精霊捜査線・錬金術師達のマリオネット パラケルススの魔剣と天国にいる敵

Ann Noraaile

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第2章 スラップスティックな上昇と墜落

22: 転落寸前

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 漆黒は、見てくれよりも実質を選んだこの架橋の設計者に感謝すべきだったろう。
 車の左前方部分をグシャグシャにしながらも、橋のフェンスは車の河への落下を辛うじて抱き留めたのだった。
 漆黒は、遠ざかっていく大型セダンのテールランプと、鷲男の閉じられた目にかかった薄膜を交互に見つめた。

 鷲男の危険性を教える肉体的な変化は何処にもなかった。
 というよりもそのサインが、鳥類の頭部では漆黒に発見できる確率は極めて低かった。
 それでも、鷲男がパニックに陥った自分の醜態を他に見せること自体が、非常事態である事を漆黒は知っていた筈だ。
 漆黒は恥じた。

 漆黒は傾いた車の中、コンソールから飛び出してブラブラしている車載電話をひっつかむと、手近な統合署ではなく、ドク・マッコイに教えられていた緊急用番号を打ち込んだ。
 ドク・マッコイは奇跡的に一度のコールで応答し、『緊急処置の仕方を教えろ』という漆黒に対し、『私が迎えに行くから待っていろ』と答えた。

「いいか、何もしなくていい。ただ側にいてやってくれればいいんだ。三十分だ。三十分でそこにいく。他への連絡を含めて、何もするな。いいね!」
 漆黒は、ドク・マッコイの住所さえ知らない自分に気付いた。
 彼が打ち込んだ電話番号は個人用の移動電話番号だった。
 直ぐに繋がったのは、そのせいだ。
 それは判る。

 しかしドク・マッコイが、『たまたまの偶然で』彼らの近くにいる事自体が信じられなかった。
 三十分でこちらに到着出来る。ドク・マッコイは近距離にいる。
 車の状態をみると、車体が食い込んだフェンスは丈夫そうで三十分なら持ちこたえる可能性があった。
 だが三十分という時間は、鷲男にとって長すぎるかも知れない。

『三十分だと?やはり地元の警察に応援を呼ぶべきか。それとも今からでも、なんとか車を動かしてどこか手近の病院に鷲をかつぎ込むか?』
 鷲男は意識を失った今でも、強くハンドルを握りしめたままだった。
 きっと最後まで危険を回避しようと思ったに違いない。

 それからの数分間、漆黒は救援を渇望し、いてもたってもいられないで、斜めにフェンスにめり込んだ車から這い出しては、架橋をこちらへ向かってくる車に回転灯がついていないかを確認し、再び鷲男の顔を観察しに戻るという繰り返しをした。
 その間、架橋を通る一般車で、彼らの側に車を寄せたものは一台もなかった。
 例えあったとしても車の中で意識を失っている鷲男を見れば、逆に余計なトラブルを引き起こすのは目に見えていたが、それでも漆黒は世間の無関心さに腹を立て始めていた。
 『そういう姿勢が、結局は自分たちの首を絞めていることに気付かないのか?』

 何台目かの無慈悲な車が、彼の側をものすごいスピードで通過したとき、それに負けない強風が彼の頭上から叩き付けてきた。
 それほどドク・マッコイの乗るヘリは、静かに漆黒の元にやってきたのである。

 ヘリはフェンスに激突して辛うじて橋の上に止まっている車と同じ高さの空間に、信じられないほどの精密さで静止した。
 つまり橋の外側、河の上の空間である。
 ヘリは次にスポットライトを漆黒の車に照射した後、自らの横腹を上下に開け、中から水平方向にのびる幾つかの金属製の梯子をせり出させた。
 金属製の梯子の先端には緊急用のストレッチャーと、二人の男が梯子から垂直に立ったバーの様なものにしがみついているのが見えた。
 そのうちの一人には、見覚えがあった。
 ドク・マッコイ、その人だった。
 漆黒は腕時計を見た。
 随分時間が経過したようだが、実際にはドク・マッコイの約束した三十分が、きっかり経過していただけだった。


