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第2章 追跡
18: 出張って来た者たち
しおりを挟むケーブの中は薄闇に満たされている。
ケーブの中には二人の人間がいたが、ケーブの本当の主は、闇の濃くなった壁際にひっそりと佇んでいる、赤と黒の魔人だろう。
魔人はその足下に蹲る巨大な蜘蛛の下部が見上げる中、二人の男女のぎこちない会話を黙って聞いていた。
男は、盛んに相手の女性の気を引こうと努力していたが、男が努力すればする程、それは空回りするようだった。
女は、苛立ちから来る今にも爆発しそうな怒りを抑えて、その感情に耐えているようだった。
女の目的は、未だにケーブに帰ってこない、もう一人の人間に出会うことにあったからだ。
そしてその時、もう一人の男、葛星弾駆が悩ましげな顔をしてケーブの扉を開けた。
葛星は、部屋の中にいるアレンとシャーロットを素早く見比べた後、アレンに近づき彼を物陰に引きずりこんだ。
「よりにもよって、どういうつもりでシャーロットをここに連れ込んだんだ。」
「彼女をここに連れて来て何故いけない?ここは秘密のアジトじゃない、子供じみたことを考えるなと何時も言っていたのは、お前の方じゃないか。」
「そいつはあの化け物共を拾ってくるまでの話だ。まさかお前、俺とあのスーツとの関係を喋らなかっただろうな?」
「、、、、、。」
「何故、返事をしない。えっ!喋ったんだな?彼女の気を引くために喋ったんだろう?」
「ああ、、。今日の会話の中で、彼女の瞳が輝いたのは、その時だけだった。」
葛星はアレンの胸ぐらを放して息を整えると、これ以上の冷静さはないという面もちでシャーロットの座っている場所に戻った。
「この前は失礼をしました。つい興奮してしまって、俺は貴方に対する礼儀を全く欠いていたようだ。そして残念な事に、また礼儀を欠くことになる。ジュニア氏の事件で緊急事態が発生したんです。ついては、このアレンと緊急の打ち合わせが必要なんですが。」
「私に今すぐ、出て行けと?」
シャーロットが挑戦的な目つきで言った。
葛星が初めて見るシャーロットの表情だった。
「それ以上は、俺に言わさないで頂くと有り難い。」
「貴方は、まだ私との約束を守っていないわ。」
「ああそれなら、今直ぐにでも。」
葛星は机の上に放り出してあるハンドヘルドコンピュータを見た。
「今は駄目。欲しくなったら私の方から言うことにする。」
シャーロットは、きびきびとした動作で席を立った。
そしてドアを閉める前に、宣言するような口調で言った。
「貴方の素敵なゴシックヒーローによろしく。私、あれにとても興味を惹かれましたわ。彼のせいで、今晩は眠れそうにないくらいに。」
シャーロットは一瞬、鎧の方に視線を送ってドアに向かった。
そしてケーブの中に、外の光を残してシャーロットは去っていった。
「、、俺は、あの人が少し怖くなった。俺が話している間中、あの人がバトルスーツを見つめる目は普通じゃなかった。」
「あいつに、抱かれたがっていたとでも言いたいのか?」
葛星は椅子に座り込むと、こめかみを揉みながら何気なく言った。
アレンは、自分がそうだと頷いたのを、葛星に見られなかった事に感謝した。
「、、色々あるが、全て後回しだ。二度と彼女をここに呼ばなければそれでいい。問題はキープ爺さんだ。あの爺、なんて答えたと思う?」
「駄目だよ、興奮して喋っちゃ。なんの話か判らない。」
アレンが葛星をなだめるようにいなす。
最近は二人の関係が逆転する事が多い。
葛星は常にイラついていた。
「興奮するなだと?ゲヘナの次期権力者候補が実は外界で掘り出されたわけのわからん生き物だと聞かされて、興奮しない奴がいるのか!」
葛星は、そのあと簡単にキープ老人との会見の模様をアレンに話して聞かせた。
「混沌王がビニィ?」
「誰がビニィだと言った!人間がビニィに支配される訳がない!混沌王を引き上げたゲヘナの奴らだって、そうだ!ビニィを王にいただくはずがない!」
「でも、外界でサルベージされるとなるとビニィの元になる生き物かその類だろ、、、あの赤毛の女を思い出すよ。第一、ビニィ以外のヒューマノイドタイプの知性体といったら、どんなものがあるんだ?ここは地球だぞ。どこかの違う惑星じゃないんだ。」
「赤毛の女の話とは別だろ。今度は少なくともゲヘナという一つの世界の頂点になる存在なんだぞ。人間以外は駄目でも、人間以上ならいいんだよ!」
葛星はでたらめに言った自分の支離滅裂な言葉に、ハッとした。
人間以上の者なら、人間はそれに従う?
人は大昔からその存在を「神」と呼んでいる。
ネロサンダース達、サルベージチームは外界で、本物の生きた「神」を拾ったというのか?
混沌王とはロストワールドのキリストやブッダのような人間なのか、、?
