精霊捜査線・錬金術師達のマリオネット パラケルススの魔剣と天国にいる敵

Ann Noraaile

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第2章 スラップスティックな上昇と墜落

13: 亜人類という禁句

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「それにしても、よく考えついたな。機転の勝利ってやつだ。俺ならブルーノって野郎から取り上げた拳銃を選ぶ。それで女は、細切れのミンチ肉になっていたろう。」
 しかし漆黒は、全ての警官に標準として貸し与えられている、(彼らが仲間内で豆鉄砲と呼んでいる)とてつもなく非力な拳銃で、ペネロペの太股を二回撃ち抜いていた。
 鷲男がペネロペの登場によって暴走したのなら、ペネロペを何とかするしかないと咄嗟に判断したのだ。
 暴走した鷲男を止めることは漆黒にも出来ない。

 漆黒の話相手が感心しているのは、漆黒がこのような緊急の場面で、豆鉄砲の存在を思い出した事自体だった。
 現場で生き残る警官達が、共通してまずはじめに覚える事は、豆鉄砲の存在を忘れる事だという。
 そうでないと命は幾つあっても足りはしない。
 更に付け加えて言えば、漆黒は殺人事件も取り扱う所属だった。
 皮肉屋レオンは、そういう理由で、珍しく相手を誉めたのだ。

 ここは、第三統合署だ。
 本部を本庁ではなくネットワーク上に持ち、広域任務に当たる公安課警察官は、どの統合署に所属するという決まりはない。
 しかしそれでは宿無しになってしまうので、彼らの身柄は規模の大きな統合署に所属別枠として預けられる。
 レオン・シュミットの場合、それが第三統合署だった。

 漆黒とレオン・シュミットは、署長室の応接セットで向かい合って座っていた。
 二人はこれから政府の中央情報局からの諮問を受けることになっている。
 彼らが中央情報局に直接呼びだれないのは、中央情報局と警察との微妙な関係を表していた。
 その場がレオンの預けられた第三統合署に設けられたという事だ。
 更に中央情報局が出てくると言うことは、彼らが今関わっている事案が、中央情報局の扱うものに接触しているという事でもあった。

 兎にも角にも、漆黒とレオンは、これで二度目の出会いを果たした事になる。
 人手薄の刑事、さらに、彼らが異なる部署所属であることを考えると、これは異例の出来事である。
 一度目の出会いは、ラバードールの殺害現場だった。
 皮肉屋レオンは、漆黒が「肥満体」と名付けた男だ。

「まったくだ。漆黒君の機転がなければ、精霊プロジェクト自体が頓挫していたかもしれん。」
 二人の会話に、そう口を挟んできたのは第三ブロック統合署長の田岡である。
 だがその言葉の裏には、たぶんに棘が含まれていた。
 田岡自身は、おそらく今回の事件を、他所の管轄の「イカレた」刑事が起こした厄介事としか捉えていないはずだ。

 その厄介事が、自分の署に間借りさせている公安課の刑事のせいで身近なものになっている。
 署長と言っても、大昔のような警察ピラミッドの上層にいる者の強大な権限など、ほとんどない。
 形骸化した役職であり、いざと言うときの詰め腹要員だった。
 彼らにある数少ない権限も、実はその詰め腹と裏表の関係にあった。

 だがこの田岡の漆黒に対する嫌みは妥当だった。
 もし、漆黒の取った今回の処置が、レオンの追っている事件と関係していなければ、あるいはドク・マッコイへの連絡が少しでも遅れていれば、中央情報局が出てくることもなく、彼はその事で即刻、懲戒免職になっていただろう。
 そうなれば、漆黒は元の野良クローンに戻っていたはずだ。
 野良クローンは、闇の世界に逃げ込んでそこで一生を送るか、処置場に送られて解体されるかだ。

 漆黒は、いくら相手の精神状態が不安定だったとはいえ、民間人に向かって発砲している。
 これを「危ない橋」と呼ばないでなんと表現するのか。
 あるいは、彼がクビにならなかった本当の理由は、この部屋で落ち合う事になっている政府捜査官の影響力かも知れなかった。


「ところで、あんたのピギィは、どうしたんだ?」
 レオンの陰のように、いつも彼に寄り添っているはずの豚男の姿が、ずっと見えなかった。
 漆黒は思った以上に、スピリットの存在を気にし始めている自分に嫌気を感じながらレオンに聞いた。

「奴は、俺との任務の途中で、頭のさっきちょからゾンビどもに食われちまった。」
 漆黒は、被弾してもしばらく動き続けていたペネロペの形相を思い出して、思わず言葉を失ってしまう。
 鷲男に至っては、ゾンビのバイブレーションに触れただけで精神的な暴走を始めたのだ。
 ゾンビとスピリットは最悪の相性を持っているのかも知れない。

「おいおい、冗談だよ。ピギィは今、調整漕でプカプカ浮かんでリハビリ中さ。その原因はどっかの馬鹿野郎が、ピギィがこの俺のご機嫌伺いばかりをしてると、ドク・マッコイに告げ口しやがったからさ。」
 『あんたをサシたのは、この俺さ。』と思わず漆黒は口を滑らせそうになったが、黙っていることにした。
 この男は、そういった冗談の通じる相手ではない。
 それに、この件でレオンと漆黒の間に入っているのがマッコイなら、いや『正常な時のマッコイなら』、ピギィについての情報提供者を、こいつにばらすような事は決してしない筈だ。黙っていれば判らない。
 ましてや今後の展開を考えれれば考えるほど、このレオンとは仲違いをすべきでないと思われたからだ。
 
