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第5章 暗黒を狩る黒い真珠
52: 「頭脳探偵」と女刑事
しおりを挟む漆黒は貯まっていた日報と、ちょっとした調べ物をする為に、衆寒極市の分署へ出向いていた。
分署と言っても衆寒極市のものは別格で、下手をすると建物は、漆黒が勤めている第七統合署より大きいかも知れない。
特別任務という事で、日報の縛りは緩められていたし、検索レベルも捜査期間中は引き上げられているという事らしいから、それなりの待遇だとは言えるのだが、それでも署に足を踏み入れる時は、憂鬱にならざるを得ない。
毎日のように通う第七統合署では、その感覚が少し麻痺しているが、違う分署ではそれが如実に表れる。
自分が、野良クローンから飼い犬クローンになった存在に過ぎないことを、否が応でも思い出させるのが、この施設、この瞬間だからだ。
そして第七統合署長の蔡が、漆黒をこの任務に送り出す前に言った言葉も気になっていた。
「期間限定だが、君が今回この任務に就くに当たって、新しい相棒を与えるよ。なぜか職員達には頭脳探偵などという妙な噂が流れているようだが、正式のコードネームは”宝石のような思考”だ。きっと君の捜索活動の役にたつ筈だ。すでに認証は行われているから、君はいつものように、検索でもなんでもブースに入ってやることをやればいい。ただしその結果は、いつものものはまったく違うものになる筈だ。まあ”宝石のような思考”は、見方を変えると一種の思考補助システムのようなものだからね。」
蔡の言うことだから、全部が全部正確ということはない。
漆黒がひかかったのは、「新しい相棒」という言葉だった。
相棒という言葉が、漆黒を憂鬱にさせていたのだ。
それでも今回は、ちょっとした嬉しいサプライズがあった。
分署の奥から、タイトなパンツとショートジャケットに身を包んだ女性刑事が現れたからだ。
警官に女性は殆どいない。
男女差別というより、むしろ、警官は女性にとって最も割の合わない職業だったからだ。
漆黒の目の前に現れたのは、すこぶる付きの美人だった。
「ハィ!漆黒。仕事の方はどう?順調?」
小振りな頭部に大きな眼、ショートカットヘア、、多分可愛らしい声が出てくると期待したが、彼女から飛び出したのはガラガラ声だった。
というよりも人を威嚇しなれた声と、いった方が正しいのか。
「何処かで会ったかな?仕事の方は、まあまあってところだが。」
「あんたは私のこと、知らないでしょうね。私は街で、あんたを何回も見てるけど。特にクルージングストリートとかでね、ベィビー。あの時のあんた、結構、可愛かったよ。」
「、、俺は、あんたの縄張りを、荒らしてたってわけだ。」
漆黒は、彼女がブロンドのウィッグをつけ、娼婦かなにかの格好をして潜入捜査をしている姿を想像した。
「そういう事になるわね。まあ今回は特別任務らしいから仕方がないけど。出来るなら、さっさと仕事を済ませて、元の自分のねぐらに帰ってちょうだい。そこでマスかくのは、あんたの自由だから。」
喋っている内容は、いかにもすれた刑事そのものだが、それをこの容姿のオンナが口にすると、妙にチャーミングだった。
「ああ、そう努力するよ。でも俺なら、あんたが特別任務で、こちらに来た時には歓迎するな。その時は、いつでも連絡してくれ。」
「そうさせてもらうわ、じゃぁね。」
漆黒から離れていく女刑事に駆け寄ってきた人物がいた。
身体にピッタリした黒いレザースーツを来た蛇頭の女。
署内をバイオアップ処置者が、普通にあるける筈はない。
だとすれば、その蛇頭の正体は精霊しかない。
女の精霊が存在する、そして、その蛇女の頭部は蛇そのものではなく、果てしなく人間に近かった。
特別製か、、漆黒は軽い衝撃を感じていた。
ドク・マッコイは色々な形の精霊を作り出せたのだ。
そういえばあのアルガリもそうだった、あいつは既存組織の誰かについていなかった。
そしてこの人間に近いタイプの精霊は、何故か、まだ「回収」されていない、、。
女刑事は遅れてやって来た精霊の腰に腕を回しながら、ちらりと後ろを振り反って漆黒にウィンクを送った。
『あんた!あのショーパブのレズビアンショーの片割れか。マスクか何かをかぶって変装してたのか、、そりゃそうだよな、潜入捜査で地顔がばれちゃ困るからな、、。』
女刑事は自分の名前も名乗らず、そのまま行ってしまったが、漆黒は暫くその場所に立ち止まって、彼女が残した残り香を楽しんでいた。
それはどこか血の入り混じった香水の匂いだった。
検索レベルが引き上げられた警察データベースの結果を見つめながら、漆黒は軽い興奮状態に陥っていた。
もしかして蔡のいう”宝石のような思考”が裏で働いていたのか?
