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第3章 光の壁
32: キャプテンKの地図
しおりを挟む早朝、8つの巨大なタイヤが回転し始め、ガンメタリックに塗装された巨大な車体は、羊歯と異常成長した菌糸類の林の中に向かって進み始めた。
半球形のコックピットはクルーザーの車体の前部に馬の首の様に突き出ている。
操縦席に座っているのはアレンだ。
その後ろには葛星がいて、外の風景をコーヒーを飲みながら感慨深げに眺めている。
シャーロットは疲労が溜まっているせいか、まだ彼女にあてがった寝室から出てきていない。
「アレン。夕べのシャーロットの話をどう思う?」
「どうって、俺に何を聞いているんだ?」
「・・・彼女には、この車の操縦法を教えたりするんじゃないぞ。それにバトルスーツの事も、これ以上詳しく喋らない方がいい。でないと出し抜かれる。」
「意味がわからないって、言ってるだろうが!」
アレンが苛立ったようにハンドルを殴りつけた。
「彼女のねらいは俺達じゃない。バトルスーツだけだよ。」
「彼女があの鎧にご執心なのは昔からだ。」
「考えて見るんだ。俺達がアクアリュウムに帰ったからと言って、どれほど戦力増加に繋がる?今更、俺達の情報にどんな価値がある?」
アレンは「実は俺もそれを考えていた」と思わず言いかけて、意地でその言葉を飲み込んだ。
「たしかに戦争には、いや兵士には英雄や勇気を鼓舞するものが必要なんだろうな。地下と違って地上が、戦端を開く理由は(現状維持)という極めて消極的なものなんだ。それだけで、戦い続けるには分が悪い。あの鎧はシンボルとして通用する。でキングはそれを欲しがる、しかもそれを手に入れる為には、大した元手もいらない。それだけでシャーロットを送り込むには、立派な理由になるじゃないか。」
「でもあんなおぞましい見てくれが、アクアリュウムの旗になるのか、、。」
アレンは気弱になって来ている。
元から、シャーロットに関しては、葛星の判断が正しいと思っているからだ。
ただ惚れた弱みで、それを認める事が出来ないだけだった。
「白兵戦だよ。白兵戦。そこだけはシャーロットが言った事が真実だ。血で血を洗う白兵戦になら、アレは立派なシンボルになる。」
「でも、一体しかない、、」
「アレン、お前、ここに長くいすぎて頭がボケちまったのか?あれをコピーするんだよ。マシンマンも、バイオアップ兵士も、それなりに強力だが、量産も利かないし、時間も間に合わない。それに、元になる技術は、全てゲヘナからのものだ。地上世界のものが戦闘力でゲヘナを上回る訳がない。それを挽回するには、出所の判らない、あの鎧のコピーを創るのが最もてっとりばやい。俺達は、あの鎧の付属品だ。俺は操縦者、お前は技術者。付属品ごと回収する方がコピーしやすくなる。でもいざとなったら、鎧だけでもいい。まあもっともキングのお抱え科学者がアレをコピーできるかどうかは別の話だがな。だが少なくとも一体でも、何かの役には立つ。激戦区に投入すりゃかなり効果的な筈だ。」
「、、考えすぎだ。何故、彼女を悪い方へと疑ってかかる。彼女は俺たちをアクアリウムに連れ戻そうとしてるだけだろ。あれを盗みに来たと決めつけるなよ。第一、彼女がお前に何をしたんだというんだ。お前が死にかけていたとき、一番心配してたのは彼女だぞ。それに彼女は、お前に惚れている。」
そう打ち消しながらも、アレンの脳裏には、ドアーズで待機していた時に襲撃してきた周騎冥が漏らした言葉が蘇って来た。
周は、『もし余裕があるなら鎧を奪取せよ』と李警備保障から命令されていると言っていたではないか?
