宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

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第2章 「左巻き虫」の街

34: 明かされる悪徳刑事の過去

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「響児、次のパーキングエリアで車を止めてくれないか?」

「へぇ、休憩すか、香坂さんにしちゃ珍しいですね。いつもなら署に戻るまでに、もう一軒ぐらい聞き込みに行こうとか言う所ですよ。」

「いいから、たまにはいだろう、次は波除パーキングエリアだったろう。」
 湊郊外から始まり、湾岸高速道路は、内陸から海岸部に向かって南下し後は海岸に沿って西に向かって伸びていく。
 湊郊外から150キロ程下ったところが碇だ。
 香坂の指示した波除パーキングエリアは、山手側にある湊郊外と湾岸碇の中間で海が見え始める場所だ。
 かってこの国がまだ没落するとは誰もが考えなかった時代、その湾岸周囲は、工業地帯が広がっていた。

「海は綺麗なんですよね。しかし陸の光景がどうにも殺風景でいただけない。」
 フロントガラスの前に広がる風景を見ながら響児が言う。
 香坂はラジオにスィッチ入れて、適当な音楽を選んだ後、外の風景を見て黙りこくっている。

 数十分後に彼らの車は波除に入った。
 車から降りた響児は一旦背伸びをすると、反対車線側にある、もう一つのパーキングエリアに歩いて移動しようと提案した。

 彼らが降りたエリアからは工業地帯しか見えない。
 しかも工業地帯と言っても稼働率20パーセントを切った廃墟のようなものだ。
 日が暮れかかった今、海の夕焼けが望める反対側にあるエリアに行こうとするのは当然の事だった。
 高速道路上にある陸橋を渡れば数分で移動が可能だ。
 それに反対側のエリアには、有人の売店もある。

「いや、こっちでいい。飲み物なら自動販売機があったろう。俺はコーヒーでいい。」
 香坂はそう響児に声を掛けると、工場地帯が見渡せる高台になった欄干に近付いていく。

「え~っ」と響児は一言ぼやいて、近くにあった自販機から缶コーヒーを2本買うと香坂を追いかけた。
「すまんな。」
 コーヒーを手に取ると香坂は、そのコーヒーへの礼なのか、それともわざと辺鄙なエリアに付き合わせたことの詫びなのか、そのどちらともとれる言葉を発した。


「俺は、ここから見える光景が子供の頃から好きでね。この道路を通る度に毎回おやじに頼んで、ここに車を止めてもらっていた。」
 球形や円筒形のガスタンクや、大小さまざまな曲がりくねったパイプ、鉄橋に梯子、その他、得体の知れない構造物が、先ほど点灯したばかりの保安灯の光に、ぼんやりとその白い肌を晒している。

「今はこんなだが、昔は凄かったんだぞ。そこいら中の煙突の先からは炎や極彩色の煙とかが吹き上げてるし、あちこちで水蒸気は上がってるし、、、それが、目映いばかりの強烈なサーチライトで照らし出されるんだ。まるで魔法の国か、未来都市みたいだった、、。」

「ふーん、香坂さんって昔から変わってたんですね。」

「馬鹿言え、お前だって、あの頃のここの光景を見たら納得するさ。」
 香坂はコーヒーを一口啜って暫く、今は寂れた暮れゆく工場跡を見つめている。

「なあ、響児。」
「はい、なんすか。」
 響児は改まった口調で応える。
 何か重要な事を香坂が自分に告げるのだという事が判っているようだ。

「今の事件を追っかけてくと、その内、お前と俺とは意見が合わなくなるだろうと俺は思っているんだ。だから俺が思っていることを、今の内に言って置こうと思ってな。」

「意味がわかんないすよ。俺、香坂さんの事、全面的に信頼してます。昔も今もです。」

「お前は丹治警部が許せない、、だからその内、俺も許せなくなる。そういう事だ。」

「100パーセントあり得ないですよ、そんな事。」

「俺の話を聞け。お前、今日聞き込みに行ったエマーソン製薬がらみで、最近起こった殺人事件を思い出さないか?」
 響児が怪訝な表情を浮かべる。
 それは確かに一件ある。
 エマーソン製薬の重役の娘が、その二人の子供と共に惨殺されている。
 犯人は未だに上がっていない。
 だが管轄が余りにもかけ離れていた。
 警察本庁がある首都の出来事だ。
 この距離の差は大きい、、同じエマーソンとは言え、今日赴いたのは湊支社だ。

「蘭丸親子殺人事件の事ですか。あの事件が、今日の聞き込みと何か関係あるんですか、、でもエマーソンは巨大企業だ。そこに従事してる人間は山ほどいるでしょ。事件がらみと言う点だけで列挙し始めたら、蘭丸に限らず、いくつものケースが上がって来るはずだ。それに、あれは通り魔的な犯罪だと聞いてますが、、。」

「蘭丸壮太はエマーソンの中では二大派閥の一方の旗頭だった男だ。殺されたエミリはその一人娘、5歳のアンジェリーナと赤ちゃんは蘭丸壮太の可愛い孫娘達だ、、。」

「またぁ、そんな風に言わないでくださいよ。何もかも今度の事件に結びつけるのは無理がありますよ。マスコミが報じてたじゃないですか、警察によると犯人は通り魔的な押し込み強盗野郎で、複雑な背景のある犯罪じゃないって。」

