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第4章 侵犯
26: 紅花
しおりを挟む恭司に婉ママから連絡があった。
王から伝言があるので、いちど『蠱惑』にいらっしゃい、というものだった。
早い時間のほうが婉ママとゆっくり話ができるので、恭司は、いつものように届けもなしに高校を休み『蠱惑』にやってきた。
王からの伝言とは、今は仕事上のトラブルで忙しくて会えないが、一段落したら又、キョウに会いたいという内容だった。
「王さんって、金融コンサルタントって言ってましたね?」
「ワンさんの仕事? 『大阪華商会』って名刺、もらってない? 表向きはそういう顔なんだけどね、キョウちゃんもなんとなく判ると思うけどワンさんってカタギの仕事してないわよ。どんなアブない仕事してるのか、私は詳しく知らないし、知りたくもないけど。」
確かに、婉ママの言うとおり、王という男は得体の知れない側面を持っている気配がした。
王のその隠された一面は、恭司にとっては恐ろしくもあるが、逆に頼もしい一面でもあった。
圧倒的な頼もしさ、それが恭司が王に惹き付けられる最大の部分だった。
「髪の毛を伸ばそうと思うんです。」
恭司はおずおずと婉ママに切り出した。
「それから、お化粧の道具とかも、本気でそろえ始めているんです。女装の経験はあるけど、それって遊びだったから、お化粧の練習もしなくちゃいけないと思うし……、」
恭司は婉ママに訴えるように言った。
「そうねえ、ウィッグだと興醒めっていう殿方もいるわねえ……」
恭司は今、髪の毛を長くして、フレンチロールにしたり、ポニーテールにしたり、アップに結い上げてみたりしたいと望んでいた。
自分でも時々髪をアップにした時に見える自分の耳の形や、髪の生え際、首の形が好きだったのだ。
そのあたりは、女装した時はきれいになりたい、という素直な願望で、少なくとも以前から恭司の裡にあったものだ。
自分がやっているスポーツが、うまくなりたいというのと余り変わりがない。
ところが、王との出会いによって、その女装遊びが男とのセックスと深く結びついてしまって、恭司は困惑していた。
女装と男との肉体的な結びつき、以前はそれほど意識しなかった事なのだ。
よくて、自分の魅力に男が興奮するのを見て楽しむ、その程度だった。
ということは、今の自分は本当に「女」になりたいのか……?
恭司が冷静に、自分自身に問い詰めてみると、その答えは否だった。
女のようにきれいになって男に愛してもらいたいだけなのだ、決して「女」になりたいわけではない……、今のところ恭司はそんな答えしか見つかっていなかった。
そんな二人の会話の中に、店に上がってきた紅花が加わった。
紅の花と書いてホンファと読む。
紅花という名前から、恭司は若くてかわいい女装者を想像していたが、いざ本人に顔を会わせる段になって、びっくり仰天してしまった。
まず大柄なのに圧倒された。
艶のある栗色に染め上げられたロングヘアー、こってりとした厚化粧、キャミ風のドレスの大きく開いた胸元からは豊満な乳山が過度に露出している。
美人顔というよりも、明らかに整形手術で整えた顔立ちだ。
本来の唇よりも誇張して真っ赤なルージュを塗っているので、口元がひどく好色そうに見える。
紅花はボックス席に座っている恭司に、「こんにちは」と、シナをつくって身をくねらせながらあいさつした。
「あなたって、ワンさんが手籠めにしょうとしたコね。でも、すごく痛がるんで途中でザセツした、ってワンさん言ってたわよ。」
恭司は顔面が熱く火照った。
「あら、かわいいこと、赤くなっちゃって」
紅花の声音は、男が女声をつくっているのだとすぐにわかる。
野太さを隠しきれていない。
紅花は婉ママに、「これからキヨさんにいっぱつしてもらうことになってるのよ、じゃ、またあとで」と言って『蠱惑』から出ていった。
紅花のつけていた濃厚な香水の匂いが残った。
「あの……、王さん、あのあと、あの人と……?」
「そうよ。あの夜、キョウちゃんを帰したあと、ワンさんのお相手をしたのは紅花ちゃん。」
「紅花さんって、もっと若い人かと……」
恭司は、実物の紅花を目にするまで、紅花のことを美少女風の女装者だと思っていたのだ。
そして、正直に言うと、「紅花」に嫉妬していた。
「うふふふ、必ずしも若いコがいいってわけじゃないのよ。年増には年増の旨味があるんだから」
紅花の年齢は30代の後半で、もともと男が好きだったわけではなく、日本に来て結婚し子供もいて正常な生活を営んでいたのだが、30才を過ぎて突然、どういうわけか目覚めてしまったのだ、と婉ママが説明した。
整形で顔を造り変え、豊胸手術を受けて大きな乳房を揺らせて、毎日毎日、こういう趣味の男たちにお尻を掘られまくって至福の日々を過ごしているのよ、と例によって婉ママは明け透けに言う。
確かに、ほんのわずかの間、見ただけだが、紅花の印象は強烈だった。
どう見てもナチュラルな女には見えず、かといって、男の女装という単純なものではない。
人工的に造られた女の貌と豊満な肢体、セックスの匂いがぷんぷん臭ってきそうなほどの爛れた雰囲気。
恭司の脳裡には、紅花の容貌や肢体が鮮明に焼き付いている。
恭司は動揺していた。
その理由は、自分が紅花に魅了されてしまったからだった。
あれほどの圧倒的な迫力は無理だとは思いつつ、特殊な性嗜好の男たちにとって魅力たっぷりの存在である紅花に憧れている自分を発見していたのだ。
ただその憧れには、どこか拒絶の感覚が混じっては、いた。
・・・自分もそうなりたい、いや絶対そうなりたくない。と。
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