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第2章 追跡
28: 思案六法
しおりを挟む「キングが延命手術を決意したのは、ジュニアの死が伝えられた翌日という事になるな。それからキングは、鉄壁の守りで秘密裏に事を運んできた。そして、あの日、俺達との会見が終わった瞬間から、自分の延命手術の情報を、他からのリークに見せかけて公に流出させている。その手口、そのタイミング、見事なもんだ。」
アレンが、彼らのアジトであるケーブに据え付けられたコンピュータに表示されたキングの情報から目を離さないで言った。
ビッグマウンテンでの会見が終わって1週間が経過しているが、その間にも、キングの世論への情報操作はひっきりなしに続いている。
情報操作にはキングの直接的な意志を感じさせるものもあれば、ただ空気感を熟成させるような遠回りのものもあった。
しかし要は「鉄の意志をもって、全ての危機を排除せよ。我に続け。共に千年王国を享受しよう。」というキングの意志の刷り込みという事だろう。
そこで言われる「危機」とは、アクアリュウムの住人達が常に潜在的に抱いている地下世界・ゲヘナへの不安感だった。
それを単純に言えば、『奴らは、いつか地上に這い上がって来る。』だ。
アレンは心なしか、街全体が(戦争を望んでいる)ように感じていた。
だが社会の中に、戦争前の暗く重圧に満ちた雰囲気はどこにもない。
キングの情報操作がいくら圧倒的であるとしても、人々が自ら望まぬものを、押しつけは出来ないはずだった。
だが実際には社会はその操作に(活気づいて)さえいたのだ。
キングが自らの意志を曲げてまでも、鉄の身体を手に入れ、このアクアリュウム世界の存続と発展を約束した。
今までにもキングを王と崇めてきた大衆には、その事だけで「明日が約束された」ような気分になるのだろう。
「延命手術の八割方の完成とは、新しいボディに脳髄の移植が完了したという事なんだろうな。もう誰もいかなる理由をもってしても、キングの延命措置を逆行させる事は出来ないって訳だ。それはもう殺人行為にあたるからな。延命手術を大々的に公開するなんて恥さらし行為も、超大物がやると違う意味が出来上がってくる。今となっては誰もキングの寝込みを襲えない。キングのあのガチガチのヒューマンロードぶりも、実はこの日の為のポーズだったのかも知れん、、、。」
葛星がこめかみを揉みながら答えた。
「次の会長候補の噂の高かった大物達が、手のひらを返したように、やっきになってキングの再選をアピールし始めている。現金なもんだ。クヌーの最新ニュースがその様子を流している。見るか?」
アレンは、ソファに座り込んでいる葛星の前の大型ディスプレイに映像を送るつもりで聞いた。
「いや。そんなものは犬にでも喰わしてやれ。、、なあアレン。キングは、地上世界の大物達の何人かが、既にプラグインされている事実を知っていると思うか?キングの口振りは、アストラルのやり口を、なんでもかんでもお見通しという感じだったが、、、、。」
葛星はその事をずっと考え続けてきた。
アストラルがジュニアに仕掛けた罠が、他の多数の有力者達に効果を発揮すれば、キングが打って出たこの作戦も覆るかも知れない。
どちらがどれだけの事を知っているか?
それがこの勝負の結果を左右する要素の全てだった。
葛星はアレンを気遣って、この疑問を今まで持ち出せずにいた。
それを問うことは、同時にアレンを疑う事にも繋がっていくからだ。
それというのもキャプテンKの死以来、葛星とアレンのバランスシートは微妙な変化を見せたまま、彼らの以前の状態には戻っていなかったからだ。
「冗談じゃないぜ。俺を疑っているのか?確かに報告書の送付は俺の分担だが、こちらが持っている最後の切り札を相手に見せるほど俺もバカじゃない。」
いつものアレンなら慌てふためきながらこれだけをしゃべり、視線はあらぬ方向を彷徨っていた筈だ。
だが、アレンの眼は葛星の視線を正面から受け止めていた。
「だとすると、やはり李からの情報で知ってる可能性があるのか、、、しかしあの時、李はキングと袂を分かった。それとも俺達の知らない裏の情報源をキングは他に持っているのか。」
「あの時の李の様子じゃ、お前が言うように李から情報がキングに流れているとは俺には思えない。」
アレンの言葉には多少の棘が含まれていた。
その裏の情報源の中には、やっぱり俺が含まれているのか?と言いたげだった。
「なあアレン、さっき裏といっただろう?李ぐらいに大きな組織になると、そこのトップさえ把握できない動きが身内の中に生まれるってことさ。身内の裏切りなんて、まあ俺たちには金輪際関係ない話だがな。」
葛星はアレンに、わざとにやりと笑ってみせる。
スネ気味だった、アレンもこれには不承不承頷かざるをえない。
それにそう言われたアレンには、思い当たる男が一人いたのだ。
李は間近で見ると、それなりに筋を通す男のように見えたが、李の部下である、あの蟹男にはそんな風情など1ミリもなかった。
「しかし、なんにしても、蜘蛛が集めた情報はそう易々とは誰の手にも入らない筈だ。有力者達のプラグイン名簿についてだけは、キングはまだ情報を掴んでいないと見ていいかも知れないな。」
葛星はそう自分に言い聞かせるように言った。
「生きた人間の意識をねじ伏せて、自ら断頭台に向かわせるプラグなんだ。会長選挙の時に反対票を投じさせるぐらい訳はないんだろうな。このリストをキングに送ってやれば、彼は俺達に感謝するだろうな。」
そう言ってアレンがため息をついた。
それが簡単に出来ない事が判っているからだ。
リストでキングに恩を売れる、理屈上は確かにそうだ。
だが下手をすると、全ての状況が加速度を付けて壊滅的なものに向かって進んでいく。
「だがチャリオットの計算も崩壊する。まだ俺達はどちらの側に付くと決めた訳じゃない。」
それは葛星とアレンの二人の共通した悩みだった。
その時、ケーブのドアが開いた。
「ちっ!あれほど言ってあるのにお前は!、、又、セキュリティロックを忘れやがったな。」
葛星は最近肌身はなさず身につけている拳銃を腰のベルトから引き抜いて怒鳴る。
このタイミングでは鎧を装着している暇はない。
アレンが、ドアの方向を見ながら、急いで葛星に向けて手を激しく振った。
ロックのかけ忘れでは無いという事を伝えたかったのだろう。
「こっちは一人ですよ。随分、手荒な、歓迎ですな。」
ケーブの入り口からの逆光を浴びた薄暗い影は、そういいながら短い階段をゆっくりと降りてくる。
「チヤリオット!」
アレンが息を飲んだ。
彼らがうわさ話をしていた当の本人が彼らの目の前に姿を現したのだ。
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