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第2章 追跡

27: それぞれの思惑

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「警察は、なんのかんのとジュニアの身体を引き渡すのを渋りおったが、無能な警察にいつまでも大事な息子の身体をおいてはおけん。」
 『大事な息子の身体』は息子を失った父親の自然な言葉のように思えるがキングのそれは、それとは少し違ったようだ。
 例え、それが「死体」であってもそうだが、ヒューマンロード主義者は「肉体の扱われ方」に固執する。

「でも今日、警察はドアーズのレコードショップの捜索に入いりましたよ。それに警察と一緒に李警備保障の幹部がいた。」
 アレンがおどおどとした口調で言い、その時初めて、李の男の視線がアレンに移った。
 李の幹部が警察と一緒にいたことを、彼はキングに知られたくなかったのかも知れない。
 というよりも、李警備保障と警察がつるんでいるという発想をキングの前で披露して欲しくなかったということだろう。

 葛星はその様子を見てニヤリと笑った。
 今後、アレンの余計な一言が、この取り澄ました若作り爺の計算を崩して行くことになる。
 アレンの破壊力のある放言リスクは、葛星にとっても同じだが、すくなくともアレンは葛星の身内だ。

「アレン君、だったか?君は悔しくないのかね。警察がやっておることは、君たちの手柄の横取りだぞ。儂は全てを見通しておる。」
 キングに返事をする前、アレンは葛星の表情を待った。
 そうだ、アレン、お前は根っからの間抜けじゃない。
 俺の指示を待つんだ。
 葛星は無表情を通した。

「結局、警察はレコードショップの地下からは何も見つけだせなかった。それはどういう事だろうな?」
 返事をしないアレンを無視してキングは、李の男の方を見つめて一言一言を区切るように言った。
 キングは攻撃の対象を変え始めている。
 そしてキングは、李が隠そうとしている事も、葛星達が隠そうとしている事実も、すでにその幾つかを、彼独自のルートで手に入れているようだった。

「我が社の業績をご存じか?」
 李の男は、キングの質問に対して、あくまで冷静に質問で返した。
「知っておるよ。李警備保障の兵隊の隊列を組み替えれば、直ぐにでも、この世界の軍隊に匹敵するというのが、君たちの業界のうわさ話だそうだな。」
「そう我々は、強力だ。そして誰にも屈服しない。我々が従うのは、我々の血の掟だけだ。」

「この世界は現在半分に別れておる。我がアクアリュウムと、地下のゲヘナだ。混ぜればどうなる?凄まじいエネルギー反応が起こるだろうな?その時でも君の言う、李の血の掟は通用するかな?そんな結束など吹き飛んでしまうぞ。その時、訪れる混沌の中では大きな後ろ盾が必要ではないのかな?」
 実年齢で言っても、キングは李の男より十歳程上だ。
 キングは孫に対して謎かけを愉しむ老人の顔になった。
 勿論、3Dのなせる技だろう。
 本物のキングは微笑むための顔の筋肉が錆び付いている筈だ。

「地上世界とゲヘナを混ぜる?」
 葛星が呟く。
 この年老いた父親は、最愛の息子の敵を討つために、ゲヘナに対して戦争を仕掛けようと言うのか?

「アクアリュウムプロジェクトの基本構想は、現体制を維持したまま、この人類の揺りかごを拡大し続けていく事だ。それをエネルギー面で担う筈のゲヘナは、任務を放棄し、外界への人類の適応などという破天荒な夢を見続けておる。このまま彼らを野放しにして置けば、やがて人類は枯渇する。しかしそれを阻止するのは、年老いた儂の役目ではないと思っていたが、そうは行かなくなった。」
 完璧な詭弁だった。

 葛星の把握しているアクアリュウムプロジェクトの基本構想は、地下世界に追い込まれた人類が再び地上を浄化し、元の世界に戻すための前哨基地としてアクアリュウムがあるはずだった。
 アクアリュウムプロジェクトの最終形態はアクアリュウムの際限ない拡張ではなく、地上世界を取り戻した後の解体だった。
 キングの3Dはソファから立ち上がりジュニアの裸体の周りを一周した。
 そして身体と首のつなぎ目を目を凝らして見つめていたかと思うと、突然声を荒立てて言った。

「誰でもかまわん。チャリオットの首を取ってこい!首が無理ならチャリオットをここに連れてこい。儂が自らの手で、その首を跳ねとばしてやる!その後でチャリオットの首を奴の黒幕の元に送りつけてやる!」
「・・後の事を考えると、その行為はリスクが大きすぎる。大きな魚を釣るつもりで、垂れた針に鮫が掛かっては、こちらが危険だ。私は、現体制が今後も保持されることを望んでいる。」
 李の男が静かに言った。
 李の男も又、キングの息子の死に対する復讐が、二世界間の戦端を開くきっかけになる事を承知していたのだ。

