19 / 82
第2章 追跡
19: 友との齟齬
しおりを挟む鎧と、その中にいる全裸の葛星の肌の間の空間に、ゼリー状の物質が何処からともなく注入される。
そしてゼリー状のものは髑髏のフルフェイスマスクと葛星の頭部の間の空間にもせり上がって来る。
やがてそれは、彼の鼻腔・耳の穴・口を通じて、肺や消化器官へ進入して行く。
それが葛星が鎧に対する恐怖を覚える最初の瞬間だ。
この儀式を通じて、この死神は葛星になり、葛星は死神そのものとなる。
鎧装着のセットアップが終了したのだ。
レコードショップ内部へ、突入前のことだった。
「蜘蛛に店内の構造のデータを送っておいた。蜘蛛の奴、今回は機嫌良く受け取ってくれたみたいだぜ。ブースの進入まで蜘蛛が旨くやってくれる。ダンク、お前が手荒な事をする必要はない。」
コープレィのレコードショップから少し離れた場所に駐車してあるバンの中のアレンの声が、葛星の耳の中で響いた。
いつものアレンの声より冷たい響きだった。
ゼリー状のものを通過しているからそう聞こえるのか、キャプテンKを死なせた事へのわだかまりがアレンにあるからそう聞こえるのか、葛星には判断が付かなかった。
周からのヴィジホンがあった後、アレンは葛星に対して、『お前がキープ老の所に行ったから、彼が殺されたんだ』と言わんばかりの態度を示していた。
もし本当にそう思っているなら、言いがかりと言ってよかったが、生前のアレンとキープ老の関係を考えると、葛星はアレンを責める気にはなれなかった。
「ご忠告、有り難う。こいつの中に入ると何故か無性に物が壊したくなるんでな。この時間だ。ショットガンをぶっ放すと、近所から安眠妨害で訴えられる。」
葛星は蜘蛛がレコードショップの非常出口のキーロックをその補脚を使って器用に開けるのを眺めながら、軽口を叩いた。
もちろん冗談ではなく、鎧装着によって自動的に引き起こされる破壊衝動の強さは本当の話であるが、それがどれほど強烈なものかは、アレンには判っていない。
「ところでアレン、混沌王の詳しいことは判ったのか?」
ヘルメットの中では口を動かす必要はない。
思考するだけで良い。
ただ、通信するという強い意識を働かせないと、彼と鎧をつなぐインターフェィスの役割を果たすゼリーは反応しないようである。
「皆目、駄目だ。既に知ってる噂話以上の情報は手に入らない。俺達と住んでる世界が違うしな。俺達にしてみれば混沌王は地底人でもあり、同時に殿上人でもある。、、だが、ある程度の事は判ったよ。混沌王と呼ばれている男は、アストラルの有力株主でもあるネロのコネクションで、十年前にアストラルの本社であるアストラルコアに入社したんだそうだ。それからたったの数年で、混沌王はアストラルコアの社長にまでのし上がった。それが不思議なんだよ。混沌王は、これと言った業績を残していない。仕事にかけて特別有能な人物であった訳ではないようだ。かと言って、ネロの力を借りてのし上がった様子もない。彼は何か違う力を周囲の人間に及ぼしていたらしい。」
葛星は頭の中で混沌王の人物像を練り上げながら、腰にチェーンベルトでぶら下げてあるショットガンを点検した。
そのショットガンは、アレンが弾丸の装てんを半自動化する為の装置を取り付け、更に破壊力を増すための様々な工夫を加えてある。
その為、生身の人間が扱える銃としての形状はとうの昔に失われている。
まるで装飾過剰の凶暴なブラスホーンのように見える。
葛星は真っ暗だが見覚えのあるレコードショップ店内で、そのショットガンを発砲したいという欲求に必死に耐えた。
「やはり混沌王は外界で拾われたっていうキープ爺さんの話は信憑性があるという事だな。」
「、、、、。」
アレンから返事がなかった。
キープの事は思いださせるなという事だろうか?
だが葛星は、アレン相手に、そんな配慮をする時間はなかった。
例の試聴ブースのドアの開放に、蜘蛛が取りかかり始めたからだ。
「店内の監視カメラは、完全に殺せているのか?」
「俺が盗み出したデータ通りに、この店が設計されているならな。でも奴らは間抜けじゃない。ダンクは別のシステムで監視されている可能性が高いと考えておいた方がいい。」
「それでも奴らは騒ぎださない。この前も俺の正体が分かりながら、あそこまで俺を引き込んだ。自信があるのか、それとも他にねらいがあるのか、、、。おっとドアが開いたようだ。これから暫く通信はしない。モニターはしているんだろ。用事があったら、そちらからしろ。」
葛星と蜘蛛は試聴ブースに入り込んだ。
蜘蛛は巨大な為、葛星からブースの天井までの空間に、その身体を押し込む状態となった。
その結果、八本の補脚は、まるで葛星を閉じこめる鉄格子の様に見えた。
その補脚の一本がブースのコントロールパネルの中に差し込まれた。
蜘蛛は、ダイレクトにこのブースを制御しているコンピュータに接触するつもりらしい。
この蜘蛛の侵入プログラムは、アレンが後で蜘蛛に追加したものではないという。
元から蜘蛛が持っている機能ならば、この蜘蛛の元来の用途はそうとうキワどいものであったに違いない。
アレンは、葛星に時々起こるフラッシュバックの正体は、この蜘蛛なのではないかと考えていたようだ。
葛星と蜘蛛は深いところで常に結ばれていて、蜘蛛は葛星の危機を感知すると、その回避に役立つような情報を入手して葛星に送り込んでくる、、そのような推理だった。
程なく、試聴ブースは以前同様に下降し始めた。
鎧を装着した葛星には、過去に生身でこれを体験した時の心細さはまったくなかった。
むしろ、このレコードショップの背後に潜むもの達へ、挑戦的な言葉を大声で叫びだしたい衝動を堪えるのが精一杯だった。
やがて試聴ブースは下降を止め、停止するとそのドアを自ら開いた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。
【あらすじ】
異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。
それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。
家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。
十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。
だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。
最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。
この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。
そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。
そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。
旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。
☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。
☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる