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最終章 アタラクシア
51: 再び相まみえる
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護は正規の出入り口を使わず、屋敷の外回りからアプローチをかける事にした。
空手で鍛え上げた無駄のない筋肉の持ち主だから可能な作戦だった。
壁を這い上り、バルコニーや屋根を伝う、内部に入る為には窓ガラスを破る事になるだろう。
ここで立てる物音が、現実世界とシャドーを行き来するカルロスにどう捉えられるのか?ちょっと想像が付かなかった。
この作戦が陽動の性格を帯びているなら、護が、当然、陽という事になる。
ならば、ガラスの割れる音は派手に鳴り響いて欲しいものだ、と護は思った。
丹治は、どんなドアでもその施錠を解除して、内部に入り込む技術を持っていたから、通常の侵入ルートを取ることになっていた。
護は、なんの苦もなく、壁面のわずかな出っ張りを見つけては、それを拠点にして、するすると壁を登り手近なバルコニーに転げ込んだ。
カルロスに銃を持ち去られた、あの時の事を思い出す。
そして自分で切り落とした左手の痛み。
今夜、決着を付ける。
丹治には悪いが、先にカルロスと遭遇したなら躊躇はしない。
それにカルロスの妻と娘達の命を絶ったのは、カルロスに奪われた護の銃なのだ。
護はバルコニーから部屋の内部をのぞき込み、そこに異常がなければ次の部屋に、外側の壁づたいに移動するという事を繰り返した。
時には、一旦、屋根まで登ってから、再び降りるという事をしなければ、隣の部屋に移れないという事もあったが、大概はスムースな移動だった。
その間、車の中で聞いたあの銃撃音は途絶えていた。
この沈黙は、現実世界でのカルロスの優勢を暗示しているのか?
しかしまさか既に戦いの趨勢が決まってしまっているという事はあるまい。
余りにも、あの交戦は時間が短すぎた。
4番目の部屋をのぞき込んだ時、その奥から微かな銃声が聞こえた。
護は躊躇せず、窓のロック部分のガラスをブロンコの銃把で叩き割り、手をつこんで施錠を解いた。
寝具等がぎっしり詰め込まれた空っぽの部屋に押し入り、その部屋のドアを薄く押し開け、屋敷の中を見渡した。
護のいる部屋からは、上階と下階の階段の踊り場や、回廊式の廊下、他の棟に繋がっている廊下が同時に見渡せた。
物置に使われているような空き部屋・・そして外部からは判らなかったが、護が侵入した部屋は、そこだけが少し屋敷の外側に飛び出した角部屋だったようだ。
突如、カルロスの姿が、護の覗き見ている前方の階段の踊り場に出現した。
その姿を見つけたと言うのではなく、正に今、出現したのだ。
肩から機関銃をぶら下げている以外は、驚くべき軽装だった。
まるで近所のショットバーに、酒を引っかけに来たというような。
その姿でカルロスは、踊り場に陣取って、階下を制圧しようとしているようだった。
そして不思議な事に、カルロスの出現と呼応するように、今まで見えていなかった屋敷内の新しい光景が現れて来た。
カルロスという人間以外の、建物という存在が半透明になり、それが二重にぶれて見える。
と言うより、このシャドー世界に重なった現実世界が、その向こうに炙り出されて見えているのかも知れない。
カルロスが今見ている光景を、護も同時に見ているのに違い無い。
それはカルロスとの共感覚ビジュアルというより、カルロスが切り開いたシャドーと現実世界の接合面の内側に、護が位置しているという事から起こる現象なのだろう。
こうやってカルロスは、神出鬼没の転移と殺戮をやってのけているのだ。
