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第4章 我これに報いん
47: 心当たり
しおりを挟むマーコス LM500が辛うじて停止した碇港の西にあるR86の真横が港内敷地だった。
護は丹治の指示に従って、R86の路上から、マーコス LM500を港内へ移動させていた。
もしここが碇とそっくりな「世界」なら、地理だけで言えば丹治の庭のようなものだ。
丹治には、何かの思惑があるのだろう。
丹治は、今、港の艀の桟橋にいる。
そして桟橋の縁から、膝をついて海に向かって突き出していた頭を引っ込め、膝の汚れを払いながら立ち上がった。
何かを、探し終えた様子だった。
移動ディバイスから離れたくない護は、そんな丹治の姿を少し遠くから眺めている。
今、移動ディバイスに何かの異変が起こったら、大変な事になるからだ。
帰還の為に頼れるのは、マーコスLM500しかない。
違う特異点内部に入り込んだ護は、この世界に対しての超感覚が効かないから、現実世界に帰還する為には、マーコスLM500にセットされたオートクルーズを作動させるしかないのだ。
オートクルーズと言っても、それは機構がマーコス LM500に予めセットしたものではない。
先の任務の帰還時の後半、マーコスLM500は、虹色竜を追わなくても自力でルートマップを描くようになっていた。
護の知る普段のマーコスLM500のスペックから考えると、ちょっと考えられないような事が起こっていたのだ。
おそらく、それはマーコスLM500の機能と言うより、グレーテルがマーコスLM500にリンクし、帰還の為の支援をしていたのだろうと、護は推測していた。
キューブ状のコンピュータ形状をしていて、自らは動けないグレーテルからすると、各移動ディバイスは自分自身の探査機の様な役割を果たしていて、特に新事象点へ移動ディバイスが向かった際には、その情報回収を完全なものにする為に、移動ディバイス帰還の為の支援に力を入れたと考えられた。
護がサクリファイス王女と遭遇し、レズリーに救出された時は、まったくの偶発事故だったが、先の救助活動や今回の件は、その中身をグレーテルは熟知している。
当然、この特殊な進入にも、きっとグレーテルは、強い興味を示し、それなりの準備をしている筈だった。
とにかく、今、マーコスLM500に何かが起こったら、護達はもう元の世界に帰る術はないのだ。
丹治は、桟橋から倉庫に向かって歩いていく。
不時着してから、この世界を、今すぐ調査したいと言い出したのは丹治だった。
護も「危険だから動き回らないで下さい」と声を掛けるつもりはなかった。
この男に危険な状況などあろう筈がなかったからだ。
丹治が近づけば、危険が逃げていく。
それにどの道、ここから帰れるかどうかは、マーコスLM500次第だった。
今更、ジタバタしても仕方がない。
護が、ふと見上げた空は相変わらず薄暗いままだ。
その空には、海鳥の一羽も飛ばす、風には潮の香りさえしない。
細微にわたる世界の再現と、徹底的な部分欠落、それがリペイヤー達の内部世界の一つの特徴だった。
ただここは、護の内部世界のそれとは、何かが決定的に違う。
現実の重さが感じられるのに、空虚すぎる。
ここは碇にそっくりだが、確実に護の内部世界ではない。
だとするなら、丹治を連れて一度、機構に帰って出直すしかない。
ここでの護は、丹治の役に立てないからだ。
そういえば、丹治の特異点侵入の目的をまだ聞いていない。
丹治がワケもなく、特異点内部世界に興味を持つ筈がないのだ。
護は、ただの勢いで、ここまで来てしまった自分を恥じた。
自分の内部世界に、丹治を連れて行けば、後はなんとでなると考えていたのだ。
暫くして、丹治が帰ってきた。
「驚いたな、やはりここは碇そのものだ。さっきの桟橋、実はマフィア達が麻薬取引の為にちょっとした細工をやってた場所なんだが、覗き込んで見たら、ちゃんとそれがあった。それに、あの倉庫も、、。私はその時の現場検証に立ち会ってる。、、そのからくりも知っているんだ。それが、そのままだった。、、うーん。しかし逆に意味が判らんな。ここは、私が機構からレクチャーを受けた特異点内部とは、随分かけ離れている。」
