宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

文字の大きさ
36 / 54
第2章 「左巻き虫」の街

35: カルロスはまだ動かない

しおりを挟む
 香坂が響児に、丹治警部の隠された過去を打ち明けていた頃、護は署に帰還する車の助手席で、血肉の詰まったずだ袋のようにへたりこんでいた。
 それでもそのダメージは、身体の芯までは届いていないようだ。
 護は今も膨れ上がった唇を動かして、丹治に喋りかけている。

「あんた、あのスパイダーマンの格好をした女のこと、泥レスのブギーガールと呼ばなかったか?」
「地獄耳だな、よくあんな状況で、私の呟きを聞き取ったものだ。」
「あの女、一体何者だ?」

「修羅王ファミリーの収入源の一つに、女同士がやる泥レスってのがある。名前で甘く見るなよ、そこいらに転がってるような好色な見せ物じゃない。死人も怪我人もでる本気の泥レスだ。ブギーガールは、そこのナンバーワンだった女だ。昔、何かの格闘技をやっていたのが、身を持ち崩して碇に流れ着いたって話だ。それに多分、ブートアップしてる。だから警視殿は苦戦すると思ってたが、大したものだったな。」

 護はマスクの下から出てきた青黒い女の顔を思い出した。

「今度は、こっちからの質問だ、警視殿。なぜ相手の挑発に乗った?」
 丹治が運転をしながら、ちらりと護の方に目を走らせる。
 護の身体を気遣ってと言うより、彼の表情を確認するためだ。

「ジェミニの片割れがスパイダーを切り札だと言ったからだ。・・もう待ちくたびれた。こいつを倒せば、いよいよ次が、カルロスなんだと、そう考えた。」

「、、そうか。済まないな、私はカルロスについて何かを見誤っているのかもしれん。」

 丹治は正直な所を言った。
 それに今日は、修羅王ファミリーの中に、ジョン・リーという新顔を発見した。
 彼らは他の都市から援軍をよんで、その勢力を補充している可能性があった。
 ならば、カルロスの出番は、違った場面、違った時期にあるのかも知れなかった。

「あんたに、文句をいうつもりはないさ。あんたが最近、現場から離れていた事は、周りに聞いて知っている。そんなあんたが、他の刑事以上に、俺と一緒に朝から晩まで地べたをはい回っているんだ。少なくとも、その事実に嘘が入り込む余地は、ないからな、、。」

「奇妙なお世辞だな、まあ額面通りに、受け取っておくよ。」

 ・・・カルロスは、絶対にこの街でのし上がろうとする。
 超絶的な力を得て、その力を持ってすれば、この国のどこでも犯罪者として頭角を現すことが出来るはずだが、奴はそうしないだろう。
 それについては、丹治には確信があった。

 丹治が若く、カルロスがまだ少年と言って良い頃に、二人は、刑事と不良少年としてこの街で出会っている。
 丹治が、この碇という街を抜けられないように、カルロスも又、この街に執着しているのだ。
 そしてあの「出来事」が起こった。

「、、、、、ともかく、今度、私が銃を使えと言った時には使うことだ。私には警視殿の身体を無事に機構に帰す義務があるからな。研修に来て、警視殿は殉死されました、という訳にはいかないんだよ。」と丹治は話を変えた。

「・・・警部、あんた正当防衛で何人、人を殺したんだ。」
 護はわざと正当防衛という言葉を挟んだ。
 もちろん、正当防衛をだしに使ってという意味だ。

「応えるつもりはないね、だが自分の銃を奪われて、それで人を殺された事はないぞ。」
 この男はやはり何も変わっていないと、護は、にやりと笑った。
 だが勿論、腫れ上がった護のその顔は。笑ったようには見えなかった。


    ・・・・・・・・・

「昔はな、それライスカレーと言っていたそうだよ。」
 宿泊先のホテルの支配人が何気なく言った。
 護は傷だらけの口の中で、カレーライスを咀嚼しながら、この男はたった一つしかない食い物のメニューがボルシチからカレーに変わっただけで、蘊蓄をたれるのかとうんざりしていた。

「カレールーとライスが別々に提供されるものをカレーライス、ライスの上にカレーが元から掛けてあるのがライスカレー。別々に出される方が、高級感があるよな、実際、昔はカレーライスの方が値段が高かった。それが何時のまにか、その差がなくなって、今やライスカレーなんて呼び名は死語に等しい。」

 何故か、口の中の傷の痛みや、体中のダメージが数時間で回復している、それが実感出来る程のスピードでだ。
 以前はこんな事はなかった、やはり「左手」の影響なのだろうと護は思った。
 もちろん、護にその仕組みは判らない。
 しかし、本能的に、飯を食えば治りがもっと早くなるという事は、確信できた。
 だされたカレーライスは、いつものようなレベルの味だが、大きな肉の塊がゴロゴロ入っているのが護には有り難かった。

「そんなの、どっちでもいいさ。それより、あんた、ジェミニ達の事を知ってるか?奴らの事を、シュラと呼ぶ奴らもいるが、それが奴らの通り名でもなさそうだ。丹治は修羅王ファミリーと言ったが、そう呼ぶのは丹治だけだ。それに、やつら他の組織とは随分印象が違う。」

「驚いたな、噂では警視殿は、奴らをぶっ叩いて回っているって聞いてるんだがな。その当のご本人が、奴らの事を知らないのか?と言うか、丹治に教えて貰ってないのか?」

「、、、、、。俺は丹治とはあまり喋らない。」
「なら、他の碇署の刑事達は?」
「俺には、口を効いてこない。」
 護は例外として、香坂と響児の事を思い出したが、自分も彼らも忙しすぎて、普段ゆっくり話す機会は殆どない。

「なんだかなぁ、、、。まああんたは警視だから、他の刑事達が喋り掛けてこないのは判るが、丹治は何を考えてるだろうな。」

「俺の対応が、まずいせいかも知れない。丹治に利用されてるのが判っているから俺はいつも警戒してる。」
 護の顔に迷いが走って、年相応のものになる。

「、、、、、。ジェミニの事だがな。はっきりした事は判らないが、奴らのボスは修羅王と名乗る男らしい。ただその修羅王にしても、本当にいるのかどうか判らない。一切表面には出てこないんだよ。現場で動き回っているのは、ジェミニ達だ。ジェミニ達のグループにしたって、流れ者と、この街のぽっと出の若造達の混成軍だ。それがこの街の勢力図を塗り替えようとしてる。奴らの実力だけじゃ絶対に無理だ。だがそこに、修羅王の名前と、得体の知れないバックが付いている。」

「その程度の事なら、俺にも判る。ジェミニ達は、何をしたいんだ?新麻薬の販路を完全に潰しても、それをそれ程痛手に思ってるわけでもなさそうだし、、いや、ジェミニ達を操ってるヤツの目的や正体はなんだ?奴らは、ただの傀儡だ、、。」
 碇に来た時には、カルロスの事しか頭になかった、それが最近、違う事が気になっている、、、護の変化だった。

「私は警察を卒業した人間だ。それ以上は、もう判らないよ。丹治なら多分、その辺りの事情を詳しく知ってる筈だが、それは誰にも言わないだろう、、。だがな、警視さんよ。さきのカレーの話じゃないが、結局くっちまえば、カレーがライスの上にかかっていようが、別々だろうが同じ事じゃないのかな?それと、ライスカレーって言葉がなくなったような時の流れだ。物事はそっちの方が大きい。私は、最近、そう思うようになったよ。」

 護は、そんな支配人の言葉を聞いて、アタラクシアというこのホテルの名を思い出した。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

処理中です...