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第2章 「左巻き虫」の街
22: レッスンの始まり
しおりを挟む「 ふぁぃ、、お早う御座います。」
響児が寝癖の付いた髪を指櫛で整えながら碇署の刑事部屋に入ってきた。
彼と組んでいる香坂は既にデスクに付いており、自分で入れたこの日何杯目かのコーヒーを啜っている。
「あの後、又、飲んだのか?」
昨夜は、いつもの様に丹治の指示で番外編のやっつけ仕事をした。
香坂は割り切って淡々と仕事をこなしたが、響児は不満を隠そうともせず、それを仕事後の遊びで発散させていた。
「遊び盛りなんすよ。香坂さんみたいに、仕事大好き人間でもないし、、でも遅れてないっしょ。聞き込みに入る頃には、俺の刑事根性も目が覚めてますよ。今度のは正規の仕事ですしね。」
「それに」と言いながら、響児はジャケットの左脇下あたりを軽く叩いて見せた。
そこには、既に持ち出し申請を済ませた拳銃がホルスターに納まっている。
要するに、すぐにでもヤバい仕事に取りかかれるという合図だった。
それなりに工夫をしながら、腐ることもなく仕事に打ち込んでいる後輩の顔を頼もしそうに見ながら香坂は、いつもとは、まったく違う反応を見せた。
「出るのが三十分程遅れても、今日の聞き込みには問題ない。どうだ、見物していかないか?」
「はぁ、、見物ってなんですか?」
「相変わらず自分の周辺の情報に付いては、無頓着な野郎だな。ほら、この部屋に残ってる奴らは、普通の顔してやがるが、みんなそれが目当てなんだぜ。」
響児は刑事部屋をざっと見渡すが、そこには寝不足気味の顔で報告書類を書いている同僚達がいるばかりだ。
「だから、なんすか?」
「今朝、機構の方から一人の研修生がやって来るんだよ。」
「機構って、あの機構ですか?」
「そうだ。トの字の奴だ。研修生ったって、こっちに組み込まれる時には、俺達の階級で言うと警視に相当する。そこんとこ、間違うなよ。朝から、署長なんかはピリピリしてる。」
「機構とは緊急の際には、そういう連携をするとは知ってましたが、、研修ってのは緊急なんですかね?」
「どうだかな・・噂をすればって、奴だ、ほれ、奴さんだ。」
響児は、香坂が顎で示した方向、つまり刑事部屋への入り口に姿を見せた男を見て、かつがれたような表情を浮かべた。
そこにいたのは、ほぼ自分と同世代、あるいは年下に見える青年だったからである。
それに響児には、その顔に見覚えがあった。
青年は受付係に自分の用向きを伝えたようだ。
係は内線を使っている。
勿論、刑事部屋に連絡を通すなら地声で済む。
この時になって響児は、部屋中の刑事達が、彼らの注意力総てを、この来訪者に向けていることにようやく気付いた。
程なく奥の部屋から、丹治が檻からのっそりと出てくる野獣のようにその身体を表し、青年に向かって歩き出した。
二人は既に面識があるようで、簡単な挨拶を交わし終えると、連れだって署長室に向かった。
「見てろよ。あの二人、署長室からは直ぐに出てくるぜ。この件に付いて実質を取りしきってるのは丹治さんだからな。署長なんて挨拶をしたら、それでお終いさ。まあ、これに限ったことじゃないがな、、。」
香坂が言った通りになった。
丹治らが署長室に入って出てくるまで、ほんの数分だった。
署長室を出た彼らは、すぐに丹治の部屋に向かっている。
ただ青年は、丹治の部屋に入る前に一瞬、珍しそうに刑事部屋を一渡り見回した。
勿論、その仕草を見る限り、青年が警視の肩書きを持つなど、到底想像する事は出来なかった。
「案外、普通の若者だったな。リペイヤーと言えばもっと変わった雰囲気を持っているのかと思っていたが、、。」
好奇心を満たし終え、聞き込みに出かける準備をし始めた香坂がそれとなく呟いた。
「普通じゃないっすよ。奴さん、藍沢護ですよ。」
「藍沢護?、、なんでお前、警視様の名前を知ってる。」
「フルコンタクト空手の悲劇の学生チャンピオン、藍沢護。高校生で俺より下だったけど、あの時は、大学や社会人の選手より、高校の奴らの方に強いのが揃ってた。奇跡の黄金ハイスクール世代とか言われてましたね。同じフルコンをやってた人間には、強烈な印象がある。第一、俺はあの試合かぶり付きで見てましたからね。」