一つ下の階にある廊下では、階段に繋がる一歩手前で、香坂を先頭にした警官チームが身を隠すようにかたまっていた。
もちろん、それはシャドー側ではなく、現実世界の出来事だ。
まだ彼らには、彼らの様子をうかがっているカルロスの姿は見えていない筈だ。
更に、その下の階からは、香坂らと合流しようとしているのか銃を構えながら階段を駆け上がってくる響児の姿が見えた。
響児が何かを叫んでいるのが判ったが、その音までは、シャドーにいる護には聞こえない。
香坂達が、そんな響児を捉えて振り返っている。
その響児に、カルロスが機関銃の銃口を向ける。
シャドーから、現実世界への突出出現と同時に、引き金を引くつもりなのだ。
おそらく、このタイミングなら、香坂チームは、突然の響児の出現と射殺を目の前に、騒然とするだろう。
その混乱に乗じて、間を置かず、警官隊に銃弾の雨をばらまく。
・・・その方が単純に警官隊へ攻撃を仕掛けるより効果がある、それに自分は、何度でも消えたり現れたりを繰り返す事が出来る。
カルロスは自分の襲撃に合わせて、そういった混乱をもたらす演出も計算に入れている筈だ。
「伏せろ!響児!」
カルロスが、現実世界への突出と出現を始めた瞬間に、護はドアを開け、叫んだ。
護の声に呼応して、階段に伏せる響児。
現実世界に数十発機関銃の弾を撃ち込みながら、自分のいるシャドーの異変に気づいたカルロス。
カルロスの出現と、突然やって来た響児へのカルロスの攻撃を、あっけにとられて見ている香坂達、、それらの出来事が同時に起こった。
カルロスは、次の瞬間、現実世界への接合面を閉じ、機関銃を護に向けて発射した。
護は床に身を投げ出しながら、ブロンコを連射して対応する。
だが、さすがに不安定な体勢の中、護の手の中のブロンコは跳ね回って狙いが定まらない。
その後、二人は同時に手近な物陰に身を潜めた。
護が身を身を寄せたのは、廊下に置いてあった人の背丈ほどある巨大な金属製の花器だった。
水が入っているのか、護が体重をかけても微動だにしない。
その花器が、カルロスの放つ機関銃の銃弾を受けてビリビリと唸り振動を伝えてくる。
今はもう、現実世界へのドアは完全に閉じられている。
さっきまで見えていた、半透明の世界はない。
完全にシャドーの中に戻っていた。
「カルロス!!ひさしぶりだな!」
護は近くにいる筈の丹治が、気付くように大声で言った。
おそらく今の様子では、カルロスは、丹治やレズリー・ローの存在に気が付いていないだろう。
その事が、護達にとっては有利に働く筈だった。
「どこのどいつが、俺のシャドーに入り込みやがったのかと思ったが、なんとあの間抜けなリペイヤーさんかい!」
「お前のシャドーだと?笑わせるな!この世に、お前のものなんか一つもないんだよ。このこそ泥野郎!俺の銃はどうした?!」
「ああ、あれかい!?役に立ってるよ。人殺しのな。今回は、お役ごめんで家の壁に飾ってあらぁ!」
護は花器から腕だけを突き出してブロンコを乱射する。
当たる訳がなかった。
その発砲の意味の半分は、丹治にこちらの位置を知らせる為、半分は本気でカルロスの挑発に乗っていた。
だが、今度はいつまでたってもカルロスからの銃撃の報復はなかった。
不気味な静けさの中、護の背中に冷や汗が流れ始める。
只でさえ、火力の差がありすぎるのに、もし、カルロスがこの世界の中でも、瞬間移動が出来るのなら、護は圧倒的に不利になる。
それに先ほどのカルロスの中途半端な攻撃で、現実世界の香坂たちは彼がいた最終位置を把握している。
ゆえに、カルロスがまだ現実世界へのアタックを諦めていないのなら、シャドー側での移動が必須条件になっている筈だ。
カルロスは、必ずこちらに仕掛けてくる。
