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第4章 我これに報いん
50: それを許された者
しおりを挟む数十分後、丹治は碇の中でも、高級住宅地で有名な地域の外れにディバイスを止めた。
薄墨の世界の闇の濃度が濃くなっている。
外灯だけが明るく輝き、それに対して、どの家屋にも明かりがないのは不思議な光景だった。
もちろん、通りには人っ子一人いない。
まるで、この町に住み着いた目には見えない幽霊達に対して、最低限の公共サービスが行われているように見えた。
「警視殿は、このブロックのことを覚えていますかな?」
「、、、残念ながら、よくは、、、というか、記憶ではここは金持ち達が住む町だった筈ですね、碇にしては、例外的に犯罪発生率が極端に低い、、我々、犯罪を追いかける人間には縁遠いブロック。」
「そう、警視殿が、ここに来たのは一回だけ。しかもこのブロックの端を、私と一緒に車でかすめて通っただけだ。あの時、私もこういう展開が訪れるとは思いもしなかった。」
丹治は、待ち合わせの時間を確かめるように、腕時計をちらりと見て、それからフロントガラスの向こうに広がる光景を見つめて言った。
「だが、今、ここは我々の主戦場になろうとしてる。」
「どういう事です?」
「カルロスがヒットマンとして動き出したのは、前に言いましたな。警視殿。」
「ええ、だから、俺は正直言って、こんな所で俺と貴方がウロウロしてる事に疑問を感じてます。でも貴方が考えなしで、こんな事をやっているとは、とても思えない。」
護は自分の考えている事を正直に言った。
「、、、我々は、神出鬼没のヒットマン対策を考えた。カルロスのターゲットとなる人物を、奴があまり馴染みのない場所に匿う事にしたんだよ。奴は自分の知らない場所には上手く転移できないからね。そして迎撃体制が組める程の広大な屋敷。今の所、この作戦が功を奏して、五分の勝率に持ち込めている。」
「・・・五分。」
横で話を聞いていたレズリーが、ため息混じりに呟いた。
五分と言っても、丹治の話では、カルロスが逮捕され、その後、保釈されるか逃げるかをして、又、懲りずに攻撃を仕掛けるという状況ではなさそうだったから、要は常にカルロスには逃げられているわけだ。
『それで五分の勝率?』とレズリーは思ったのだろう。
そんなレズリーに対して護は、『五分でも善戦している。今までは全敗なのだから』と思った。
「私は、我々がカルロスを掴まえられない理由を、ずっと考えていた。」
「それも瞬間移動のせいでしょう、、。攻撃だけじゃなく、逃げるとき隠れる時だって、圧倒的に有利になる。それとおそらく、今はジェミニ達が奴を匿っている。」
「瞬間移動、、最初はそうだったろうね。だが、私も包囲網を狭めていく努力をした。警視殿を碇に担ぎ出したのもその一環だった。」
やはり丹治は、護の特異点やその力に対する専門的な能力と知識を期待していたのだと、護は改めて痛感した。
「、、、お役には立てませんでしたが。」
「いや、ある意味、警視殿の能力は私の予想を超えて遙かに高かった。・・・それでもカルロスを炙り出せなかったし、追跡すら出来なかった。警視殿が機構に戻られてからはもっと酷かった、、カルロスが、表面に出てきて頻繁に旧勢力の主立った人間達を殺害し始めたのに、我々は完全にお手上げ状態、、奴の瞬間移動能力に対応する為、地球規模といっていいほどの情報上の捜索網を張り巡らせたのに、それにもカルロスは引っ掛からない。でもある時、私は気が付いたんだよ。奴は、この世界の人間には、感知できない場所に、瞬間移動してるんじゃないかと。それに、奴の殺しの手口が、ある時期を境に見事になりすぎていた。」
「見事になりすぎていた?・・それはどういう事ですか?」
「カルロスの瞬間移動は、自分が知っている場所、思い描ける場所にしか働かないという特性を持っている筈だ。だから、奴の瞬間移動を使っての攻撃には、どうしてもぎくしゃくした部分が残っていた。それがある時を境に、動きが急にスムースになり始めた。荒唐無稽だが、透明人間が瞬間移動してる感じといっていいのかな。これは最強だろう。時期を同じくして、奴の逃走時の足取りが、この地球上から、ふっつりと消えた。今までなら辛うじて国外で奴の姿が何度か確認できていたのにね。」
丹治は、カルロスの現状を話しながら、護達に謎かけをしているのだ。
「カルロスって奴は、逃げる時に、現実世界ではなく、特異点の内部世界に瞬間移動してる、、しかも現実世界との時差が起こらない特異点へ。貴男は、そう考えたのね!」
レズリーがマジックの秘密に気づいた子どものようにはしゃいだ口調で言った。
