宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

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第3章 竜との旅

37: 拳銃とキャンディ

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「なんとかするんだよ、、、か。」
 護は自分の手の平にある拳銃ブロンコの銃把を見つめながら呟いた。
 ウォールナットの木製カバーの中央には、竿立ちする野生馬をレリーフにした鋲が埋め込まれてある。
 丹治が、どうせ署に帰ってくるのだから、長期持ち出しにしておけばいいと言って、別れ際に寄越した銃だ。
 もちろん制度上は「長期持ち出し」などはない、署に残った丹治が適当に処理をするのだろう。

「どうした?それは警察からの土産かね。」
 急用を済ませ執務室に戻ってきたサーフスターが護に声をかける。

「ある男からの餞別代わりですよ。所で時間指定で人を呼び出しておいて待ちぼうけを食わせるというのは、いくら上司でも、あまりやらない方がいいんじゃないですかね。」

 この男、外の風に当たって、かなり図太くなったとサーフスターは思いながら、護が沈み込んでいるソファの前に座った。
 自分には、未だに違和感があるネクタイが、この男には似合っている、しかもくたびれた感じでだ。
 更に、1年2年と出向していたのならいざ知らず、たかが数ヶ月の警察現場での体験で、これ程人の風貌が強く変わるとは、碇の腐敗ぶりは噂に違わない、とサーフスターは思った。

「ドクターヘンデルに呼ばれて、それを断れる人間が機構にいるかね。第一、その内容は君に関する事柄だ。」

 護はそれに応えず、ブロンコを脇下に吊ってあるフォルスターに戻した。
 サーフスターは、その無礼な態度を咎めようとしない。
 護が、機構から放逐される事を願っているのを、知っているからだ。

「君が要望してきた件について、お許しが出た。かいつまんでなら話してもいいそうだ。君が知りたがっていた、藍沢護という男が今回の任務に必要不可欠な理由だ。」

 護は、今度のミッションに自分が必要だとされる理由を聞かない限り、退職をすると言い切っている。
 もし政治的な理由で、警察への出向が中止になったのなら、話は大きく違ってくるし、それならば丹治が護を署に戻す為に裏で動ける余地があるかも知れなかったからだ。

「君は、自分の特異点内部で死にかかっている所を別の特異点から移動してきたレズリー・ローに助けられている。」

「その通りです。それが重要だ。俺は助けられたのであって、助けたのではない。」

「ドクターヘンデルは、ある仮説を立てられていて、実際それについて、リペイヤー達の日常任務の範囲の中でだが、検証も続けてこられた。もちろんグレーテルの方は、既に結論を得られていたようだが、、ヘンデルは、ああいうお人だからな。何事にも慎重だ。その仮説が、君を呼び戻すことになった一番の理由だ。」
 その「仮説」自体については、説明するつもりはないがと、サーフスターの目が囁いている。

「ところで君は、リペイヤー各個人の内部世界が、特異点の中でどう組み込まれているか考えた事があるかね?ちなみにリペイヤーが同時に特異点に入った過去の最高人数は三十人だ。、、昔の話だ、異常事態が起こってね。あの時は、それをやらなければ仕方がなかった。」

 特異点への進入路は全部で30。管理管制官は10人。無茶をやれば管制官は、一人で最高同時に3人のリペイヤーと組める。
 確かにリペイヤーをフルに出動させればそうなる。

「リペイヤー個人の内部世界は、世界の果てが無く、無限に広がっていると考えられていたが、レズリーがそうじゃない事を俺の救出で証明してみせた。しかも、それぞれの内部世界は隣り合っている可能性がある。つまり内部世界は有限であり、それを納めている特異点も又、有限である可能性がある。でも、それはあくまで可能性。もし有限だとしたら、その大きさは、少なくとも無限大と感じられるような規模の内部世界を、最低三十個は詰め込める途方もないものだ。、、そういう事ですよね。」

 護はわざと酔っぱらった時のような口調で言ってみせる。
 サーフスターの先の言葉を繰り返しただけで、護の考えは入っていない。
 そんな解釈に、どんな意味があるというのか?と護は言いたかった。

「、、うむ。そういう事だ。それともう一つ、侵入者達は、各リペイヤーの内部世界に墜ちてくるわけではない。それは表面だ。彼らは、あくまで特異点そのものにダイブするという事だ。ちょっと待ってろ。」
 サーフスターは、そう言うと、自分のディスクに戻り、引き出しから円筒形のガラス瓶を持ち出して帰ってきた。
 護の前のテーブルに置かれたのは、キャンディが半分ほど詰まったガラス瓶だった。

「私は昔から、このコーラ味のキャンディが好きでね。疲れが溜まると、時々これを舐めるんだ。」
 サーフスターがガラス瓶のふたを開けて指を突っ込む。

「ちょうど私のこの指が、侵入者に当たる。瓶の口が小さいから、キャンディをいくつも取るわけにはいかない。わかるかね。瓶の中には、沢山のキャンディがあるが、摘み取れるのは一つだけだ。つまり侵入者の指に近いほうの一つだな。」
 サーフスターの指先がキャンディに触れる。

