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第2章 「左巻き虫」の街
35: カルロスはまだ動かない
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香坂が響児に、丹治警部の隠された過去を打ち明けていた頃、護は署に帰還する車の助手席で、血肉の詰まったずだ袋のようにへたりこんでいた。
それでもそのダメージは、身体の芯までは届いていないようだ。
護は今も膨れ上がった唇を動かして、丹治に喋りかけている。
「あんた、あのスパイダーマンの格好をした女のこと、泥レスのブギーガールと呼ばなかったか?」
「地獄耳だな、よくあんな状況で、私の呟きを聞き取ったものだ。」
「あの女、一体何者だ?」
「修羅王ファミリーの収入源の一つに、女同士がやる泥レスってのがある。名前で甘く見るなよ、そこいらに転がってるような好色な見せ物じゃない。死人も怪我人もでる本気の泥レスだ。ブギーガールは、そこのナンバーワンだった女だ。昔、何かの格闘技をやっていたのが、身を持ち崩して碇に流れ着いたって話だ。それに多分、ブートアップしてる。だから警視殿は苦戦すると思ってたが、大したものだったな。」
護はマスクの下から出てきた青黒い女の顔を思い出した。
「今度は、こっちからの質問だ、警視殿。なぜ相手の挑発に乗った?」
丹治が運転をしながら、ちらりと護の方に目を走らせる。
護の身体を気遣ってと言うより、彼の表情を確認するためだ。
「ジェミニの片割れがスパイダーを切り札だと言ったからだ。・・もう待ちくたびれた。こいつを倒せば、いよいよ次が、カルロスなんだと、そう考えた。」
「、、そうか。済まないな、私はカルロスについて何かを見誤っているのかもしれん。」
丹治は正直な所を言った。
それに今日は、修羅王ファミリーの中に、ジョン・リーという新顔を発見した。
彼らは他の都市から援軍をよんで、その勢力を補充している可能性があった。
ならば、カルロスの出番は、違った場面、違った時期にあるのかも知れなかった。
「あんたに、文句をいうつもりはないさ。あんたが最近、現場から離れていた事は、周りに聞いて知っている。そんなあんたが、他の刑事以上に、俺と一緒に朝から晩まで地べたをはい回っているんだ。少なくとも、その事実に嘘が入り込む余地は、ないからな、、。」
「奇妙なお世辞だな、まあ額面通りに、受け取っておくよ。」
・・・カルロスは、絶対にこの街でのし上がろうとする。
超絶的な力を得て、その力を持ってすれば、この国のどこでも犯罪者として頭角を現すことが出来るはずだが、奴はそうしないだろう。
それについては、丹治には確信があった。
丹治が若く、カルロスがまだ少年と言って良い頃に、二人は、刑事と不良少年としてこの街で出会っている。
丹治が、この碇という街を抜けられないように、カルロスも又、この街に執着しているのだ。
そしてあの「出来事」が起こった。
「、、、、、ともかく、今度、私が銃を使えと言った時には使うことだ。私には警視殿の身体を無事に機構に帰す義務があるからな。研修に来て、警視殿は殉死されました、という訳にはいかないんだよ。」と丹治は話を変えた。
「・・・警部、あんた正当防衛で何人、人を殺したんだ。」
護はわざと正当防衛という言葉を挟んだ。
もちろん、正当防衛をだしに使ってという意味だ。
「応えるつもりはないね、だが自分の銃を奪われて、それで人を殺された事はないぞ。」
この男はやはり何も変わっていないと、護は、にやりと笑った。
だが勿論、腫れ上がった護のその顔は。笑ったようには見えなかった。
・・・・・・・・・
「昔はな、それライスカレーと言っていたそうだよ。」
宿泊先のホテルの支配人が何気なく言った。
護は傷だらけの口の中で、カレーライスを咀嚼しながら、この男はたった一つしかない食い物のメニューがボルシチからカレーに変わっただけで、蘊蓄をたれるのかとうんざりしていた。
「カレールーとライスが別々に提供されるものをカレーライス、ライスの上にカレーが元から掛けてあるのがライスカレー。別々に出される方が、高級感があるよな、実際、昔はカレーライスの方が値段が高かった。それが何時のまにか、その差がなくなって、今やライスカレーなんて呼び名は死語に等しい。」
何故か、口の中の傷の痛みや、体中のダメージが数時間で回復している、それが実感出来る程のスピードでだ。
以前はこんな事はなかった、やはり「左手」の影響なのだろうと護は思った。
もちろん、護にその仕組みは判らない。
しかし、本能的に、飯を食えば治りがもっと早くなるという事は、確信できた。
だされたカレーライスは、いつものようなレベルの味だが、大きな肉の塊がゴロゴロ入っているのが護には有り難かった。
