宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

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第2章 「左巻き虫」の街

36: 機構への帰還命令

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 響児は武器保管室で護が来るのを待っていた。
 護に、丹治がどういった経緯で彼を機構から借り出したのか、それを伝える為にである。
 この事を決心するのに、三日かかった。
 香坂が教えてくれた蘭丸事件の真実を、響児は自分なりにもう一度調べていた。
 香坂は事件の全容を総て響児に伝えたわけではなかったのだ。
 カルロスは蘭丸エミリを襲い、陵辱した後、大型拳銃で彼女を絶命させている。
 娘のアンジェリーナと赤子もその拳銃で殺害されている、順番は母親の後だ。
 ・・・カルロスは自分の暴行の様子を、縛り上げたアンジェリーナに見せつけていたのだ。
 デザートを食べるように行われた赤子の殺害も含め、それら総てが蘭丸邸の防犯用ビデオカメラで記録されている。
 ここまでは香坂が言った通り。

 問題は、母子を絶命させた、その拳銃だった。
 それはカルロスが特異点から帰還した夜、早速引き起こした殺人事件の拳銃と同一のものだったのだ。
 皮肉な事に、響児がこの二つの犯行に使われた銃弾の線条痕を一致させる事が出来たのは、あの夜、跳弾収集を丹治に命じられた彼が、その分析結果資料を個人的に所持していたからだ。
 なぜ響児がそんな資料を持っていたのかと言えば、これも皮肉な事に、丹治に対して不満を抱いていた響児が、いずれどこかで丹治と対決する際に、何かの役にでもたてばと考えたからである。
 丹治は、蘭丸エミリ親子が暴行され殺された一部始終を記録したビデオを見ている、カルロスの使った銃が、護のものである事を知っている筈だった。

 響児には、丹治が今までどのような思いで護とペアを組んできたのか、想像も付かなかった。
 自分なら、自分の妻と娘を死に至らしめた拳銃の元の持ち主、いや、犯罪者にその拳銃を奪われた男を許せるだろうか。
 理屈上は、盗難車が人をひき殺した時、その車の元の持ち主を責めるような話なのだから、理性を総動員すれば、整理がつくようなものなのかも知れないが、、。
 しかし今回の場合、カルロスがこのような「力」を得て、なおかつ許されざるその罪から逃れられたのは、護が特異点から彼を回収し損ねたからだという遠因がある。
 、、、丹治の心の整理は、それほど簡単ではないだろうと思えた。
 ただ響児には、香坂ほど、妻子を亡くした丹治の無念を思う気持ちがない。
 その様な事例は山ほど知っているし、それに逐一べったりと反応していては、刑事は務まらない。ましてや相手は丹治だった。

 響児にとっての一番の引っかかりは、護がその丹治とペアを組みながら何も知らないと言う事実だった。
 いらぬお節介だという事は十分、判っていた。
 必要があるなら当の丹治が、護が奪われた拳銃によって自分の妻と娘達が殺された事を護に伝えている筈だ。
 丹治は、相手の心を思いやって、そのような事を黙っているような男ではなかったし、普通の人間なら、激しく護を責めても不思議ではない状況だ。
 だが丹治は冷静に護とペアを組み続けている。
 丹治は丹治なりにこの件に付いては既に結論を出しているのだろうか。

 それでも響児には、護がこの背景を理解しないまま、碇の街で丹治の飼い犬として吠え続ける事が耐えられなかった。
 なぜなのかは判らない、、ただ「耐えられない」そう思ったのである。
 それとも響児はただ単に、自分が知った事実の重みに耐えられないからその事実を護に伝えようとしているのか、、うまくは言えないが、そうでないような気がした。
 香坂は、この事を知って、丹治が復讐を果たすための協力を惜しまないと明言している。
 カルロスに辿り付く為なら、現在扱っている事案を歪曲操作しても構わないとまで言い切ったのである。
 同じ刑事だからか?同期だからか?それとも響児が知らない裏の事情がまだ潜んでいるのか?
 たまたまある殺人事件の容疑者として、修羅王の名前があがり、その修羅王は碇の街に持ち込まれつつある新麻薬と関係があり、同時に新麻薬は、どうやらエマーソン製薬と関係があるらしい。
 そしてエマーソン製薬の重役の娘である丹治の妻が、カルロスによって殺害された。
 響児が掴んでいるのはそこまでの構図だった。