葛星は壁際の闇に突っ立っている、刃物の鎧を着た生剥けの骸骨を盗み見た。
現に「悪魔」は、そこにいる。
「神」がいてもおかしくはない。
「神」をビニィのように造らなくても、どこからか発見したり、人間の中から顕在化させる事が出来たのかも知れない。
第一、外界の失われた科学とはその様なものだ。
「済まないダンク。俺が悪かった。ダンクがあのバトルスーツに過敏なのを忘れて、彼女をここに連れてきたのは、余りにも迂闊だった。だから冷静になってくれ。そうだ。コークだ。コークを飲むか?ええ?持ってくるよ。なっ。」
アレンが葛星の怒りの圏外から逃げ去った後、ヴィジホンのコール音がケーブに響いた。
葛星は手荒く、通話モードのスイッチを押して相手の顔を確かめる。
男の顔は、顔にニヤニヤとした笑いがいつも張り付いているような東洋系の四角くて平らな顔立ちだった。
更にその扁平さを際だたせるかの様な黒いフレームの眼鏡。
ある意味では混血が極度に進み、民族の肉体的な特徴が失われている現在では貴重な顔立ちとも言えた。
「何の用だ。ここは地獄の入り口だ。間違い電話なら、木戸賃を置いて消えちまいな。」
葛星が毒づく。
相手が、素人ならそれだけで縮み上がってしまう言い回しだった。
「ようやく、君達もアストラルまでたどり着いたようだな?」
ヴィジホンの男は楽しそうに言った。
「貴様、どこの何奴だ?」
男が口にしたアストラルの名前を聞いて葛星の顔色が変わった。
「キープ爺さんも、臨月の覗き屋も、我々が始末してやった。後腐れが無くていいだろう?」
殺されたのか!?、、キープ老人との会見が終わってから、まだ1時間も経っていない。
このヴィジホンの男が言っている事が本当なら、彼は葛星が老人と会っている間、何処かで潜んでいたいた可能性がある。
そして、この男は、一連の事情をかなり深く知っている。
『こいつ李警備保障か、、、、?』
葛星は男との対応に頭を巡らせながら、アレンがこの場にいなくて良かったと思った。
アレンはキープ老人、いやキャプテンKに心酔している。
情報を得るために、老いたるトレジャーマンの訪問の決定を最後に下したのは、俺だったかアレンだったか、、、。
「俺達を泳がしていたと言いたいのか?なにも掴んじゃいないくせに、はったりはよせ。貴様らにくれてやるような情報は一つもないぜ。」
はったりは葛星の方だった。
李警備保障の拷問にかかって、口を割らない人間がいるとは思えない。
覗き屋からも、キープからも、彼らは葛星が得た情報、あるいは場合によってはそれ以上の情報を引きだしている可能性があった。
「我々は、君たちと違って、常時いくつもの大きな依頼を抱えているんだ。君たちの戯れ言に付き合っている暇はない。君たちがやらねばならない事はたった一つだ。それを教えてやろうと思ってな。今直ぐ、コープレィのレコードショップに侵入して、チャリオットを締め上げるんだ。それしか、今の君たちに残された道はない。結果は間を置かずに我々に報告したまえ。君たちとのつき合いは、さほど長くはなかろうが、連絡先が判らなくては困るだろう。私の名前は、李警備保障アサルト部門の第二部隊長、周 騎冥だ。」
親会社の上級社員が、子会社の平社員に命令するような、さも当然そうな口振りだった。
「そんな必要があるんなら、貴様らがやればいいだろうが!」
そう叫んではみたが、葛星にはヴィジホンの男の言う事が、的を得た方法である事が判っていた。
李警備保障の露払いの役割を担わされる事になろうがなるまいが、ジュニアの事件を解決するアプローチが、レコードショップへの強襲以外に有り得るとは思えなかったからだ。
しかしそれは同時に、あのインストラクターに現されるもの達との直接的な戦いを意味していた。
その時、興奮した様子でアレンが葛星の横から顔を突っ込んできた。
手に持っているコークの缶からは、泡が吹きこぼれている。
「キャプテンに手を出しやがって、ゆるさんぞ、この野郎!キングにつくか、ゲヘナにつくか決めかねている無様なキンなし野郎が!お前らから、先にぶっ飛ばしてやる!」
アレンの言葉は悲鳴に近かった。
どうやらアレンはキャプテンの事を隣室のヴィジホンで盗み聞きしていたらしい。
「なんだ、その、君の隣の薄汚い禿げねずみは?」
葛星はアレンの肩に手を置いて、ヴィジホンの前の席を譲る事を彼に示してから、バトルスーツの前に立った。
(やるか?やるしかなかろうな?俺達は想像以上に、追いつめられている。やるしかないだろう。お前の中に入るのは反吐がでるが、今度ばかりはお前が頼もしく見えるぜ。)
葛星の目には、アレンの周に対する罵声ばかりがむなしく響くケーブの薄闇の中で、黒の刃の鎧を着込んだ死神が、唇のない口でニヤリと笑った様に見えた。
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