「・・いや自信はなかったんですよ。ミス・ロー。特異点に入れるのは、警視殿のようなリペイヤーだけだと聞いていたし、奴は特異点にダイブして力を盗んではきたが、只のコソ泥野郎だからね。」
「それを確かめる為に、貴男はここに来たんですか、、、。」
護は丹治の周到さに、内心、舌を巻いた。
しかも丹治は一度目の特異点調査で、複製地球という、いつも逃げおおせるカルロスの謎を解く為のヒントを引き当て、その後の二日間で、具体的な対応策まで講じている。
おそらく現実世界では警官達が待機している筈の、この住宅地がそうだ。
物事が動く時は、こんなものかも知れないが、それはその物事の中心に丹治がいるからだと、護は思った。
「説明するのが遅くなって悪かった。確証が無かったものでね。しかしミス・ローの話を聞いている内に、自分の仮説が正しいと確信したよ。特に、この世界と我々の現実世界の時間流が同じだと知った時には心が高ぶる程だった。上手くやれば、護。我々は、ここでカルロスを押さえる事が出来る筈だ。残るのは、タイミングの問題だけだ。それは天が決めるだろう。」
「どう思う、レズリー?夾雑物が特異点に内面世界を持てると思うか?」
ここまで来ても、さすがに護はリペイヤーとして、丹治の推理に直ぐに飛びつくことが出来なかったようだ。
「内面世界は無理ね、。侵入者には親和力がないんだから。でも厳密には、ここは誰かの個人的な内面世界じゃないわ。もう一つの地球、、生命の途絶えたミラーワールドでしょ。特異点から瞬間移動の力を獲得した人間なら、その意志力で、特異点の機関部のドアをこじ開けたって、不思議じゃないかも。」
その時、この世界に、激しい銃声の連続音がなり響いた。
「始まった!私の狙い通りだ!」
丹治は固く目を閉じた。
まるで、何かに感謝の気持ちを捧げている様に見えた。
それは護が初めて見る丹治の表情だった。
「あの屋敷のどこかに、大和が匿われている。警視殿、大河内大和の名前、覚えておられますかな?」
「旧勢力のナンバー2。で、あの銃声はカルロス?」
「間違いなく!所で警視殿は武器をお持ちで?」
「ブロンコを。」
「それはいい。ミス・ローは?」
「残念ながら、これは通常のミッションではないので。」
「ではこれを、」
丹治はコートの下から長大な拳銃を抜き取るとレズリーに手渡す。
更に長い弾倉を一本取り出して追加する。
一体、丹治のこのコートの下には、何丁の拳銃が隠されているのか、護はいつも不思議に思っていた。
それにその重量を身につけながら身軽に歩き回る丹治の体力も驚異的だった。
「マシンガンと同等とはいいませんが連射も効きます。」
「GTR55。通称、浮気女。」
レズリーは手渡された拳銃の名前を応えた。
拳銃と機関銃の中間をいく、現場の要望から生まれた銃。
実際、犯罪者達の多くが、この「浮気女」を使用する。
「これはお見それしました。」
その言葉にレズリーは当然だと頷き返すと、銃の安全装置を点検して、それをベルトに挟み込んだ。
「では、いきますかな。」
三人は車から降りて屋敷を見つめる。
「ここで我々の組み合わせを決めておきましょうか。」
丹治がそう言った。
丹治は二手に分かれて攻撃を仕掛けたいようだった。
どちらの組が先にカルロスと遭遇するかは判らないが、丹治と護が別れる限り、カルロスが二番手の存在を想像するのは難しいだろう。
その分だけ、二番手には、カルロスの油断を突ける可能性が高まる。
「二手に別れて行動するなら、丹治警部はレズリーと、」
護がそう答えた。
それで二組の力が均衡する。
・・・とまでは気位の高いレズリーの手前、付け加える事は出来なかった。
特異点内部世界の攻防なら、レズリーの戦闘能力は護のそれとひけを取らないが、ここは、どちらかというと、犯罪都市「碇」そのものに近かった。
それなら言うまでもなく、護の力はレズリーを上回り、三人の中では、丹治の能力が最も優れていた。
二番は護で、レズリーは三番、、。
だがレズリーは護の提案に素直に頷いた。
「現実世界の方でも、場合によれば、カルロスをその場で射殺しろと言ってある。これはこちらでも同じだ。よろしいかな?」
「丹治警部、もう一度、確認。私や護があなたより先にカルロスを仕留めても本当にいいのね?」
経緯を多少は知っているレズリーが、はっきりとと聞いた。
「ことここに至っては。、、私は奴の死体さえあればいい。・・それに私がここに来れたのは、みなさんのお陰だからね。」
丹治は、護の顔を見つめてそう言った。
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