だがどう動くのか、護には予想がつかない。
「一番の問題はカルロスの野郎が、この世界でも瞬間移動の力を発揮できるのか?って事だ。だろ?でもこっちにも奥の手があるぜ。」
護の真横で声がして、護はその場で飛び上がるばかりに驚いた。
そこにいたのは、なんとロバート長谷川だった。
花器の影からロバートの身体ははみ出しているが、勿論、カルロスには、この幽霊の姿は見えないだろう。
姿どころか、声さえ聞こえない筈だ、。
「久しぶりだな、おたくが碇へ研修に行って以来だ。」
「なんのつもりだ?ここは俺の内面世界じゃないぞ、」
「だからさ。俺が本物の幽霊だって事を証明してみせようと思ってな。それに、この俺様がお宅の心理状態の反映だとずっと思われ続けるのも、けったくそ悪いからな。」
確かにロバート長谷川の幽霊は、護が碇に出向した時点からぴたりと現れなくなっていた。
それは護が、曲がりなりにも、自分の生きている意味を具体的に見いだした時期と一致している。
カルロスを取り逃がした事への失点回復と、蘭丸親子殺害への償いは、生きる目標というには、余りにも現実的すぎたが。
だが、今の護には、ロバート長谷川の相手をする余裕はまったくなかった。
「馬鹿野郎、、。タイミングを考えろ、」
「そう、邪険にするな。もう一人、幽霊を連れてきてやったんだぞ。それが文字通り、奥の手だ。そいつにブロンコを貸してやれ。」
「はぁ?」
護は、初めて「幽霊に怒った人間」になりそうだった。
「奥の手てのは、おたくが切り落とした、おたくの左手だよ。左手の幽霊が、カルロスの元へ飛んでいって奴を急襲する。どうだ、面白いアイデアだろ?」
ロバート長谷川がそう言い終わると、正に護の眼前に、彼が切り落とした「左手首」が現れた。
懐かしい自分自身の左手だった。
護は何も考えず、魅入られたように、右手に持ったブロンコをその左手に差し出してしまった。
いや正確には、何も考えずにではなく、自分の失われた左手が、今は「誰かの左手として入れ替わっている」という奇妙な妄想がそうさせたのだ。
その相手は、あの気丈な王女様だ。
自分の左手は、少し前から王女のもので、今、王女の左手は護の左手。
そして、この左手幽霊は自分自身の分身でもあるのだ。
・・・一番、信用出来る。
もしこの左手幽霊が、ブロンコを掴む事が出来たら、この左手はロバート長谷川が言った通りの事をするだろう。
そして「左手」は、ブロンコを掴むと、その場から消えた。
同時に数メートル前方で、激しい銃撃戦の音が聞こえた。
暫くすると、先ほどブロンコと共に消えて無くなった筈の左手幽霊が還って来て、床に銃を置くと再びかき消えた。
丁寧な奴だった。
この左手も俺と同じ様に、何処かに出向して鍛え上げられたのかも知れない。と護は思った。
護は素早くブロンコを拾い上げ、花器の陰から飛び出て、前方へ突進した。
走りながら、ブロンコの弾倉を新しいものと入れ替える。
左手の攻撃に驚いたのか、カルロスは最初の位置から随分後方に押し下げられていた。
そこは中庭に面した窓ガラスが壁になった場所だ。
その床に転がったままの破損した機関銃と、屈み込んで中腰で新しく手にしたGTR55を点検しているカルロスの姿が見えた。
二人がお互いの顔を見つめあったのは、ほぼ同時だ。
護は走ったまま、カルロスは中腰のまま、拳銃を突き出し合う。
しかしこの時、お互いが引き金を引くには、二人の距離は、余りにも詰まりすぎていて、襲いかかって来る相手に組み討つという動物的な防御本能が、彼らを動かした。
さすがのカルロスも、左手幽霊の攻撃の直後ではウロが来ていたのだ。
二人は拳銃を握ったまま、取っ組み合う形になった。
勢いは護にある。
しかも護は空手の達人だ。
