「・・二階建ての階段から転げ落ちた程度だとさ。血塗れだったから派手に見えたが、擦り傷と軽い打ち身と捻挫程度ということだ。お前さんの頑丈さなら、なんて事はない。」
カグニの代わりに、ゲッコが応える。
「・・・判った。頭の打ち所が悪くて悪い夢でも見てたんだろう。さっきは大声を出して済まなかった。」
護はベッドの中で起きあがった。
節々が痛むものの、確かに大した怪我ではなかった。
身体の痛みより、混濁した時間感覚の方が不快だった。
もっとも特異点内部で、まともな時間の流れを期待する方がおかしいのだが、今の感覚は度が外れているように思えた。
手首を大鉈で自分で断ち切ったあの瞬間から、覚醒後のこの時までが、ショートカットされているように感じられる。
「謝りに行くのなら、ちゃんろしろよ。備品室に吊るしてあった官給品のスーツを持ってきた、それに着替えるといい。」
「ああ、何もかもすまん、、所でゲッコ。さっきからレズリー以外の件で、俺に何か言いたい事がありそうだな。」
「、、ついさっき、ヘンデルとグレーテルから、お前さんに対する出頭命令があったんだよ。お前さんが目覚めたら、俺からそれをお前に伝えろと言われた、、。」
特異点保護修復機構の最高責任者と、現在、最も「神」に近い男からの呼び出しだった。
「、、、、いつだ?」
護の声は乾いていた。
「明日の午後五時十五分から三十分間。ちなみに言っておくが、特異点の安定値ラインが、お前が起こした事件の後で相当乱れた。」
ゲッコが付け加えた一言に、護は大きなショックを受けたようだ。
特異点の安定値ラインが乱れる、、それは機構にとって一大事だった筈だ。
「、、お忙しいお二人様だからな、、俺の為に時間を割いてやったという事か、、まあいい。俺は、これからレズリーに会いに行く。」
それでも護は、心の動揺を隠して憎まれ口を叩いた。
「おっと、それならそのマニキュア、取っていけよ。レズリー、お前さんのそれ見て、嫌な顔してたぜ。」
「マニキュア?」
護はゲッコの視線が自分の左手に伸びているのに気付いた。
確かに護の左手の指先には、宇宙に散らばる星座を図案化したマニキュアが塗られていた。
なぜか護は、ロバート長谷川が言い残したサクリファイス王女という名前を思い出していた。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる