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第3章 永き命、短き命
30: ハリウッド・バビロンのような
しおりを挟む「奴は、ある人間のダミーとなる為に、この世に生を受けた。昔流行った特殊な言い方だ、『入れ替えっ子』と言って判るかな?ガレック・ムルトバの為に生まれた『入れ替えっ子』だよ。奴は、偉大なチャンピオン、ガレック・ムルトバと絶世の美女スージー・カトーの間に生まれた悲運の子、ガレック・アレクサンダリオのダミーとして生まれた。」
「ガレック・ムルトバ?現代ボクサーのか?」
漆黒は「現代」という言葉に力を入れた。
ガレック没後、数十年後、ボクシングはもう以前のボクシングと呼べる競技ではなくなっている。
本当は「現代」ではなく「廃絶競技の」という言葉が相応しい筈だ。
肉弾戦スポーツなど今の時代には、なんの意味もないのだ、、。
「ほほう。我らが刑事殿は、ムルトバの事を知っていてくれたか?」
張果の瞳が微かに煌めく。
ムルトバの時代は、人類に訪れた最後の黄金期だと言われている。
同時にそれは張果が、長寿の恩恵ではなく、生身の身体でもって、もっとも栄誉を極められた時代であったに違いない。
かっては張果も、「普通の悪党」であった筈だった。
「ムルトバは最強の現代ボクサーであると同時に、何処か影のあるハンサムなボクサーで有名だった。当時はそのニヒルさが受けた、だろう?」
漆黒は自信なさげに言った。
別段、漆黒の常識が不足していたわけではない。
むしろ漆黒は、この血なまぐさい野蛮なスポーツの事をよく知っている人間の部類にはいる。
「その他、事業家への転身の成功、犯罪者への転落、悲恋、不幸。色々あった、、。スポーツ選手ってのは、それをやってる期間が短い、でもそれに反して人生は長い、だから色々な事をやらなくちゃならんのだ。ムルトバは一瞬だが、第二の人生にも大成功した。そして奴は常に美しかった。強かった。彼はあの当時の男達のすべての憧れであり、模範だったのだ。」
張果は憧れるような口調で言った。
長寿族にも懐かしめる過去があるという事だ。
「奴は、チャンピオンに登り詰めて、全ての男が望むものを手に入れた。スージー・カトーという女優のやり方を、知っているか?彼女はメディアという媒体にいっさい自分の姿を乗せなかった。信じられんだろう?彼女はそういう方法で自分の美しさを、富と権力に変えたのだ。彼女を見るためだけに、男達は大金を積まねばならなかったんだ。この世の中には、そんな美しさがあるのじゃよ。そしてムルトバは、そんな女を手に入れ、彼女との間に子どもまでもうけた。」
そこまで喋って、張果は夢から覚めたような表情に戻った。
「、、まあ、女の方は伝説だけの話だ、、。彼女も結局は闇の住人だった。それが『入れ替えっ子』の話に繋がる。」
遙か大昔、画像としての記録媒体が十分でなかった頃の美女たちは、人の記憶の中で伝説となり概念としての美人になりおおせた。
『鼻が後数センチ低ければ歴史が変わっていただろう。』と人々に言わしめた女性もいたのだ。
スージー・カトーもそれによく似ている。
しかし彼女の場合、似てはいるが完全にはそうはならなかった。
スージー・カトーは戦略としてメディアに乗らなかった。
だが、この時代のメディアは十分すぎるほどに強力な存在だった。
メディアにのらない者は普遍性を獲得できない。
この時代の「本物の伝説」にはなり得ないのだ。
スージー・カトーの奇を突いた戦略は、半分しか成功しなかった。
現にスージー・カトーの名は、誰かが意識して思い出さない限り、この世界に決して現れる事はない。
「闇の住人だって?悲劇のヒロインだろ?スージーの全てを、ムルトバが独占欲から囲い込んだと言われているんじゃなかったか?スージーは、やがてそれに嫌気がさして、別の男に走った。怒り狂ったムルトバが二人を殴り殺した。確かそんな話だったと記憶している。」
「よく知っているな?そんな話をどこで知った?やっぱりあんたは、大昔のボクシングのマニアなのか?」
今の世の中、男同士の殴り合いを興奮して見るのはかなりの変人だ。
「これは俺の職業柄知り得た話だ。おそらくこんな話は、警官や犯罪者、そういった類の人種でなければ知りもしないだろう。世の中の人間は、成功して煌びやかに輝いている女にしか興味はない。自分もそうなりたい、なれるかも知れない。あるいはそんな女を抱きたい、、。」
漆黒はようやく自分の記憶がどこから来るのか思い出した。
ウエストアンダーワールドの古株の売春婦から聞いた話だ。
スージー・カトーは、『女優を目指している若いクラブ歌手、そしてその実質は、高級売春婦、そんな彼女をある高名な男が一目惚れをして、、』たしかそんな出だしから始まる怪しげな暴露話に登場する女性だった。
その末路は相当悲惨だったらしい。