「マスコミ報道ではな、、。」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。違うんすかそれ?」

「犯人はカルロスだ。」
 響児は思わず手に持っていた缶コーヒーを落としそうになった。

「カルロスって、あのカルロス・テベスタ、、」

「ついでに蘭丸エミリの前の名は、丹治エミリだ。蘭丸はエミリの旧姓だよ。」
 二人を包む闇が濃くなってきた。
 見方によれば巨大な恐竜の骨の固まりのようにも見える工場跡の白さが、闇の中に浮かび上がってくる。

「憶測は混ぜないで、俺の知っている事だけをいう。いいな。」
 響児はうなずくしかなかった。

「俺と丹治警部は同期だ。丹治警部はああいう人だが、彼が結婚した時にはエミリさんをこの俺に紹介してくれた。俺は、お偉方が集まる結婚式には呼ばれなかったがね。二人が別れたのは、赤ちゃんの首が座り始めた頃だ。連れ子に当たるアンジェリーナちゃんは、丹治さんによく懐いていたから、その娘の問題じゃない。、、刑事の妻は並の女じゃ勤まらない。ましてやエミリさんの相手は、丹治さんだからな。もしかしたら、何よりも娘達の事を考えて、二人は別れたのかも知れない、、、あっいや、さっき憶測を混ぜないって言ったばかりだったな、、。」

「香坂さんは、ちゃんと家庭を守ってるじゃないですか。」

「表面上はな 、いいから、だまって聞いてろ。」

「実家に戻ったエミリさんが殺されたのは、二人が別れて二ヶ月後のことだ。セレブの生活ってどんなのか判るか、セキュリティにも金がかかってる。それなのに防犯設備はいとも簡単に破られ、その癖、犯行の一部始終は、ばっちり嫌になるほど防犯カメラに記録されていた。というより犯人自らが進んで撮影されたんだろう。カルロスらしいよな。」

「あの夜の港と同じだ。あれで味を占めたのか、変態野郎め、、。」

「当然、丹治さんが動いた。丹治さんの事だ、そんな時でも表面は何も変わらなかったが、、、内面は鬼と化していた。俺には判るんだよ。あの人は激すれば激するほど表面が冷静になる、冷静に見えるんだ。」

「あの人は、自分が持っている裏の力の全てを使って本庁に圧力をかけた。ようするに自分の手で復讐できるように段取りをつけ始めたんだ。信じられるか、本庁がカルロスをすぐに逮捕しようと、段取りに入った所を、あの人はそれを遅らせようとしたんだ。」

「だがそれよりもっと、不可解な事が起こった。この犯罪が起こった同時刻に、まったく違う場所で、カルロスは犯罪をおかし、その後、自首して警察に逮捕されているんだ。しかし、こちらは軽微な犯罪でだ。」

「特異点の力!」

「そうだよ、特異点の力だ。奴は瞬間移動して、いやもしかしたら、時間を逆行さえしたのかも知れんが、、二つの犯罪を同時に犯したんだ。」

「カルロスが犯した軽微な犯罪の方については、ちゃんと処罰を受けている。もちろん蘭丸殺人事件の容疑者からは外された。ビデオに映っているのにだぞ。それは他人のそら似だとさ。現在の法体系では、特異点の力を裁く法律がまったくない。第一、特異点は表面上、存在しないものだからな。それとカルロスを庇う何か別の巨大な力が働いていたかも知れない。その結果が、お前さんの読んだ新聞報道なのさ。」

 響児は溜息をもらした。

「しかしカルロスは利口だ。丹治さんを何とかしない限り、自分は碇には絶対に近づけないことを知っている。だからあの日以来、カルロスは表面には出てこなくなった。力を使っているのかも知れん。」

「だから丹治警部は、カルロスを狩るために藍沢さんを機構から呼んできたのか。・・・でも、なんでカルロスは丹治警部の奥さんを、、」

「それが俺達の今の調査に繋がってくるのさ。はっきり言っておこう、響児。今回の仕事、俺はこれを、丹治警部の為にやっている。だがそれは言い換えれば、自分の為でもある、、、丹治さんは、俺の影だからな、いや碇で這い蹲って生きている刑事全員の影といっていい。俺は今回に限り、自分の信じている正義に反するような行為も含めて、なんでもやってやろうと思っている。」

「別に、丹治警部の私怨を晴らすのを香坂さんが手伝っても問題ないすよ。特に特異点の力を使われちゃ、こっちだって変則的なことをやんなきゃ対応しきれない。」

 響児、お前は、今はそう言うだろう。
 だが事が、警察自体の大きな不正に繋がるような事態になれば、お前の正義感は決してそれを許さない筈だ。
 あの時、俺と丹治が袂を分けたように、いずれお前も俺から離れる時が来る。
 だがお前は決して繰り返すな。
 警官の魂を腐らせるな、、。
 本当に香坂が言いたかったのは、それだった。

「警視殿の出向を許可した機構の思惑もある。俺たちの追ってるヤマのゴールは、とんでもないところにあるかもしれんぞ。それだっけは、いっとく。」
 二人が揃って見つめる、工場跡の一つの煙突からオレンジ色の炎が突然吹き上がった。
 それは辛うじて、今も稼働している工場のものだった。




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