「そんなの、どっちでもいいさ。それより、あんた、ジェミニ達の事を知ってるか?奴らの事を、シュラと呼ぶ奴らもいるが、それが奴らの通り名でもなさそうだ。丹治は修羅王ファミリーと言ったが、そう呼ぶのは丹治だけだ。それに、やつら他の組織とは随分印象が違う。」
「驚いたな、噂では警視殿は、奴らをぶっ叩いて回っているって聞いてるんだがな。その当のご本人が、奴らの事を知らないのか?と言うか、丹治に教えて貰ってないのか?」
「、、、、、。俺は丹治とはあまり喋らない。」
「なら、他の碇署の刑事達は?」
「俺には、口を効いてこない。」
護は例外として、香坂と響児の事を思い出したが、自分も彼らも忙しすぎて、普段ゆっくり話す機会は殆どない。
「なんだかなぁ、、、。まああんたは警視だから、他の刑事達が喋り掛けてこないのは判るが、丹治は何を考えてるだろうな。」
「俺の対応が、まずいせいかも知れない。丹治に利用されてるのが判っているから俺はいつも警戒してる。」
護の顔に迷いが走って、年相応のものになる。
「、、、、、。ジェミニの事だがな。はっきりした事は判らないが、奴らのボスは修羅王と名乗る男らしい。ただその修羅王にしても、本当にいるのかどうか判らない。一切表面には出てこないんだよ。現場で動き回っているのは、ジェミニ達だ。ジェミニ達のグループにしたって、流れ者と、この街のぽっと出の若造達の混成軍だ。それがこの街の勢力図を塗り替えようとしてる。奴らの実力だけじゃ絶対に無理だ。だがそこに、修羅王の名前と、得体の知れないバックが付いている。」
「その程度の事なら、俺にも判る。ジェミニ達は、何をしたいんだ?新麻薬の販路を完全に潰しても、それをそれ程痛手に思ってるわけでもなさそうだし、、いや、ジェミニ達を操ってるヤツの目的や正体はなんだ?奴らは、ただの傀儡だ、、。」
碇に来た時には、カルロスの事しか頭になかった、それが最近、違う事が気になっている、、、護の変化だった。
「私は警察を卒業した人間だ。それ以上は、もう判らないよ。丹治なら多分、その辺りの事情を詳しく知ってる筈だが、それは誰にも言わないだろう、、。だがな、警視さんよ。さきのカレーの話じゃないが、結局くっちまえば、カレーがライスの上にかかっていようが、別々だろうが同じ事じゃないのかな?それと、ライスカレーって言葉がなくなったような時の流れだ。物事はそっちの方が大きい。私は、最近、そう思うようになったよ。」
護は、そんな支配人の言葉を聞いて、アタラクシアというこのホテルの名を思い出した。
それでもそのダメージは、身体の芯までは届いていないようだ。
護は今も膨れ上がった唇を動かして、丹治に喋りかけている。
「あんた、あのスパイダーマンの格好をした女のこと、泥レスのブギーガールと呼ばなかったか?」
「地獄耳だな、よくあんな状況で、私の呟きを聞き取ったものだ。」
「あの女、一体何者だ?」
「修羅王ファミリーの収入源の一つに、女同士がやる泥レスってのがある。名前で甘く見るなよ、そこいらに転がってるような好色な見せ物じゃない。死人も怪我人もでる本気の泥レスだ。ブギーガールは、そこのナンバーワンだった女だ。昔、何かの格闘技をやっていたのが、身を持ち崩して碇に流れ着いたって話だ。それに多分、ブートアップしてる。だから警視殿は苦戦すると思ってたが、大したものだったな。」
護はマスクの下から出てきた青黒い女の顔を思い出した。
「今度は、こっちからの質問だ、警視殿。なぜ相手の挑発に乗った?」
丹治が運転をしながら、ちらりと護の方に目を走らせる。
護の身体を気遣ってと言うより、彼の表情を確認するためだ。
「ジェミニの片割れがスパイダーを切り札だと言ったからだ。・・もう待ちくたびれた。こいつを倒せば、いよいよ次が、カルロスなんだと、そう考えた。」
「、、そうか。済まないな、私はカルロスについて何かを見誤っているのかもしれん。」
丹治は正直な所を言った。
それに今日は、修羅王ファミリーの中に、ジョン・リーという新顔を発見した。
彼らは他の都市から援軍をよんで、その勢力を補充している可能性があった。
ならば、カルロスの出番は、違った場面、違った時期にあるのかも知れなかった。
「あんたに、文句をいうつもりはないさ。あんたが最近、現場から離れていた事は、周りに聞いて知っている。そんなあんたが、他の刑事以上に、俺と一緒に朝から晩まで地べたをはい回っているんだ。少なくとも、その事実に嘘が入り込む余地は、ないからな、、。」
「奇妙なお世辞だな、まあ額面通りに、受け取っておくよ。」
・・・カルロスは、絶対にこの街でのし上がろうとする。
超絶的な力を得て、その力を持ってすれば、この国のどこでも犯罪者として頭角を現すことが出来るはずだが、奴はそうしないだろう。