カルロスが、その勢いを流して逸らそうとしたために、二人の身体は絡まり、背後の窓ガラスに激突し、それを突き抜け落下した。
空手で鍛え上げた無駄のない筋肉の持ち主だから可能な作戦だった。
壁を這い上り、バルコニーや屋根を伝う、内部に入る為には窓ガラスを破る事になるだろう。
ここで立てる物音が、現実世界とシャドーを行き来するカルロスにどう捉えられるのか?ちょっと想像が付かなかった。
この作戦が陽動の性格を帯びているなら、護が、当然、陽という事になる。
ならば、ガラスの割れる音は派手に鳴り響いて欲しいものだ、と護は思った。
丹治は、どんなドアでもその施錠を解除して、内部に入り込む技術を持っていたから、通常の侵入ルートを取ることになっていた。
護は、なんの苦もなく、壁面のわずかな出っ張りを見つけては、それを拠点にして、するすると壁を登り手近なバルコニーに転げ込んだ。
カルロスに銃を持ち去られた、あの時の事を思い出す。
そして自分で切り落とした左手の痛み。
今夜、決着を付ける。
丹治には悪いが、先にカルロスと遭遇したなら躊躇はしない。
それにカルロスの妻と娘達の命を絶ったのは、カルロスに奪われた護の銃なのだ。
護はバルコニーから部屋の内部をのぞき込み、そこに異常がなければ次の部屋に、外側の壁づたいに移動するという事を繰り返した。
時には、一旦、屋根まで登ってから、再び降りるという事をしなければ、隣の部屋に移れないという事もあったが、大概はスムースな移動だった。
その間、車の中で聞いたあの銃撃音は途絶えていた。
この沈黙は、現実世界でのカルロスの優勢を暗示しているのか?
しかしまさか既に戦いの趨勢が決まってしまっているという事はあるまい。
余りにも、あの交戦は時間が短すぎた。
4番目の部屋をのぞき込んだ時、その奥から微かな銃声が聞こえた。
護は躊躇せず、窓のロック部分のガラスをブロンコの銃把で叩き割り、手をつこんで施錠を解いた。
寝具等がぎっしり詰め込まれた空っぽの部屋に押し入り、その部屋のドアを薄く押し開け、屋敷の中を見渡した。
護のいる部屋からは、上階と下階の階段の踊り場や、回廊式の廊下、他の棟に繋がっている廊下が同時に見渡せた。
物置に使われているような空き部屋・・そして外部からは判らなかったが、護が侵入した部屋は、そこだけが少し屋敷の外側に飛び出した角部屋だったようだ。
突如、カルロスの姿が、護の覗き見ている前方の階段の踊り場に出現した。
その姿を見つけたと言うのではなく、正に今、出現したのだ。
肩から機関銃をぶら下げている以外は、驚くべき軽装だった。
まるで近所のショットバーに、酒を引っかけに来たというような。
その姿でカルロスは、踊り場に陣取って、階下を制圧しようとしているようだった。
そして不思議な事に、カルロスの出現と呼応するように、今まで見えていなかった屋敷内の新しい光景が現れて来た。
カルロスという人間以外の、建物という存在が半透明になり、それが二重にぶれて見える。
と言うより、このシャドー世界に重なった現実世界が、その向こうに炙り出されて見えているのかも知れない。
カルロスが今見ている光景を、護も同時に見ているのに違い無い。
それはカルロスとの共感覚ビジュアルというより、カルロスが切り開いたシャドーと現実世界の接合面の内側に、護が位置しているという事から起こる現象なのだろう。
こうやってカルロスは、神出鬼没の転移と殺戮をやってのけているのだ。
一つ下の階にある廊下では、階段に繋がる一歩手前で、香坂を先頭にした警官チームが身を隠すようにかたまっていた。
もちろん、それはシャドー側ではなく、現実世界の出来事だ。
まだ彼らには、彼らの様子をうかがっているカルロスの姿は見えていない筈だ。