先ほどの女刑事との出会いといい、今日の俺はちょっとついていると思った程だ。
特に漆黒が目星を付けていたディモス・メルクーリ国会議員と、政治家一家と言われるメルクーリ家に使える執事アルフレッド・アイアンズの裏の顔が、余り期待していなかった警察のデータベースである程度判明したのが、驚きだった。
ゼペットの顧客データにあった「ディモス・メルクーリ国会議員の秘書の知人」など、下っ端のさらにその下っ端に過ぎない。
そこを、この検索結果は見事に突破して、メルクーリの実態にまで、辿り着いているのだ。
どう考えても、警察の職員数や捜査権で、これだけの捜査情報を積み上げられるわけがない。
だが逆に、こんな事実が何処かで調べられて、しかもデータ化出来るのなら、警察機構など必要ないのではないかとも思った。
刑事達の都市伝説では、国のメインコンピュータには「頭脳探偵」と呼ばれるプログラムが構築されつつあって、そのプログラムが人間のはき出すありとあらゆる情報を蓄積収集分析した上で、犯罪を未然に防止し解決に導く、、その準備が今整いつつある、そういう話がまことしやかに囁かれていた。
蔡の話が正確なら「頭脳探偵」の本当の名は”宝石のような思考”という事になる。
人間の刑事や探偵は、自分の目と耳と足で事件を解決するが、「頭脳探偵」は、人々が常にはき出す電子情報のログを掻き集め、その正確無比な推理推論力だけで、事をすますのだという。
それが実用化されないのは「実存的証拠」、あるいは「頭脳探偵」への信頼度の問題だけなのだという。
ひょっとして、精霊計画はこの頭脳探偵を「実存的証拠」という側面で補完するものなのか?
そんな事を思った漆黒は、慌てて首を振った。
無理にでも忘れかけようとしていた鷲男の事を又、思い出しかけたからだ。
”宝石のような思考”が関与しているらしいこのデータベースは、漆黒の目の前に、執事アルフレッド・アイアンズが、衆寒極市の犯罪シンジケートボスの養父であり、このシンジケートの資金力と威力でメルクーリ家に何度も便宜を図って来たことや、同様にメルクーリ家もみかえりとして、シンジケートに政治的な恩恵を与えてきたという、いわば癒着の関係も明確に提示した。
これだけでも一大問題だし、彼らを検挙に踏み切ろうと思えば、いくらでも出来る筈だ。
それをしないで、只、これらが「データ」として寝かされているのは何故か?
そしてそれを今、漆黒が垣間見る事が何故、出来るのか?
単に特別任務に付いた刑事の特権事項というような事では、あるまい。
”宝石のような思考”が漆黒に示したものは、物事に余りにも踏み込みすぎている。
考えられる事は、いくつもあったが、漆黒は敢えて、それらを考える事を放棄した。
ラバードール事件で、垣間見たヘブンの世界と、地上との力関係を思い出したからだ。
・・・自分は操られている只の駒に過ぎないという自覚が、猟犬に必要か?
いや猟犬は、本能に突き動かされて獲物を狩るのだ。
今は、自分の背後から走って追いかけてくる主人の事など気にする必要はない。
それで良い。と漆黒は思った。
・・・・・・・・・
「頭脳探偵」の推論スピードには、当然叶わなかっただろうが、被害者の監禁場所を絞り込んでいく時間は、漆黒の足でも、それ程、多くを必要としなかった。
衆寒極市で、一人の人間を数年にわたって監禁できる場所、そしてあの五人の容疑者達とその背後に存在する者達が関われる地域。
漆黒が目星を付けたブロックは、二つの「ゴミ溜め」を抱えていた。
クエンクという名の人造運河を挟んで、政治家や資産家が住む高級住宅街と、昼と夜の二つの顔を持つ歓楽街を中心としたスラムだ。
スラムでは厳密な意味で、人々のプライバシーは保障されない。
非干渉と無関心とは違う。
漆黒が当たりを付けたブロックのスラムの住人は、常にお互いを監視し合っていた。
そうでなければ、色々な意味で、その場所で生き延びることが出来ないからだ。
一人の人間を長期間、監禁しそれを秘密に保つことは、スラム外の人間に対しては可能だが、スラム内では絶対に不可能だ。
スラムの人間には、独自の嗅覚がある。
WUWで育った漆黒には、その嗅覚があった。
犬同士は、お互いの匂いを嗅ぎ合って親密な情報を共有する。
目星を付けたスラムでは、漆黒のアンテナに、「営利誘拐」「人身売買」の事例は多く引っかかったが、長期に渡る純粋な「監禁」の存在は引っかかってこなかった。
当然、漆黒の捜査対象は、もう一つの「川向こう」にある、綺麗な「ゴミ溜め」に絞られていった。
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