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第2章 「左巻き虫」の街
20: サーフスター
しおりを挟む後日ほどなく、サーフスターから呼び出しがあった。
サーフスターは不思議な男だった。
機構が立ち上げられた頃、特異点内部に自由に出入りが出来る人間が存在すると判って、機構はそんな人間達を組織して調査チームのようなものを作った。
それがリペイヤーの原型なのだが、サーフスターはその内の一人だった。
彼の元の職業は、軍人でも警官でもなかった。
サーファーだったのだ。
彼の移動デバイスは、特異点内部で生成された空中浮揚するサーフボードだった。
陽気に特異点内部へ、空飛ぶサーフボードに乗って突入する彼の姿を見て、機構の人間は彼のことを「サーフスター」と呼んだのだ。
だが現在のサーフスターには、その頃の面影など微塵もない。
残っているものがあるとすれば、日焼けした肌とボリュームの薄くなった長髪だけだ。
その目は殆ど海を見ることもなく、書類とディスプレイと政府の役人達の顔しか見た事がない。
その天才性故に、機構のトップとして、まさに好き放題の事をやっているヘンデルとグレーテルに対して、サーフスターは、現場上がりで、しかも実働隊のトップでありながら、実務一辺倒の、正に中間管理職のような仕事をこなしていた。
特異点に直接携わる人間と、政治や組織運営に関わる人間との繋ぎ役になれる人物は、初期のリペイヤーには、それほど数がいなかったのである。
一部の隙もない、かちっとしたスーツを身にまといながら、長髪を止めないのは、彼の中に少しだけ残っているサーファーとしての意地だったのかも知れない。
サーフスターのテーブルの上の第2執務補佐官というプレートが鈍く光っているのを見ながら、護は彼が書面から目を離し、こちらを向くのを待っていた。
「相変わらず見事な成績だな。レズリー・ローの遙か上を行く、、。しかし給料は増えんぞ、歩合制じゃないからな。」
サーフスターに呼び出しを喰らった者は、彼の部屋でじりじりと絞り上げられると聞いていたが、意外に話は早く進むように思えた。
「君の同僚から色々な不満の声が挙がっている。だがそれもすぐに解決する。いや一時棚上げになると言った方が正確か、、ヘンデルが、なぜ今回の件をのんだのか、少し判る気がするよ。君も社会勉強をすれば、少しは大人になるかもしれん。」
サーフスターは、今まで読んでいた書類を脇に寄せると、引き出しの中から新しい書類を取り出して、それをテーブルの上で滑らせてよこした。
書類はトランプのカードのように滑って、テーブルの前に突っ立っている護の目の下の位置に止まった。
「君への命令書だ。本日をもって、君は湊市の碇湾岸署へ研修生として出向する事になる。目的は警察業務、特に刑事事件捜査について実地研修し、その本質を知り機構での活動に役立てること。実際は、向こうさんから、現場レベルでの交流を求めて来たのがきっかけだったんだが、何故か、こんな形になった。文句を言うならウチのトップにいいたまえ。」
護は書類を手に取ろうともせず、直立したままその字面を読んだ。
命令書の最後には、ヘンデル直筆のサインとグレーテルの刻印があった。
この程度の書類に、二人のサインが記入されるなど、異例中の異例のことだった。
「なぜ、私なんですか?」
「ヘンデルに呼び出されたとき君は、随分、失礼な物言いをしたそうだな。レズリーが憤慨していたぞ。だが勿論、そんな事も、そして君が犯した過去の失態も、この事とは関係ない。君の顔にそうじゃないのか?と書いてあるから、予めそう応えておく。なぜ君なのかという答えは、先方が、君をご指名だったからだ。その理由は、君が排除率ナンバーワンのリペイヤーだからだ、、、そうだ。」
「納得できません。」
サーフスターが、うんざりしたような顔つきで護の顔を見た。
「私はここに入る時に、秘密の厳守を誓わされました。そしてその意味を直ぐに納得しました。特異点の中では、総ての事が可能になります。例えば、、例えば、空飛ぶ絨毯が欲しいと願えば、本物の空飛ぶ絨毯が与えられるんです。その空飛ぶ絨毯が、普通の世界に姿を現したら、それだけで世界はひっくり返ってしまいます。人間は自分の持っている力を最大限に振り絞って、文明を進歩させます。医療など、進歩が届かないが故に、起こる不幸は不幸と見なさないとしたこと、数百年前の人類が夜空を見上げて星座の名前をつけ、現在の人間がようやく宇宙空間に乗り出したということ、その歩みの遅さはそれでいいと、、、棚ボタ式に与えられる進歩は、人間にマイナスしか及ぼさない。各国家間で、そういった認識にたどり着き、当面、特異点の管理については、我が国に依頼するという結論を得たことは、人間にとっての最良の決断だったと、俺は思っています。」
サーフスターは、熱弁を振るう護を不思議な生き物のように見つめた。
そして護が空飛ぶ絨毯と言ったのは、自分が昔、現役だった頃に使っていた移動デバイスが、サーフボードだった事を遠回しに言っているのだと気づいた。
