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第4章 侵犯
27: 正義の味方
しおりを挟む神無月は、四角く切ったレーズンバターを爪楊枝でつまんでいる。
亀谷のアテは、冷や奴だ。確かに栄養補給にはなるだろう。
この店で出されるものは、標準的なスナック店の価格としては全品安いが、もちろん原価自体が安いものしか置かれていないので、特に店として身を切るようなサービスをしているワケではない。
最近はどんな食品にも、A級からZ級までの差があるんだぜと、姿食堂で教えて貰った。
『超裕福層が食べるものから、ド貧民までな。もちろんド貧民用の食材を仕入れて、裕福層価格で誤魔化して売れば儲けは広がるに決まってるけど、それはその店の値打ちに関わってくることだから考えないとな』と親父は笑っていた。
『自分の舌で本当の食べ物の値打ちが判る人間てのは少ないんだ。大体が、見た目やネームバリューで騙される』とも親父は言っていた。
それを考えると、この店は、この立地で、この利益幅、、微妙だなと神無月は思った。
だが、ここに集まった者は皆、満足そうに見えた。
それはなけなしの金で、けれどその日はなんとか工面が出来る金で、自分が失ってしまって今は手が届かない「女の匂い」や「家族の匂い」で、束の間、心が満たされるからだ。
ジンリーが亀谷の空になりかけた梅チューハイのグラスを見て「もう一杯飲む?」と聞いてきた。
イントネーションが微妙に違うが、問題のない日本語だった。
亀谷が「ああ頼むよ」と答え、ジンリーはグラスを引き下げるときに、何気に「お客さんは歌わないの?」と神無月に聞いてきた。
「ああ、歌がへたくそでね。」
「ここはカラオケ居酒屋だよ?」
ジンリーが悪戯っぽく言った。
だがそれだけだった。
ジンリーはグラスを持って奥に引っ込んでいく。
「彼女、言葉が達者ですね。」
「だろ、あれでも中国人ぽくするために、ワザとイントネーションを変えてるんだぜ。向こうじゃ日本語を勉強してたらしい。そこを見込んで、わざわざ王が呼び寄せたんだ。今は慣らし運転中ってとこだろ。しばらくしたら、彼女、王の秘書かなんかをやってるんじゃないか?」
「ここらへんの事業展開が、軌道に乗ったらって事ですか?」
「そうなんじゃないの?」
亀谷はたいして興味がなさそうに答えた。
ジンリーがグラスを持って戻って来た時、店に次の客が来た。
雰囲気からするとグループ客のようだ。
年長の女性の方が、その客に声を掛けたのだが、その声が緊張しているように思えた。
神無月が何気なく、入り口の方を見ると、そこにキチ達がいた。
メンバーは片桐とキチ以外に、見知らぬ二人の男がいたが、一目で筋者とわかった。
キチの方も目敏く、神無月を見つけ出している。
手狭な店なので、今の客の座り方では、この4人は収容できない。
その辺りを、年長の中国人女性が慣れない日本語で「詰め合ってもらって、椅子をだしますから」と説明しているが、中々埒が開かない。
というよりもキチ達が、埒が開かないようにワザと絡んでいるのだ。
ジンリーが助けに行こうとしたのを亀谷が止めた。
「止めといたほうがいい。あんたは日本語が上手すぎる、かえって奴らの思う壺だ。ああやって、ぐちゃぐちゃ揉めてりゃ、そのうちポリがくる。」
他の客が恐れをなして、「勘定ここに置いておくし」とか言いながら店を出て行く。
「俺達も出るぞ。」と亀谷がいっった。
「いや、俺はここにいます。」
「何、言ってんだ、兄ちゃん、正義の味方のつもりかよ。」
「そんなんじゃなくてね。あいつらの中に、因縁のある奴がいるんですよ。店にいようが出て行こうが、どっちみち、そいつに絡まれる。」
「じゃ、俺は先に出る」と亀谷は言ったが、その時はもう遅かった。
その退路先には、キチがニヤニヤ笑いながら立っていた。
「ようカメのオッサン、久しぶりやな。こっちに来てたんか。そないに逃げんでも、ええやんか。俺ら歌いたいから、ここにきただけや。他の客がなんかしらん帰りよったから、席の数もぴったりや、、なぁ、兄ちゃん。」
キチは最後に神無月の方を見て、ズカズカと歩み寄って神無月の隣に座った。
その隙にリンジーは硬い表情をして、年上の女性の方に駆け寄っていく。
彼女は、その年上の女性と二人で今後の対処を相談をしたいのだろうが、それを片桐が遮っていた。
別に怒鳴りつけるわけでもないし、脅しつけているわけでもない落ちついた口ぶりなのだが、片桐が何かを言っている限りには、それを拝聴する以外に、何も出来なくなるような強さがあった。
それは、ちがう文化や感性を持っている彼女らでさえ、片桐に従わせるような「怖さ」を持っていた。
今日の片桐は、姿食堂での片桐ではない。
片桐はここに、「仕事」でやって来ているのだと神無月は思った。
「横浜や神戸は、もともと華僑が多かったようだがな、西成は中国との関連性はまったくない。それが急に中華街といわれてもな。地域の活性化とか、おためごかしを言ってるらしいけど、この周辺の宿は、年間40万人の外国人が泊まってる。USJがあるから国内の観光客も50万人ほどが利用してんだ。大阪中華街構想ってのは、あまりに唐突で、無理筋な話ってことだよな。」
そんな事を、片桐は隣の連れに話している。
正確な話の内容が判らなくても、年長の女性には、自分たちの存在がやんわり拒否されている事だけは伝わるだろう。
リンジーならもっと理解できている。
もちろん、片桐の狙いはそれだった。
具体的な店への圧力は、キチら他の男達の役割だった。
「おい姉ちゃん!客をほっとくんか!」
キチが大きな声をリンジーに浴びせかける。
リンジーが硬い表情でキチの方に戻ってきた。
「エグザイルのLovers Againや、あれ歌うわ、すぐ出して。」
「かしこまりました、、少々、お持ち下さい。」
「かしこまり?なんやそれ、とにかくはよせいや!ちゃんと日本語読めるんか、中国人!」
「そういうの、こっちが恥ずかしいから、やめとけや。それにお前、Lovers Againっちゅう顔ちゃうやろ。」
神無月の口からそんな台詞が飛び出ていた。
言った本人自身が、吃驚している。
「なんやと、ゴラァ!」
キチがスタンド椅子を後ろ足で蹴り倒して立ち上がった。
「あぶないのう、キチ、やってもええけど、わしらに手ぇかけさせんなよ。」
自分の足元に転がってきた椅子を見ながら、片桐の横に陣取っていた男がうっそりと言った。
片桐は、こちらの騒動にまったく関心がないようで煙草を吹かしている。
神無月の方からは、片桐が連れてきていたもう一人の男がカウンター裏に入り込んでいるのが見えた。
年長の中国人女性が、それに中国語で抗議をしている。
完全な嫌がらせだ、ただ物理的な損害はまだない。
神無月は椅子から降りた。
勝てるとは端から思っていなかったが、無様な事だけはすまい、たとえ一発でも相手を殴れれば、それで良いと考えていた。
いきなり、キチのパンチが顔面に飛び込んできた。
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