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第2章 追跡

26: キングへの謁見

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 ママス&パパス社の最上階は、アクアリュウム世界を運営しているエネルギージェネレーター、通称ビッグマウンテンの頂上でもある。
 ここには許可を与えられた者しか到達することが出来ない。
 葛星とアレンの二人は、キングの招待を得て今その最上階にいる。
 アレンは、彼らがいるだだっ広い応接室の側壁が総ガラス張りになった箇所に張り付いて子どもの様に下を覗き込んでいる。
 そこから見下ろせるアクアリュウム世界は確かに素晴らしい景観だった。
 こんなところで四六時中暮らしていれば、自分が神の様な存在に思えても不思議ではなかろう。

 一方、葛星は自分の斜めとなりのソファに座っている先客を観察していた。
 短くかりこまれた剛毛に強い一直線の太い眉と眉間の縦皺、黒くて丸いサングラス。
 「頑迷で冷徹な強い意志」というものを、もし記号化して顔のマークにしたらこんな感じになるのではないかと思われた。

 その顔が乗っかっている太い首からは上半身一面に彫られてある刺青の一部が少し覗き見えている。
 葛星の隣に座っていたのは李警備保障の社長だった。
 このアクアリュウム世界で70年の歳月をかけて、一介の荒くれ者から、今や国家警察の権力をもしのぐ力を所持した伝説の男。
 だが、伝説と実際の人物との相違は、年齢にあった。
 葛星の観察によれば目の前の人物は三十歳前後であり、外見上の肉体的な印象は若く頑丈に見えた。

「私の顔に何かついているのかね?」
 低くそして良く通る声が響いた。
 しかし李の男の顔は葛星には向けられない。
 その顔は、壁に飾ってある、もとは外界に会った筈の名画に注がれているままだ。

「顔にはついていないが、首には少しはみ出してる。どうだ。そいつを彫るのはとても痛みを伴うものかね?それともそれはあんたが毎晩シールを張り付けているのか?あんたホントはもう少なくとも八十を超えているんだろう、それでそんな若作りなんだ、そういうのもなんでもアリなのかなって思ってね。」
 葛星にはこの伝説の男に対する畏れのような感情はまったくない。
 気が強いと言うより、彼の隠された生い立ちがそうさせるのかも知れない。
 相棒のアレンは、最近そう考えるようになっていた。

「君にも東洋人の血が流れているのだろう?東洋人は慎み深いものだ。」
 葛星の挑発に対して少しの感情の乱れも感じさせない声で李の男は答えた。

「お待たせいたしました。主が挨拶を申し上げます。こちらへどうぞ。」
 応接室のドアが開いて影の様なシルエットが見えた。
 第一執事の楊である。
 アレンが窓際から急いで葛星の側に駆け戻ってくる。
 謁見が行われる部屋では席が3つ用意されていた。
 もう席に着かざるを得ない。
 今までアレンが席につかず、窓からの光景を眺めるなどどいう子供じみた行為をとっていたのは、葛星と李の男の胆力合戦に近づけないでいたという側面もある。

 彼らが、対面する空の座席の上の空間が揺らいで人の形を作った。
 3D映像である。
 豪華なガウンを纏った小柄な老人、顔の真ん中はアレンと同じ様な強度の遠視を矯正するための眼鏡がのっかている。
 ブロンドの髪の毛がやけに若い。
 鬘だという事が一目で見て取れる。
 バイオアップを施せばこの程度の外見上の誤魔化しなどなんとでも出来る筈だが、それをしない。
 キングは筋金入りのヒューマンロード主義者だった。
 アレンは立ち上がって一礼をしょうとするが、葛星もドラゴンヘッドもソファに座り込んだままだ。

「あなたが実際に此処にいるならべつだが、3Dに礼儀を尽くすつもりはない。それでよろしいなかな?」
 李の男が感情のない声で言った。
 キングを相手に素晴らしい胆力だった。
 人間性の力の大きさで権力の大きさが決まるのなら、王座に座るのはキングよりもこの男の方が似合っているように思えた。

「かまわんよ。大いに結構。私の方にも色々と事情があってね。失礼の段は詫びておこう。」
 3Dが大袈裟に肩をすくめてみせる。

「何の用事があって俺達を呼び出した。俺達は忙しいんだ。なぜ忙しいかは、あんたが一番良く判っているだろう?」
 今度は葛星が言った。
 諸星の場合は胆力というより、持って生まれた気質、あるいは生まれ育ちから来るもののようだが、この男の記憶は失われている。

「君たちの興味深い報告書を読んだ。息子の事件については色々な人間に依頼をしたが、目に見える進展を見せているのは君たちだけだ。他の報告書にはアストラル社のアの字も出てこない。警察は何かを掴んでいるようだが私には知らせたくないようだ。」
 どういう事だ?
 葛星は、報告書にアストラル社の事をいっさい書いた覚えはなかった。
 書いたのはコープレィ社の関わった一歩手前までだ。

 報告書を送るのはアレンの役目だからアレンが黙って改竄をしたのか?
 それとも、このキングを名乗る男が、かまをかけているのか?
 なら李警備保障がこの事件の背後にいるアストラル社の陰謀にまで辿り着いて、それをキングに報告したのか?
 それとも警察?キングは警察についは否定的に言ったが、本当の事は判らない。
 どちらかがアストラル社に触れているなら、葛星たちの報告書はいくらアストラル社の名前を伏せたところで、葛星たちがアストラル社の事を知っているのは一目瞭然だが、、。
 だが李の男も、反応をしない。

「楊!あれを!」
 キングは強い口調で入り口で待機している執事に命じた。
 楊が再び戻ってきたときには、彼は手押し車に積んだ黒い布の掛かった巨大なショーケースを運んできた。
 そしてそれを葛星らの中央に置くと主人の命令を待った。

「客人達に見せて差し上げろ。」
 楊がショーケースの上の黒い布を丁寧に取り払うと、そこから半分女性化したジュニアの冷蔵死体が見えた。
 完全な裸体であり血の気が無いことから、マネキン人形の様にも見えた。
 それを見つめるキングの表情は屈辱に歪んでいる。
 人口皮膚は完全に癒着してしまったのかジュニアの年老いた父親はそれをはがす事も出来なかったようだ。


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