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第2章 スラップスティックな上昇と墜落

21: 橋の上の盗撮

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 鷲男が追跡する、黒塗りの大型セダンは、第二統合ブロックを南北に二分するグワダガンガ河の巨大架橋にさしかかり始めた。
 中央分離帯を挟んで、お互いに6車線ある。
 だがその規模の割には、照明灯は申し訳程度の数しかなく、眼下の闇に横たわる大河の上で架橋自体が何か不思議な物体のように見えた。

「容疑者達の撮影チャンス、です。マッカンダル以外にも、教主が同乗、していると思われます。」
 そう言った鷲男は、車線が増えたのを利用して、横に距離を空けそれとなくセダンと併走するつもりらしい。
 黒塗りのセダンの窓はすべてシールドされており、中にいる人物は誰一人として視認できなかった。
 しかし鷲男の目には、なんらかの識別方法があるのかも知れない。

「ちっ。負うた子に教えられとはこの事だな。」
 漆黒は足下の道具箱から、ごそごそとやって、一台の多機能ビデオカメラを引っぱり出してきた。
 寸を詰めたショットガンのようにも見える。
 漆黒はビデオカメラのパットプレート部分を肩に当て、レンズがあるマズルをセダンに向ける。
 途端に、本体の背中から透明液晶ファィンダーがパチンと立ち上がった。

 このカメラは、赤外線センサー等、その他ありとあらゆる機能が搭載されており、今、正に漆黒が出くわしているような状況下で、決定的な映像を撮るために開発された機械だ。
 片手でとは言えないまでも、比較的小さなサイズに収まっているのは、このカメラに飛躍的な透視性を与えるデバイス群を、刑事用公用車に積み込まれた他の情報収集機能から流用しているからだ。
 そのリンクから切り離される、車体から持ち出しの単独使用では、それほどには役に立たない。

 目下、警察の最大のライバルである警備会社ユニオンの装備は、単機能の軽量な装備を、種類とその数多さでカバーしている。
 それは国家権力の象徴である警察よりも格下だったという、彼らの出自の名残だろう。
 装備備品に限っては、どちらが優れているとは言い難いが、それを使う組織の現状は警備会社ユニオンが圧倒的な社会的支持を得ているのは皮肉だった。

「鷲。今、あの車に乗っているのが教主だと、どうして判る?ああいった宗教団体は、組織体として代表者一人をリストに乗せておけば、他の人間のIDを宗教法人データベースに記載する必要はないんだ。こっちに来る前に調べたじゃないか。表だって顔・名前・肩書きを公表しているのは、数人のガラクタばかりだった。俺達には、教主なんて顔どころか性別も判らないんだぞ。」
「その人物、は顔を隠していましたが、車に乗る前、にマッカンダルが、彼のためにドアを開けました。」
「たった、それだけか?マッカンダルが敬老精神を発揮して、仲間の高齢の神父の為にドアを開けてやっただけかもしれんのだぞ。」

「感じました。人間、にしては異様な周波でした。」
「人間にしては異様なバイブレーションだと?そいつがか?」
 鷲男との会話を続けながら漆黒は、助手席から隣の位置に見え始めたセダンの後部座席をカメラで狙った。
 そしてカメラに、囁きかける。

「頼むからまともに動いてくれよ。お前さんたちは、一時、我らが警察の切り札だった時もあるんだ。」
 警察が、民間の警備会社やバイオアップ変容者との諸々の関係で弱体化し始めた時、まず始めに採られた警察の再建策は、ハイテク機材導入による警察官の少数精鋭化だった。
 例えば、動く科捜研マシン「オルフェウス」等がそうだ。
 漆黒達が今使っている警察車も見かけは平凡だが、最新のガジェットが多数搭載されている。
 こういった合理化は、慢性的に悪化していた警察内部の人的腐敗を、強制退職排除によって粛正するという側面も持っていたのだが、、、。

 結果は、総てが裏目に出ていた。
 ただその時代に導入されたデバイスやシステムだけは、未だにあるべき所に納まり続け、自らが再び使われるのを待っていたという訳だ。
 それらは四半世紀たった今でも、十分、捜査上通用するものばかりだった。
 問題は、それらを常時メンテナンスするだけの人員がもう警察には残っていないという事だった。

 カメラのビューファインダーが、熱源を辿って人影のコントラストを映し出し始める。
 実際にはカメラにリンクしている車載コンピュータが、もっときれいな画像を解析しているはずだ。
 人物の形は、次に色を持ち始めた。
 ゆったりとしたセダンの後部座席の中央にいるのは、フードを被った白人のようだ。
 教主か?

 その両脇を固めるように座っているのが、手前がアジア系女性、奥が黒人だった。
 マッカンダルは、その特徴的な銀髪があるから、漆黒の斜め後ろからの撮影でも、助手席に座っているのがすぐに判った。
 運転手は大柄だが白人女性の様だ。
 胸が異様に大きい。

 突然、後部座席の中央に座っていた白人が此方を向いた。
 こちらの追跡を認識している様子だった。
 恐ろしい程の勘だ。

 漆黒の皮膚に鳥肌が立った。
 続いて他の人間達も自分たちが監視されているのを気づきだしたようだ。
 大型セダンが漆黒の車に幅寄せを始める。
 相手は銃か何かを持ち出したい所だろうが、それを発射するためには、窓を下げなくてはいけない。
 彼らはそれを避けているのだろう。
 要するに、彼らはまだ自分たちが撮影されているとは思っていないのだ。

「ハ・ヤ・ク・シ・ロ。」
 鷲男が奇妙な口調で短く鋭く言った。
 この時、漆黒はファインダーから目を離し、スピリットの様子の変化を確認するべきだったのだ。

「後、もうちょっとで画像が鮮明になる。心配するな。俺達のは、警察の隠密車なんだ。これぐらいの攻撃でなんとかなる事はない。」
 そう言いながら漆黒はファインダーの中から・いや相手の車から、強烈な何かが照射されてくるのを感じた。
 そして此方を見つめている後部座席の中央の白人の両目が、その力の源であることに気付いた。

 『おいおい、嘘だろ!目から光線なんてのは止めてくれよ!』
 その目はファインダーの中で、黄色に鈍く光り始めていた。
 その光が強く増したと思った瞬間、漆黒の身体は、車内部の反対側に遠心力で投げ出された。
 漆黒は世界が激しく回転したと感じた。

 実際には、彼らの車は、架橋の真ん中で激しくスピンを起こし、数百メートル下に広がる夜の河にフェンスを突き破って落下して行くところだったのだ。





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