宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

文字の大きさ
20 / 54
第2章 「左巻き虫」の街

19: 半年後

しおりを挟む

 護は、連行してきた夾雑物を、特異点進入路側にある保安ブースに連行し、その身柄を保安員に引き渡した。
 簡単な書類交換の後で、保安員二人が挟むようにして壮年の男を連れ去っていく。
 その右目の周りには、くっきりとした痣があった。

 護が特異点内で男に負わせた打撲痕だった。
 その右目の下の頬が引き連れる。
 嗤ったのか歪めたのか、、とにかくその男は、保安員に連れ去られながら護に振り返って、こう言ったのだ。

「これが最後のチャンスだったんだ。あんたを怨むぜ。」
「・・・怨まれる筋合いは、ないな、むしろ感謝して欲しいもんだ。」
 護はそう返したのだが、その声が遠ざかっていく男に届いたかどうかは判らない。
 むしろその言葉を聞いたのは、護の隣にいたゲッコの方だろう。

「やれやれ、まだまだ不幸は続くのにな、、。特異点内部を一度でも覗き込んだ一般人は、秘密保持の為に、脳の一部を焼かれる。その記憶の消し方は、半端じゃない。人によっては、いろんな後遺症がでるそうだ。運良く力を得ても、リペイヤーに捕まれば、機構で実験材料として一生飼い殺しだ。護。お前さんはそう言う意味で怨まれても仕方ないんじゃないか。」
 ゲッコは、うんざりしたように言った。

「普通の人間が特異点の中で力を得る、、、見方を変えれば、人間が強烈な放射能に被爆して身体に異常をきたすのと同じ事だ。俺達、リペイヤーの中じゃ、夾雑物が力を得るのは、特異点と繋がるレシーバーみたいな癌細胞が、奴らの体内に発生するからじゃないかと考えられている。俺も、その点については同意見だね。奴らは、そういう後の人生を、政府に面倒見て貰えるんだ。やっぱり俺たちは、奴らに感謝されてしかるべきなんじゃないかな。」

「変わったな、お前は、、。」

「よしてくれよ、俺は昔から夾雑物には厳しかったし、あのドジの後から、生活が荒んだって訳でもないだろう。」

「ああ、相変わらず、拿捕率はトップクラスというか、いやダントツの成績だな、、お前、休養なんか全然取ってないんだろう?オフの時でも、機構の宿舎でずーっと待機したままだって話だ。」

「奴らがダイビングした直後は、暫くグレーゾーンにいる、俺達の内の誰に墜ちるかはまだ決まっていない。そういう時は、ルーレットが回るのを待たないで、奴らの真下にこっちから移動して、ネットを広げて待っていればいい。移動式の蟻地獄だな。」

「仲間の評判は、よくないぞ。そのやり方だと、人の獲物を横取りしてる可能性がある。」

「なんだ?わざわざそれを言うために、こんな所までやって来たのか。トンネルでいつでも話が出来るじゃないか。」

「あっちに行く直前は、誰もがナーバスになる。そんな場面で難しい話はしたくない。管制官としては当たり前だろう。それにお前は、最近仕事以外は、ずっと俺の事を避けている。ゆっくり話をしようとも、しない。」
 あんただけを避けてるわけじゃない、と思わず言いそうになった護だが、その場は、肩をすくめるだけにして歩き始めた。

「お前のことで、仲間内からサーフスターに色々と苦情が上がっているそうだ。彼は自分が動く前に、なんとかならないかと、俺に相談を持ちかけてきたんだ。」
 サーフスターはリペイヤー達にとっての直属の上司だった。

「まさか、この俺が夾雑物を横取りしてるとかで、文句垂れてる野郎がいるのか?俺達の仕事は、ノルマ制じゃないし、俺だって、こっちに墜ちてくる奴らを全員処理できてるわけじゃない。」

「それでも拿捕率は、リペイヤーにとって勲章みたいなものだ。」

「だったら俺みたいに、夾雑物がグレーゾーンにいる内にスタンバイすればいい。その時、夾雑物がどっちの世界に墜ちるかは、それこそ運の問題だ。」

「リペイヤーの中には家族持ちだっている。きちんとした勤務時間やシフトがあるから、私生活が成立するんじゃないか。」
 二人で並んで歩いていた護が、急に立ち止まってゲッコを睨み付けた。

「俺達はサラリーマンじゃない。それにサラリーマンだって、残業もあれば休日出勤もあるぞ、あんたは、わざわざそんな事を俺に言うために、ここに来たのか。」

「マモル、お前、銃も持たずに特異点に入ってるだろ。」

「銃は無くした、あんた知ってるだろうが、」

「いいや、銃はちゃんと支給されている。なんでそれを持っていかない!」

「武器は、あるさ、」

「特異点から拾って来たあの大鉈だろ。いつまで、あの事に拘ってるんだ。特異点の中で、侵入者に逃げられた事は、今までだって、何度かあったじゃないか?どうして今度のだけは、そんなに拘るんだ。」

「・・・・ケリが付いていない。あのドジだけはな。」

「特異点の中で力を得た人間が、もう一度特異点に戻って来るっていうケースはほとんどないだろ。だから、お前さんの頑張り方では、ケリの付けようが、ないんじゃないか?いくら拿捕率を上げてみたって、あの件は無くならない。そんな忘れ方なんかしたって無駄だってことさ!そんな無茶をやり続けたら、そのうち特異点に取り込まれるぞ!」
 ゲッコの言葉は最後、怒鳴り声になっていた。

 ・・・自分の命が欲しくて、俺は奴のいいなりになり自分の左手を切った。
 そんな事は当たり前だと思う自分もいれば、その左手が過去において他人の命を奪ったのだという思いもあった。
 更に、そんなゲームを、面白半分で仕掛けて来たあの男がどうしても許せないような、あるいは男の仕掛けたゲームにのった自分が許せないような、全てがない交ぜになった思いが護にあったのだ。

 それらの思いは、未だに護の中で整理が付いていない。
 そのもやもやを、護は拿捕率を上げる事で吹っ切ろうとしていたのだ。
 ゲッコが「お前は変わった」と言ったのは、まさにそれを指していたのだろう。

「、、、。」
 護の顔は無表情のまま凍り付いている。
 こうして年上の友人の偽らざる心情に触れると、自分が抱いていることなど、下らない拘りだと思わない事もなかった。
 だが、己が犯した過去の人殺しの罪を、事故だったと忘れ去ることが出来ないように、命ほしさに自分の手首を切ったこと、更に、そのような状況に追い込まれる侮辱を受けた事実は、忘れ去ることは出来ないのだ。

「、、もうすぐサーフスターからの呼び出しがあるだろう。これからは大人しく通常勤務で頑張りますと言え、それが、お前の為だ!」
 ゲッコは、そう言い残すときびすを返した。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...