宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

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第2章 「左巻き虫」の街

18: 大鉈と拳銃

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 護の移動デバイス・マーコスLM500は、ちゃんとジッグラトの側にあった。
 護は乗ってきた凱歌を、デバイスの隣に止めると、ジッグラトに向かって歩き始めた。

 ジッグラトの地上にある正式な出入り口を暫く見つめてから、護はそこからジッグラト内部に入ることを諦めた。
 ジッグラトの外壁を取り巻くようにして作られた階段は、この前の爆破で寸断されてしまったから、男が爆弾を仕掛けた窓や、護が中ずりになっていた場所に近付くためには、ジッグラト内部の階段を使うしかないのだが、、、。
 それでも護は、ジッグラト内部に入る気には、なれなかった。

 それに、あの出来事が起こった場所は、爆発の中心地でもあり、そこに近付いたとしても、そこにあるのは破壊跡だけで、そこで何か特別な発見があるとは思えなかった。
 それより、護の気持ちは自分の足下に飛び散っている瓦礫に集中しはじめていた。

 やはり予想通りだった。
 爆発箇所の真下、つまり護が墜ちた場所には、レズリーが言った砂山はなく、代わりにいくつもの巨岩が爆砕された瓦礫が堆く積もっていた。

 特異点内部世界が、今は護の意識にシンクロしていて、護の体験に辻褄をあわせたのだ。
 するとドクター・ヘンデルが言ったように、護が救出された時の内部世界は、レズリーのものへ書き換えられ始めていた可能性があるのかも知れない。
 だから俺は、一命を取り留めたのか、、、いや違うと、護は考えた。

 少なくとも俺は自分の左手首を爆発が起こる寸前に切断し、そのお陰で爆死から逃れる事が出来た。
 レズリーが、この世界に来たのは、その後の事なのだ。
 しかし手首を自らの意志で切る所までは、はっきりと覚えているのに、その直後からは、記憶が蒸発してしまっている。

 その空白で、何かが起こったのだ。
 ・・・いや総ては幻か、もしかしたら、自分では偽の報告書としてヘンデルに書き送り、口頭で応えた内容こそが、真実なのかも知れない。
 特異点の中では何でも起こりうるのだ。

 護は瓦礫の山を少し登ってみたり、探ってみたりした。

「何を探してるんだ。もしかして自分の干からびた左手か?」
 瓦礫の山に腰を下ろしたロバート長谷川の幽霊が、護を見下しながら言った。

「うるさいな、ちょっと静かにしてろよ。」
 何も見つからないと思いながらも、護はムキになって自分の足下の岩をひっくり返している。

「お前が機構本部の救急室で目が覚めた時、左手にマニキュアがあったろう。あれがヒントなんだよ。お前、俺が名付けた生け贄王女と一緒に階段から落ちたんだよ。」

「何が言いたいんだ?」

「何が言いたいって、お前には判っているはずだ。ったく、折角、あの星に連れていてやたのに前と同じだな。判っている筈なのに、なぜだか覚えてないふりをしてる。そんなお前に、なんで俺が、ご親切に真実を教えてやる必要があるんだ?こうみえても俺は、お前に殺された人間の幽霊なんだぞ。・・でもな、同じ趣味を持つモノ同士として、今日は一つだけ、サービスしてやるよ。お前の左足の下だ。そこを、もう少しほじくり返して見るんだな。」
 そう言い終わるとロバート長谷川は、又、まるでシャボン玉がはじけるみたいに姿を消した。

 護は消えた幽霊の言った通りに、自分の足下の瓦礫を再び掘り始めた。
 ロバート長谷川の言葉を、信用するしないの問題ではなく、それしかやることがなかったからだ。
 しかしそれは、幽霊が言った通り、護の左足が乗った位置から出てきた。

 、、、血錆で覆われた大鉈。
 護の左手首が僅かに疼いた。

 審問の際、レズリー・ローがヘンデルに言ったように、あの時、宇宙回廊の機能が回復して俺は何処かの星のお姫様と、このジグラットで鉢合わせをしたのだ。
 しかも俺達は、身体同士をぶつけた時に、二重存在になった。
 俺はその直後に、左手を失ったから、代わりにお姫様の左手が、こちら側に見えるようになったと考える方が、意味もなくお姫様の左手を縫い付けたと妄想するより、ずっとまともな解釈なのではないかと護は考え始めていた。

 つまり二重存在で居続けていると言う事は、それを可能にしている特異点のパワーを、護は身に纏っているという事にもなるのだ。


    ・・・・・・・


 カルロスは腹の底からこみ上げてくる笑いを必死で堪えながら、波止場の倉庫街に向かって走った。
 何がおかしいのか、自分でもよく判らなかった。
 カメラや照明器具、自分たちを遠巻きにして取り囲んでいた、へなちょこ共の顔を見て、ようやく自分が撮影現場とやらに紛れ込んだ事が判った。

 あの時は、特異点で手に入れた力を使って飛んだ先が、ヤクの取引現場、俺はなんてツイているんだ!と思った。
 しかもあれほど見事に度胸が決まって、相手の頭を二人分ふっとばしたというのに、その相手が、ただの素人とは、、、これが笑わずにいられるか。

 昔なら酒に逃げ込みながら、己の早とちりが起こしたこの現状から逃げ出すための逃亡プランを、必死に練っていただろう。
 だが今は違う、己の犯したヘマも余裕で笑い飛ばせる。

 これから実現するであろう、100の成功の前に、1のドジは単なるジョークに過ぎない。
 俺はヒトを超えた。
 パトカーのサイレンが聞こえる。

 非常線が張られているだろう。警察犬がそこら中を嗅ぎ回っているかも知れない。
 だがそれが、どうだというんだ。
 人間はこの俺を絶対に掴まえられない。

 現に見ろ。
 とカルロスが念じた瞬間、彼の姿は、その場からかき消え、次の瞬間にカルロスは、そこから遠く離れた馴染みの娼婦の部屋にいた。
 どの様な姿勢で、次のポイントに出現するかをイメージで描けば、そうなる事を、カルロスは2回目の空間跳躍で理解していた。
 床の上に立っている自分を想像したカルロスは、波止場のように空中に飛び出す事もなく、情婦の部屋の床の上に立っていたのだ。

 特異点の力に「座標」を与えてやればいいのだ。
 そうすれば後の面倒な事は総てやってくれる。
 理屈など考える必要はないのだ。
 最近の多くの家電製品は人間自体がリモコンの役目を果たしている。
 手の一振りに機械側が感応して作動する、あれと同じだ。

 恐らく、カルロスの頭の中にだけある空想の場所を想像してジャンプしようとすると、特異点の力は、それに最も近い現実の場所を割り出して、そこに彼を連れていってくれるだろう。
 だから逆に言えば、カルロスが知っている場所なら、世界中のどこへでも行けるのだ。
 カルロスは、次に自分の脚で部屋の片隅にある情婦のベッドに飛び込んだ。
 ベッドに大の字になって横たわり、先ほど二人の人間を撃ち殺した大型軍用拳銃の銃口に口づけをした。

「気に入ったぜ、この銃。新しく生まれ変わったこの俺の記念の意味も込めて、大事に使わせてもらうぜ。なっ、どじで間抜けなリペイヤーさんよ。」



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