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第6章 魁けでの戦い

65: ひっかかり

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「これを見てくれ。」
 そういって混沌王は一台のタブレットをアレンに差し出した。
 ここは混沌王の執務室だ。
 最近、混沌王はこの部屋で事務的な仕事を精力的にこなしている。
 アレンはざっとタブレットをスクロールしてみる。

「今度の遠征計画ですね。でも何故、これを私に?」

「アレン、君もその計画の中に入っているからだよ。」

「私が参加するのですか!?」

「何を驚いている?君は私の語り部だろう?」

「それは判っていますが。あの機体には三十名程しか搭乗できないという事ではありませんか。しかも外界の最深部に向かうのです。一人でも多く、優秀な兵士や科学者を乗せるべきではありませんか?私を搭乗させる意味がありません。話はあなたが帰ってこられてから聞くことが出来ます。」

「私が帰って来られればの話だ。」

「あなたがアクアゲヘナに帰ってこられなくて、私が帰ってこられるという可能性はまったくありません。」

「それは違うな。私が自分の命をかけて責任をとらなくてはならない場面は多いが、君にはない。君にある責任は、生き延びて私の物語を語り継ぐ事だ。君にはその為の身体も与えてある。周騎冥の件では回復上の不備も見つかったから強化もさせた。、、、何よりも、今回の旅は、私の物語の中で、特に重要な転機の場面になると思うのだよ。だから君には側にいて欲しい。」

「・・やはり、ゆくゆくは他の待避ゾーンを征服されるお積もりなのですね。」

「そうだと答えたいが、ちょっと違うな。外界の脅威の中で身を縮め震えながら生活をしている人々の国を盗って、なんの意味がある。そもそも、そういうのものは征服とは呼ばない。私は援助をしに行くのだ。征服するのは、その国が豊かになってからだ。」

 対等の戦いの相手を求める武将が語る美談のようにも思えたが、実際は違うだろう。
 例えそのまま征服したにしたとしても、外界開拓や避難コロニーの環境改革には大きなエネルギーが必要になってくる。
 今の混沌王国には、さすがに他国のそれを肩代わりする力はない。
 つまり痩せた国を切り取り併合しても、混沌王国の負担が増えるだけなのだ。
 悪く言えば、木を育て、その実が実るまでは待つ、そういう事なのだろう。

「援助ですか、、、光の壁のエネルギーは、そこまで届くのですか?」

「やりかたによれば届くだろう、、な。光の壁は、この惑星全体の裏表を変える程の力を持っている筈だ。それにサンダースによれば、光の壁を使わなくても、場所によっては、アストラル・コアが蓄積した技術だけで、環境改善が望める国もあるそうだ。」
 混沌王は、光の壁の事を、葛星や彼がいた元の世界とこちらの世界を隔てている壁、もしくは出入り口と断定しているようだった。
 アレン自身は、まだその判断を早いと感じていた。

「そうそう、この計画にはネロ・サンダースも参加する。」

「彼は隠居を決め込んでいる訳ではないのですね?」

「外界と聞くと、彼は目の色が変わる。旅への参加は、彼自らが望んだ事だ。彼は今度の旅の実質的な隊長になる。公式には私がいてそういう訳には行かないから、副長扱いだがね。君は、サンダースの名を聞けば、サルベージマンだった頃を思い出すだろう?そういう意味でも、君には今度の旅は楽しいものになるかも知れないな。まあ、何もなければの話だが。」

「、、ですね。しかし正直申し上げて、危険な事は極力お止めになった方が良いと思います。以前のゲヘナやアクアリュウムなら国のトップがいなくても、次の者が出てくるまで、体制は維持されます。だが今は違う。あなたという存在がなくなれば、求心力がなくなって、この世界は直ぐに混沌の闇に落ちる。」

「なあ、アレン君。人はいずれ死ぬのだよ。それは誰であっても避けられない。私もそうだ。ただ、この事は、君に言っておこう。私とこの世界の人々との寿命は違う。けた違いにね。私が死ぬまでに、この世界の人々は3世代が完全に入れ替わるんだ。その間に、君の言ったこの国の課題については、なんとかするつもりだ。それまでに私が殺されたり、事故で死ななければね。」
 まさかその寿命に合わせて、語り部の自分の寿命もセットされているのかと一瞬思ったが、アレンは怖くて、その事は聞けなかった。

 もちろん、アレンにしても、自分の身体については混沌王のなすがままにさせていた訳ではない。
 自分の語り部としての時間が空く時には、自分の身体にどういう処置が、あるいは自分なりの変更が可能なものなのかを、あちこちに手を伸ばして調べてはいた。
 だがそれは、混沌王からの離反を意味するものではなかった。
 どれほど、長く生きても、この男と一緒なら、退屈だけはしないだろうとアレンが思っていたからだ。


 アレンはその夜、混沌王から渡されたタブレットを何度も読み込んでいた。
 特に搭乗人物についてだ。
 いくら機械オタクのアレンでも、空中空母の事は深くは判らないし、ネロ・サンダースが組んだ行程表は、実際にそこまで行った経験のないアレンが評価を下せるようなものではなかったからだ。

 ただ空中空母に登場する人間達の事は、頭の中に入れておこうと思った。
 それは語り部としての仕事だと、思っていたし、それ以上に、混沌王に何かがあるとすれば、それは搭乗員から始まるのだろうという気がしたからだ。

 もし葛星が生きていて混沌王との対立関係が続いていたら、アレンと葛星はなんとかして、この空中空母に潜り込む算段をしていただろう。
 追跡不可能な、あの厳しい高深度の外界の環境の中で、混沌王と対決しようとするなら、そうするしかないと思えたからだ。
 それにしても自分は混沌王に肩入れをし始めていると、アレンは思った。
 そして、自分では混沌王の魔法にかかった憶えはないのだが、とも思った。

 十回目の見直しに入った時に、睡魔が襲ってきた。
 吸血鬼でも昼間は棺の中で眠るものだ。
 ましてアレンはディウォーカーだった。

 アレンは、搭乗員達のプロフィールの中に、何か引っかかる部分を感じてはいたが、一旦は、それを置いて、眠って良いだろうと判断した。
 アレンにとって、その引っかかりは、それ程、小さなものだったのだ。


 
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