宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

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第4章 我これに報いん

48: 火薬の臭い、あるいはシトラス

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 レズリー・ローは、最初、すこぶる機嫌が悪かった。
 レズリーはカグニの検診を受けた後、休暇を取り、ドクターヘンゼルと愛の逢瀬を楽しむつもりだったのが、その当の相手であるヘンゼルに、「藍沢に協力してやれ」と言われたらしい。

 その態度が、軟化しだしたのは、レズリーが丹治に直接触れ合ってからだ。
  護とのヘンリー・アーヴィング救出の旅を終えて、三日後の話だ。
 口の悪いリペイヤー仲間なら、そんなレズリーを、男なら誰でもいいオカマ野郎と嘲るのだろうが、レズリーに助けられ、そしてつき合いの長い護には、レズリーの恋愛感覚がよく判っていた。

 レズリーは、「能力のある悲しい男」に本能的に惹かれるのだ。
 ドクターヘンデルも条件に一致しているが、丹治とは能力の方向性が違った。
 だからこの二人は、レズリーの中で競合しないのだろう。
 勿論、今の内は、という条件付きだが。
 レズリーの選択基準が、男の外見や性的能力でない事も、かえってレズリーを尻軽に見せているのかも知れない。

 丹治とレズリー、二人とも成熟した大人だったから、お互いに感じ合うものを表面に出す事はなかったが、彼らの間に挟まれた格好になった護にはその微弱な引力が感じられた。
 思えば、一度、帰還する事になった機構のトンネル・カタパルトで、二人を引き合わせた時から、それは始まっていたのだ。

 いつものボンデージスタイルのレズリー・ローと、長い革コートをその長身に羽織った丹治の二人が、近未来的な機構のカタパルトに並ぶと、まるでアメリカンコミックスのヒロインとヒーローのように見えた。
 だがこの二人は相当、屈折していた。
 二人の大人達の「一目惚れ」は、なかなかスパークはしなかったけれど、秘めやかな磁力で互いを引き合い結び合わされつつあるようだった。
 しかし、レズリーの性別疑惑やらドクターヘンゼルとの噂を知っている護には、これはこれで厄介な状況だった。
 そして丹治は、殺された妻子の復讐の為に闘っている男でもある。
 火薬の匂いはシトラスの香りに似ていると言うが、、、。


    ・・・・・・・・・


「ここをどう思う?もう気が付いていると思うけど、来る時も、あのバベルの塔がなかっただろう?」
 飛行中のディバイスの後部座席に座り、上空から見える外の世界を食い入るように見つめているレズリーに、護が問いかける。
 レズリーは、虹色竜を機構に置いてきている。
 まさか丹治と一緒にいたいから、そうしたのか?
 それとも、レズリーに事前にもたらされた情報から、この世界と虹色竜の相性を判断したのだろうか?
 護には、その辺りのレズリーの判断が理解できなかった。

 そのレズリーは、眼下の世界の観察に没頭しきっているようで、返事をしない。
 もしかすると、異なった特異点内部世界を渡り歩く事が出来るレズリーは、同じリペイヤーである護にも想像が付かないような超感覚に浸っている最中なのかも知れなかった。

 一方、護は、ディバイスが一度目と、まったく同じ進入経路を辿っている事が判った為、落ち着いている。
 早々に着地点を、先の道路にロックして、自動運転に切り替えているから、尚更、心に余裕がある。
 それは助手席の丹治も同じだったようだった。

「警視殿、あのビルの掲示板に気が付いたかね?」
 丹治は、この前の侵入から二日を置いての特異点侵入だったが、すっかり落ち着き払っていて、その物言いは余裕さえ感じさせた。
 丹治が指さす先には、高層ビルの壁面に掛けられた巨大な電子ディスプレイが見える。
 この世界には、流すべきニュースも広告もないのか、巨大な数字だけが時の流れを淡々と表し続けていた。

「時計ですが、何か気になる事でも?」
「時刻が私の腕時計のそれと合ってる。ちなみに私は、前回、機構本部に戻った時も、こことの時間の差を確かめていたんだ。あの時も、ずれが無かったよ。私が受けたレクチャーでは、特異点内部の時間と、現実のそれとには差があると聞いていたんがね。」
 「碇もどき」の街に降下していくディバイスの中で、丹治の表情は、より鋭さを増していくようだった。