更に、現在、李警備保障は地上軍の中枢に取り込まれているとシャーロットは言明していた。
葛星が言うように、鎧の能力を知る李警備保障が、キングにその奪取とコピーによる鎧の量産を進言していても不思議ではない。
「シャーロットに会わなくなって何ヶ月経つ?その間、アクアリュウムは戦争中だったんぞ。人間がどんな風に変わっても不思議じゃない。あの李でさえ、自分の信を曲げたんだ。それにだ。アクアリュウムに住む普通の人間は、絶対外界には出ない。外界は恐怖そのものだ。その外界をシャーロットは一人でやって来た。俺に惚れているからか?俺とシャーロットの別れ方を、お前は覚えているだろうが?」
地上世界においては、外界に惹かれる者は間違いなく社会の不適応者である。
シャーロットは不適応者ではなかった。
その点は間違いないとアレンは思った。
「ダンク。言いたくはないが、お前の神経はいくつか切れてる。特に恋愛感情だ。」
「それは認める。だがな、良く聞けよ。俺はバックアップに回るお前と違って、多くの修羅場をくぐり抜けて来た人間だ。生き死にに関係した時、人間がどう変わるかは、お前よりはよく知っているつもりだ。シャーロットだって例外じゃない。」
「何度も言わせるな。勘ぐりすぎだ。彼女はそんな人じゃない。それにあの鎧のコピーは簡単じゃない。いまだに仕組みすら判らないんだぞ。」
「アレン。お前が頭がいいのは認める。鎧のメンテも良くやってくれた。だがお前は正規の教育を受けていない。お前が出来ないからと言って、アクアリュウムの科学者が出来ないという訳じゃないだろう。」
アレンは一瞬、刃で出来た鎧に身を固めた骸骨軍団が、ゲヘナを蹂躪している光景を想像してみた。
あれなら、お手軽に普通の人間たちを、破壊神軍団として蘇らせる事が出来る。
しかも中の人間の傷さえ治すことが出来るのだ。
「又、朝から喧嘩をしているの?仲が良いのね。」
コックピットにシャーロットが入ってきた。
ホテルで出会ったときのラバースーツを着込んでいる。
その表面はコックピットの柔らかな採光を反射して、奇妙なエロチシズムを醸し出している。
シャーロットを振り返ったアレンの顔は赤らんでいた。
「ご免なさい。このクルーザーの浄化装置を疑っている訳じゃないけど。これを着ていないと怖いのよ。」
「朝食ならダイニングに用意してある。」
葛星は素っ気なく言った。
「有り難う。もう頂いたわ。」
葛星の言葉を軽く受け流しながら、シャーロットはアレンの座っている操縦席の背もたれに顎を乗せた。
それだけでアレンは、幸せそうな顔をしている。
「それにしても凄い風景ね。」
「世界に広さがあるという事は、素晴らしい事だと思うだろう?」
アレンが嬉しそうに言った。
「これはどうやって混沌王の故郷に向かって走っているの?」
「大体はナビゲーションシステムを使っている。」
「貴方が言っていた地図?」
「ちょつと違うな。システムに入っているデータは確かに地図なんだが。このデータはキャプテンKという偉大なサルベージマンが、自分で編集したものだ。」
やっぱりアレンは喋りすぎだ、、と葛星は思った。
周のケーブへの襲撃を受けて以来、アレンの軽率さはなりを潜めていたが、シャーロットの接触がそれを再び引き出し始めた。
葛星は苦々しい思いで、それを聞いていたが、シャーロットの意図を知る為に、暫く、二人の会話を放置しておくことに決めた。
「編集?どうやって編集したの?」
「キャプテンKの持っていた地図は大きくて強力なものだった。彼は旧世紀の軍事機密の殆どを網羅した電子データを持っていたんだ。しかも地雷の位置も完璧に把握してる精度の高いものだ。このクルーザーもそれを使って殆ど無傷のまま、キャプテンKは手に入れている。でも、地図から漏れているものもあった。地図の欠落は主に光の壁付近の空白地帯が目立っていた。キャプテンKはそれが我慢できなかったんだ。だから、同業のサルベージマンの動向を隈無くチェックして、その空白部分を埋めようとした。ベテランになると、他のサルベージマンがとった大体のコース取りが分かれば、そいつらの地図がなくても大体の絵が描ける。その中に、ネロのチームの地図の部分の推測も含まれていたってわけさ。」