そしてサーフスターは沈黙を守り、部下が無駄な抗弁を続けるのを、珍しく許した。
「そんな秘密厳守を前提とするリペイヤーが、警察組織に研修に出るのですか?しかも相当長期にわたるものです。特異点の事や、ここでの活動について、一切の秘密を守りながら研修するなどという事が、私に可能だとは思えません。」
「至極、ごもっともだな。だがこの命令書を決済したのはヘンデルとグレーテルだ。ヘンデルはともかく、グレーテルは十年先の未来を完璧に予測すると言われている存在だぞ。そのグレーテルが、今、君が私に教えてくれたような可能性を考えなかったというのかね。」
「繰り返しますが、俺は新しい任務下で、特異点の秘密を守り抜ける自信はありません。」
「本人がそう言ってるのだから、グレーテルの未来予測もアテにならない、、そう言いたいのか。」
サーフスターは、面白そうに言った。
グレーテルの能力の高さは、間近でその事例を見た者でないと、本当の意味では理解できないのだ。
だからうわさ話のレベルでのグレーテルの評価しか知らない人間には、この部下のような反応が出てくる。
サーフスターは、今まで国内外を問わず、何人もの要人達がグレーテルに多方面他分野のアドバイスを求めに来ているのを知っているし、この変人奇人の寄せ集めのような人間達が中核になっている機構自体が、潰れもせずに機能し、世界的に見ても重要視されてるのは、ひとえにグレーテルのおかげだという事を痛感している。
グレーテルの判断は絶対だった。
「一つ教えて置いてやろう、君が研修先で口を滑らせてしまうような、内容など、秘密の内に入らんという事だ。ダイビングポイントで特異点に潜り込もうとする不埒な人間の中には、君以上に特異点内部の情報に詳しい奴もいるぞ。我々が懸念したのは、そんな事ではなく、湊に潜り込んでいるスパイどもに君が捕まって、人体解剖され、君の特異点に見せる親和性を調べられることだ。国家間協議で特異点テクノロジーへの手出しは凍結と決まったが、それは表向きの話だ。実際は、どの国も特異点テクノロジーを我がものにしたがってる。で、今回の出向の条件なら、その点は安全だとグレーテルは判断を下し、尚かつ、この出向が機構にとって有利に働くと、その神の目で先を読まれたんだ。私は今までグレーテルの判断が間違ったのを見たことがない。そしてヘンデルは、この警察からの申し入れが藍沢護というリペイヤーを指名したものでなければ、話は違っていたかも知れないと仰っていた。」
護が最後の言葉をどう考えて良いか迷っている間に、サーフスターがもう部下と付き合うのには飽きが来たという口調で最後の言葉を添えた。
「271会議室は知ってるな。そこに警察からの人間が一人来てる。形式上では君のサインがその人物が持参した書類に書き込まれない限り、この出向は正式なものにはならない。勘違いするなよ、あくまで形式の話だ。我々機構は、既に君に対して命令書を出している。気持ちよくサインして来るんだな。」
護は、もうこれ以上、この場所での抵抗は無駄だと知って礼をしてから退室しかけた。
「・・・ああ、もう一つ、言い忘れた。271には君の保護者であるゲッコがいる。彼はここに、君に対する同僚の苦情や申し立てを、なんとか穏便に処理してくれるようにと私に頼み込みに来てたんだ。それを接待にまわした。警察の人間なんかに機構の役職の階級なんか判らないからな。君を待ってる警察の御仁のお相手に、丁度いいんじゃないかと思ってね。接待をゲッコに振ったんだよ。そんなに大事な友人なら、こいつに会っとかない手はないぞとな。それに私の部署の部下では、この手の人間には役不足だ。苦労人のゲッコなら出来る。直接会う前に、ゲッコから情報を仕入れておくといい。君は、これからこの機構の、いやリペイヤーの代表になるんだからな、なめられるんじゃないぞ。」
勝手に言ってろと、腹の中で思いつつ、護はその場でもう一度頭を下げて部屋を出た。
管制官としては古株のゲッコと、サーフスターは昔組んでいたという話を聞いたことがある。
二人は旧知の間柄なのだろうが、部署の違う人間に、本来自分が仕切らなければならない役割を押しつけるサーフスターに、ちょっとした苛立ちを護は覚えていた。
部下が心許ないというのなら自分で相手をするのが当然だろう。
それとも既に、その人物との最初の面談で、サーフスターに負担を感じさせる何かがあったのかも知れない。
口先では手慣れた様子で、先ほどのような内容を喋ったサーフスターだったが、機構内部のリペイヤー部門の人間で、現場の警察の人間と、生で渡り合った人間はいないはずだった。
サーフスターが「君の保護者」と呼んだゲッコが、271会議室側近くの廊下の壁にその長躯を預けていた。
そして近付いて来る護の顔を見て、その表情は一瞬明るくなって、又、暗くなった。
ゲッコの方から護に近付いてきて、271会議室に行く手前で、護を止めた。
「サーフスターが接待を俺に振った理由がよく判ったよ。奴は、とんでもない食わせ物だ。」
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