更に、その下の階からは、香坂らと合流しようとしているのか銃を構えながら階段を駆け上がってくる響児の姿が見えた。
響児が何かを叫んでいるのが判ったが、その音までは、シャドーにいる護には聞こえない。
香坂達が、そんな響児を捉えて振り返っている。
その響児に、カルロスが機関銃の銃口を向ける。
シャドーから、現実世界への突出出現と同時に、引き金を引くつもりなのだ。
おそらく、このタイミングなら、香坂チームは、突然の響児の出現と射殺を目の前に、騒然とするだろう。
その混乱に乗じて、間を置かず、警官隊に銃弾の雨をばらまく。
・・・その方が単純に警官隊へ攻撃を仕掛けるより効果がある、それに自分は、何度でも消えたり現れたりを繰り返す事が出来る。
カルロスは自分の襲撃に合わせて、そういった混乱をもたらす演出も計算に入れている筈だ。
「伏せろ!響児!」
カルロスが、現実世界への突出と出現を始めた瞬間に、護はドアを開け、叫んだ。
護の声に呼応して、階段に伏せる響児。
現実世界に数十発機関銃の弾を撃ち込みながら、自分のいるシャドーの異変に気づいたカルロス。
カルロスの出現と、突然やって来た響児へのカルロスの攻撃を、あっけにとられて見ている香坂達、、それらの出来事が同時に起こった。
カルロスは、次の瞬間、現実世界への接合面を閉じ、機関銃を護に向けて発射した。
護は床に身を投げ出しながら、ブロンコを連射して対応する。
だが、さすがに不安定な体勢の中、護の手の中のブロンコは跳ね回って狙いが定まらない。
その後、二人は同時に手近な物陰に身を潜めた。
護が身を身を寄せたのは、廊下に置いてあった人の背丈ほどある巨大な金属製の花器だった。
水が入っているのか、護が体重をかけても微動だにしない。
その花器が、カルロスの放つ機関銃の銃弾を受けてビリビリと唸り振動を伝えてくる。
今はもう、現実世界へのドアは完全に閉じられている。
さっきまで見えていた、半透明の世界はない。
完全にシャドーの中に戻っていた。
「カルロス!!ひさしぶりだな!」
護は近くにいる筈の丹治が、気付くように大声で言った。
おそらく今の様子では、カルロスは、丹治やレズリー・ローの存在に気が付いていないだろう。
その事が、護達にとっては有利に働く筈だった。
「どこのどいつが、俺のシャドーに入り込みやがったのかと思ったが、なんとあの間抜けなリペイヤーさんかい!」
「お前のシャドーだと?笑わせるな!この世に、お前のものなんか一つもないんだよ。このこそ泥野郎!俺の銃はどうした?!」
「ああ、あれかい!?役に立ってるよ。人殺しのな。今回は、お役ごめんで家の壁に飾ってあらぁ!」
護は花器から腕だけを突き出してブロンコを乱射する。
当たる訳がなかった。
その発砲の意味の半分は、丹治にこちらの位置を知らせる為、半分は本気でカルロスの挑発に乗っていた。
だが、今度はいつまでたってもカルロスからの銃撃の報復はなかった。
不気味な静けさの中、護の背中に冷や汗が流れ始める。
只でさえ、火力の差がありすぎるのに、もし、カルロスがこの世界の中でも、瞬間移動が出来るのなら、護は圧倒的に不利になる。
それに先ほどのカルロスの中途半端な攻撃で、現実世界の香坂たちは彼がいた最終位置を把握している。
ゆえに、カルロスがまだ現実世界へのアタックを諦めていないのなら、シャドー側での移動が必須条件になっている筈だ。
カルロスは、必ずこちらに仕掛けてくる。
だがどう動くのか、護には予想がつかない。
「一番の問題はカルロスの野郎が、この世界でも瞬間移動の力を発揮できるのか?って事だ。だろ?でもこっちにも奥の手があるぜ。」
護の真横で声がして、護はその場で飛び上がるばかりに驚いた。