「、、正直に言います、丹治さん。貴男には申し訳ないですが、ここは早い目に切り上げて、一度、本部に戻ろうかと思ってるんです。」
「それは、何故だね、警視殿?」
「ここは俺の特異点内部世界ではありません。それどころか、誰かの特異点内部でさえないのかも知れない。こんなのは、ちょっと考えられない。」
「君達、リペイヤーの基本的な能力というのは、侵入者への感応力と内面世界への改変力だと聞いているが、それと関係があるのかね?」
「ジェミニが発揮した力の事を覚えていますか?売人の追跡中に、次々とトラブルが目の前で起こって、我々は知らない内に、あの空き地に誘導されていた。実はリペイヤーのやり方は、あれとよく似ている。モーゼが海を二つに割ったような派手な事はできませんが、リペイヤーは、ある程度ですが、世界を自分の思ったように作り変える事が出来るんです。まあ、多少のルールはありますがね。そのやり方で、逃亡路を塞ぎ、夾雑物を追い込んでいく。それと、異物への遠距離感知能力。それらの力が、発動する理屈は簡単です。特異点内部世界は、正にリペイヤー自身が空想した頭の中の世界だから、です。でも此処は、そうではない。リペイヤーのものとは違って果てしなく、現実に近い。けれど、作り物であることは、間違いない。なんだか凄く気持ちが悪い世界だ。」
「・・・・。いや、私の方は、ここがひどく気に入った。その理由は、そのうち話すよ。しかしこの世界について、もう少し詳しい説明が欲しい。それと道案内だな。警視殿が無理だというのなら他に誰かいないのかね?そうだ、君たち機構の人間の会話の中に、時々、登場するグレーテルという御仁は、どうなんだね?」
丹治が浮かれた表情で言った。
この世界で「何か」を見つけ、「何か」を思いついたようだ。
丹治が悪巧みをする際の、独特の雰囲気が漂い始めていた。
「グレーテルは、いくら丹治さんでも、無理です。」
護は少し考えたが、思い切って、それを口にした。
グレーテルは、機構の人間にとっては「神」だが、恐らくこの男にとっては、ただの道具に過ぎないだろう。
しかしそれは手の届かない道具だ。
「ほう、それは何故だね?」
猫に小判、いや黒豹にクレジットカード。
・・・つまり大意において、これは機構の秘密の漏洩には当たらない。と護は判断した。
「グレーテルは人間ではありません。特異点の心臓部に該当するコンピュータのようなモノに、人間の意識を移植し、更にそれを人間側のコンピュータに抽出しなおした存在です。しかもその第二のコンピュータは、特異点テクノロジーで作られたものです。今はもう彼は実存する神に近い存在です。」
その答えに微妙な表情を浮かべた丹治の顔を見ながら、護はレズリー・ローを思い出した。
悔しいことだが、特異点内部世界を渡り歩く能力を持ち、ドクターヘンデルと密接に繋がっているレズリー・ローなら、この世界の事を丹治に説明してのけるかも知れない。
丹治から、「お前は役立たずだ」と言われているような気がした護だが、丹治に協力の出し惜しみは出来なかった。
レズリー・ローは、任務を終えたばかりだ。
普通ならカグニの検診を受け、短い休暇に入っている可能性がある。
つまり今なら、レズリー・ローの力を借りれる可能性が、あるという事だった。
「一人、心当たりがあります。でも、約束は出来ませんよ。」
「おいおい、それは捜査の基本だろ。可能性のあることは全てやってみろだ。空振りしても文句は言わんよ。それに私が今、考えている事が正しいとするなら、事に当たる前に、私にも現実世界でやっておかなければいけない事が、一つ出来たようだ。」
護は、丹治の顔に獰猛な笑みを見た。
それは丹治が犯罪者を追いつめた時にみせる表情だった。
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