 ジェットヘリは素晴らしいスピードで夜空を滑っていった。
 眼下には、都市の明かりが宝石を散りばめたように見える。
 月並みな表現だが、そうとしか言えなかった。
 この光景には、いつも人間の何かを惹きつけるものがある。

「君のスピリットは、驚くべき成長を示しているよ。」
 漆黒が押し込められているヘリの空間へ、ドク・マッコイが、そこらじゅうの出っぱりから頭を庇いながら入り込んできた。
 おそらく、ヘリ内の鷲男を応急処置した空間か、操縦席あたりからやって来たのだろう。
「どういうことです?」
 自分が又、精霊に対して同じようなヘマをしたと思いこんでいる漆黒には、思いも掛けないドク・マッコイの言葉だった。

「彼は自分で、自分の意識を遮断したんだ。この前、自分を襲ってきた『共鳴を原因とする暴走』をくい止めるためにね。その結果、車は運転手を失いスピンした。おそらくスピリットは、大事故にならないように計算したブレーキングも咄嗟に使ったはずだ。君は、彼の出したサインに気付かなかったのかね?彼はそんな事を同乗者がいる中で、単独で行ったりはしない筈だ。」

 漆黒は、そう言われて深く羞じた。
 やはり、あの時だ。
 あれがそうだったのか、、。
 鷲男は前のように単純に暴走したのではないのだ。
 鷲男が自分に対して命令口調で、「ハヤクシロ」と言ったではないか。
 そして、あの時、カメラから目を離して鷲男の様子を確認していれば、おそらく、あのモーテルと同じ様な前兆を鷲男に確認できていたはずだ。
 そしてそんな愚かな導師の為に、鷲男は自ら意識を遮断すると同時に、避難行動まで取っていたのだ。

「しかし、一体、彼は何に共鳴し始めたんだろうね。彼の側には、君しかいなかった筈だが。」
 漆黒は、ふいに教主がこちらを向いた事を思い出した。
 その後、鷲男の様子がおかしくなり、やがて教主の目が黄色く光って、車がスピンした。
 漆黒はその下りを、詳しくドク・マッコイに話した。

 一部始終を聞き終えたドク・マッコイは、悩ましげな表情を見せた。
 歌うようなマッコイ・黒く沈んだマッコイ・切れるようなマッコイ、色々な感情の波を『それも激流による波』持つマッコイだったが、このような表情を漆黒に見せたのは、初めてだった。

「それは大変興味深い話だね。この事は精霊計画の中での最大の課題になるかも知れない。ところで漆黒君。その映像のメモリは確保してあるんだろうな?私も是非、その教主とやらの顔を見たいものだ。」
 再び漆黒は、恥じなければならなかった。
 漆黒は、メモリを車に置き去りにして来たのだ。
 鷲男のせいで気が動転していたことは、言い訳にはならない。
 第一、鷲男がこうなったのは、教主の映像を撮影したことに原因があるのだ。

「今すぐ取りに帰ります。奴らが念の為にと思って引き返してくる可能性だってあります。その前に回収する必要がある。きっと俺達に見つかってはいけない誰かが、あの車に乗っていたんだ。」
「うむ。だがここまで飛んで来て、あの橋に引き返すのは不可能だ。それにスピリットは応急処置を施したのに過ぎない。もう時間的な余裕もない。、、、メモリを回収する作業は、私が手助けをしてあげよう。おそらくあの地域なら私でも何とかなるだろう。」
 ドク・マッコイは、そう言い残すと操縦室へと移動していった。

 ヘリの丸窓から、夜の闇の中に宝石をぶちまけた様な、光の密度の高い地域から、真っ黒な天空に向かって赤いルビーの滴が連なって天空に伸び上がっているのが見えた。
 それが、巨大静止衛星ヘブンへの階段・シャフトだった。




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