 だが香坂はもっと深い所まで知っている。
 そしてそれ以上に、丹治はもっと知っているのに違いなかった。
 俺は香坂さんの飼い犬で、護は丹治の飼い犬、、そういう事なのか、、いや違う。
 香坂さんは、俺を裏切りたくないために、この事を話してくれた。
 だから俺は、護に蘭丸事件の真実を伝えようとするのか、、。

 そんな煩悶が三日続いたのである。

 護が武器保管室に姿を現した。
 響児が、改まった目でその姿を見ると、護は署に来た最初の頃とすっかり雰囲気が変わっていた。
 丹治警部の小型版だ!と、そう気付いて響児は驚いた。

   ・・・・・・・・・

 丹治の部屋のドアをノックしようとする護の手が戸惑った。
 この日この時まで、このノックは、嫌悪や期待や焦燥や、そういった様々な焦げ付くような強烈な感情に彩られていたが、今日のそれは失意で濡れそぼっていた。
 護は、武器保管室で彼を待っていた響児から総てを聞いた。
 それを聞いた上で、丹治と顔を合わすのはとてつもない苦痛だった。
 しかしその苦痛は、逃れようのない苦痛でもあった。
 その苦痛を和らげる方法は、もう金輪際どこにもないような気もしたが、護はとにかく丹治に謝罪することしか思いつかなかった。
 結局、護はノックの後に返ってきた、鉄錆のような「どうぞ」という丹治の声を聞いて、彼の部屋に入った。

 丹治は自分の机の上に撒き散らしてある資料や書類から顔を離さず、護がいつもやるように、勝手に応接セットに座り込むのを待っているようだった。
 自分の用事が片づいたら護の相手をしてやる、そういう素振りをするのが丹治のルールだったのだが、今日は、その護が自分の机の前に突っ立ったまま動かないのである。
 しかたなく、丹治は顔を上げ護の顔を見た。
 驚いた事に、護の目は真っ赤に充血し頬の筋肉が何かに耐えるように硬直していた。
 丹治は、護のこの表情が何を意味しているのか暫く理解できないでいた。

「どうしたんだ、ああ、警視殿にも、あの指令が届いたのかね?普通はこの手の命令は上から下だが、警視殿と私とは所属組織が違いますからな。」
「申し訳ないことをしたと思っています。」
「、、、、なんのことだ、まさかこの件は、警視殿が手を回した結果だと言うんじゃないだろうね。」
 丹治は事情を勘違いしたまま、苦笑を浮かべようとしたが、目の前のこの青年が非常に深刻な状況にある事を理解してそれを止めた。
「最初から仰ってくだされば良かったんです。お前のせいで、妻と娘達が殺されたんだと、、。」
「、、、、、。」
 今度は丹治が凍り付いた。
 だがそれは一瞬だけだった。

「聞いたのか、、。だが警視殿は間違っておられる。私の妻と娘達を殺したのはカルロスだ。あなたの拳銃の意思ではない。ましてや、あなた自身では、ない。」
「嘘だ、あなたはそんな風に物事を考える人じゃない。それにあなたが俺を憎むのは当然の事だ、、。第一、あなたは機構に来た時、俺に責任をとれと言った。」
「あの時、責任をとれとは確かに言った。しかしそれはカルロスを取り逃がしたこと、またそのカルロスに自分の拳銃を奪われたことに、対してだ。私の妻と娘達が殺された事に責任をとれとは言ったつもりは断じてない。第一、君に責任をとれという資格は私にはない、、、。そうやって君を責める事が、私に出来るなら、その理屈で最も責められるべきは・・この私自身だからな。・・・それ以上、喋らさないでくれ。」
 護は、その一瞬、クラブ・アポカリプスの前で張り込みをしていた時、自分の娘のおまじないの動作を真似て照れていた丹治の顔を思いだした。
「・・さあ、いつものようにソファに座ってくれないか。」