それについては、丹治には確信があった。
丹治が若く、カルロスがまだ少年と言って良い頃に、二人は、刑事と不良少年としてこの街で出会っている。
丹治が、この碇という街を抜けられないように、カルロスも又、この街に執着しているのだ。
そしてあの「出来事」が起こった。
「、、、、、ともかく、今度、私が銃を使えと言った時には使うことだ。私には警視殿の身体を無事に機構に帰す義務があるからな。研修に来て、警視殿は殉死されました、という訳にはいかないんだよ。」と丹治は話を変えた。
「・・・警部、あんた正当防衛で何人、人を殺したんだ。」
護はわざと正当防衛という言葉を挟んだ。
もちろん、正当防衛をだしに使ってという意味だ。
「応えるつもりはないね、だが自分の銃を奪われて、それで人を殺された事はないぞ。」
この男はやはり何も変わっていないと、護は、にやりと笑った。
だが勿論、腫れ上がった護のその顔は。笑ったようには見えなかった。
・・・・・・・・・
「昔はな、それライスカレーと言っていたそうだよ。」
宿泊先のホテルの支配人が何気なく言った。
護は傷だらけの口の中で、カレーライスを咀嚼しながら、この男はたった一つしかない食い物のメニューがボルシチからカレーに変わっただけで、蘊蓄をたれるのかとうんざりしていた。
「カレールーとライスが別々に提供されるものをカレーライス、ライスの上にカレーが元から掛けてあるのがライスカレー。別々に出される方が、高級感があるよな、実際、昔はカレーライスの方が値段が高かった。それが何時のまにか、その差がなくなって、今やライスカレーなんて呼び名は死語に等しい。」
何故か、口の中の傷の痛みや、体中のダメージが数時間で回復している、それが実感出来る程のスピードでだ。
以前はこんな事はなかった、やはり「左手」の影響なのだろうと護は思った。
もちろん、護にその仕組みは判らない。
しかし、本能的に、飯を食えば治りがもっと早くなるという事は、確信できた。
だされたカレーライスは、いつものようなレベルの味だが、大きな肉の塊がゴロゴロ入っているのが護には有り難かった。
「そんなの、どっちでもいいさ。それより、あんた、ジェミニ達の事を知ってるか?奴らの事を、シュラと呼ぶ奴らもいるが、それが奴らの通り名でもなさそうだ。丹治は修羅王ファミリーと言ったが、そう呼ぶのは丹治だけだ。それに、やつら他の組織とは随分印象が違う。」
「驚いたな、噂では警視殿は、奴らをぶっ叩いて回っているって聞いてるんだがな。その当のご本人が、奴らの事を知らないのか?と言うか、丹治に教えて貰ってないのか?」
「、、、、、。俺は丹治とはあまり喋らない。」
「なら、他の碇署の刑事達は?」
「俺には、口を効いてこない。」
護は例外として、香坂と響児の事を思い出したが、自分も彼らも忙しすぎて、普段ゆっくり話す機会は殆どない。
「なんだかなぁ、、、。まああんたは警視だから、他の刑事達が喋り掛けてこないのは判るが、丹治は何を考えてるだろうな。」
「俺の対応が、まずいせいかも知れない。丹治に利用されてるのが判っているから俺はいつも警戒してる。」
護の顔に迷いが走って、年相応のものになる。
「、、、、、。ジェミニの事だがな。はっきりした事は判らないが、奴らのボスは修羅王と名乗る男らしい。ただその修羅王にしても、本当にいるのかどうか判らない。一切表面には出てこないんだよ。現場で動き回っているのは、ジェミニ達だ。ジェミニ達のグループにしたって、流れ者と、この街のぽっと出の若造達の混成軍だ。それがこの街の勢力図を塗り替えようとしてる。奴らの実力だけじゃ絶対に無理だ。だがそこに、修羅王の名前と、得体の知れないバックが付いている。」
「その程度の事なら、俺にも判る。ジェミニ達は、何をしたいんだ?新麻薬の販路を完全に潰しても、それをそれ程痛手に思ってるわけでもなさそうだし、、いや、ジェミニ達を操ってるヤツの目的や正体はなんだ?奴らは、ただの傀儡だ、、。」
碇に来た時には、カルロスの事しか頭になかった、それが最近、違う事が気になっている、、、護の変化だった。
「私は警察を卒業した人間だ。それ以上は、もう判らないよ。丹治なら多分、その辺りの事情を詳しく知ってる筈だが、それは誰にも言わないだろう、、。だがな、警視さんよ。さきのカレーの話じゃないが、結局くっちまえば、カレーがライスの上にかかっていようが、別々だろうが同じ事じゃないのかな?それと、ライスカレーって言葉がなくなったような時の流れだ。物事はそっちの方が大きい。私は、最近、そう思うようになったよ。」
護は、そんな支配人の言葉を聞いて、アタラクシアというこのホテルの名を思い出した。
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