精霊捜査線・錬金術師達のマリオネット パラケルススの魔剣と天国にいる敵

Ann Noraaile

文字の大きさ
26 / 89
第2章 スラップスティックな上昇と墜落

25: 羊男のアルガリ

しおりを挟む

 羊男のアルガリは、太さが50センチもある自慢の角の表面に指先を当て、その感触を味わいながら指を滑らせていく。
 角はアルガリの頭頂からやや後方に伸び、ほぼ1回転し先は外側へ向かっている。
 その先端の丸みを指先の感触で確認し、次に胸元のネクタイの結び目の具合を指で調べる。
 アルガリはネクタイの歪みが少し気になって、自分の乗ってきた車のサイドミラーに屈み込んで、それを直す。

 周囲は、橋の乏しい照明灯の光しかない夜の暗さだが、視力を強化されているアルガリには、なんの問題もない。
 角に触る、ネクタイの状態を確認する。
 それはアルガリの癖というのか、大切な仕事をする前の儀式のようなものだった。
 あるいは、警官などの職業人の導師を持たないフリーの精霊、精霊プロジェクトの中でも特殊な位置づけのスピリットとしての自尊心が、アルガリにそうさせているのかも知れない。

 アルガリの数メートル前に、ドク・マッコイから指定された警察車両が橋の防護柵に抱き留められて停止している。
 任務はこの車の中から、警官達がパパラッチショットガンと呼んでいるカメラと、その記録データを回収する事、アルガリの普段の仕事と比べると簡単なものだ。
 だがこの任務の依頼者が、ドク・マッコイである事を考えると、内容は簡単でも、その位置づけは高かった。

 アルガリが自分の車から離れ、数歩歩み出した時、接近して来た大型セダン車のヘッドライトの光が彼の背中に照射された。
 アルガリのトーテムは羊だが、そのモデルは野生種なので、彼の頭部に生えている体毛は縮れてはおらず美しい毛並みの短毛である。
 それがヘッドライトの光に照らされ、綺麗に輝く。

 アルガリは、やって来た車から降り立った人物に正対した。
 開いたドアの位置から考えると、先ほどまでこの車を運転してきた人物のようだ。
 車を止めてもヘッドライトを消さない所から、この人物の用事は直ぐに済むものと思えた。
 あるいは、、。

 アルガリの横長スリット型の瞳孔奥にある暗視機能が、ヘッドライト光を直視するという状況の調整を終えた。
 そこに浮かび上がったのは、ビキニスタイルにブーツという娯楽女子プロレスに登場するようなコスチュームに身を固めた大柄な筋肉質の女性だった。
 アルガリの身長は2メートル程あるが、女性もそれに負けていない。
 筋肉質だが、男性的というわけではない。
 赤いエナメルの光沢を持つビキニやブーツがよく似合っている。
 長く豊かな髪の色は黒、瞳は青。

「これは、これは。」
 アルガリは気障な仕草で肩をすくめてみせる。
「何?あたしに何か問題でもある?あんたの頭の方が、よっぽどイカれてるんだけど。」
「いや、失礼、で、何か私めに用事でも?」
 女は仁王立ちの状態で腕組みをした。
 そのせいで元から大きい乳房が盛り上がり、胸の谷間がより強調されていた。
 もちろん彼女は、それをアルガリに見せつける為にやったのではない。
 この間、目の前の羊男という「障害」についての値踏みをしていたのだ。

「そこをどきな!あたしが何をしようと、あんたにゃ関係ない。」
 アルガリの値踏みが終わったのだろう、女が一直線に進み出した。
 その先には、当然、警察車両がある。

「仕方、ありませんね。」
 アルガリが女の進路を塞ぐ。
 アルガリには精霊としての嗅覚がある。
 相手の属性が判別できるのだ。
 亜人類と人間、ノーマルな人間とバイオアップ、サイボーグと人間、それらの違いが瞬時に嗅ぎ分けられる。
 アルガリに判別できないのは、人間と生成レベルの高いクローン人間の差だけだった。
 目の前の女性は、亜人類でもバイオアップでもサイボーグでもない。
 残るはクローンか人間か、、だがクローンであったとしても、その身体能力強化には限界がある。
 精霊の自分には敵わないだろう、アルガリはそう判断していた。