「ああ、お前、大学ん時、空手やってたって言ってたな。で警視様は強かったのか?」
手帳を見て今日一日の段取りを確認し終えた香坂が、ようやく手帳から顔を上げる。
「相手の男の方が、もっと強かったですかね。数十年に一度の天才と言われてましたから。藍沢は努力家タイプだった。でも強かったすよ、ロバート長谷川に勝てるとしたら、とにかく藍沢しかいなかったんだから。」
「・・ああ、あのロバート長谷川か、それで思いだした。試合中の事故で死んだんだっけ、その相手が今の警視様か。」
香坂は少し複雑な表情を見せた。
目敏く響児は、その表情を捉え、フルコンタクト空手をやっていた人間としての自負心が働いたのか、その事故の起こった試合について言葉を継ごうとしたが、肝心の香坂は、既に聞き込みに向かって動き始めていた。
・・・・・・・・・
「見直しましたよ警視殿、銃の扱いは大したものだ。」
丹治は、右利きの護が例の「左手」を試すために、左で射撃訓練をした様子の感想を述べているのだ。
「左手」は護自信が驚くほど、銃の操作に直ぐになれ、その射撃の精度も高かった。
護は返事もせず、丹治が運転する車の助手席から碇の街の様子を眺めている。
いつもの護なら「銃の扱いも、と言い直してほしいもんだな」程度の応酬はするのだが、今の護にはカルロスの事しか頭にない。
護は、出向中に沸き起こるだろう自分の雑多な感情など、些細なことに過ぎない、と既に思い定めている。
自分の事を、刑事達が「警視殿」と当てこすって来るのも気にならない。
「他の刑事達は、反動が強すぎてあまり使いたがらないが、ブロンコは良い銃だ。手首がしっかり出来上がっている人間が扱えば、心強いパートナーになる。勧めた甲斐があった。」
街に実地研修に出るのに、拳銃はいらないと断わった護に、無理矢理、ブロンコを携帯させたのは丹治だった。
理由は簡単だった。
『街に出たら自分の事は自分で身を守れ、私には君を守ってやる余裕はない』
護は、その思い入れの一欠片らもない丹治の事務的な口調に、カルロスから奪われた拳銃を取り戻すまでは公的に譲与される拳銃は手に取らないと決めていた己の想いの甘さを、密かに恥じた。
ここは特異点ではない。
別のルールが働いているのだ。
ちなみに碇署での武器の携帯所持手続きは、いとも簡単だった。
網膜スキャンを伴った登録と、持ち出しの際の時刻入力、弾薬数の確認、実際はそれさえも保管ケースに備え付けられた機器が行うので、総てが一瞬の内に終わってしまう。
護の場合は登録が必要だったが、署の刑事なら、本当に机の引き出しから、筆記用具を取り出すような感覚で拳銃を持ち出せるのだろう。
丹治は護にブロンコと呼ばれる拳銃を推薦し、それを登録させたあと、署内で30分ほど護にそれを試射させていた。
その時の様子を丹治は今、評価しているのである。
「機構では武器の携行にはもっと複雑な手続きがある。特異点の中では手に入れようと思えばバズーカ砲だって簡単に手にはいるというのにだ、、。」
「ほう、それは楽しそうですな。だが、この街では銃なしで任務につける事の方が珍しい。私の部下には、署に拳銃を返した後、自前の拳銃を身につける者も多い。」
丹治は低速で車を流している。
碇ブロックは後発の造成地だから、既存の街より車線の数も多く、道幅自体が広いので、こういった運転も可能なのだ。
「・・・ざっと見渡した限り、街のあちこちでドンパチやっているような感じもないし、犯罪多発地域って感じどころか、オフィスビルも多いんだが、、。」
「だったらなんでカルロスみたいな野郎が、この街から沸いて出てくる?」
「・・・俺が気にしてるのは、自分で正当防衛だと判断して、拳銃で相手を傷つけた場合の事だ、、正直言って俺のような刑事としては、素人の判断が、様々なケースでまともに通用するのか?って事だ。」
「正当防衛?まとも?」
丹治の口元が、悪魔のように吊り上がった。
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