宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

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第2章 「左巻き虫」の街

33: 丹治と香坂

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 エマーソン製薬湊支社からの帰りの車の中で、香坂は自分たちの上空をドローンの大編隊が、その隊形を随時変化させながら飛んでいるのを見つけた。
 それ自体は、特に珍しいことではない。

 「機構」の頂点である人造紳グレーテルが、大量のドローンを湊周辺の上空で巡回させ監視しているのだ。
 もちろんその目的は、特異点の「漏れ」を発見し処置する事だ。
 それぞれのドローンは、グレーテルに直結されている。
 そしてこのドローンは、通常の工業製品ではない。
 メイドイン「特異点」だった。
 無限に近い航続距離と、戦闘ヘリ以上の機動性を誇っている。
 それらがグレーテルの目となり、時には手足代わりになって、湊周辺上空を大群で飛び回っているのである。

 もちろん、これが最初現れた時には、大騒ぎになり多少の混乱が起きたが、それは後に行われた政府の正式発表の後で、直ぐに収まった。
 この国の浮沈をかけた特異点絡みの政策で、表だって文句を言う人間は誰もいない。
 逆に言えば、グレーテルのとったこの行為を、政府が充分に制御出来ていない事は誰にでも判った。
 総てはグレーテルの独断専行で、これが行われる頃には、機構もグレーテルも政府からほぼ独立していると言って良いほどの力を持ち始めていたのだ。
 その力の源泉は、もちろん「特異点」そのものの存在だった。

 ・・・力の源泉か、、。

 香坂は、自分が丹治と組んでいた昔の事を思い出していた。
 あの頃の二人は、今の響児と藍沢護の組み合わせにどことなく似ていた。
 悪ぶってはいるが、実は慎重派の響児と自分とは良く似ていると思ったし、内に微かな狂気を秘めている所は、丹治も藍沢も同じだった。

 もっとも丹治は藍沢とは違って、彼の知略は人を引かせる程ずば抜けていて、そこに潜んでいる危険性について香坂は、いつも気になっていた。
 たが、それでも最初の頃は、丹治と香坂は気があって、色々な事件を二人で解決していた。
 どこで二人の道が別れ始めたのか考えたくない程、あの頃の二人は刑事として輝いていたと香坂は思う。
 二人で組んで、碇の組織に何度痛撃を与えた事か。
 中には丹治・香坂コンビで、完全に壊滅に追いやった組織もあった。

「なあ丹治、今回、お前のやろうとしてる汚職刑事の役回りは、ちょっとやばいんじゃないか?そういうのは、専門の人間に任せた方がいいと思うがな。俺達、一応、碇署のエースだぜ。」
 慎重派の香坂が、自分で自分達の事をエースというのが自然なくらい、彼らの検挙率は高かった。

「だから良いんだよ。警察で一番裏切りそうにもない人間が警察を裏切る。奴らは、自分たちで丹治という人間を篭絡し、寝返らせたと思ってる。それだから、奴らも信用して、自分らの手の内を見せるんだ。」

 一緒に行動してきた筈なのに、丹治がどうやって組織に食い込んだのか罠をはったのかを、香坂は知らなかった。
 丹治からは、なになにの場面でこうやったんだよと、納得のいく説明はされていたが、それは同時に証拠のない信じる信じないのレベルのものでしかなかった。
 そして、その頃の香坂は、丹治の言葉を頭から信用していたのだ。

「しかし、それをやったら、お前の経歴に傷がつくぞ。お前は、潜入捜査官じゃないんだ。今度の事で、ゆくゆくお前が、色々な場面であらぬ疑いをかけられないか?この事を知ってるのは俺だけだ。第一、ボスになんて説明するんだ?」
 丹治のやろうとしている事は、完全な単独行動だった。
 相棒の香坂でさえ、それを知らされたのは、この作戦が後戻り出来ない所まで来たタイミングだった。

「香坂、ヤッパリ、お前は心配性だな。ボスの事ならなんとでもなる、ボスがここ安泰でいられるのは、俺達のお陰だろう?これに失敗しない限り、この件で俺達を手放したりはしないさ。だから今度は、一斉検挙で一発で後腐れなく奴らを完全壊滅させる。奴らに、俺達が鬼か悪魔かと言われる程にな。」
 碇が犯罪多発都市である事は誰もが知っている。
 その状況の中で、碇署がなんとか面目を保てているのは、丹治と香坂のお陰だった。

「、、ああ、それはそうだ。スリーセブンは、碇で今一番勢いのある新興組織だ。他の組織も本音じゃビビってるくらいだ。そいつを俺達が完全に叩き潰したら、他の組織への抑止力にもなるしな。」

 ・・・実際そうなった。
 その検挙は、警察史上に残るような激しい銃撃戦を伴って終了した。
 警察側には死者が1名、スリーセブン側には6名もでた。
 その6名の中にはスリーセブンのボスも含まれていて、彼は丹治によって射殺されている。
 名目は正当防衛だった。

 事が終わってから判った事だが、このスリーセブンがプールしていた資金が考えられていた程の額ではなく、彼らの活動実体は、実際には荒稼ぎと言うほどではなかったのではないかと言う事実が出てきた。
 だが、香坂はそうは思っていなかった。
 具体的にスリーセブンへの内偵を勧めていたのは丹治と香坂なのだ。

 今となっては全ては闇の中だが、スリーセブンの金は何処かに流れて行ったのではないかと香坂は考えていた。
 そして死んだ刑事は、あの時、丹治と組んで行動していた。
 香坂自身は、一斉検挙の当日も、丹治と組むとばかり思っていたのだが、、配置は別だった。

 香坂は今も時々、思うのである。
 もしあの時、いつもの様に自分と丹治が組んでいたらと、、、。
 遠い昔のような話だが、あれからまだ十年も経っていない。

「どうしたんすか?香坂さん。」
 助手席に座っている香坂の沈黙に、何かを感じ取ったのか響児が心配げに言った。

「いや何でもない。」
 香坂は首を振った。

「、、、所で、お前、彼女はいるのか?」
「ええ、それらしいのが一人。嫌だなぁ香坂さん、一体、どうしたんですか?」

「なんでもないさ。聞いてみたかっただけだ。随分、長い間組んでるのに、そう言うことを俺は知らなかったからな。いや聞きもしなかった、、。」

「、、そんなもんすかね。」
 響児は会話を切り上げて、運転に専念することにした。








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