「どうやら、君たちは儂がこの姿で諸君らの前に現れた意味を理解しておらんようだな。」
 キングが血走った目で李の男を睨み据えた。

「儂は、延命手術を受けることにした。もう八割がた仕上がっておる。儂の権力は永遠に不滅になるのだ。特に李よ。お前にはその意味が深く理解出来る筈だな。」
 李の顔に大きな表情の変化はなかったが、瞳の色が少し変わった。
 李はママス&パパスの次期会長選びに何らかの形で関わっていたのだろう。

「次のママス&パパスの会長の座は誰にも譲らん。諸君達にはその意味が十分理解できておると思うがな。」
 そこまで言われても、李の男は主立った動揺は見せなかったが、その顔色から少し血の気が引いたように見えた。

「、、たくさんだ。この件にこれ以上、かかわるつもりはない。受けた仕事分の事はした。それ以上の用件がないならこれでお暇する。」
 李の男が立ち上がった。
 葛星も同時に立ち上がった。
 アレンは訳が分からずに二人の男に視線をさまよわした後、彼らを追ってエレベーターに向かった。

「化け物め。ヒューマンロード主義者のくせに、自分の身体をビニィ化するつもりだ。」
 ビッグマウンテンを下降する高速エレベーターの中で李の男が、息を押し出すように言った。
「ビニィ化?あんたがそれを言うか、、ふん、目くそが鼻くそを笑うって話だな。」
 葛星が乾いた声でいった。

「私の受けた処置はキングのものとは違う。単なる若返りだ。この世の引き時は心得ている。そうでなければ価値のある強い意志は生まれない。キングの延命手術から生まれるものは妄執だ。」
「最愛の息子と同時に、世継ぎを失ったんだ。彼が延命手術の道を選んでも不思議じゃない。キングが熱狂的なヒューマンロード主義者だから、延命手術には絶対に手を出さないと思いこんでいたのは、あんたも含めて、こちらの誤算というものだろう。あんた、もしかして警察の一部とつるんで次期会長の座をキング達から奪う計画をしてたんじゃないのか。」
 葛星は、高速エレベーターの窓から見える下界を眺めながら独り言の様に言った。

「他人事の様に言うのだな?キングの指示に従わなければ、彼は我々を潰しにくるぞ。さっきの会見は、いわば恫喝だ。」
「我々だって?いつから李警備保障と俺達が仲間になったんだ?第一、キングが脅しを掛けなければいけないのはあんたらだけだ。俺達のような雑魚がどう跳ねたところでキングにとっては、なんの痛みもない。」
「君たちを仲間扱いしている積もりはない。ただ、私の部下の命を救ってくれた事については感謝をしている。、、あの首の事だよ。君ににどんな思惑があったのかは知らぬが、その行為自体は、李の掟では返礼をしなくてはならないものだ。それに、目を付けられているという意味では、君たちも我々も、今、置かれている立場に変わりはない。」

「散々俺達をいたぶっておいて何を言いやがる。キープ爺さんの事は忘れないぜ。」
 アレンが二人の会話に割って入った。
「それが我々の仕事だ。そんな事をいつまでも言っている様では、一介のチンピラからは這い上がれないよ。」
 アレンは李の男に詰め寄ろうとしたが葛星がそれを制止した。

「で?あんたらはどうするんだ?さっきは見事な対応だったが、本音ではどうなんだ?キングの命令に従うのか?」
「仲間ではないのだからそれに答える必要はない。、、しかしこれだけは教えて置いてやろう。キングは今から七年前に、ゲヘナに公式訪問をしている。」
「勿体ぶって言わなくても誰もが知っているさ。ゲヘナと地上世界の雪解けかってニュースで騒いでいた。」
 アレンが怒りの収まらない口調で言った。

「こちらでは取り上げられなかった出来事がある。キングの訪問への抗議行動のデモで、ゲヘナで一人の少女が死んだ。少女は相当、行動力のある子どもだったようで、キングの側まで近寄ったらしい。彼女を殺めたのはキングの護衛者だ。つまり地上世界の人間という事だな。少女の名前はキャシー・ウィルデンスタイン。父親の名前はチャーリーだ。」
 アレンが収集したデータの中の一行が、葛星の記憶から蘇った。
 チャーリー・ウィルデンスタイン、それはチャリオットの本名だった。

「チャリオットか!その子の父親はチャリオットなんだな?キングはその事を知っているのか?」
「どうだろうな?少なくとも我々はその事をキングに報告はしていない。さあ、ここでお別れだ。一つだけ約束しておこう。我々、李警備保障は今後一切、この件で君たちに手出しはしない。我々の事は気にしないで、自由にやる事だ。」
 李の男は高速エレベーターが地上に到着し、ビッグマウンテンの裾野に広がる広場が見えた時に、そう断言した。
 出迎えにやってきた黒塗りの大型車に乗り込む李の男の後ろ姿を見つめながら感心したようにアレンがつぶやいた。

「すげえな、あれは、あれでサムライなんだろうな。」
「お前、本気であのサイコ野郎の言う事を信用しているのか?それに(李)の名前の民族に侍はいない。」
 アレンの葛星を見る目が瞬いた。
 その目は「なら、お前がサムライだよ」と訴えているようだった。

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