「いいや、そうでもないさ。他人の不幸は蜜の味と言うじゃろ。当時は大ゴシップだった。ムルトバがメディアに箝口令を引いたんだが、その頃既に、彼の権力と富には陰りが差し始めていたからな。」
「それなら、今でももう少しその話が、世間に広まっていても不思議じゃないはずだがな、、。」
「それはムルトバが最後の最後まで、つまり彼が完全に破滅するまで、このゴシップをうち消す努力をしたからだよ。いや違うな。死んでもなおと、言うべきか、、。彼は、独房内で頭を壁に自ら打ち付けて果てたんだが、、その前に、自分の持っていた闇金を、自動的にある目的のために使うように細工をしておいたんだ。」
「話が、見えないな、、。」
「全ては、ムルトバの一粒種というか、一粒種の替え玉の為さ。彼はこの子を守るために、それこそなんでもした。母親のゴシップを最後の最後まで打ち消そうとしたのも、その為だ。」
「その『入れ替えっ子』って、なんの事なんだ?」
「まだ判らないのか?今、君たちが相棒にしているスピリットと同じ方法で創られた生命体の事だよ。」
スピットと同じ方法?それで人間を造ったのか、随分荒っぽいな、俺の世代ではないな。まさかクローン人間の第一世代か!?。
しかも長寿族。
漆黒は混乱した。
「クローン人間の定義もまだハッキリしていない、ヴェチノ裁判の前の話だよな、、。」
漆黒は苦い思いでそう言った。
「当然だ。ヴェチノ裁判の前、つまり知能のある生命体を作る『行為』が、犯罪と問われるかどうかより、それが生命に対する技術として、手を付けられていいものかどうか?の時代の出来事だったんだ。」
漆黒達の様なクローンが安定した技術で生み出されるようになったのは、つい最近の事だ。
漆黒の原体である漆黒賢治は、この技術を完成させた最大の功労者でもある。
彼がとんでもないクズ人間でなければ、漆黒賢治の名前は、何者かの手によって葬り去られる事なく、栄光に飾られていた筈だ。
「その頃は、今、国が管理しているようなクローン生成の為の精錬された生体ベースなんてものは、勿論、なかったんだろうな、、。」
漆黒は胸から酸っぱいモノがせり上がってくるような気がした。
生体ベースなどというと聞こえはよいが、どの段階の「ベース」も見ていて決して気持ちの良いモノではない。
その見た目は「赤ちゃん」でも「胎児」でもないのだ。
人間の原体が種なら「ベース」は、接ぎ木、あるいは増量材と言って良かった。
今でこそ、そうなのだから、おそらく技法が発達していない過去においては、そうとうグロテスクなものの筈だ。
それは錬金術師が造り出したといわれるホムンクルス生成のイメージに近い。
第一世代のクローン人間は、そうやって生まれた。
漆黒が生まれた最新世代は、生成の為の技術が大幅に改良されている。
「勿論だ。いやあったとしても、ムルトバはそれを拒否しただろうな。ムルトバは『取り替えっ子』を造るために、別のもの使った。」
「じゃ、ベースは、、。」
「、、動物じゃないよ。本人と母親の死体を使った。」
「それじゃぁ、、。」
張果は、漆黒を押さえるように一気に喋り始めた。
「伝わっている話じゃ、ムルトバは母親スージー・カトーと間男を高ぶる感情にまかせて殴り殺したとあるが、そんな事はない。男はまるで強大な破壊機械かなんかでなぶり殺しにされていたそうだが、母親の方はまるで眠っているように見えたそうだ。ムルトバのあだ名はドクだからな。彼があの綺麗な顔でチャンピオンになれたのは、人間がどこを攻撃されれば壊れていくのかを知り尽くしていたからだ。実際、彼は学位を取れるだけの医学上の知識を持ち合わせていた。それが彼の、最愛の一人息子を死から復活させるという奇想につながったんだ。いや、息子の事故死体は、解剖もされずにその日の内に冷凍保存されていたから、ムルトバはこういった状況におちいる前から、常々、この類の事を考えていたのかも知れないな。」
「頭が良かったのは知っている。チャンピオンを止めたあと、彼が起こした事業で彼は巨万の富を稼いでいるからな、、。どちらかというと今じゃ、ムルトバはそちらで有名だ。」
漆黒の知識に、張果は微かに頷いた。
「ベースに、いや今の生体ベースと一緒にして考えてもらっちゃ困るんだが、、。そのベースに息子の死体だけを単独で使わず、母親のものを混ぜたのはムルトバなりのスージー・カトーへの復讐だったのかも知れない。スージーは、普段から息子を意図的に可愛がらなかったからな。スージーは、そうやってムルトバを苦しめていたんだよ。」
『あんた。やけによく事情を知っているじゃないか?』
漆黒はその言葉を飲み込んだ。
張果を前に、刑事面しても仕方がない。
第一、この事で犯罪の事実が浮かび上がろうが、なかろうが、時効はすでに数回成立している。
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