 女がアルガリの間合いまで入ってきた。
 途端に、女の右脚のブーツがうなりをあげて、アルガリの側頭部に蹴り上げられて来る。
 アルガリが優雅に、それを左肘でブロックする。
 バスン!という音が夜の闇に響く。
 アルガリの左腕を包むスーツ生地が妙な具合によじれている。

 『ああ、これで、このスーツは駄目かも。仕立てが良くて、気に入っていたのだが。』
 とアルガリは悠長なことを考えている。
 今度は、女がアルガリの角を掴みにかかってきた。
 女の右手が、アルガリの角の先端に触れそうになった。

 これにはさすがにアルガリも苛立ちを覚えたのか、今までのように女を軽くあしらおうとはせず、その右手をつかみ取って捻り上げようとした。
 その程度の事は、アルガリの身体能力なら簡単な事だった。
 実際にアルガリは、女の右手首を掴み捻り上げ、彼女の身体を確保しようとした。

 だがアルガリは、自分の手を押し返そうとする、思わぬ強さの女の腕力に、力試しをしたくなった。
 礼儀正しいアルガリは、そんな言葉遣いはしないが、要するに「ムカついた」のである。
 『女のくせに、何故、私に逆らう。』
 技ではなく、圧倒的な力を見せつけて、それによって相手を屈服させたいと思ったのである。
 その感情は加虐的衝動と言って良いもので、本来、精霊には似つかわしくないものだったが、アルガリはこれを、彼の「特別な導師」から学び取っていた。

 それが、いけなかったのだ。
 アルガリの気持ちが一瞬、女の手の力に傾いた瞬間に、今度は女の左手が横殴りにアルガリの頭を打ってきた。
 それは、腰も入らないただ闇雲の平手打ちのように見えたが、どういう仕掛けか、それを払おうとするアルガリの手を「通過」したのだ。
 通過の瞬間、アルガリの手に激痛が走った。
 アルガリの手に通っている全ての神経が、細かく寸断された。

 何故かアルガリは、料理の大好きな彼の導師がジャガイモを裏ごし器に掛けている姿を思い出した。
 そしてミンチマシーンから押しつぶされて、ニュルニュルと金属の穴から出てくる肉の姿。
 アルガリの手を、霧のように通過した女の手は、その勢いのまま、次に角をすり抜け、最後にアルガリの頭部を「通過」した。

 暫く、アルガリは女の右手を握り込んだまま、突っ立っていたが、やがて巨木が倒れ始めるように斜めに傾いだ。
 倒壊を防ぐ最後の支点だったアルガリの握っていた女の手首が、一瞬、霞になった様にブルリと震えた。
 するとアルガリの手は霧を掴んだように空手になり、支えをなくし地面に倒れた。

 アルガリは、点滅しながらちりぢりバラバラに霧散していく自分の最後の思考で、この女が何故こんな露出度の高い服装をしているのかを理解した。
 一度目の彼女のハイキックが自分の身体を、それこそ「通過」しなかったのは、ブーツがあったからだと。
 ・・・しかし、この女との力比べ、、あれは最後までやりたかった。
 この女を原始的な力で屈服させる事が出来たら、どんなに気持ちが良かっただろう、、、。。
 この女の屈辱と苦痛に満ちた顔が見たかった。
 アルガリが考えられたのは、そこまでだった。
 アルガリは偶蹄目の瞼を静かに閉じた。


 『お前のような汚れたものが、ロアの守護者である、あたし達『灰と死の鬼神』に勝てる訳がないだろう。』
 女は倒れたアルガリを一瞥すると、それを塵のように跨ぎ超えて、漆黒の警察車両に向かって歩き出した。

 仕事を終えた彼女のその手には、刑事が使ったというパパラッチショットガンが握られている。
 自分の車に戻りながら、女は橋の道路面に横たわっている羊の頭を持った男を一瞥した。
 『教主様は何でもお見通しだ。そして鴻巣神父は、このあたしに素晴らしい身体を下さった。お陰でこんな化け物を退治できる。』
 女の手が「通過」したアルガリの頭部全体から、ようやく血が滲み出しつつあった。
 しかし無数の極微の穴だ、アルガリの体内の血を出し切るまでにそれは凝固してしまうだろう。

 女がこの橋に引き返して来て、教団の車を止めてから数分も経っていない。
 女は車のヘッドライトを、付けっぱなしにしておいて良かったと思った。
 女には亜人類のような超視覚がなかったからだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
 2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。  死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。  命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。  自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...