「そういうお前さんのスピリットの方はどうなんだ?」
 レオンは腹の出っぱりをものともせず、そのまん丸の顔を、下から突き上げるようにして漆黒に向けた。
 『いったん暴走しかけたスピリットが、ドクに回収されたらどうなるか?』
 スピリットを預けられた人間が、そういう点に興味が湧かないわけがない。
 おまけにレオンは、ピギィに首ったけの人間だ。

「完全に復調したそうだ。しかもおまけつきでね。漆黒君のスピリットは、訓練不足で喋る事が出来なかったそうだが、あの後、簡単な単語なら発声出来る様になったらしい。」
 田岡が再び二人の話に割り込んでくる。
 重要な情報は全て自分が知っているんだと言わんばかりだった。
 政府直属の捜査官をこの部屋に入れる前に、会話の流れのリーダーシップを取りたかったのかも知れない。
 田岡もやることが、第七統合署署長の蔡に良く似ていた。 
 漆黒は、田岡の口を殴りつけたくなる衝動に駆られた。
 田岡の言いぐさでは、鷲男をしゃべれなくしていたのは、自分の責任の様に取れる。

「ひょう!そいつはすげぇな。人間で言うと、いわゆるショック療法って奴だな。今回のトラブルで俺たちはスピリットについて、これで三つの重大な発見をした事になる。」
 そんな田岡を無視して、レオンはあくまでも自分のペースで話を進める。

「一つめは、スピリットの暴走は、『非常に精神的なテンションの高い状態にある人間』と共鳴して起こるって事だ。」
「えっ?暴走はスピリットの過剰な防衛反応が引き金になるんじゃないのか?」
 田岡が素っ頓狂な声を上げた。
 この分だと、田岡は漆黒の報告書を読んだ時点で、勝手に『スピリット暴走過剰防衛反応説』を自分の頭の中で作り上げていたのかも知れない。

「署長さん、困るな。いくら署の番号が違うからって、部下が上げた報告書は詳細に目を通さないと。あの場面では、スピリットの方が圧倒的に有利な筈なんだ。ペネロペ・アルマンサの変わり果てた姿を見て、パニックを起こすのは人間だけで、スピリットがゾンビに恐怖を感じる謂われはどこにもない筈だ。署長さんは、スピリットの戦闘能力の高さが、どれぐらいあるかまだ判っていないんじゃないかな?女ゾンビなんて赤子同然だ。」
 所属こそ違え、レオンの階級は田岡よりずっと下だった。
 そのぞんざいな口の利き方には、何か別の力関係がこの二人に働いている事をうかがわせた。

「スピリットたちは、人間の側にいるだけで急速に精神が発達する学習機能が組み込まれているんだ。そいつが、学習ターゲットとして組み込まれていない対象であっても、人間に似た何者かが、超ハイテンションの精神活動や、異常な精神パターンで活動していたらどうなるか、、。今回のは、その証明みたいなもんじゃないか?」
 レオンの物言いには、遠慮がまったくない。
 所轄に縛られないで広域捜査が出来る特権だけでは、階級的に上の田岡にこのような態度はとれない。
 やはりレオンは田岡の個人的な弱みか何かを握っていて、それを脅しに使っているのか?漆黒はそう考え初めていた。

「あんたの言う、二つめは、なんなんだ?」
 『そして、こいつは、ただの公安のくせして、なんでこんなにスピリットに詳しいんだ?』
 漆黒は、次第に不機嫌になっていく自分の心を感じながら、レオンに訪ねた。

「さっき言ったろうが。ショック療法が有効だという事は、スピリットたちの精神構造がやっぱり人間のそれに近いということさ。ドク・マッコイたちは、しきりとそれを否定して、なにかスピリットたちを別枠の神秘的なものに仕立て上げたがっているが、奴らはやっぱり亜人類なのさ。」
 ・・・亜人類。
 その発言の後、室内にしばらくの沈黙が訪れた。
 誰かが、レオンの発言を回収しなければならない。
 亜人類の単語は、公用の場では「きれいな爆弾」に次ぐ、禁句中の禁句だ。
 それどころか一般社会でも自然発生的に忌避され続けてきた言葉でもある。
 「亜人類」も「きれいな爆弾」も、人々に直接的な恐怖心を呼び覚ます言葉だったからだ。

「レオン君。今のは、まずいんじゃないかな。今後、そんな言葉が、君の口から出てくるようなら、この部屋を、君の『管轄違いの上司』が来るまでの待合室として提供できなくなるが、それでもいいかね。」
 漆黒も、それだけは田岡と同意見だった。
 確かにレオンは調子に乗りすぎている。
 『亜人類』
 今のは、この場では絶対に禁句だ。
 レオンにもその雰囲気が伝わったのか、彼は、彼のほとんどない首をすくめた。

「それなら急いで三つめだ。スピリットの成長は、やっぱり飼い主の能力に左右されるという事さ。」
 漆黒が、自分に対するレオンの当てこすりが再び延々と続くのだろうと覚悟を決めた時、彼ら三人が待ち続けていた人物、jp.CIA 中央情報局所属の捜査官が登場した。




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