そこにいたのは、なんとロバート長谷川だった。
花器の影からロバートの身体ははみ出しているが、勿論、カルロスには、この幽霊の姿は見えないだろう。
姿どころか、声さえ聞こえない筈だ、。
「久しぶりだな、おたくが碇へ研修に行って以来だ。」
「なんのつもりだ?ここは俺の内面世界じゃないぞ、」
「だからさ。俺が本物の幽霊だって事を証明してみせようと思ってな。それに、この俺様がお宅の心理状態の反映だとずっと思われ続けるのも、けったくそ悪いからな。」
確かにロバート長谷川の幽霊は、護が碇に出向した時点からぴたりと現れなくなっていた。
それは護が、曲がりなりにも、自分の生きている意味を具体的に見いだした時期と一致している。
カルロスを取り逃がした事への失点回復と、蘭丸親子殺害への償いは、生きる目標というには、余りにも現実的すぎたが。
だが、今の護には、ロバート長谷川の相手をする余裕はまったくなかった。
「馬鹿野郎、、。タイミングを考えろ、」
「そう、邪険にするな。もう一人、幽霊を連れてきてやったんだぞ。それが文字通り、奥の手だ。そいつにブロンコを貸してやれ。」
「はぁ?」
護は、初めて「幽霊に怒った人間」になりそうだった。
「奥の手てのは、おたくが切り落とした、おたくの左手だよ。左手の幽霊が、カルロスの元へ飛んでいって奴を急襲する。どうだ、面白いアイデアだろ?」
ロバート長谷川がそう言い終わると、正に護の眼前に、彼が切り落とした「左手首」が現れた。
懐かしい自分自身の左手だった。
護は何も考えず、魅入られたように、右手に持ったブロンコをその左手に差し出してしまった。
いや正確には、何も考えずにではなく、自分の失われた左手が、今は「誰かの左手として入れ替わっている」という奇妙な妄想がそうさせたのだ。
その相手は、あの気丈な王女様だ。
自分の左手は、少し前から王女のもので、今、王女の左手は護の左手。
そして、この左手幽霊は自分自身の分身でもあるのだ。
・・・一番、信用出来る。
もしこの左手幽霊が、ブロンコを掴む事が出来たら、この左手はロバート長谷川が言った通りの事をするだろう。
そして「左手」は、ブロンコを掴むと、その場から消えた。
同時に数メートル前方で、激しい銃撃戦の音が聞こえた。
暫くすると、先ほどブロンコと共に消えて無くなった筈の左手幽霊が還って来て、床に銃を置くと再びかき消えた。
丁寧な奴だった。
この左手も俺と同じ様に、何処かに出向して鍛え上げられたのかも知れない。と護は思った。
護は素早くブロンコを拾い上げ、花器の陰から飛び出て、前方へ突進した。
走りながら、ブロンコの弾倉を新しいものと入れ替える。
左手の攻撃に驚いたのか、カルロスは最初の位置から随分後方に押し下げられていた。
そこは中庭に面した窓ガラスが壁になった場所だ。
その床に転がったままの破損した機関銃と、屈み込んで中腰で新しく手にしたGTR55を点検しているカルロスの姿が見えた。
二人がお互いの顔を見つめあったのは、ほぼ同時だ。
護は走ったまま、カルロスは中腰のまま、拳銃を突き出し合う。
しかしこの時、お互いが引き金を引くには、二人の距離は、余りにも詰まりすぎていて、襲いかかって来る相手に組み討つという動物的な防御本能が、彼らを動かした。
さすがのカルロスも、左手幽霊の攻撃の直後ではウロが来ていたのだ。
二人は拳銃を握ったまま、取っ組み合う形になった。
勢いは護にある。
しかも護は空手の達人だ。
カルロスが、その勢いを流して逸らそうとしたために、二人の身体は絡まり、背後の窓ガラスに激突し、それを突き抜け落下した。
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