 護は指示通り、一応はソファに座ったが、何の反応も示さず黙りこくったままだ。
 護には謝罪しかなかったし、その謝罪を丹治から、いなされてしまっては、もうなすべき事はなかったのだ。
 一方、丹治の方には、目の前の男に対して、伝えるべき違う事柄があった。
 妻と娘の事については一切、この男に知らせるつもりがなかったし、幸いな事に、この立ち入った事情を護に知らせようとする物好きな署内部の人間はいないと安心もしていた。
 そんな経緯があるから、丹治はこの状況に戸惑いを覚え、今日、自分が受け取った命令書の内容を考え、悪い時には悪い事が重なるものだと考えていた。

「・・・色々あるが、まず私の仕事から片づけさせてもらおう。機構から今朝、司令書が届いた。警視殿を至急、機構に帰せとの事だ。」
 これには、さすがに護も驚き顔をあげた。
「書類には機構に緊急事態が起こったので、としか書かれていないが、ついさきほどヘンデルと呼ばれている機構のトップから、直接、私に電話があった。警視殿はその御仁をごぞんじかね。」
「何度か直接話した事があります。機構における実質上の最高権力者です。風変わりな人ですが、、。」
「私の情報、それに印象と、一致してるな。御本人自体は、自分の持つ権力の巨大さを自覚していないご様子だ。未だに新進気鋭の好奇心旺盛な科学者気分でいらっしゃる。それだからわざわざ私のような者に電話をして来るのだろうな。・・その御仁が、特異点内部で死にかけているリペイヤーがいるので、彼を救出するために警視殿を今すぐ帰してくれと言ってきた。その任務に要する時間が、どれぐらいかかるのか予想も付かないので、この研修計画自体を中止にするとも。自分がこんな電話をするのは、君が指示通りには動かないだろうという予感がするので、その時は、この私に説得して欲しいとも言われた。」
「・・・・。」
 確かに自分は、不可能と言われたリペイヤー同士の救出劇の当事者だ。
 しかし救出された側で、救出した方ではない。
 救出などレズリー・ローが一人いれば十分なのではないか、、それにこの帰還命令の裏には、もっと違う理由があるのではないか。
 護はそう思った。

「今やりかけの事をほっておいて、機構に帰るつもりはありません。私の方から、そう言います。」
「・・やはり命令拒否をするんだな。しかし、面白いことを言うな、機構では君のような立場の人間が、上からの命令に逆らえるのかね?」
「機構を辞めれば済むことです。俺はカルロスを追います。」
「機構を辞めれば君はただの民間人だ。私は、そんな人間を必要としない。」
 そう言い終えた丹治は、珍しく微かに口元に微笑みを浮かべた。
「今までのように貴男と組んでという訳ではありません。碇の事は大体掴めました。それに刑事のまねごとをする必要もない。好き勝手にやります。勿論、カルロスを逮捕する権利が貴男にある事は判っていますから、でしゃばった真似をするつもりはありません。俺は追い詰めるだけでいいです。俺の拳銃ももうどうでもいい。」
「君は死にかけの同僚を見捨てるのかね。」
「丹治警部は詳しいことを、ご存じ無い。機構内の救出作業で俺は戦力にはならない。」
「普通、組織は戦力にならない人間を他組織との信頼関係を損ねてまで呼び戻したりはしないものだ。」
 実質オンリーの丹治が言うと説得力のある言葉だった。
 それに第一、護が機構に帰ることによって一番の痛手を被るのは他ならぬ丹治の筈だった。

「、、、一度、戻ってみます。状況を調べます。意味のない帰還であれば、先ほど言った通りにします。」

 この時、丹治はふいに目を瞑って上を向いた。
 そして次に、護を正面から見つめ直してこう言った。

「・・・そうしてくれるか。うまくカルロスを引きずり出せたとしても、私では特異点の力には対抗できない。君が必要だ。私の妻や娘達の事は何も考えなくていい。カルロスに罪を償わせる。それが全てだ。他には、何もない。」
 それが丹治の本音だった。
「しかし機構で本当に俺が必要とされていて、ずっとこちらに帰ってこれないような状況になったら、、。」
「そんなことは、現場では往々に起こり得ることだ、、、それはそれで、なんとかする。」
「なんとかするって、、。」
「何日、私の元にいたんだ、、なんとかするんだよ。警視殿。」

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