「それを頼りに、私たちは、混沌王の故郷を探し当てる訳ね。で、混沌王の故郷ってどんな所なの。」
「、、、故郷という言い方は、どうかな。ただそこで倒れていたのを発見し、連れ帰ったという事らしいからな。」
アレンは、同じ境遇の葛星の手前、その言葉を言いよどんだ。
「それって、弾駆があの鎧の中に閉じこめられていた時に話してくれた、鎧を所持してた宗教団体と関係があるのかしら?」
その問いに直ぐには答えず、アレンは背後の葛星の方をちらっと振り返った。
彼は、葛星が意識を無くして鎧の中にいた時、かなり込み入った鎧についての話をシャーロットにしたことを、葛星に隠してきたのを思い出したのだ。
もしそれがシャーロットを通じてそのままキングに筒抜けになっていたのなら、キングが鎧に目をつけるのは当たり前なのかも知れない。
と言う事は、先程の葛星の指摘が当たっている事になる。
それでもアレンは、「だが、彼女は、」という思いが捨てきれなかった。
そして同時にアレンは、自分の中に葛星に対する漠然とした対抗心が生まれ初めている事に気づいた。
「距離的なことだけで言えば、宗教集団と鎧、鎧と混沌王は繋がるかも知れない。教団の元になったロストワールドの神殿と、これから向かう光の壁周辺は、今でこそ増殖した汚染帯に分断されて距離的に離れているが、昔の交通網が生きていれば隣町みたいなものだったからね。」
アレンの話を黙って聞いていた葛星は、自分たちが忍び込んだ、投棄後の神殿を思い出した。
古い由緒のある歴史的な建物の上を安いペンキで塗りつぶしたような神殿だったが、それでも、何処からか、ロストワールドの持っていた文化や文明の匂いがにじみ出ていた。
そして、そこで見つけたあの鎧と大蜘蛛、、。
「神殿を回復させたあの宗教集団は、同じ時期にしきりと、有能な人材を帰依させようとしていたようだね。軍に従事する科学者や技術者にも触手を伸ばしていた。実を言うと、俺は、鎧を宣伝用に使い回していた科学者チームの中心人物と、当時のアクアリュウムのバイオ開発者チームの中心人物が同じである事を臭わせる当時の資料を手に入れている。古くさいだけの当時のゴシップ雑誌なんだが、アクアリュウムの研究所から抜けたある人物の経歴を考えると真実味がある。」
アレンが独壇場という感じで喋っているのを葛星は遠い気持ちで聞いていた。
インチキ科学と本物の境目辺りの噂話が、アレンの大好物だった。
だが葛星は、リアリストだ。
しかしリアリストであるが故に、逆にバトルスーツや蜘蛛の持つ神秘性は認めている。
「その人物って『私は神を求めてこのアクアリュウムに来た』の一言で有名なウルフグァン・ギース博士ね。最後の共産国待避シェルターから、はるばる神を求めてこっちに流れ着いたバイオの天才科学者。彼の神は私達のアクアリュウムにもなく、宗教の中にもなく、自分自身の頭の中にあった、、、って曰く付きの人物。」
シャーロットが興奮したように言った。
もちろん、シャーロットは葛星と同じリアリストだった。
「何故、君がそんな事まで知っている?」
葛星が冷たく言い放った時、クルーザー全体がビリビリと振動したかと思うと、耳をつんざくような轟音がこだました。
「空雷だ!空では堪えきれず、地上に落ちてきている!」
アレンが息を飲んだ。
そして激しい閃光がクルーザーを間断なく包む。
コックピットはまだんなく狭い室内でフラッシュを焚いたような状態に置かれた。
外界は空雷の季節に突入したのだ。
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