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第3章 永き命、短き命
31: 入れ替え子
しおりを挟む「息子の意識クローンの生体ベースは、母親のものだったらしい。ソウルプリンターのある今とは違って、感情ロジックのコピーはある意味で、やり放題だったからな。良い風に考えると、ムルトバはそういう形で、自分が殺した妻をもう一度愛し直そうと思ったのかも知れない。、、まあ色々考えると、ムルトバは実に用意周到に、クローンベースとなる死体を作り出したという事になるな。」
「ちょっと待ってくれ、スージーは撲殺死体として、世間に認知されているんだ。つまり刑事事件だ。いかに昔の話だとはいえ、人間が火を始めて手に入れた頃の話じゃないんだぜ。その話は矛盾している。そんなのは無理だ。」
漆黒は警察における通常の手続きを思い出してみる。
数世紀前の警察であっても、張果が話すような段取りで、死体を手に入れることは不可能な筈だ。
まして息子と母親、二人の死体を使ってのクローン人間の生成など、あり得ない。
たとえそれがどんな権力者であってもだ。
張果はそんな漆黒を面白そうに眺めている。
「色々と考えるんだな?そうだよ。誰がやっても、自分が殺害した人間を生体ベースに計画的にまわすのは無理だ。犯罪が発覚しているという事は、死体の確認がしかるべき権力によって確認が出来ているという事だからな。殺されたのは『二組の男女』だ。スージーと間男が、撲殺死体で発見される前、彼らはしばらく失踪していた期間がある。言い方を変えよう。本物の方の彼らは、警察がそう認識する、ずっと以前に殺されていたんだ。あとの死体は、本人ら自身を金で買って騙した替え玉だ。ムルトバは2回、二人の人間を殺している。」
「、、狂ってやがる。」
「そうだ。ムルトバは狂っていたんだ。決定的だったのは一人息子の死だった。これも表向きには自動車事故となっているが事情をよく知る者は、母親であるスージーがちょっと気を付けていれば防げた事故である事を知っていた。みんなは、陰であれは母親の故意だと囁いていたんだよ、、。それにムルトバが気づかないはずがない。ムルトバは誰よりも息子を溺愛していたからな。ムルトバの狂気は、その時点で決定的になったんだろう。」
「で、その後、そのフランケンシュタイン・ジュニア君はどうなったんだ?」
漆黒はその陰惨な話をこれ以上聞くつもりになれなかった。
刑事としての本能は、今この時に、張果から事の成り行きを十分に聞いておく必要を訴えていたが、漆黒はその本能に従える気分ではなかった。
漆黒は、この話には今以上のドロドロした続編がある事を理解していたし、張果がそれを伝えられる事を直感的に知っていた。
だが、その話を聞けば聞くほど、逆に漆黒が写し取ったブゥードーの車の「主」の実像が遠のいていく気がした。
そして自分の生い立ちとの類似性、、。
刑事は犯罪者を逮捕するのであって、犯罪者が背負った背景を逮捕するわけではない。
逆のことをいう奴がいるが、そんなものはお人好しの戯言だ。
「ムルトバは自分が、警察からも自分自身の罪からも逃げられないことを知っていた。だから再生した息子を安全に成長させる手だてを講じた。この時点でのムルトバには、まだ有り余る程の金があったからな。だが、ムルトバが刑務所の独房の中で壮烈な自殺を完遂した暫く後、一人息子の闇の後見人は、その任務を放棄した。もちろん、その任務完遂にかかる費用を全て着服してな。一人息子は世間の荒波に放り出される結果となった。問題は、この子にIDと呼べるモノがまったくなかった事だ。そして彼自身の生い立ちに対する負い目が、彼を責め立てた。、、狂ったムルトバは、再生した息子との束の間の生活の中で、一つだけ大きなミスを犯していたんだ。彼は息子を愛すると同時に、息子の中にいる母親を詰っていた。それはムルトバの具体的な行為となって現れていたかも知れない、、。単純な幼児虐待じゃなかった。それがアレクサンダリオの深いトラウマになっていたのさ。」
漆黒は軽く肩をすくめただけだ。
フランケンシュタイン・ジュニアに、共感・同情するわけにはいかない。
そんな境遇だけなら、漆黒はいやになるほど知っているし、自分自身に当てはまる部分も幾つかはある。
「そうやって、入れ替え子のアレクサンダリオは、今まで自分を守っていた揺りかごのような安全地帯を追い出された。儂がアレクサンダリオについて正確に知っているのは、此処までだ。後は、風説に過ぎない。しかし、それから数年後に、アレクサンダリオが街で男を引っかけているのを見たことがある。ムルトバも綺麗な男だったし、スージーは絶世の美女だった。この二人の間に生まれた子、いや再生した子だ。綺麗だったよ。アレクサンダリオが生活手段として、その道を選んだのは究めて自然だろうな。もっとも最初はそうではなかったろうが、、。後、知っていると言えば、、、極めて強力な浮浪児集団が形成された街があって、、、確かイーストアンダーグラウンドにそんな場所があった筈だ。そのリーダーがおそろしくカリスマ性が強い綺麗な男だといった話だとかな、、。まあいわばそれは、その後の話の切れ端だ。」
アレクサンダリオはイーストアンダーグラウンドに流れ着き、俺はウェストアンダーグラウンドに捨てられてたってわけだ、と漆黒は思った。
もちろん、今となっては、どうでも良いことだと漆黒は考えていたが。
「、、なんで、映像の男が、いや教主が、奴だと判る?」
漆黒の口調は刑事のものに戻っていた。
「どういう意味だね?」
「あんたは長寿族だ。あんたはフランケンシュタイン・ジュニアの事を長寿族の異端だと言った。確かにそんな生まれなら、我らがジュニアは長生きをするだろう。だがあんたの話しぶりでは、あんたはフランケンシュタインのガキの頃しか知らない筈だろう。そんなあんたが、昨日今日見たばかりの画像で、どうして映っているのがジュニアだと判るんだ。?それとも我らがブゥードー教主はガキの姿をして映っていたのか?」
その時、漆黒の胸ポケットにあるストリングが鳴った。
その音色で漆黒が契約している保護回線である事が判った。
ストリングは最近ようやく手に入れたものだ。
漆黒の個人持ちの回線、今は二人の相棒にしか伝えていない。
鷲男とミスター・ファットことレオン。
鷲男はまだ漆黒のストリングに通話して来るほどには洗練されていないし、ドク・マッコイの元で、2度目の治療を受けているはずだった。
となると発信者はミスター・ファットという事になる。
彼は、自分が常に厳しい監視下に置かれている状況を充分に把握している筈だった。
その彼がよこした電話を無視するわけにはいかなかった。
漆黒は張果から視線を外さず電話に応答した。
相手はやはり、レオン・シュミットだった。
レオンは、何とジッパーのパーマー捜査官が漆黒達に直接会いたいという旨を伝える為に電話をよこして来たのだ。
のみならずレオンは、このパーマー捜査官が、「事件」から外されてしまった事実を漆黒に伝えて来た。
「急な野暮用が出来た。とにかくあんたには世話になった。それだけは、言っとく。」
漆黒が別れの挨拶をした。
「やれやれ、ついさっきまで噛みつきそうな顔をしておったのに忙しい男だの、、。」
張果はそう言って、ソファから腰を上げかけた漆黒を追い払うように、手を上下にヒラヒラと振って見せた。
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