 ディバイスが着陸し、護がレズリーに街を案内する為、主幹道路を低速で流し始めた頃には、レズリーも普段の状態に戻っていた。
 それでもレズリー・ローは、碇の街の様子を興味深げに眺めている。
 人間だけがある日突然消えて無くなった都会をモチーフにした映画なら、この碇は絶好のロケ地になるだろう。
 ただし、この無人都市が刺激的なのは、最初の内だけで、直ぐに飽きてしまう。

 光景の中に「動くもの」が一切ないという事実が、そうさせるのだ。
 特異点内部世界は、動物のような高度な生命体を用意する事を得意としないのか、ほとんどその姿を見かけないものが、ここまで徹底している事例はない。
 どんな内部世界でも、リアル感を増すために、昆虫や小型の爬虫類くらいは用意をするものだ。
 護の世界では、人間に似せたカカシまでいる。

 好奇心旺盛なレズリーにも、その「飽き」が来たようだ。

「・・・特異点には、私達の多種多様な内面世界を作り出すために使用する、共通基礎データのようなものが、何処かにあるらしいわ。いくら想像力の逞しいリペイヤーだって、人間である限りは、その空想のベースになるのは、この地球の姿よね。だから、特異点の創造主は、地球の完全なコピーを、一つ持っていれば、あとはそのアレンジを増殖させるだけで、多数への対応が可能だというわけ。経済的でしょ?」

 レズリー・ローが言い放った内容は、特異点には、いつでも部分コピー可能なもう一つの地球があるという事を意味していた。
 だがその考え自体は、リペイヤーである護には、さほど驚きを感じさせる程のものではなかった。
 護に感応して、あれだけの内面世界を造れるのだ。
 例えば、それを人造神と呼ばれるグレーテルがやれば、「もう一つの地球」くらいは造れるだろうし、ましてやこの特異点ゲートを造り出した知性なら、そんな事は簡単にやってのける筈だ。

「地球のコピー?それが、この碇だというのか?」
 そう反応したのは護だったが、レズリーが、暗に話しかけているのは丹治に対してだったろう。
 丹治は、後部座席のローの顔を直接見るという事はしなかったが、彼女の発言に深い興味を示しているのは、その横顔からも明らかだった。

 碇をパトロールする車の中で、護が的を得た発言をした時に見せる丹治の表情。
 風の中に、得物の匂いの一片を嗅いだ時の肉食獣のささやかな緊張。
 それらを見せて、丹治はレズリーの言葉に集中している。

「碇というより、この世界、全部がね。ここから出発したら、ちゃんと地球一周が出来る筈よ。私達の内面世界のスケールとは違うわ。特異点の創造主が、地球をコピーする一番の理由は、私達リペイヤーが、バラバラに生み出される内部世界の時空上の位置関係を確定する為なんだから、元がいい加減だと困るでしょ?どうやら、私たちリペイヤーの出入り口の座標軸も、この基盤世界にマッピングされているみたいね。絶対位置、相対位置みたいな概念なんじゃないかしら。で、そこに平行世界がいくつも折り重なって存在してる。私達のマップが、狂いもなく正常に機能するのは、そのお陰なんじゃないかしら。」

「俺達の内面世界が、この世界に紐付けされマッピングされてるって、まだそう決めつけるのは早いんじゃないか?確率の問題だろう?これって、たかが2回目の進入なんだぜ。」

 護のその言葉の裏には、どうしてこの世界に一回来ただけで、そんな事が判るんだ?という反発もあったが、それ以上に拘った部分として、レズリーの言葉を聞き入っている丹治への配慮があった。

 特異点内部には、何一つ絶対的な事はない。
 自分が見渡せる場所だけに「道」がある、今、此処にある「道」が、その先もずっと続いているとは限らないのだ。
 その大前提は、いくら丹治が聡明な男であっても、短時間では飲み込めないだろう。
 そして護は、そんな事で、丹治に判断ミスをさせたくなかったのだ。







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