「そしてもう一つ、考えてみてくれ。キャンディは丸い。キャンディ同士は隣接しているが、その接点は正に点でしかない。そんなふうに、瓶に詰まった一つ一つのキャンディは隣接しているわけだが、一つ向こう側にあるキャンディとは直接繋がっているわけではない。その間には、キャンディ一個分の直径の距離があるわけだ。」

「単純なんですね。」

「ドクターヘンデルによると、どんなに複雑に見える事でも、その本質の総ては単純なんだそうだ。特異点の構造もまたしかり、、。受け売りだがね。」
 サーフスターは、つまみ上げたキャンディを暫く見つめ、やがて肩をすくめてそれを瓶に戻した。

「さあ、これで判ったろう。君は、あるキャンディの中で、死にかけている男の真横に位置するキャンディを持ってる。そして君のキャンディの反対側には、レズリー・ローのキャンディがくっついている。男を助けるのはローだ。あの時、君を助けたようにローが、今度もそれをやる。だがローは、君のキャンディを経由しないと、そこにたどり着けない。」

「どうして俺の内部世界が、その男の内部世界と隣接してるって判るんです?この俺自体が、判らないのに。」

「・・知らないな。私が今、喋ったことが君に教えられる精一杯だ。君には、詰まらない話だったかも知れないが、さっきの内容でさえ、特異点の情報を欲しがっている連中からすれば、超弩級のネタなんだぞ。」

 サーフスターは、珍しく憤慨したような口振りだった。
 これだけの情報を、上層部から引き出すのに相当苦労したのか、あるいは逆に、総てを把握しているヘンデルあたりに、この事で彼自身が悪戯半分で弄ばれたのかも知れない。
 ヘンデルなら、やりそうな事だった。

「判ったら、すぐに任務に就きたまえ。私は君のくだらない要望や質問など聞いてやる必要などないと思っているのだが、ドクターヘンデルは、驚くほど君の事を気に掛けておられる。理由はわからんがね。」

「多分、ヘンデルもグレーテルも、この俺を使って、途方もない実験をしようとしてるんですよ。でなきゃ、リペイヤーを、警察の現場に送り込んだりはしなかった筈だ。」

 サーフスターは、少し面食らったような顔をした。
 自分の目の前にいる男は、全くの馬鹿ではなく、多少の推理力を持った男だったのだと発見したからだ。

「最後に一つ、、、この任務が終わったら、もう一度、警察に戻れますか?先のミッションは、色々な意味でまだ完結していない筈だ。もしかしたらヘンデル達だって、俺がそう言い出すのを、まんざらじゃないと思っているかも、、。」

「そうかもしれんな。実は私もそんな感触を持っている。そうでなければ、いくらドクターヘンデルといえど、碇程度の警察署に自ら電話をかけたりしなかっただろうな、、。だが出向が打ち切られた最大の理由は、今度の救出に時間が、どれくらいかかるか判らないからだ。これについては、裏も表もない。君は特異点の中の時間流が、こちらの現実の時間流と同一では無いことを知っている筈だな。」

「もちろん。でもその誤差で問題が起こった事は一度もない。それぐらいの微々たるものだ。」

「・・・これだから、リペイヤーは浮き世離れしてると世間から言われるんだよ、、たとえ微々たるものでも、異なった時間が流れている事自体が、異常中の異常なんだよ。」

「何を今更。それだからこその、特異点なんでしょうが。」
 護も負けていない。

「はっきり言おう。君とローは、今度の任務で浦島太郎になる可能性がある。今までのように、リペイヤーが各自の特異点内部に行って戻ってくるのとは訳が違うんだ。救出の為の移動行程の中に、もう一人のリペイヤーの内部世界が挟まっていて、しかもその内部世界は極めて不安定だ。」

「でも俺が、レズリーに助け出された時は、、」

「向こうとこちらで、時間流に大きなズレはなかったと、思っているのかね。」

「・・・まさか?」

「時間流の遅滞はある条件下で拡大される、この推論は、君の救出ケースから割り出されたものだ。どうだ、良く考えてみろ?答えは、君が意識を失っていた時間だ。君自身には、それを証明する方法はないだろう?周りが言うことを信じるしかない。あの時、君の一日は、我々の二日だったんだよ。二日だぞ、それが君の言う微々たるものかね?その誤差とその意味を知っていながら、ドクターヘンデルは、今までそれを機構の各部署に、圧力をかけて封印されて来たのだ。ゲッコやカグニもそれには逆らえない。理由は例によって、我々には知らされていないがね。さあ、もういいだろう。正直言って、私もこれ以上は知らないんだよ。とにかく、仲間を助けてやれ。君もそれには異存はないんだろう?」

「。。。判りました。」と護は応えるしかなかった。








 
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