宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

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最終章 アタラクシア

52: 決着

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 丹治とローが並んで進む一階廊下の窓の外側に、ライトアップされた洋風の中庭が見えた。
 その光景全体の輪郭が、チリチリと微妙にぶれていて、下手な立体映画を見ている様だった。
 カルロスの活動に呼応するように、この世界と現実世界のそれとが、微妙な影響をお互いに与え合っているのだろう。
 その光景は、死人を弔うために、生きているように見せる死化粧を連想させた。

 廊下から中庭に出る為の出入り口の近くにあった、蔦植物が大量に絡まった鉄骨製のアーチが、廊下を歩く二人の注目を引いた。
 アーチのカーブ部分に、ネオン管が取り付けられていて、それが文字を描き、じりじりと輝いていたからだ。
 だが、ネオン管の切れた部分が多すぎて、そのネオン文字が、何と書いてあるのかまでは読みとれなかった。
 丹治はそれを見て、ネオンサインに向かって軽く人差し指を突き出し、左にまわして見せた。

「、、左巻き虫。それって娘さんがやっていた、まじないなんですってね、」
「えっ?」
 丹治は本当に驚いたようだった。

「護から聞きました。彼、それがすっごく記憶に残っていたようで。それは私も同じなんですけどね、、。素敵なエピソードだわ。」

 丹治が自分に似つかわしくない、はにかみを見せ、レズリーがその表情に見とれる。
 だが、それは一瞬の出来事だった。
 護の声と、銃声が聞こえたのだ。
 彼らは、やはり惚れた腫れたとは、最も縁遠い世界にいた。

 音が聞こえた方向、それは廊下の外にある中庭の中央付近だ。
 そこには、大きな彫刻の置かれた円形噴水が見える。
 それを取り囲むように、大小様々な彫刻が置かれてある。
 相当、大きな屋敷だ。
 そしてかなり趣味が悪い。

「先に行ってくれませんか、ミス・ロー。分散する方がいい。まさかこの私が、ここに居るなんて奴は想像もしていないだろう。それに貴方はタフだ。一人で行ける。」

「・・・判ったわ、気を付けて。」

 レズリーが、護の発した声の方向に向かって廊下を走っていく。
 丹治はその後ろ姿を見届けてから、別の廊下へと進んだ。
 丹治の頭にはこの屋敷の設計図面が完全に入っていた。



 カルロスと絡んだまま落下した為に、まともな受け身もとれず、したたかに地面に身体を打ち付けた護が頭をふりながら起きあがった時、どういうわけか一緒に落ちた筈のカルロスは、数メートル離れた中庭の噴水彫刻の向こう側にいた。

 カルロスが彫刻から半身をだしてGTR55を突き出す。
 護もブロンコを構えるが、護には遮蔽物がまったくない。
 万事休すと思った瞬間に、横合いからカルロスのいる噴水彫刻に向けて三連射があった。
 カルロスが辛うじてそれを避けて、噴水の中に身を潜めた隙に、護も一番近くにあった彫刻の台座の下に飛び込む事が出来た。

「降伏しなさい!こっちからは貴男が丸見え!こっちは隠れたままでも、銃弾で貴男の頭をモヒカンスタイルに出来るのよ!」
 レズリーの声だった。

 ・・・馬鹿なレズリー、何故、自分の位置情報をわざわざ敵に伝えてやるんだ?
 レズリーは優秀なリペイヤーだが刑事ではない。
 護はそう思ってから、レズリーの側には丹治が居ないのではないかと気づいた。
 レズリーは丹治のサポートが受けられないか、それとも追っ手が自分と護の二人であるというふうにカルロスに思いこませるつもりなのか。

 レズリーと護に挟み撃ちされた格好になったカルロスだが、ライトアップの照明の中、その横顔に薄笑いを浮かべて見せた。

「笑わせるなよ、お前ら。今、面白い趣向を思いついた、、楽しんでくれよ。」

 カルロスが放った言葉は、彼が過去に「自分の手を切り落とせばお前は助かる」と言ったあの時のニュアンスと、まったく同じだった。
 護の心が怒りで膨れ上がった。

「何を企んでるんだ?向こうにとんだって香坂さん達がいる!もうお前には、どこにも逃げ道はないんだぞ!」

「そうかな、、俺がシャドーの中で、瞬間移動したら?お前達二人は、俺の視認できる範囲にいるんだぞ。しかも丹治の女や子どもを殺った時のように、この世界でも、俺は同時に二つの仕事が出来るかもだ。」

 それで、護と一緒に落ちた筈のカルロスが、違う場所にいた意味が判った。
 しかもカルロスは、多重存在、あるいは時間操作の可能性すら護達に示唆した。

 ゲームは振り出しに戻ったのだ。
 2対1は、もう既にカルロスにとってハンディではない。
 おまけに墜落の為に、カルロスの位置が大きく変わってしまったから、こちらが優勢になったとしても、カルロスが現実世界に逃げ込んだら、香坂らの援助は期待できず、こちらからは手も足もでない。

 その時、カルロスの頭上から、おおきな影が舞い降りてきた。
 否、そう見えたのは、護の位置からで、レズリーの位置からは、屋敷の急勾配の屋根を加速を付けながら、音もなく駆け下り、比類希なる跳躍力で、中庭めがけ夜空に飛び出した丹治の巨体が見えた筈だ。

 レズリーが、カルロスの注意を自分に向けようと、その身を晒すように立ち上がってGTR55の引き金を引き続ける。
 それは長年コンビを組んできたような、阿吽の呼吸だった。
 カルロスは被弾を避けようと、彫刻の影に回り込む。
 その銃撃を瞬間移動でかわさなかったのは、カルロス最大のミスだった。
 相手が女だと思って、無意識に侮ってしまったのかも知れない。

 そしてそのカルロスを、大きな人影が覆い尽くした。
 丹治が左腕で、カルロスを抱き止めるように締め上げ、右腕でそれを補完するように、手に持った銃の銃口をカルロスの喉に押し当てるのが見えた。

 続く発砲音、だが、二人は消えた。

「消えた!転移しやがった!」
 護が唖然として言った。

 丹治とカルロスの姿が消えるのと、銃声が聞こえたのが同時だった。
 あまりにもあっけない、一瞬の出来事だった。
 噴水に向かって走り寄る護とレズリーの二人。
 彫刻には、下から上に向かって吹き上げるように血糊と脳症がこびり付いていた。

「逃げようとしたが間に合わなかったんだ。カルロスは、即死だろう、、、」
「でも、瞬間移動したわ、、、。」

「カルロスの力が途中で消えた、、。こちらから飛び出したまま、向こうに届かないって事があり得るのか?」
 そうは言ってみたが、護の心は、その状態を想像するのを拒んでいた。
 そして二人は、丹治の名を最後まで、口にしなかった。





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